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第一話 鉄の匂いと絶望の味
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相羽カケルの世界は、六畳一間の安アパートと、モニターが放つ青白い光だけで構成されていた。
油と鉄屑の匂いが染みついた作業着は、もうない。代わりに身に纏っているのは、よれよれのTシャツとスウェット。壁際に無造ził作に積まれた技術専門誌は、どれも指紋ひとつない新品同様のまま、ただの積層物と化してホコリを被っている。
カケルはベッドの上で背中を丸め、ノートパソコンの画面をぼんやりと眺めていた。ネットの海には無限の情報が漂っているが、そのどれもが彼の心には届かない。右肩から先は、冷たいチタン合金の義手。両膝から下は、同じく無機質な金属でできた義足。それが今の彼の身体だった。
「……クソが」
誰に言うでもなく、呪詛が漏れる。ここ数ヶ月、彼が最も頻繁に発する言葉だった。
かつて、カケルには「神の指先」があった。
彼が働いていた相羽製作所は、都心から少し離れた工業地帯にある、従業員十数名の小さな町工場だ。しかし、その技術力は業界でも一目置かれていた。特にカケルの加工技術は、他の追随を許さなかった。
NC旋盤やマシニングセンタといった最新の工作機械を自在に操る一方、彼は汎用旋盤での手作業をこよなく愛していた。マイクロメートル単位の精度が要求される精密部品。図面上の数値を、自身の指先の感覚だけで完璧に再現していく。回転する金属にバイトを当て、切り屑が美しい螺旋を描いて舞う。その瞬間、カケルは世界と一体になる感覚を覚えた。
「カケル、お前の指はもはや計測器だな」
工場の社長であり、父親の友人でもあった相羽源蔵は、よくそう言って目を細めた。年季の入った同僚たちも、彼の腕には舌を巻いた。
「相羽の兄貴にかかれば、どんな難物もただの鉄塊よ」
「俺たちが一日かかるもんを、半日で、しかも上等なモンに仕上げやがる」
後輩からは尊敬と、少しの畏怖を込めた視線を向けられた。カケルは無愛想で口数も少なかったが、モノ作りに対する情熱と誠実さで、皆の信頼を勝ち得ていた。
機械を整備し、油を差し、金属と対話する。彼の人生は、鉄の匂いと、心地よい金属の摩擦音、そして何かを創り出すという純粋な喜びに満たされていた。自分の手で、この世に存在しなかったものを生み出す。それは、彼にとって何物にも代えがたい誇りだった。
あの日までは。
一年と少し前。梅雨のじめついた、雨の日のことだった。
工場の中でも一際大きな、二百トンのサーボプレス機の定期メンテナンス。カケルは新人の田中に指示を出しながら、制御盤のチェックを行っていた。その日の関東地方はゲリラ豪雨に見舞われ、遠くで雷鳴が轟いていた。
「相羽さん、ここのパラメータ、これで合ってますか?」
「ああ、問題ない。そっちが終わったら、金型の固定ボルトのトルクチェックだ。マニュアル通り、確実にな」
「はい!」
元気の良い返事を聞きながら、カケルは屈んで駆動部のギアボックスに耳を澄ませていた。異音はないか、僅かな振動の乱れはないか。五感を研ぎ澄まし、機械の声を聞く。いつもの手順だった。
その時だ。
バチン、という短いスパーク音と共に、工場の照明が一瞬、またたいた。近くへの落雷による、瞬間的な電圧低下――瞬電だ。非常用電源が即座に起動したが、旧式の制御システムの一部に僅かなタイムラグが生じた。
「うわっ!」
田中の短い悲鳴。振り返ると、彼が安全のためにロックしていたはずのプレス機のスライド部が、じりじりと、しかし確実に降下を始めていた。彼の足が、何かの工具に引っかかったまま、危険なエリアから動けなくなっている。
「田中!」
思考より先に、体が動いていた。
カケルは床を蹴り、田中の胸を力任せに突き飛ばした。後輩の体は、勢いよく安全柵の外まで転がっていく。
安堵が胸をよぎった、その刹那。
世界から、音が消えた。
いや、違う。カケルの耳には、自分の骨が砕ける音だけが、やけにクリアに響いていた。右腕に、両脚に、想像を絶する圧力がかかる。鉄と鉄の間に挟まれた肉体が、まるで熟れた果実のようにたやすく破壊されていく。
激痛、という言葉ではあまりに生々しい。それはもはや痛みではなく、存在そのものが否定されるような感覚だった。視界が急速に赤黒く染まっていく。
「グ、ァ……ッ」
声にならない呻きが漏れた。意識が途切れかける中、霞む視界の端に、信じがたいものが映った。床に転がる、見慣れた作業着の袖。その先にあるはずの、自分の右手。そして、安全靴ごと無惨に潰れた、二本の脚。
それが、彼が最後に見た、自分の体だった。
病院の白い天井を見つめながら、カケルは絶望というものの味を初めて知った。
医者は、事務的な口調で彼に現実を告げた。右腕は肩関節から、両脚は膝関節から切断したこと。命が助かっただけでも奇跡的だったこと。
彼は何も答えなかった。答えられなかった。
それからの日々は、地獄という言葉ですら生温かった。幻肢痛が彼を昼夜なく苛む。存在しないはずの手足が、焼けるように痛み、引き千切られるように疼く。そのたびに彼は、事故の瞬間をフラッシュバックした。
リハビリ室では、最新式の筋電義手を装着させられた。肩に残った筋肉の微弱な電気信号をセンサーが拾い、義手を動かす仕組みだ。理屈は分かる。頭では理解できる。だが、それは彼の「手」ではなかった。
指を開く、閉じる。手首を回す。大雑把な動きはできても、かつて彼が誇ったミリ以下の微細な力加減など、夢のまた夢だった。ペンを握ることはできても、そのペンで精緻な線を引くことはできない。スパナを掴むことはできても、ボルトを締める絶妙なトルクを感じることはできない。
それは、画家から色彩を奪い、音楽家から聴覚を奪うに等しい仕打ちだった。
相羽製作所の社長や同僚たちも見舞いに来てくれた。誰もが彼の身を案じ、励ましの言葉をかけてくれた。会社からは十分すぎるほどの見舞金と、労災保険が支払われた。だが、カケルの心は頑なに閉ざされていく。
「もう、俺は要らないってことだろ」
見舞いに来た源蔵に、彼はそう言い放った。源蔵は悲しそうな顔で首を横に振ったが、カケルにはその同情が刃のように突き刺さった。
お前らには、まだ手足があるじゃないか。モノを作れる体があるじゃないか。
歪んだ嫉妬と劣等感が、彼の心を黒く塗りつぶしていく。やがて彼は誰とも会わなくなり、相羽製作所も辞めた。受け取った金で、この日当たりの悪いアパートに引っ越し、社会との繋がりを全て断ち切った。
そして今に至る。
右肩から生えたチタンの義手は、まるで異物のように冷たい。スタイラスペンを clumsy(不器用)に握りしめ、クリックするだけの毎日。ネットの動画サイトで、海外の職人が見事な手つきで金属を加工している映像を、ただ無感動に見つめる。羨望も、嫉妬も、もはや感じなかった。ただ、虚しいだけだ。
鉄の匂いは、もうしない。
聞こえるのは、安物のノートパソコンのファンが回る音と、時折響く自分の舌打ちだけ。絶望とは、刺激のない平坦な日々の繰り返しなのだと、彼は知った。
何かを変えたいという気力すらない。このまま、この薄暗い部屋で、ただ呼吸だけを繰り返し、緩やかに朽ちていくだけなのだろう。そう、思っていた。
その夜も、カケルは意味もなくネットの海を漂っていた。時刻は午前三時を回っている。外は静まり返り、隣の部屋から時折聞こえる寝息だけが、ここに自分以外の人間がいることを教えてくれる。
不意に、ノートパソコンの画面が激しく明滅を始めた。
「……あ?」
接触不良か、あるいは安物のグラフィックボードが逝かれたか。カケルは悪態をつきながら、義手でディスプレイの縁を軽く叩いた。だが、明滅は収まらない。それどころか、画面には砂嵐のようなノイズが走り、その中に奇妙な幾何学模様が浮かび上がっては消えていく。六角形が組み合わさった、蜂の巣のようなパターン。見たこともない複雑な数式のような文字列。
「なんだ、これ…ウイルスか?」
眉をひそめた瞬間、ブウン、と低い唸りが部屋に響いた。音源はパソコンではない。部屋そのものが、共振するように微かに震えている。壁際に積まれた雑誌の束が、カタカタと小さな音を立てた。机の上の空き缶が倒れる。
異常事態だ。
カケルは本能的な警戒心を抱き、ベッドから身を起こそうとした。だが、彼の体を支える義手と義足が、まるで持ち主の意志を無視するかのようにカタカタと震え、力を失っていく。
「動け……ッ!」
焦りが募る。その時、窓の外が、真昼のように真っ白な光で満たされた。カーテンの隙間から漏れる光が、部屋の隅々までを暴力的に照らし出す。
轟音も、衝撃もない。ただ、絶対的な光。
「うおっ……!」
思わず義手で顔を覆うが、光は瞼を透過して網膜を焼く。脳が直接揺さぶられるような、強烈な浮遊感。上下左右の感覚が掻き消え、自分の体が溶けていくような錯覚に陥る。
抗うことは、できなかった。そもそも、抗うだけの気力など、彼にはとうに失われていた。
「……ああ」
薄れゆく意識の片隅で、彼はなぜか、懐かしい光景を思い出していた。
火花が舞い散る工房。けたたましくも心地よい機械の駆動音。そして、鼻腔をくすぐる、あの愛おしいほどの鉄と油の匂い。
自分の手で、モノを創り出していた頃の、輝かしい記憶。
光に全てを飲み込まれる直前、カケルの口から、諦めとも安堵ともつかない、乾いた息が漏れた。それが、この世界で彼が発した、最後の音だった。
油と鉄屑の匂いが染みついた作業着は、もうない。代わりに身に纏っているのは、よれよれのTシャツとスウェット。壁際に無造ził作に積まれた技術専門誌は、どれも指紋ひとつない新品同様のまま、ただの積層物と化してホコリを被っている。
カケルはベッドの上で背中を丸め、ノートパソコンの画面をぼんやりと眺めていた。ネットの海には無限の情報が漂っているが、そのどれもが彼の心には届かない。右肩から先は、冷たいチタン合金の義手。両膝から下は、同じく無機質な金属でできた義足。それが今の彼の身体だった。
「……クソが」
誰に言うでもなく、呪詛が漏れる。ここ数ヶ月、彼が最も頻繁に発する言葉だった。
かつて、カケルには「神の指先」があった。
彼が働いていた相羽製作所は、都心から少し離れた工業地帯にある、従業員十数名の小さな町工場だ。しかし、その技術力は業界でも一目置かれていた。特にカケルの加工技術は、他の追随を許さなかった。
NC旋盤やマシニングセンタといった最新の工作機械を自在に操る一方、彼は汎用旋盤での手作業をこよなく愛していた。マイクロメートル単位の精度が要求される精密部品。図面上の数値を、自身の指先の感覚だけで完璧に再現していく。回転する金属にバイトを当て、切り屑が美しい螺旋を描いて舞う。その瞬間、カケルは世界と一体になる感覚を覚えた。
「カケル、お前の指はもはや計測器だな」
工場の社長であり、父親の友人でもあった相羽源蔵は、よくそう言って目を細めた。年季の入った同僚たちも、彼の腕には舌を巻いた。
「相羽の兄貴にかかれば、どんな難物もただの鉄塊よ」
「俺たちが一日かかるもんを、半日で、しかも上等なモンに仕上げやがる」
後輩からは尊敬と、少しの畏怖を込めた視線を向けられた。カケルは無愛想で口数も少なかったが、モノ作りに対する情熱と誠実さで、皆の信頼を勝ち得ていた。
機械を整備し、油を差し、金属と対話する。彼の人生は、鉄の匂いと、心地よい金属の摩擦音、そして何かを創り出すという純粋な喜びに満たされていた。自分の手で、この世に存在しなかったものを生み出す。それは、彼にとって何物にも代えがたい誇りだった。
あの日までは。
一年と少し前。梅雨のじめついた、雨の日のことだった。
工場の中でも一際大きな、二百トンのサーボプレス機の定期メンテナンス。カケルは新人の田中に指示を出しながら、制御盤のチェックを行っていた。その日の関東地方はゲリラ豪雨に見舞われ、遠くで雷鳴が轟いていた。
「相羽さん、ここのパラメータ、これで合ってますか?」
「ああ、問題ない。そっちが終わったら、金型の固定ボルトのトルクチェックだ。マニュアル通り、確実にな」
「はい!」
元気の良い返事を聞きながら、カケルは屈んで駆動部のギアボックスに耳を澄ませていた。異音はないか、僅かな振動の乱れはないか。五感を研ぎ澄まし、機械の声を聞く。いつもの手順だった。
その時だ。
バチン、という短いスパーク音と共に、工場の照明が一瞬、またたいた。近くへの落雷による、瞬間的な電圧低下――瞬電だ。非常用電源が即座に起動したが、旧式の制御システムの一部に僅かなタイムラグが生じた。
「うわっ!」
田中の短い悲鳴。振り返ると、彼が安全のためにロックしていたはずのプレス機のスライド部が、じりじりと、しかし確実に降下を始めていた。彼の足が、何かの工具に引っかかったまま、危険なエリアから動けなくなっている。
「田中!」
思考より先に、体が動いていた。
カケルは床を蹴り、田中の胸を力任せに突き飛ばした。後輩の体は、勢いよく安全柵の外まで転がっていく。
安堵が胸をよぎった、その刹那。
世界から、音が消えた。
いや、違う。カケルの耳には、自分の骨が砕ける音だけが、やけにクリアに響いていた。右腕に、両脚に、想像を絶する圧力がかかる。鉄と鉄の間に挟まれた肉体が、まるで熟れた果実のようにたやすく破壊されていく。
激痛、という言葉ではあまりに生々しい。それはもはや痛みではなく、存在そのものが否定されるような感覚だった。視界が急速に赤黒く染まっていく。
「グ、ァ……ッ」
声にならない呻きが漏れた。意識が途切れかける中、霞む視界の端に、信じがたいものが映った。床に転がる、見慣れた作業着の袖。その先にあるはずの、自分の右手。そして、安全靴ごと無惨に潰れた、二本の脚。
それが、彼が最後に見た、自分の体だった。
病院の白い天井を見つめながら、カケルは絶望というものの味を初めて知った。
医者は、事務的な口調で彼に現実を告げた。右腕は肩関節から、両脚は膝関節から切断したこと。命が助かっただけでも奇跡的だったこと。
彼は何も答えなかった。答えられなかった。
それからの日々は、地獄という言葉ですら生温かった。幻肢痛が彼を昼夜なく苛む。存在しないはずの手足が、焼けるように痛み、引き千切られるように疼く。そのたびに彼は、事故の瞬間をフラッシュバックした。
リハビリ室では、最新式の筋電義手を装着させられた。肩に残った筋肉の微弱な電気信号をセンサーが拾い、義手を動かす仕組みだ。理屈は分かる。頭では理解できる。だが、それは彼の「手」ではなかった。
指を開く、閉じる。手首を回す。大雑把な動きはできても、かつて彼が誇ったミリ以下の微細な力加減など、夢のまた夢だった。ペンを握ることはできても、そのペンで精緻な線を引くことはできない。スパナを掴むことはできても、ボルトを締める絶妙なトルクを感じることはできない。
それは、画家から色彩を奪い、音楽家から聴覚を奪うに等しい仕打ちだった。
相羽製作所の社長や同僚たちも見舞いに来てくれた。誰もが彼の身を案じ、励ましの言葉をかけてくれた。会社からは十分すぎるほどの見舞金と、労災保険が支払われた。だが、カケルの心は頑なに閉ざされていく。
「もう、俺は要らないってことだろ」
見舞いに来た源蔵に、彼はそう言い放った。源蔵は悲しそうな顔で首を横に振ったが、カケルにはその同情が刃のように突き刺さった。
お前らには、まだ手足があるじゃないか。モノを作れる体があるじゃないか。
歪んだ嫉妬と劣等感が、彼の心を黒く塗りつぶしていく。やがて彼は誰とも会わなくなり、相羽製作所も辞めた。受け取った金で、この日当たりの悪いアパートに引っ越し、社会との繋がりを全て断ち切った。
そして今に至る。
右肩から生えたチタンの義手は、まるで異物のように冷たい。スタイラスペンを clumsy(不器用)に握りしめ、クリックするだけの毎日。ネットの動画サイトで、海外の職人が見事な手つきで金属を加工している映像を、ただ無感動に見つめる。羨望も、嫉妬も、もはや感じなかった。ただ、虚しいだけだ。
鉄の匂いは、もうしない。
聞こえるのは、安物のノートパソコンのファンが回る音と、時折響く自分の舌打ちだけ。絶望とは、刺激のない平坦な日々の繰り返しなのだと、彼は知った。
何かを変えたいという気力すらない。このまま、この薄暗い部屋で、ただ呼吸だけを繰り返し、緩やかに朽ちていくだけなのだろう。そう、思っていた。
その夜も、カケルは意味もなくネットの海を漂っていた。時刻は午前三時を回っている。外は静まり返り、隣の部屋から時折聞こえる寝息だけが、ここに自分以外の人間がいることを教えてくれる。
不意に、ノートパソコンの画面が激しく明滅を始めた。
「……あ?」
接触不良か、あるいは安物のグラフィックボードが逝かれたか。カケルは悪態をつきながら、義手でディスプレイの縁を軽く叩いた。だが、明滅は収まらない。それどころか、画面には砂嵐のようなノイズが走り、その中に奇妙な幾何学模様が浮かび上がっては消えていく。六角形が組み合わさった、蜂の巣のようなパターン。見たこともない複雑な数式のような文字列。
「なんだ、これ…ウイルスか?」
眉をひそめた瞬間、ブウン、と低い唸りが部屋に響いた。音源はパソコンではない。部屋そのものが、共振するように微かに震えている。壁際に積まれた雑誌の束が、カタカタと小さな音を立てた。机の上の空き缶が倒れる。
異常事態だ。
カケルは本能的な警戒心を抱き、ベッドから身を起こそうとした。だが、彼の体を支える義手と義足が、まるで持ち主の意志を無視するかのようにカタカタと震え、力を失っていく。
「動け……ッ!」
焦りが募る。その時、窓の外が、真昼のように真っ白な光で満たされた。カーテンの隙間から漏れる光が、部屋の隅々までを暴力的に照らし出す。
轟音も、衝撃もない。ただ、絶対的な光。
「うおっ……!」
思わず義手で顔を覆うが、光は瞼を透過して網膜を焼く。脳が直接揺さぶられるような、強烈な浮遊感。上下左右の感覚が掻き消え、自分の体が溶けていくような錯覚に陥る。
抗うことは、できなかった。そもそも、抗うだけの気力など、彼にはとうに失われていた。
「……ああ」
薄れゆく意識の片隅で、彼はなぜか、懐かしい光景を思い出していた。
火花が舞い散る工房。けたたましくも心地よい機械の駆動音。そして、鼻腔をくすぐる、あの愛おしいほどの鉄と油の匂い。
自分の手で、モノを創り出していた頃の、輝かしい記憶。
光に全てを飲み込まれる直前、カケルの口から、諦めとも安堵ともつかない、乾いた息が漏れた。それが、この世界で彼が発した、最後の音だった。
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