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第10話 覚醒の兆し
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アークライトの街を出てから、十日が過ぎた。
アレンは人気のない森の中を、亡霊のように彷徨っていた。あれから一度も人と会っていない。街道を歩けば野盗に襲われる危険があったため、敢えて獣道を選んで進んでいたからだ。
しかし、それは同時に食料の確保が絶望的に困難になることを意味していた。
なけなしの金で買った乾パンは、三日前に最後のひとかけらを飲み込んだ。皮袋の水も、昨日の朝に底をついた。それからは、夜露で濡れた葉を舐め、食べられるかどうかも分からない木の実を齧って飢えを凌いできた。
彼の姿は、もはや冒険者のそれですらなかった。
頬はこけ、目は窪み、着古したマントは泥と枝葉で汚れ、ぼろぼろに引き裂かれている。ダンジョンで負った左足の傷は、無理を重ねたせいで再び開き、熱を持って鈍い痛みを放ち続けていた。満足な回復もできず、ただ悪化していくのを耐えるしかない。
「はぁ……はぁ……」
荒い息が、乾いた喉に張り付く。一歩足を踏み出すごとに、視界がぐらりと揺れた。全身の筋肉が悲鳴を上げ、もう限界だと訴えている。
(まだ……村は、見えないのか……)
意識が朦朧とする。故郷の村の穏やかな風景を思い浮かべ、それを唯一の心の支えにして歩き続けてきた。だが、その風景も霞がかかったようにぼやけ始めている。
ガクン、と膝から力が抜けた。
アレンは前のめりに倒れ込み、腐葉土の積もった地面に顔を打ち付けた。湿った土の匂いが、鼻をつく。
「……う……っ」
起き上がろうと、指先に力を込める。しかし、体は鉛のように重く、ぴくりとも動かない。まるで自分の体ではないかのようだ。
ああ、ここまでか。
ついに、諦めの感情が彼の心を覆い尽くした。
薄れゆく意識の中で、様々な記憶が泡のように浮かんでは消える。
幼い頃、両親と笑い合った日々。
リリアと交わした、一緒に偉大な冒険者になるという約束。
ガリウスたちに罵倒され続けた、屈辱に満ちた時間。
そして、ギルドで浴びせられた嘲りの声と、憐れみの視線。
結局、俺の人生は何だったのだろう。
誰かの役に立ちたかった。仲間と認め合いたかった。ただ、それだけだったのに。
何一つ、叶わなかった。
皮肉なものだ。
あれほど死にたくないと願ってダンジョンから生還したのに、結局はこんな森の奥で、誰にも知られず野垂れ死にする運命だったのか。
瞼がゆっくりと落ちてくる。体の感覚が、指先から徐々に失われていく。冷たい闇が、足元から這い上がってくるようだった。
もう、いいか。
楽になりたい。
彼が全てを諦め、意識を手放そうとした、その瞬間だった。
彼の魂の最も深い場所で、何かが脈打った。
それは、これまで感じたことのない、微かで、しかし確かな鼓動だった。
(まだ、終われない)
声が聞こえた気がした。それは誰の声でもない。アレン自身の、魂の叫びだったのかもしれない。
こんなところで、終わってたまるか。
俺を馬鹿にしたあいつらに、無様な死に様を笑われてたまるか。
その最後の意地が、彼の体に奇跡的な力を与えた。アレンは呻き声を上げ、最後の力を振り絞って指を動かし、地面を掻いた。前に進みたい。一ミリでも、故郷の方へ。
だが、その願いも虚しく、彼の体は再び動かなくなる。そして今度こそ、彼の意識は深い深い闇の中へと完全に沈んでいった。
――気がつくと、アレンは温かい光の中にいた。
どこまでも広がる、穏やかで優しい金色の光。不思議なことに、あれほど彼を苛んでいた飢えも渇きも、体の痛みも全て消え去っていた。ただ、母親の腕に抱かれているかのような、絶対的な安心感だけがあった。
(ここは……どこだ?俺は、死んだのか……?)
そう思った時、光の中心がさらに強く輝きを増した。そして、そこから膨大な何かが、奔流となってアレンの魂へと直接流れ込んでくる。
それは魔力ではなかった。もっと根源的で、純粋な生命の力そのものだった。
彼の魂が、その力によって内側から満たされ、作り変えられていく。これまで固く閉ざされていた扉が、巨大な力によってこじ開けられていくような感覚。
『――汝、未だ死すべからず』
荘厳な声が、空間全体から響き渡った。男の声でも女の声でもない。ただ、絶対的な存在の意志が、そう告げていた。
次の瞬間、アレンの全身を焼き尽くすような激痛が走った。
魂に直接、灼熱の鉄を押し付けられるかのようだ。彼の体中の魔力回路が、許容量を遥かに超えた力の奔流に耐えきれず、焼き切れては再生し、より強靭なものへと変質していく。
「ぐ……あああああああっ!」
声にならない絶叫が、彼の魂から迸った。
現実世界。森の奥深くで倒れているアレンの体から、淡い金色の光が漏れ出し始めていた。その光は徐々に強さを増し、まるで彼自身が小さな太陽になったかのように、夜の森を煌々と照らし出す。
周囲の草木がざわめき、近くで眠っていた小動物たちはその尋常ならざる気配に恐れをなし、一斉に逃げ出していく。
アレンの脳裏に、半透明のウィンドウが強制的に表示された。そこには、機械的なシステムメッセージが高速で流れ始めた。
`……適合条件を確認。`
`魂の位階が規定値に到達。`
`第一の試練『絶対的孤独』を達成。`
`第二の試練『死への渇望』を達成。`
`第三の試練『生への執着』を達成。`
`――全ての条件を満たしました。`
`魂に刻印されし『神々の枷』を強制解除します。`
`ユニークスキル【???】が解放されます。`
ウィンドウの文字が激しく点滅し、ノイズを撒き散らす。そして、全ての文字が中央に収束し、一つの言葉を形作った。
`――ユニークスキル【完全蘇生】が覚醒しました。`
そのメッセージが表示された瞬間、アレンの体から放たれていた金色の光が、天を衝くほどの巨大な柱となって立ち昇った。それは一瞬だけ夜空を真昼のように照らし出し、そして、何事もなかったかのようにすっと消え失せた。
森には、再び静寂が戻った。
「――はっ!」
アレンは息を吸い込むようにして、勢いよく目を見開いた。
見上げた空には、満月が静かに浮かんでいる。どうやら夜らしい。
彼はゆっくりと自分の体を起こした。信じられないことに、あれほど重かった体が嘘のように軽い。飢えも渇きも感じない。それどころか、力がみなぎってくるような感覚さえあった。
彼は恐る恐る、自分の左足に視線を落とす。
そこには、何もなかった。
化膿しかけていたはずの深い傷は跡形もなく消え去り、生まれたてのような滑らかな皮膚があるだけだった。
「……なんだ……これは……?」
何が起きたのか、全く理解できない。夢でも見ていたのだろうか。
混乱する頭で、アレンは無意識に呟いていた。
「ステータス・オープン」
彼の目の前に、見慣れた半透明のウィンドウが現れる。そこに表示された自分の情報を見て、アレンは息を呑んだ。
HP、MP、全ての数値が、以前とは比較にならないほど跳ね上がっている。
そして、彼の視線はスキル欄に釘付けになった。
【スキル】
《ヒール》
《デトックス》
**【完全蘇生】**
「……完全、蘇生……?」
見間違いではない。そこには、確かにそう書かれていた。
聞いたこともないスキルだ。そもそも、死者を蘇らせるなど、神の領域とされる禁忌中の禁忌。そんな魔法が存在するはずがない。
アレンは自分の目を疑い、何度も何度もその三つの文字を見つめた。
それは、瞬きをしても消えることのない、紛れもない現実だった。
彼の魂に刻まれた禁忌のスキルが、長い眠りから覚め、静かに産声を上げた瞬間だった。
アレンは人気のない森の中を、亡霊のように彷徨っていた。あれから一度も人と会っていない。街道を歩けば野盗に襲われる危険があったため、敢えて獣道を選んで進んでいたからだ。
しかし、それは同時に食料の確保が絶望的に困難になることを意味していた。
なけなしの金で買った乾パンは、三日前に最後のひとかけらを飲み込んだ。皮袋の水も、昨日の朝に底をついた。それからは、夜露で濡れた葉を舐め、食べられるかどうかも分からない木の実を齧って飢えを凌いできた。
彼の姿は、もはや冒険者のそれですらなかった。
頬はこけ、目は窪み、着古したマントは泥と枝葉で汚れ、ぼろぼろに引き裂かれている。ダンジョンで負った左足の傷は、無理を重ねたせいで再び開き、熱を持って鈍い痛みを放ち続けていた。満足な回復もできず、ただ悪化していくのを耐えるしかない。
「はぁ……はぁ……」
荒い息が、乾いた喉に張り付く。一歩足を踏み出すごとに、視界がぐらりと揺れた。全身の筋肉が悲鳴を上げ、もう限界だと訴えている。
(まだ……村は、見えないのか……)
意識が朦朧とする。故郷の村の穏やかな風景を思い浮かべ、それを唯一の心の支えにして歩き続けてきた。だが、その風景も霞がかかったようにぼやけ始めている。
ガクン、と膝から力が抜けた。
アレンは前のめりに倒れ込み、腐葉土の積もった地面に顔を打ち付けた。湿った土の匂いが、鼻をつく。
「……う……っ」
起き上がろうと、指先に力を込める。しかし、体は鉛のように重く、ぴくりとも動かない。まるで自分の体ではないかのようだ。
ああ、ここまでか。
ついに、諦めの感情が彼の心を覆い尽くした。
薄れゆく意識の中で、様々な記憶が泡のように浮かんでは消える。
幼い頃、両親と笑い合った日々。
リリアと交わした、一緒に偉大な冒険者になるという約束。
ガリウスたちに罵倒され続けた、屈辱に満ちた時間。
そして、ギルドで浴びせられた嘲りの声と、憐れみの視線。
結局、俺の人生は何だったのだろう。
誰かの役に立ちたかった。仲間と認め合いたかった。ただ、それだけだったのに。
何一つ、叶わなかった。
皮肉なものだ。
あれほど死にたくないと願ってダンジョンから生還したのに、結局はこんな森の奥で、誰にも知られず野垂れ死にする運命だったのか。
瞼がゆっくりと落ちてくる。体の感覚が、指先から徐々に失われていく。冷たい闇が、足元から這い上がってくるようだった。
もう、いいか。
楽になりたい。
彼が全てを諦め、意識を手放そうとした、その瞬間だった。
彼の魂の最も深い場所で、何かが脈打った。
それは、これまで感じたことのない、微かで、しかし確かな鼓動だった。
(まだ、終われない)
声が聞こえた気がした。それは誰の声でもない。アレン自身の、魂の叫びだったのかもしれない。
こんなところで、終わってたまるか。
俺を馬鹿にしたあいつらに、無様な死に様を笑われてたまるか。
その最後の意地が、彼の体に奇跡的な力を与えた。アレンは呻き声を上げ、最後の力を振り絞って指を動かし、地面を掻いた。前に進みたい。一ミリでも、故郷の方へ。
だが、その願いも虚しく、彼の体は再び動かなくなる。そして今度こそ、彼の意識は深い深い闇の中へと完全に沈んでいった。
――気がつくと、アレンは温かい光の中にいた。
どこまでも広がる、穏やかで優しい金色の光。不思議なことに、あれほど彼を苛んでいた飢えも渇きも、体の痛みも全て消え去っていた。ただ、母親の腕に抱かれているかのような、絶対的な安心感だけがあった。
(ここは……どこだ?俺は、死んだのか……?)
そう思った時、光の中心がさらに強く輝きを増した。そして、そこから膨大な何かが、奔流となってアレンの魂へと直接流れ込んでくる。
それは魔力ではなかった。もっと根源的で、純粋な生命の力そのものだった。
彼の魂が、その力によって内側から満たされ、作り変えられていく。これまで固く閉ざされていた扉が、巨大な力によってこじ開けられていくような感覚。
『――汝、未だ死すべからず』
荘厳な声が、空間全体から響き渡った。男の声でも女の声でもない。ただ、絶対的な存在の意志が、そう告げていた。
次の瞬間、アレンの全身を焼き尽くすような激痛が走った。
魂に直接、灼熱の鉄を押し付けられるかのようだ。彼の体中の魔力回路が、許容量を遥かに超えた力の奔流に耐えきれず、焼き切れては再生し、より強靭なものへと変質していく。
「ぐ……あああああああっ!」
声にならない絶叫が、彼の魂から迸った。
現実世界。森の奥深くで倒れているアレンの体から、淡い金色の光が漏れ出し始めていた。その光は徐々に強さを増し、まるで彼自身が小さな太陽になったかのように、夜の森を煌々と照らし出す。
周囲の草木がざわめき、近くで眠っていた小動物たちはその尋常ならざる気配に恐れをなし、一斉に逃げ出していく。
アレンの脳裏に、半透明のウィンドウが強制的に表示された。そこには、機械的なシステムメッセージが高速で流れ始めた。
`……適合条件を確認。`
`魂の位階が規定値に到達。`
`第一の試練『絶対的孤独』を達成。`
`第二の試練『死への渇望』を達成。`
`第三の試練『生への執着』を達成。`
`――全ての条件を満たしました。`
`魂に刻印されし『神々の枷』を強制解除します。`
`ユニークスキル【???】が解放されます。`
ウィンドウの文字が激しく点滅し、ノイズを撒き散らす。そして、全ての文字が中央に収束し、一つの言葉を形作った。
`――ユニークスキル【完全蘇生】が覚醒しました。`
そのメッセージが表示された瞬間、アレンの体から放たれていた金色の光が、天を衝くほどの巨大な柱となって立ち昇った。それは一瞬だけ夜空を真昼のように照らし出し、そして、何事もなかったかのようにすっと消え失せた。
森には、再び静寂が戻った。
「――はっ!」
アレンは息を吸い込むようにして、勢いよく目を見開いた。
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彼は恐る恐る、自分の左足に視線を落とす。
そこには、何もなかった。
化膿しかけていたはずの深い傷は跡形もなく消え去り、生まれたてのような滑らかな皮膚があるだけだった。
「……なんだ……これは……?」
何が起きたのか、全く理解できない。夢でも見ていたのだろうか。
混乱する頭で、アレンは無意識に呟いていた。
「ステータス・オープン」
彼の目の前に、見慣れた半透明のウィンドウが現れる。そこに表示された自分の情報を見て、アレンは息を呑んだ。
HP、MP、全ての数値が、以前とは比較にならないほど跳ね上がっている。
そして、彼の視線はスキル欄に釘付けになった。
【スキル】
《ヒール》
《デトックス》
**【完全蘇生】**
「……完全、蘇生……?」
見間違いではない。そこには、確かにそう書かれていた。
聞いたこともないスキルだ。そもそも、死者を蘇らせるなど、神の領域とされる禁忌中の禁忌。そんな魔法が存在するはずがない。
アレンは自分の目を疑い、何度も何度もその三つの文字を見つめた。
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