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エピソード8:禁断の果実
PKerという存在、そして彼らが残した光の粒子を捕食した経験は、ゼロの中に複雑な感情を残した。それは、未知の力への好奇心と、人間社会(プレイヤーコミュニティ)に対する明確な境界線を引かれたような感覚だった。
『ここは、俺の居場所じゃない』
少なくとも、プレイヤーたちが活動するような開けた場所は危険すぎる。もっと人目につかず、それでいて多様な生物が生息する環境を探さなければ。記憶の中のマップ(もしあればの話だが)を頼りに、ゼロは森の中でも特に湿気が多く、鬱蒼としたエリアへと向かい始めた。地形が複雑で、視界も悪い場所なら、擬態もより効果を発揮するだろうし、プレイヤーもあまり足を踏み入れないかもしれない。
素早さ『3』になった体は、以前よりも滑らかに移動できる。粘液を補助に使えば、多少の傾斜や木の幹も苦にならない。硬化スキルによって、不意のダメージに対する不安も少しは軽減された。着実に力はつけている。だが、それでもまだ足りない。圧倒的に足りない。
目的地に近づくにつれて、空気の質が変わってきた。腐葉土と湿った土の匂いに、よどんだ水の匂いが混じり始める。足元にはシダ植物が多くなり、地面もぬかるんでいる箇所が増えてきた。目指す環境は近いようだ。
そんな時、ゼロの『聴覚』(あるいはそれに類する感覚器官)が、再び人の声を捉えた。
「くそっ、どこ行きやがった! あの初心者、足だけは速いな!」
「落ち着けよ、カズ。焦っても仕方ねえだろ。こっちのエリアに逃げ込んだのは間違いないんだから」
「だが、この辺りは視界が悪ぃ。見失ったら面倒だぞ」
二人の男の声。口ぶりからして、先ほどのPKerたちとは別のグループのようだ。そして、彼らもまた、誰かを追っているらしい。初心者プレイヤーを。
(またか……)
ゼロは、うんざりした気分になった。まるで、プレイヤーキラーの安売りセールでもやっているかのようだ。関わり合いになりたくない。ゼロはすぐに近くの巨大なシダの茂みに身を隠し、【擬態】を発動。葉の一部となり、息を潜めた。
やがて、二人のPKerが姿を現した。一人は軽装鎧に身を包み、片手剣を持った男(カズと呼ばれていた方だろう)。もう一人は、革鎧を着て、ダガーを二本腰に差した、やや痩身の男。どちらも、装備はそれなりに整っているように見えるが、どことなくチンピラのような雰囲気を漂わせている。
「本当にこっちか? なんか気味悪い場所だな」ダガーの男が周囲を見回しながら言う。
「ああ、間違いない。さっき、あっちの木の影に隠れるのが見えた。もう遠くへは行ってないはずだ」剣士の男、カズが指さす。
その方向は、ゼロが隠れている茂みとは少しずれていた。安堵しかけた、その時だった。
「ん? なんだ、このスライムみたいなの」
カズが、茂みの端からわずかにはみ出していたゼロの体の一部に気づいた。最弱モンスターの代表格であるスライムは、プレイヤーにとって経験値にもならない邪魔な存在として認識されていることが多い。
『まずい!』
カズは、特に警戒する様子もなく、ゼロに向かって近づいてきた。邪魔な雑魚を蹴散らす、といった軽い感覚なのだろう。
「おい、カズ、そいつは……」ダガーの男が何か言いかけたが、カズはそれを聞かずに剣を振り上げた。
ゼロに選択の余地はなかった。逃げる? 間に合わない。この至近距離で攻撃を受ければ、いくら物理防御力が『8』あるとはいえ、無事では済まないだろう。【硬化】を発動しても、耐えきれる保証はない。
やるしかない。
カズが剣を振り下ろす、その瞬間。ゼロは擬態を解除し、隠し持っていた二つの『牙』を剥いた。
シュッ! ブシュッ!
まず、【粘液分泌】。大量の粘液がカズの足元と体に降りかかる。予想外の反撃に、カズの動きが一瞬止まる。
そして、間髪入れずに【酸液(弱)】。狙いは、剣でも鎧でもなく、カズの顔面!
「ぐわっ!?」
至近距離から噴射された酸液が、カズの顔の一部にかかる。ダメージ自体はたいしたことがなくても、視界を奪われ、激痛と混乱を与えるには十分だった。カズは顔を押さえてよろめく。
「カズ! てめえ、何しやがる!」
ダガーの男が、驚きと怒りの声を上げ、ゼロに向かって駆け寄ってくる。しかし、ゼロは既に次の行動に移っていた。
標的は、動きの鈍ったカズ。
ゼロはゲル状の体を大きく広げ、酸で苦しむカズの全身を覆い尽くした。まるで、巨大なアメーバが獲物を飲み込むように。
「う、うわああああ!? な、なんだこれ!? 離せ! 離せぇぇ!!」
カズの悲鳴が、ゼロの体内からくぐもって聞こえる。経験したことのない密着感、抵抗する相手の筋肉の動き、そして恐怖と苦痛に満ちた叫び。それらが、ゼロの中に直接流れ込んでくる。
【捕食】開始。
それは、これまで捕食してきた虫や動物、あるいは死体の光の粒子とは、全く比較にならない体験だった。生きた人間(プレイヤー)を、その意識ごと喰らう。脳内に、膨大な情報が濁流のように押し寄せてきた。カズというプレイヤーの断片的な記憶、感情、スキル情報、ステータス。それらがゼロ自身の意識と混ざり合い、溶け合っていく。
快感。純粋な、力の奔流。
同時に、何か、自分という存在の境界線が曖昧になっていくような、言い知れぬ恐怖も感じていた。これは、単なるデータ吸収ではない。もっと根源的な、『存在』の略奪。
「き、貴様ぁぁ!」
ダガーの男が、仲間の異様な死に様(あるいは捕食され様)を見て、逆上したのか、恐怖に駆られたのか、ダガーを構えてゼロに斬りかかってきた。
ゼロはカズを捕食しながらも、冷静に【硬化】を発動。ゲル状の体表が硬質化し、ダガーの斬撃を受け止める。ガキン! という鈍い音が響き、火花が散る。攻撃力はまだゼロだが、防御力だけなら、もはや生半可な攻撃は通さない。
数秒後。カズの抵抗が完全に止まった。ゼロの体内に吸収され、完全に『消化』されたのだ。そして、ゼロの身に、劇的な変化が訪れる。
【能力値】
体力: 9 → 15 (+6)
魔力容量: 3 → 7 (+4)
物理攻撃力: 0 → 5 (+5)
物理防御力: 8 → 12 (+4)
魔法攻撃力: 0 → 3 (+3)
魔法防御力: 2 → 5 (+3)
素早さ: 3 → 4 (+1)
全てのステータスが大幅に上昇! 特に、物理攻撃力が初めて『0』ではなくなった。これは大きい。カズが剣士だった影響だろうか。魔法関連のステータスも上昇しているのは、プレイヤーが持つ潜在的な魔力のようなものを吸収したからかもしれない。
【スキル】
・捕食 Lv.1 → Lv.2
・自己修復 Lv.2 → Lv.3
・擬態 Lv.1 → Lv.2
・微光 Lv.2
・粘液分泌 Lv.1
・酸液(弱) Lv.1 → 酸液 Lv.1
・硬化 Lv.1 → Lv.2
・**剣術(初級) Lv.1 (New!)**
・**闘気(微弱) Lv.1 (New!)**
スキルも複数レベルアップし、さらに新たなスキルを獲得した。【酸液】は『弱』が取れ、威力が向上したようだ。【擬態】や【硬化】もレベル2になり、効果が高まっているだろう。【捕食】と【自己修復】のレベルアップも生存能力の向上に直結する。
そして、【剣術(初級)】と【闘気(微弱)】。これは明らかに、捕食したカズが持っていたスキルだろう。ゲル状のゼロに剣術が必要かは疑問だが、体の形状を変化させれば使えるかもしれない。【闘気】は、身体能力を底上げするようなパッシブスキルか?
凄まじい成長。これが、プレイヤー捕食の力。禁断の果実の味。
「ひっ……ば、化け物……!」
ダガーの男は、目の前で起こった信じがたい光景と、明らかに異様なオーラを放ち始めたゼロを見て、完全に戦意を喪失していた。恐怖に顔を引きつらせ、後ずさる。
ゼロは、新たな力を確かめるように、体の一部を剣のような形状に変化させてみた。ゲル状でありながらも、硬化スキルと剣術スキルの影響か、鋭い切っ先を持つ歪な『剣』が形成される。物理攻撃力『5』を持つ、初めての直接攻撃手段。
ダガーの男は、それを見て完全にパニックに陥り、武器も構えずに背を向けて逃げ出した。
ゼロは、追うこともできた。今のゼロなら、追いついて捕食することも容易いだろう。だが、ゼロは動かなかった。
あの男を捕食すれば、さらに力が手に入るだろう。だが、それをすれば、自分の存在が確実にプレイヤーコミュニティに広まる。目撃者を消す、という意味では合理的かもしれない。しかし、それは同時に、より多くの敵を作ることに繋がる。
そして、何よりも、ゼロ自身の中にわずかに残っていた『人間としての倫理観』のようなものが、無抵抗の相手を追い詰めて捕食することにブレーキをかけていた。先ほどのカズの捕食は、自己防衛という側面があった。だが、逃げる相手を喰らうのは、純粋な『狩り』だ。
(今はまだ……その段階じゃない)
ゼロは、形成した剣を元のゲル状に戻した。
ふと、視線を感じた。見ると、茂みの奥、先ほどPKerたちが追っていたらしい初心者プレイヤーが、こちらを怯えた目で見ていた。小さなローブを纏い、栗色の髪をした少女。彼女は、一部始終を見ていたのだろうか? ゼロがPKerを撃退(捕食)した場面を。
ゼロは、その少女に一瞥をくれただけで、すぐに踵を返した。彼女に危害を加えるつもりはないし、関わるつもりもない。彼女がこの出来事をどう報告するかは分からないが、今は考えるべきではない。
手に入れた新たな力。そして、プレイヤー捕食という劇薬のような成長手段。ゼロは、その力を噛み締めながら、より深く、より暗い森の奥――あるいは沼地へと続く道へと、その身を隠していく。孤独な進化の道は、禁断の領域へと足を踏み入れてしまったのかもしれない。その先に何が待っているのか、ゼロ自身にもまだ分からなかった。
---
名前: ゼロ
種族: 名無し
称号: なし
所属: 未定義
【能力値】
体力: 15
魔力容量: 7
物理攻撃力: 5
物理防御力: 12
魔法攻撃力: 3
魔法防御力: 5
素早さ: 4
【スキル】
・捕食 Lv.2
・自己修復 Lv.3
・擬態 Lv.2
・微光 Lv.2
・粘液分泌 Lv.1
・酸液 Lv.1
・硬化 Lv.2
・剣術(初級) Lv.1
・闘気(微弱) Lv.1
『ここは、俺の居場所じゃない』
少なくとも、プレイヤーたちが活動するような開けた場所は危険すぎる。もっと人目につかず、それでいて多様な生物が生息する環境を探さなければ。記憶の中のマップ(もしあればの話だが)を頼りに、ゼロは森の中でも特に湿気が多く、鬱蒼としたエリアへと向かい始めた。地形が複雑で、視界も悪い場所なら、擬態もより効果を発揮するだろうし、プレイヤーもあまり足を踏み入れないかもしれない。
素早さ『3』になった体は、以前よりも滑らかに移動できる。粘液を補助に使えば、多少の傾斜や木の幹も苦にならない。硬化スキルによって、不意のダメージに対する不安も少しは軽減された。着実に力はつけている。だが、それでもまだ足りない。圧倒的に足りない。
目的地に近づくにつれて、空気の質が変わってきた。腐葉土と湿った土の匂いに、よどんだ水の匂いが混じり始める。足元にはシダ植物が多くなり、地面もぬかるんでいる箇所が増えてきた。目指す環境は近いようだ。
そんな時、ゼロの『聴覚』(あるいはそれに類する感覚器官)が、再び人の声を捉えた。
「くそっ、どこ行きやがった! あの初心者、足だけは速いな!」
「落ち着けよ、カズ。焦っても仕方ねえだろ。こっちのエリアに逃げ込んだのは間違いないんだから」
「だが、この辺りは視界が悪ぃ。見失ったら面倒だぞ」
二人の男の声。口ぶりからして、先ほどのPKerたちとは別のグループのようだ。そして、彼らもまた、誰かを追っているらしい。初心者プレイヤーを。
(またか……)
ゼロは、うんざりした気分になった。まるで、プレイヤーキラーの安売りセールでもやっているかのようだ。関わり合いになりたくない。ゼロはすぐに近くの巨大なシダの茂みに身を隠し、【擬態】を発動。葉の一部となり、息を潜めた。
やがて、二人のPKerが姿を現した。一人は軽装鎧に身を包み、片手剣を持った男(カズと呼ばれていた方だろう)。もう一人は、革鎧を着て、ダガーを二本腰に差した、やや痩身の男。どちらも、装備はそれなりに整っているように見えるが、どことなくチンピラのような雰囲気を漂わせている。
「本当にこっちか? なんか気味悪い場所だな」ダガーの男が周囲を見回しながら言う。
「ああ、間違いない。さっき、あっちの木の影に隠れるのが見えた。もう遠くへは行ってないはずだ」剣士の男、カズが指さす。
その方向は、ゼロが隠れている茂みとは少しずれていた。安堵しかけた、その時だった。
「ん? なんだ、このスライムみたいなの」
カズが、茂みの端からわずかにはみ出していたゼロの体の一部に気づいた。最弱モンスターの代表格であるスライムは、プレイヤーにとって経験値にもならない邪魔な存在として認識されていることが多い。
『まずい!』
カズは、特に警戒する様子もなく、ゼロに向かって近づいてきた。邪魔な雑魚を蹴散らす、といった軽い感覚なのだろう。
「おい、カズ、そいつは……」ダガーの男が何か言いかけたが、カズはそれを聞かずに剣を振り上げた。
ゼロに選択の余地はなかった。逃げる? 間に合わない。この至近距離で攻撃を受ければ、いくら物理防御力が『8』あるとはいえ、無事では済まないだろう。【硬化】を発動しても、耐えきれる保証はない。
やるしかない。
カズが剣を振り下ろす、その瞬間。ゼロは擬態を解除し、隠し持っていた二つの『牙』を剥いた。
シュッ! ブシュッ!
まず、【粘液分泌】。大量の粘液がカズの足元と体に降りかかる。予想外の反撃に、カズの動きが一瞬止まる。
そして、間髪入れずに【酸液(弱)】。狙いは、剣でも鎧でもなく、カズの顔面!
「ぐわっ!?」
至近距離から噴射された酸液が、カズの顔の一部にかかる。ダメージ自体はたいしたことがなくても、視界を奪われ、激痛と混乱を与えるには十分だった。カズは顔を押さえてよろめく。
「カズ! てめえ、何しやがる!」
ダガーの男が、驚きと怒りの声を上げ、ゼロに向かって駆け寄ってくる。しかし、ゼロは既に次の行動に移っていた。
標的は、動きの鈍ったカズ。
ゼロはゲル状の体を大きく広げ、酸で苦しむカズの全身を覆い尽くした。まるで、巨大なアメーバが獲物を飲み込むように。
「う、うわああああ!? な、なんだこれ!? 離せ! 離せぇぇ!!」
カズの悲鳴が、ゼロの体内からくぐもって聞こえる。経験したことのない密着感、抵抗する相手の筋肉の動き、そして恐怖と苦痛に満ちた叫び。それらが、ゼロの中に直接流れ込んでくる。
【捕食】開始。
それは、これまで捕食してきた虫や動物、あるいは死体の光の粒子とは、全く比較にならない体験だった。生きた人間(プレイヤー)を、その意識ごと喰らう。脳内に、膨大な情報が濁流のように押し寄せてきた。カズというプレイヤーの断片的な記憶、感情、スキル情報、ステータス。それらがゼロ自身の意識と混ざり合い、溶け合っていく。
快感。純粋な、力の奔流。
同時に、何か、自分という存在の境界線が曖昧になっていくような、言い知れぬ恐怖も感じていた。これは、単なるデータ吸収ではない。もっと根源的な、『存在』の略奪。
「き、貴様ぁぁ!」
ダガーの男が、仲間の異様な死に様(あるいは捕食され様)を見て、逆上したのか、恐怖に駆られたのか、ダガーを構えてゼロに斬りかかってきた。
ゼロはカズを捕食しながらも、冷静に【硬化】を発動。ゲル状の体表が硬質化し、ダガーの斬撃を受け止める。ガキン! という鈍い音が響き、火花が散る。攻撃力はまだゼロだが、防御力だけなら、もはや生半可な攻撃は通さない。
数秒後。カズの抵抗が完全に止まった。ゼロの体内に吸収され、完全に『消化』されたのだ。そして、ゼロの身に、劇的な変化が訪れる。
【能力値】
体力: 9 → 15 (+6)
魔力容量: 3 → 7 (+4)
物理攻撃力: 0 → 5 (+5)
物理防御力: 8 → 12 (+4)
魔法攻撃力: 0 → 3 (+3)
魔法防御力: 2 → 5 (+3)
素早さ: 3 → 4 (+1)
全てのステータスが大幅に上昇! 特に、物理攻撃力が初めて『0』ではなくなった。これは大きい。カズが剣士だった影響だろうか。魔法関連のステータスも上昇しているのは、プレイヤーが持つ潜在的な魔力のようなものを吸収したからかもしれない。
【スキル】
・捕食 Lv.1 → Lv.2
・自己修復 Lv.2 → Lv.3
・擬態 Lv.1 → Lv.2
・微光 Lv.2
・粘液分泌 Lv.1
・酸液(弱) Lv.1 → 酸液 Lv.1
・硬化 Lv.1 → Lv.2
・**剣術(初級) Lv.1 (New!)**
・**闘気(微弱) Lv.1 (New!)**
スキルも複数レベルアップし、さらに新たなスキルを獲得した。【酸液】は『弱』が取れ、威力が向上したようだ。【擬態】や【硬化】もレベル2になり、効果が高まっているだろう。【捕食】と【自己修復】のレベルアップも生存能力の向上に直結する。
そして、【剣術(初級)】と【闘気(微弱)】。これは明らかに、捕食したカズが持っていたスキルだろう。ゲル状のゼロに剣術が必要かは疑問だが、体の形状を変化させれば使えるかもしれない。【闘気】は、身体能力を底上げするようなパッシブスキルか?
凄まじい成長。これが、プレイヤー捕食の力。禁断の果実の味。
「ひっ……ば、化け物……!」
ダガーの男は、目の前で起こった信じがたい光景と、明らかに異様なオーラを放ち始めたゼロを見て、完全に戦意を喪失していた。恐怖に顔を引きつらせ、後ずさる。
ゼロは、新たな力を確かめるように、体の一部を剣のような形状に変化させてみた。ゲル状でありながらも、硬化スキルと剣術スキルの影響か、鋭い切っ先を持つ歪な『剣』が形成される。物理攻撃力『5』を持つ、初めての直接攻撃手段。
ダガーの男は、それを見て完全にパニックに陥り、武器も構えずに背を向けて逃げ出した。
ゼロは、追うこともできた。今のゼロなら、追いついて捕食することも容易いだろう。だが、ゼロは動かなかった。
あの男を捕食すれば、さらに力が手に入るだろう。だが、それをすれば、自分の存在が確実にプレイヤーコミュニティに広まる。目撃者を消す、という意味では合理的かもしれない。しかし、それは同時に、より多くの敵を作ることに繋がる。
そして、何よりも、ゼロ自身の中にわずかに残っていた『人間としての倫理観』のようなものが、無抵抗の相手を追い詰めて捕食することにブレーキをかけていた。先ほどのカズの捕食は、自己防衛という側面があった。だが、逃げる相手を喰らうのは、純粋な『狩り』だ。
(今はまだ……その段階じゃない)
ゼロは、形成した剣を元のゲル状に戻した。
ふと、視線を感じた。見ると、茂みの奥、先ほどPKerたちが追っていたらしい初心者プレイヤーが、こちらを怯えた目で見ていた。小さなローブを纏い、栗色の髪をした少女。彼女は、一部始終を見ていたのだろうか? ゼロがPKerを撃退(捕食)した場面を。
ゼロは、その少女に一瞥をくれただけで、すぐに踵を返した。彼女に危害を加えるつもりはないし、関わるつもりもない。彼女がこの出来事をどう報告するかは分からないが、今は考えるべきではない。
手に入れた新たな力。そして、プレイヤー捕食という劇薬のような成長手段。ゼロは、その力を噛み締めながら、より深く、より暗い森の奥――あるいは沼地へと続く道へと、その身を隠していく。孤独な進化の道は、禁断の領域へと足を踏み入れてしまったのかもしれない。その先に何が待っているのか、ゼロ自身にもまだ分からなかった。
---
名前: ゼロ
種族: 名無し
称号: なし
所属: 未定義
【能力値】
体力: 15
魔力容量: 7
物理攻撃力: 5
物理防御力: 12
魔法攻撃力: 3
魔法防御力: 5
素早さ: 4
【スキル】
・捕食 Lv.2
・自己修復 Lv.3
・擬態 Lv.2
・微光 Lv.2
・粘液分泌 Lv.1
・酸液 Lv.1
・硬化 Lv.2
・剣術(初級) Lv.1
・闘気(微弱) Lv.1
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