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第57話 代用品
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アレンが『辺境の聖者』として名声を轟かせている。その事実は、【熾天の剣】のメンバー、特にガリウスにとって耐え難い屈辱だった。彼が切り捨てたはずの石ころが、今や極上の宝石となって輝いているのだ。
「……ありえん。何かの間違いだ」
ガリウスはギルドの酒場で一人、安酒を呷りながら何度も同じ言葉を繰り返した。その目は血走り、周囲の冒険者たちは彼のただならぬ雰囲気に恐れをなして遠巻きにしている。
「あいつはヒールしか使えない無能だったはずだ。それが、聖者? 英雄? 馬鹿馬鹿しい。きっと新しい仲間が優秀なだけだ。あいつは、また誰かに寄生しているに過ぎん!」
彼はそう信じようとした。そうでなければ、アレンを追放した自分の判断が愚かだったと認めることになるからだ。
ガリウスのプライドは、それを許さなかった。
「そうだ……問題はヒーラーだ。優秀なヒーラーさえいれば、俺たちはすぐにでも元の輝きを取り戻せる。アレンなどという紛い物ではない、本物の、一流のヒーラーをな!」
彼はそう結論づけると、ギルドの依頼掲示板に破格の条件でヒーラーを募集する貼り紙を出した。
『Sランクパーティ【熾天の剣】、専属ヒーラー募集。支度金、金貨五十枚。成功報酬は他のメンバーと同等とする』
その条件は多くのフリーのヒーラーたちにとって夢のような話だった。Sランクパーティに所属できるという名誉。そして莫大な報酬。募集の貼り紙には、腕に自信のあるヒーローたちが殺到した。
最初に雇われたのは、神殿出身のエリート神官、トーマスだった。彼は多彩な回復魔法と補助魔法を使いこなし、その実力はAランクにも匹敵すると評判だった。
「ガリウス様、お任せください。私の聖なる光が、皆様を勝利へと導きましょう」
自信満々だったトーマスは、しかし最初のダンジョン攻略で音を上げた。
「無茶だ! こんな戦い方は、正気の沙汰じゃない!」
ガリウスの、防御を完全に無視した突撃。トーマスは、その傷を癒すために瞬く間に魔力を消耗しきってしまったのだ。
「あなたの戦い方はヒーラーを使い潰すためのものだ! これでは命がいくつあっても足りん!」
彼はそう叫ぶと支度金を叩き返し、逃げるようにパーティを去っていった。
次に雇われたのは、歴戦の傭兵ヒーラー、ゲルダという老婆だった。彼女は治癒だけでなく呪術にも長けており、実戦経験も豊富だった。
「ふん、Sランクの戦いとやら、見せてもらおうじゃないか」
だが、彼女もまた三日でパーティを抜けた。
「……あんたたちは仲間を信頼するということを知らん。特に、あんた、ガリウス。あんたはヒーラーを便利な道具としか見ていない。そんなパーティに未来はないよ」
老婆はそう言い残し、静かに去っていった。
その後も、何人ものヒーラーが【熾天の剣】の門を叩いた。若く才能のある者、経験豊富なベテラン、特殊な能力を持つ者。
だが、誰一人としてガリウスの戦い方についていくことはできなかった。
彼らは皆、口を揃えて言うのだ。「あの戦い方は異常だ」と。
ヒーラーが定着しないことで、パーティの雰囲気はますます悪化していった。
ティナとジェイクの不満はもはや隠しようもない。
「またヒーラーが辞めたそうですわね。一体、何人目ですの?」
「へっ、これで俺たちのせいじゃないってことがはっきりしたんじゃねえか? 問題はリーダー様の戦い方だってな」
「黙れ、貴様ら!」
ガリウスは激昂するが、その言葉には以前のような力がなかった。彼自身も薄々気づき始めていたのだ。アレンの存在が、どれほど異常で、そして得難いものだったのかを。
アレンは、どれだけ無茶な要求をしても文句一つ言わなかった。どれだけ深い傷を負っても、必ず瞬時に癒してくれた。その無限とも思える回復力があったからこそ、ガリウスは己の剣技を何の憂いもなく極限まで振るうことができたのだ。
彼はアレンをただの『ヒールしかできない無能』だと思っていた。だが、違ったのだ。
彼は『無限にヒールができる』という、唯一無二の、規格外の才能を持っていたのだ。
(なぜ、俺はそれに気づかなかった……?)
ガリウスの心に、初めて後悔に似た感情が芽生え始めていた。
だが、それを認めることは彼のプライドが許さない。彼は、その苛立ちを仲間たちにぶつけることでしか発散できなかった。
ヒーラーが見つからない間、その穴を埋めるのは必然的にリリアの役目となった。
彼女は本来の補助魔法に加え、パーティの生命線である回復役まで担うことになった。その負担は尋常なものではない。
彼女は毎晩のように宿屋の自室で聖典を読み込み、慣れない上位の回復魔法の習得に励んだ。だが、彼女の才能はあくまで広範囲の味方を支援する『聖女』としてのものであり、単体を強力に癒す『ヒーラー』としてのものではなかった。
彼女の魔力は、ダンジョン攻略の度に枯渇寸前まで搾り取られた。その顔からは血の気が失せ、日に日にやつれていく。隈のできた目の下の窪みは、どんな化粧でも隠しきれなかった。
「リリア、大丈夫か?」
ジェイクが珍しく心配そうな声をかけた。
「……ええ、大丈夫です。私が、頑張らないと……」
リリアは弱々しく微笑んで見せた。
彼女の心の中には、アレンへの罪悪感が重い枷となってのしかかっていた。
あの日、自分がもっと勇気を出してガリウスに逆らっていたら。アレンを庇うことができていたら。
そうすれば、アレンはパーティを去ることもなく、自分もこんなに苦しむことはなかったのかもしれない。
その「もしも」が、彼女を責め苛んでいた。
【熾天の剣】は、もはやSランクの名にふさわしいパーティではなかった。
彼らは、自分たちが失ったものの大きさにまだ完全には気づいていない。
アレンという、最高の代用品のいない戦場で、彼らはただひたすらに消耗し、ゆっくりと、しかし確実に凋落の坂道を転がり落ちていく。
その先にあるのが完全な破滅であることも知らずに。
「……ありえん。何かの間違いだ」
ガリウスはギルドの酒場で一人、安酒を呷りながら何度も同じ言葉を繰り返した。その目は血走り、周囲の冒険者たちは彼のただならぬ雰囲気に恐れをなして遠巻きにしている。
「あいつはヒールしか使えない無能だったはずだ。それが、聖者? 英雄? 馬鹿馬鹿しい。きっと新しい仲間が優秀なだけだ。あいつは、また誰かに寄生しているに過ぎん!」
彼はそう信じようとした。そうでなければ、アレンを追放した自分の判断が愚かだったと認めることになるからだ。
ガリウスのプライドは、それを許さなかった。
「そうだ……問題はヒーラーだ。優秀なヒーラーさえいれば、俺たちはすぐにでも元の輝きを取り戻せる。アレンなどという紛い物ではない、本物の、一流のヒーラーをな!」
彼はそう結論づけると、ギルドの依頼掲示板に破格の条件でヒーラーを募集する貼り紙を出した。
『Sランクパーティ【熾天の剣】、専属ヒーラー募集。支度金、金貨五十枚。成功報酬は他のメンバーと同等とする』
その条件は多くのフリーのヒーラーたちにとって夢のような話だった。Sランクパーティに所属できるという名誉。そして莫大な報酬。募集の貼り紙には、腕に自信のあるヒーローたちが殺到した。
最初に雇われたのは、神殿出身のエリート神官、トーマスだった。彼は多彩な回復魔法と補助魔法を使いこなし、その実力はAランクにも匹敵すると評判だった。
「ガリウス様、お任せください。私の聖なる光が、皆様を勝利へと導きましょう」
自信満々だったトーマスは、しかし最初のダンジョン攻略で音を上げた。
「無茶だ! こんな戦い方は、正気の沙汰じゃない!」
ガリウスの、防御を完全に無視した突撃。トーマスは、その傷を癒すために瞬く間に魔力を消耗しきってしまったのだ。
「あなたの戦い方はヒーラーを使い潰すためのものだ! これでは命がいくつあっても足りん!」
彼はそう叫ぶと支度金を叩き返し、逃げるようにパーティを去っていった。
次に雇われたのは、歴戦の傭兵ヒーラー、ゲルダという老婆だった。彼女は治癒だけでなく呪術にも長けており、実戦経験も豊富だった。
「ふん、Sランクの戦いとやら、見せてもらおうじゃないか」
だが、彼女もまた三日でパーティを抜けた。
「……あんたたちは仲間を信頼するということを知らん。特に、あんた、ガリウス。あんたはヒーラーを便利な道具としか見ていない。そんなパーティに未来はないよ」
老婆はそう言い残し、静かに去っていった。
その後も、何人ものヒーラーが【熾天の剣】の門を叩いた。若く才能のある者、経験豊富なベテラン、特殊な能力を持つ者。
だが、誰一人としてガリウスの戦い方についていくことはできなかった。
彼らは皆、口を揃えて言うのだ。「あの戦い方は異常だ」と。
ヒーラーが定着しないことで、パーティの雰囲気はますます悪化していった。
ティナとジェイクの不満はもはや隠しようもない。
「またヒーラーが辞めたそうですわね。一体、何人目ですの?」
「へっ、これで俺たちのせいじゃないってことがはっきりしたんじゃねえか? 問題はリーダー様の戦い方だってな」
「黙れ、貴様ら!」
ガリウスは激昂するが、その言葉には以前のような力がなかった。彼自身も薄々気づき始めていたのだ。アレンの存在が、どれほど異常で、そして得難いものだったのかを。
アレンは、どれだけ無茶な要求をしても文句一つ言わなかった。どれだけ深い傷を負っても、必ず瞬時に癒してくれた。その無限とも思える回復力があったからこそ、ガリウスは己の剣技を何の憂いもなく極限まで振るうことができたのだ。
彼はアレンをただの『ヒールしかできない無能』だと思っていた。だが、違ったのだ。
彼は『無限にヒールができる』という、唯一無二の、規格外の才能を持っていたのだ。
(なぜ、俺はそれに気づかなかった……?)
ガリウスの心に、初めて後悔に似た感情が芽生え始めていた。
だが、それを認めることは彼のプライドが許さない。彼は、その苛立ちを仲間たちにぶつけることでしか発散できなかった。
ヒーラーが見つからない間、その穴を埋めるのは必然的にリリアの役目となった。
彼女は本来の補助魔法に加え、パーティの生命線である回復役まで担うことになった。その負担は尋常なものではない。
彼女は毎晩のように宿屋の自室で聖典を読み込み、慣れない上位の回復魔法の習得に励んだ。だが、彼女の才能はあくまで広範囲の味方を支援する『聖女』としてのものであり、単体を強力に癒す『ヒーラー』としてのものではなかった。
彼女の魔力は、ダンジョン攻略の度に枯渇寸前まで搾り取られた。その顔からは血の気が失せ、日に日にやつれていく。隈のできた目の下の窪みは、どんな化粧でも隠しきれなかった。
「リリア、大丈夫か?」
ジェイクが珍しく心配そうな声をかけた。
「……ええ、大丈夫です。私が、頑張らないと……」
リリアは弱々しく微笑んで見せた。
彼女の心の中には、アレンへの罪悪感が重い枷となってのしかかっていた。
あの日、自分がもっと勇気を出してガリウスに逆らっていたら。アレンを庇うことができていたら。
そうすれば、アレンはパーティを去ることもなく、自分もこんなに苦しむことはなかったのかもしれない。
その「もしも」が、彼女を責め苛んでいた。
【熾天の剣】は、もはやSランクの名にふさわしいパーティではなかった。
彼らは、自分たちが失ったものの大きさにまだ完全には気づいていない。
アレンという、最高の代用品のいない戦場で、彼らはただひたすらに消耗し、ゆっくりと、しかし確実に凋落の坂道を転がり落ちていく。
その先にあるのが完全な破滅であることも知らずに。
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