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第59話 リリアの疲弊
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【熾天の剣】の凋落は、誰の目にも明らかだった。彼らが受ける依頼のランクは徐々に下がっていった。SランクでありながらAランクの依頼すら失敗することが増え、今ではBランクの依頼をようやくこなせる程度にまで落ちぶれていた。
その最大の原因は、ヒーラー不在によるリリアへの過剰な負担だった。
彼女はパーティの生命線だった。補助魔法で仲間たちの能力を底上げし、回復魔法で傷を癒す。本来なら二人の聖職者が担うべき役割を、彼女はたった一人で背負っていた。
「リリア、まだいけるか!」
戦闘中、ガリウスの怒声が飛ぶ。
「は、はい! 《エリア・プロテクション》!」
リリアは朦朧とする意識の中で杖を掲げ、パーティ全体に防御の結界を張る。その直後、傷を負ったジェイクに駆け寄り、ヒールをかける。息つく暇もない。
ダンジョン攻略が終わる頃には、彼女はいつも立っているのがやっとの状態だった。魔力は完全に枯渇し、唇は真っ青になっている。食事も喉を通らず、日に日にその体は痩せ細っていった。
かつてパーティのアイドルとして華やかな笑顔を振りまいていた聖女の面影は、もうどこにもなかった。その顔には深い疲労と絶望の色が刻まれているだけだった。
「リリア、無理はするな」
ティナが珍しく心配そうな声をかけた。リリアが倒れれば、このパーティは本当に終わりだ。そのことを彼女も理解していた。
「……大丈夫です。私は、聖女ですから。皆さんの、お役に立たないと……」
リリアは弱々しく微笑んだ。
彼女を突き動かしていたのは、聖女としての使命感と、そしてアレンへの罪悪感だった。
自分がアレンの分の穴を埋めなければならない。自分が頑張れば、きっとまたパーティは昔のように輝けるはずだ。
そう信じることでしか、彼女は自分の心を保てなかったのだ。
だが、現実は非情だった。
ある日のオークの集落の討伐依頼で、ついに限界が訪れた。
その日のリリアは朝から体調が悪く、熱っぽささえ感じていた。だが、彼女はそれを誰にも言わなかった。
戦闘が始まると、彼女はいつも通り身を粉にして仲間たちを支援した。ガリウスの無謀な突撃を庇い、罠にかかったジェイクを救い、魔法の撃ち合いで消耗するティナの魔力を補助する。
戦いが中盤に差し掛かった頃、彼女の視界がぐらりと揺れた。
(……まずい、魔力が……)
魔力欠乏の危険な兆候。だが、戦闘はまだ終わらない。オークのシャーマンが強力な呪いの魔法を詠唱し始めていた。
「リリア! あれを止めろ!」
ガリウスが叫ぶ。
リリアは最後の力を振り絞った。
「《サイレンス》!」
聖なる光がシャーマンを包み込み、その詠唱を封じる。
だが、それが彼女の限界だった。
膝から力が抜け、リリアはその場に崩れ落ちた。杖が、カランと音を立てて地面に転がる。
「……ぁ……」
声が出ない。指一本、動かせない。完全な魔力枯渇。
「リリア!?」
ティナが悲鳴に近い声を上げた。
パーティの生命線が、断たれた。
その瞬間、これまでかろうじて保たれていた戦線が一気に崩壊した。
防御の補助を失ったガリウスは、オークの棍棒をまともに食らい、肋骨を何本か折られて吹き飛ばされた。
回復役を失ったジェイクは、深手を負ったまま後方へと逃げ惑う。
ティナもリリアの補助がなくなったことで強力な魔法を撃てなくなり、次々と湧いてくるオークの雑兵に囲まれてしまった。
「くそっ……! 撤退だ! 撤退するぞ!」
ガリウスは、折れた肋骨の痛みに顔を歪めながら屈辱的な命令を下した。
彼らは倒れたリリアを抱え、命からがらその場から逃げ出した。Bランクの依頼で、Sランクパーティが敗走する。それは前代未聞の失態だった。
宿屋に戻った後も、リリアの意識は戻らなかった。高名な神官を呼んで診てもらったが、診断は「極度の魔力枯祓による生命力の低下」。特効薬はなく、ただひたすらに安静にして彼女自身の生命力が回復するのを待つしかないという。
彼女が次に目覚めるのが一日後か、一週間後か、あるいは永遠に目覚めないのか、誰にも分からなかった。
ベッドで眠るリリアの、あまりにもか細い寝顔を見下ろしながら、三人は言葉を失っていた。
「……俺たちの、せいだ」
ジェイクが絞り出すように言った。
「俺たちはリリア一人に、全てを押し付けすぎていた」
「……ええ」
ティナも唇を噛みしめた。
「彼女がどれだけ無理をしていたか。私たちは、気づかないふりをしていた……」
ガリウスは何も言わなかった。ただ、ベッドの脇で固く拳を握りしめているだけだった。
彼の脳裏にアレンの顔が浮かんでいた。
アレンがいた頃は、こんなことにはならなかった。彼はどれだけ無茶な戦いをしても、涼しい顔で全てを支えてくれた。魔力が尽きる素振りなど一度も見せたことがなかった。
あれがどれほど異常なことだったのか。今、リリアという対比を目の当たりにして、ようやく痛感していた。
【熾天の剣】は完全に機能を停止した。
聖女リリアが倒れたことで、彼らはもはや高ランクの依頼をこなすことなど不可能になった。
彼らはただ無為に、リリアが目覚めるのを待つしかなくなった。
そんな彼らの元に、大陸中を駆け巡る新たなニュースが届いた。
それは彼らにとって、聞きたくもない輝かしい報せだった。
『【黎明の翼】、王都を脅かした古代キメラを討伐! その功績により、Sランクへの特例昇格が検討されている』
その新聞記事の見出しを見た瞬間、ガリウスの中でかろうじて保たれていた何かが、ぷつりと音を立てて切れた。
自分たちが地に落ちていく一方で、あの男は天高く昇っていく。
かつて自分たちがいた、Sランクという頂きへ。
「……アレン……」
ガリウスの口から、呪詛のような声が漏れた。
その瞳には、もはや嫉妬や焦りではない。
純粋な、狂気に満ちた憎悪の光が燃え盛っていた。
彼は、自分たちの凋落の全ての原因をアレンという一人の男になすりつけ、その理不尽な憎しみを際限なく膨らませていく。
歯車は、もう戻らない。ただ、破滅の時を待つだけだった。
その最大の原因は、ヒーラー不在によるリリアへの過剰な負担だった。
彼女はパーティの生命線だった。補助魔法で仲間たちの能力を底上げし、回復魔法で傷を癒す。本来なら二人の聖職者が担うべき役割を、彼女はたった一人で背負っていた。
「リリア、まだいけるか!」
戦闘中、ガリウスの怒声が飛ぶ。
「は、はい! 《エリア・プロテクション》!」
リリアは朦朧とする意識の中で杖を掲げ、パーティ全体に防御の結界を張る。その直後、傷を負ったジェイクに駆け寄り、ヒールをかける。息つく暇もない。
ダンジョン攻略が終わる頃には、彼女はいつも立っているのがやっとの状態だった。魔力は完全に枯渇し、唇は真っ青になっている。食事も喉を通らず、日に日にその体は痩せ細っていった。
かつてパーティのアイドルとして華やかな笑顔を振りまいていた聖女の面影は、もうどこにもなかった。その顔には深い疲労と絶望の色が刻まれているだけだった。
「リリア、無理はするな」
ティナが珍しく心配そうな声をかけた。リリアが倒れれば、このパーティは本当に終わりだ。そのことを彼女も理解していた。
「……大丈夫です。私は、聖女ですから。皆さんの、お役に立たないと……」
リリアは弱々しく微笑んだ。
彼女を突き動かしていたのは、聖女としての使命感と、そしてアレンへの罪悪感だった。
自分がアレンの分の穴を埋めなければならない。自分が頑張れば、きっとまたパーティは昔のように輝けるはずだ。
そう信じることでしか、彼女は自分の心を保てなかったのだ。
だが、現実は非情だった。
ある日のオークの集落の討伐依頼で、ついに限界が訪れた。
その日のリリアは朝から体調が悪く、熱っぽささえ感じていた。だが、彼女はそれを誰にも言わなかった。
戦闘が始まると、彼女はいつも通り身を粉にして仲間たちを支援した。ガリウスの無謀な突撃を庇い、罠にかかったジェイクを救い、魔法の撃ち合いで消耗するティナの魔力を補助する。
戦いが中盤に差し掛かった頃、彼女の視界がぐらりと揺れた。
(……まずい、魔力が……)
魔力欠乏の危険な兆候。だが、戦闘はまだ終わらない。オークのシャーマンが強力な呪いの魔法を詠唱し始めていた。
「リリア! あれを止めろ!」
ガリウスが叫ぶ。
リリアは最後の力を振り絞った。
「《サイレンス》!」
聖なる光がシャーマンを包み込み、その詠唱を封じる。
だが、それが彼女の限界だった。
膝から力が抜け、リリアはその場に崩れ落ちた。杖が、カランと音を立てて地面に転がる。
「……ぁ……」
声が出ない。指一本、動かせない。完全な魔力枯渇。
「リリア!?」
ティナが悲鳴に近い声を上げた。
パーティの生命線が、断たれた。
その瞬間、これまでかろうじて保たれていた戦線が一気に崩壊した。
防御の補助を失ったガリウスは、オークの棍棒をまともに食らい、肋骨を何本か折られて吹き飛ばされた。
回復役を失ったジェイクは、深手を負ったまま後方へと逃げ惑う。
ティナもリリアの補助がなくなったことで強力な魔法を撃てなくなり、次々と湧いてくるオークの雑兵に囲まれてしまった。
「くそっ……! 撤退だ! 撤退するぞ!」
ガリウスは、折れた肋骨の痛みに顔を歪めながら屈辱的な命令を下した。
彼らは倒れたリリアを抱え、命からがらその場から逃げ出した。Bランクの依頼で、Sランクパーティが敗走する。それは前代未聞の失態だった。
宿屋に戻った後も、リリアの意識は戻らなかった。高名な神官を呼んで診てもらったが、診断は「極度の魔力枯祓による生命力の低下」。特効薬はなく、ただひたすらに安静にして彼女自身の生命力が回復するのを待つしかないという。
彼女が次に目覚めるのが一日後か、一週間後か、あるいは永遠に目覚めないのか、誰にも分からなかった。
ベッドで眠るリリアの、あまりにもか細い寝顔を見下ろしながら、三人は言葉を失っていた。
「……俺たちの、せいだ」
ジェイクが絞り出すように言った。
「俺たちはリリア一人に、全てを押し付けすぎていた」
「……ええ」
ティナも唇を噛みしめた。
「彼女がどれだけ無理をしていたか。私たちは、気づかないふりをしていた……」
ガリウスは何も言わなかった。ただ、ベッドの脇で固く拳を握りしめているだけだった。
彼の脳裏にアレンの顔が浮かんでいた。
アレンがいた頃は、こんなことにはならなかった。彼はどれだけ無茶な戦いをしても、涼しい顔で全てを支えてくれた。魔力が尽きる素振りなど一度も見せたことがなかった。
あれがどれほど異常なことだったのか。今、リリアという対比を目の当たりにして、ようやく痛感していた。
【熾天の剣】は完全に機能を停止した。
聖女リリアが倒れたことで、彼らはもはや高ランクの依頼をこなすことなど不可能になった。
彼らはただ無為に、リリアが目覚めるのを待つしかなくなった。
そんな彼らの元に、大陸中を駆け巡る新たなニュースが届いた。
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その新聞記事の見出しを見た瞬間、ガリウスの中でかろうじて保たれていた何かが、ぷつりと音を立てて切れた。
自分たちが地に落ちていく一方で、あの男は天高く昇っていく。
かつて自分たちがいた、Sランクという頂きへ。
「……アレン……」
ガリウスの口から、呪詛のような声が漏れた。
その瞳には、もはや嫉妬や焦りではない。
純粋な、狂気に満ちた憎悪の光が燃え盛っていた。
彼は、自分たちの凋落の全ての原因をアレンという一人の男になすりつけ、その理不尽な憎しみを際限なく膨らませていく。
歯車は、もう戻らない。ただ、破滅の時を待つだけだった。
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