クラスごと異世界転移したら、俺だけジョブが『魔王』だったんだが? ~虐めてきた勇者(笑)ども、今からお前らを支配してやろうか~

夏見ナイ

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第86話 世界の捕食者

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「――レオン様! 緊急事態にございます!」

ヴェスパーのかつてないほど切迫した念話が、俺の脳内に直接響き渡った。穏やかな夜の執務室の空気が、一瞬にして凍り付く。
俺は読んでいた書類を放り出し、即座に天文台へと転移した。

「何があった!」

転移した先の光景に、俺は息を呑んだ。
天文台の中央に置かれた巨大な観測用水晶が、禍々しい血のような赤い光を明滅させている。魔導大臣のエルウィンは壁に手をつき、顔面蒼白で荒い息を吐いていた。宰相のヴェスパーもまた、その骸骨の顎をわなわなと震わせ狼狽を隠せずにいる。
二人とも強大な精神力を持つ存在のはずだ。彼らをここまで消耗させるなど、尋常な事態ではない。

「陛下……!」
俺の姿を認めたヴェスパーが、杖を支えによろめきながら近づいてきた。
「世界の……『外側』から……!」

俺は彼の言葉を待たずに、問題の観測用水晶を覗き込んだ。
そして、見た。
俺の魂が本能的な恐怖で凍り付くほどの、冒涜的な光景を。

大陸の遥か南の海上。
空間そのものが腐敗したかのように黒く淀んだ海域。その中心から巨大な『何か』が、ゆっくりとその姿を現していた。
それは生命と呼ぶことすら憚られる、混沌の塊だった。山のように巨大な不定形の肉塊。その表面には無数の、じっとこちらを覗き込むかのような巨大な眼球がいくつも浮かんでいる。肉塊からは島を覆うほどの長さの触手が、何本も何本も蠢きながら伸びていた。

その存在は、ただそこにいるだけで世界の理を歪めていた。周囲の空間は捻じ曲がり、海は沸騰し、空には紫色の稲妻が絶え間なく迸っている。

そしてその存在から直接、意思が流れ込んできた。
それは言葉ではなかった。もっと原始的で純粋な『概念』。

『飢エ』。

ただひたすらに、喰らうことだけを目的とした無限の食欲。
その精神波は俺の精神障壁をいとも容易く貫通し、魂を直接鷲掴みにするような悍ましい感覚をもたらした。

「……ぐっ……!」
俺ですら思わず顔をしかめ、一歩後ずさった。
神々が放っていた威圧感とは全く質の違う、生理的な嫌悪感と根源的な恐怖。あれは対話や理解が一切通用しない存在だ。
あれは天災だ。星そのものを喰らう宇宙的な規模の災害。

「……いつからだ」
俺はなんとか平静を装い、二人に問いかけた。

「三ヶ月前より微弱な兆候は……。ですが実体を伴って出現したのは、ほんの数分前のことです」
エルウィンが震える声で答えた。
「現在ゆっくりとですが確実に、北……我々の大陸を目指して移動を開始しています」

俺は水晶に映る怪物の移動速度と大陸までの距離を瞬時に計算した。
「……上陸まで、およそ一週間か」

時間はない。
俺は即座に決断を下した。

「ヴェスパー! 全軍に第一級戦闘態сеを発令! 城下町の民は全員城内へ避難させろ!」
「エルウィン! 図書館の全ての知識を解放し、あの『捕食者』の正体と弱点を特定しろ! どんな些細な伝承でも神話でもいい! 手がかりを探せ!」

「「はっ!」」
二人は王の命令を受け、即座に行動を開始した。

俺はすぐさまガロウとリリアナを執務室へと緊急招集した。
転移魔法で現れた二人は、城全体の緊迫した雰囲気を察し、厳しい表情で俺の言葉を待っていた。

俺は観測用水晶の映像を執務室の空間に投影した。
そこに映し出された異形の捕食者の姿を見て、歴戦の猛者であるガロウですらごくりと喉を鳴らした。

「……なんだありゃあ……。化け物にも程があるぜ……」

リリアナは、その邪悪な気配に顔を青くしている。
「……これほどの混沌……。先代魔王様ですら見たことがありません。あれは、この世界の生命ではない……」

俺は三人の四天王(エルウィンは念話で会議に参加している)に現状を簡潔に説明した。
神々という蓋が外れたことで、異次元からこの世界を喰らうための存在が現れたこと。
対話は不可能であること。
そして我々にはもう時間がないこと。

執務室は重い沈黙に包まれた。
これまで我々は人間という分かりやすい敵と戦ってきた。だが今度の敵は、常識も理屈も一切通用しない絶対的な『理不尽』そのものだ。

「……面白い」
最初に沈黙を破ったのはガロウだった。
その隻眼には恐怖ではなく、戦士としての獰猛な光が宿っていた。
「相手が神だろうが異次元の化け物だろうが、俺たちのやることは変わらねえ。国を、民を、そして王であるあんたを守る。そのために俺の槍とこの軍勢は存在する!」

「ええ」
リリアナも覚悟を決めた表情で頷いた。
「我が君がこの世界を守るとお決めになられたのであれば、このリリアナ、いかなる邪神であろうと、その喉笛に我が牙を突き立てて見せましょう」

頼もしい我が四天王。
俺は彼らの揺るぎない忠誠に力強く頷いた。

「作戦を立てる」
俺は大陸地図を広げた。
「敵は南の海上から上陸する。ガロウ、お前はアーク・ノヴァの全軍を率い、大陸南端の海岸線に絶対的な防衛ラインを構築しろ。オークの工兵部隊を使い要塞を築け。竜人族は遊撃部隊として、敵の上陸を最大限に遅延させろ」

「御意!」

「リリアナ、お前の諜報部隊は敵の物理的な動向を常に監視し続けろ。そして最も重要な任務だ。この危機を人間国家に伝えろ。特にエルトリア王国のアルフレッドにだ」

「……人間と手を組むと?」
リリアナが意外そうな顔をした。

「敵は魔族も人間も区別なく喰らうだろう。これはもはや我々だけの戦いではない。この世界に生きる全ての生命の、存亡を賭けた戦いだ。いがみ合っている場合ではない」

俺の決断に四天王たちは静かに頷いた。

「そして俺は……」
俺は地図上の一点、敵が最初に上陸するであろう岬を指差した。
「俺は最前線に出る。この目で敵の力を確かめ、そして全力でその一撃を叩き込む」

「なりませぬ、陛下!」
ガロウとリリアナが同時に叫んだ。
「王自らが危険な最前線に出るなど……!」

「俺が行かずして誰が行く」
俺は彼らを制した。
「神を殺したこの力が、あの化け物に通用するのか。それを確かめねばならない。それがこの戦いの、全ての始まりとなる」

俺の揺るぎない覚悟。
四天王たちはもはや反論することができなかった。

会議が終わり、四天王たちがそれぞれの持ち場へと散っていく。
一人残された執務室で、俺は窓の外を見つめた。城下町では避難を始めた民たちの不安げな声が聞こえる。
三年間、必死に築き上げてきたこの平和。
それをこんな理不尽な暴力に奪わせてたまるか。

コンコン、と。
執務室の扉が控えめにノックされた。
「……入れ」

入ってきたのは白石紬だった。彼女は城全体の緊迫した空気を察し、居ても立ってもいられなくなったのだろう。その顔には不安の色が浮かんでいた。

「……レオン様。何かあったのですか……?」

俺は彼女に隠し事はしなかった。これから始まる絶望的な戦いのこと。世界の存亡が今、危機に瀕していること。その全てを静かに語った。

話を聞き終えた紬は、唇を強く噛み締めていた。
だがその瞳には恐怖だけではなかった。
かつて何もできずにただ俯いていただけの少女は、もうどこにもいなかった。

「……私に何かできることはありますか」
彼女は真っ直ぐに俺の目を見て言った。
「私のこの力でも、何かこの国のために、この世界のためにできることはありますか」

その言葉に、俺はこの絶望的な状況の中で一つの確かな光を見た気がした。
この戦いは俺や四天王だけでは勝てない。
種族も国も過去の因縁さえも越えて、この世界に生きる全ての者たちが手を取り合わなければ。

「……ああ」
俺は静かに頷いた。
「お前の力も必要になる。必ずな」

新たな時代の影が世界を覆い尽くそうとしている。
だが俺たちには三年間で築き上げた絆があった。
復讐の物語は終わった。
ここからはこの世界に生きる全ての者たちが、未来を掴むための生存と抵抗の物語だ。
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