異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

文字の大きさ
34 / 60

第三十四話 ユニット734

しおりを挟む
『……貴方は、何者ですか?』

自律人形(オートマタ)の問いかけは、静寂に満ちたホールに、虚しく響いた。その青い瞳は、もはや敵意を映してはいない。ただ、純粋な、そして底なしの「疑問」を浮かべ、黒焦げになって倒れるカケルの姿を、じっと見つめている。

「……カケル……しっかりして……」
ティリアは、人形の言葉など耳に入らないかのように、必死にカケルに呼びかけ続けていた。彼女は、自分のポーチから、なけなしのポーションを取り出し、カケルの口元へと運ぶ。だが、彼の損傷は、そんなものでどうにかなるレベルを、とっくに超えていた。
右腕は、肩の付け根から、完全に失われている。
胸の装甲は、ひしゃげたまま。
そして、自爆の衝撃で、彼の生命維持を担う、内部の動力機関も、停止寸前の状態に陥っていた。カケルの体温が、急速に失われていくのが、ティリアにも分かった。
(……ダメ……このままじゃ、カケルが……死んじゃう……!)
ティリアの心は、絶望で押し潰されそうだった。
その時。
ゆっくりとした、しかし確かな足取りで、あの人形が、二人に近づいてきた。
「……来ないで!」
ティリアは、咄嗟に弓を構えた。だが、その手は、恐怖と悲しみで、微かに震えている。
人形は、ティリアの威嚇を意に介さず、さらに歩みを進め、カケルの体のすぐそばで、足を止めた。そして、その華奢な体で、カケルの前に、静かにひざまずいた。
彼女は、火花を散らす、カケルの胸の傷跡に、そっと、その白い指先を触れさせた。
「何をする気……!」
ティリアが、矢を放とうとした、その瞬間。
人形の指先から、淡い、青白い光が放たれた。
その光は、カケルの傷口に吸い込まれるようにして、内部の、停止しかけていた動力機関へと、流れ込んでいく。
それは、まるで、バッテリー切れの機械に、外部からエネルギーを供給するかのような光景だった。
ゴウン……
カケルの体内から、か細い、しかし、確かな駆動音が、再び響き始めた。
停止しかけていた、生命の鼓動。
人形は、自らのエネルギーを、カケルに分け与えているのだ。
「……あなた……一体……」
ティリアは、弓を下ろし、目の前で起きている、信じがたい光景を、ただ見つめることしかできなかった。
やがて、カケルの呼吸が、少しだけ、安定を取り戻した。危険な状態を、脱したわけではない。だが、少なくとも、今すぐ命の火が消える、という最悪の事態だけは、回避されたようだった。
エネルギーの供給を終えた人形は、少しだけ、その体の輝きが弱くなったように見えた。
彼女は、立ち上がると、再び、平坦な合成音声で、口を開いた。

『私の名は、ユニット734。この遺跡……『サンクチュアリ』の、管理補助及び防衛を担当する、自律思考型インターフェイスです』
「ユニット……734……?」
『……ですが、今の私は、正常に機能していません』
人形――ユニット734は、自らの、損傷した体を見下ろした。
『貴方との戦闘……いえ、貴方の、あの論理外の行動により、私の戦闘AIと、論理回路の大部分が、物理的に、そして概念的に、破壊されました。その結果、私の中に、これまで存在しなかった、新たなプロトコルが、発生しています』
「新たな……プロトコル?」
『はい。それは、『疑問』と『好奇心』です』
ユニット734は、その青い瞳を、ティリアに向けた。
『何故、彼は、自らを破壊することを選んだのですか? 生存本能という、最も優先されるべき基本プログラムに、何故、逆らうことができたのですか? その行動原理が、私には、理解できません。そして、理解できない、という、この状態が、私にとっては、最大のシステムエラーなのです』
彼女の言葉は、淡々としていた。だが、その中には、自らの存在意義そのものを揺るがされた、機械の、深い戸惑いが感じられた。
『私は、彼を、知る必要があります。彼という、イレギュラーな存在を、解析し、理解することで、私の論理回路を、再構築(リビルド)しなくてはなりません』
ユニット734は、再び、カケルの前にひざまずくと、その体を、軽々と、横抱きに抱え上げた。その華奢な腕からは、想像もつかないほどの力が、発揮されている。
「ま、待ちなさい! カケルに、何をする気!?」
ティリアは、再び警戒を強める。
『……治療を、行います』
ユニット734は、答えた。
『このサンクチュアリの深部には、医療ポッドがあります。彼の損傷した肉体組織と、機械部品を、修復するための施設です。このままでは、彼は、いずれ機能停止……つまり、『死』に至ります』
「医療ポッド……」
その言葉に、ティリアの心に、一筋の光明が差した。
だが、同時に、疑問も浮かぶ。
「どうして、私たちを助けるの? あなたは、私たちを『敵』だと認識して、攻撃してきたはずじゃ……」
『先程、申し上げた通りです。私の戦闘プログラムは、現在、機能停止しています。今の私の、最優先事項は、彼という『エラー』の原因を、究明すること。そのためには、彼に、生きていてもらわなくては、なりません』
彼女の行動原理は、善意や同情ではない。ただ、自らのシステムを修復するための、純粋に、合理的な判断だった。
『……ついてきてください。貴女の助けも、必要になるかもしれません』
ユニット734は、それだけ言うと、カケルを抱えたまま、ホールの奥、中央通路へと、静かに歩き始めた。
ティリアは、一瞬、迷った。この人形を、信じていいのか。
だが、彼女には、他に選択肢はなかった。カケルの命を救うためなら、どんな危険な賭けにでも、乗るしかなかった。
彼女は、弓を握りしめ、覚悟を決めると、ユニット734の後を、追った。

中央通路の奥は、ティリアが想像していたような、無機質な機械の回廊ではなかった。
壁からは、柔らかな光が放たれ、床は、まるで生きているかのように、歩く者の足音を吸収する。空気は、常に清浄な状態に保たれ、どこか、森の中のような、心地よい静けさに満ちていた。
やがて、三人は、巨大な円形の部屋へとたどり着いた。
部屋の中央には、人間一人分の大きさの、透明なカプセルのようなものが、静かに鎮座している。それこそが、医療ポッドなのだろう。
ユニット734は、カケルの体を、ゆっくりと、そのポッドの中に横たえた。
そして、彼女は、ポッドに隣接する、操作パネルのようなものに向き合うと、その指先から、数本の細いケーブルを伸ばし、パネルの端子に接続した。
『……医療シーケンス、開始。……対象の生体情報と、機械情報を、スキャンします』
ポッドの内部が、青白い光で満たされ、カケルの体を、隅々までスキャンしていく。
『……スキャン完了。……驚異的な、ハイブリッド構造。肉体と機械の、完全な融合。……理解不能な、テクノロジーです』
ユニット734は、淡々と分析結果を述べる。
『……右腕部の、完全欠損を確認。……胸部装甲、動力機関の、深刻な損傷。……全身の神経回路網も、過負荷により、断線が多数。……修復には、膨大な時間と、エネルギーが必要です』
「時間がかかってもいい! お願い、彼を助けて!」
ティリアは、祈るように、叫んだ。
『……了解しました。修復プログラムを、実行します』
ユニット7s34が、パネルを操作すると、ポッドの内部に、緑色の、ゼリー状の液体が、満たされ始めた。その液体は、カケルの体を、優しく包み込んでいく。
『……これより、彼は、コールドスリープ状態に入ります。肉体の再生と、機械部品の修復には、最低でも、七周期……こちらの時間で、七日ほどかかるでしょう』
「七日……」
『その間、私は、彼のそばで、システムの監視を続けます。……貴女は、どうしますか?』
ユニット734は、ティリアに、問いかけた。
ティリアは、緑色の液体の中で、静かに眠る、カケルの顔を見つめた。
その顔は、苦痛から解放され、今は、とても穏やかに見えた。
彼女は、ポッドのガラスに、そっと、手を触れた。
「……私も、ここにいるわ。彼が、目を覚ますまで、ずっと」
その答えを聞いて、ユニット734の青い瞳が、ほんのわずかに、揺らめいたように見えた。
それは、彼女の論理回路が、また一つ、『理解不能』なデータを、インプットした瞬間だったのかもしれない。
古代遺跡の最深部で、三者の、奇妙な共同生活が、始まろうとしていた。
それは、世界の秘密へと繋がる、長い、長い、一週間の始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと
ファンタジー
この乙女ゲーの世界に転生してからというもの毎日教会に通い詰めている。アランという貧乏貴族の三男に生まれた俺は、何を目指し、何を糧にして生きていけばいいのか分からない。 そんな人生のアドバイスをもらうため教会に通っているのだが……。 「アランくん。今日も来てくれたのね」 そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。 そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。 「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」 と相談すれば、 「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。 そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。 興味本位で俺は教会本部に人生相談をお願いした。担当になった人物というのが、またもやリリシアさんで…………。 ようやく俺は気づいたんだ。 リリシアさんに付きまとわれていること、この頻繁に相談する関係が実は異常だったということに。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...