異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第三十七話 重力からの解放

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工房を、いや、古代遺跡のホール全体を、凄まじいエネルギーの嵐が吹き荒れた。
空間が歪み、壁や床に描かれた古代の紋様が、乱れた光を発して明滅する。カケルの体と、浮遊石(アーク・グラビティ・ストーン)を繋ぐ光の奔流は、もはや制御不能な奔流と化していた。

「ぐ……あああああっ……!」

カケルの絶叫が、ホールに響き渡る。
彼の意識は、激流に飲み込まれた小舟のように、翻弄されていた。
脳内に、膨大な、そして未知の情報が、濁流のように流れ込んでくる。重力とは何か。空間とは何か。質量とは何か。世界の根源を成す、物理法則の設計図。創造主たちが遺した、神の知識。
常人の精神ならば、その情報量に耐えきれず、一瞬で崩壊していただろう。
だが、カケルの脳は、違った。
機械技師として、三十年間、培ってきた、論理的な思考回路。
異世界に来てから、数多の戦闘と改造を経て、研ぎ澄まされてきた、超高速の演算能力。
それらが、かろうじて、彼の精神を繋ぎ止めていた。
彼は、流れ込んでくる情報を、ただ受け入れるのではない。それを、分解し、解析し、そして、自らの知識体系の中に、再構築していく。
まるで、未知の機械を、リバースエンジニアリングするかのように。

『……融合率、70パーセント……80パーセント……!』
ナナの合成音声が、警告を発する。
『……危険! 対象の精神汚染レベルが、臨界点に達します! このままでは、自我が、レリックの奔流に飲み込まれる!』
「カケル!」
ティリアは、たまらず、宙に浮くカケルに向かって駆け寄ろうとした。
だが、カケ-ルの周囲に発生した、歪んだ重力場が、彼女の接近を阻む。見えない壁に、弾き返されてしまう。
カケルの瞳は、もはや焦点が合っておらず、様々な色に明滅を繰り返している。彼の口からは、意味をなさない、断片的な言葉が、うわ言のように漏れ出ていた。
「……公差……±0.001ミリ……熱処理……焼き入れ……焼き戻し……」
それは、彼が、機械技師として生きてきた、記憶の断片。
「……田中……プレス機……安全装置……なぜ……」
事故の、トラウマ。
「……鉄の塊……腕じゃない……」
ティリアに、言われた言葉。
彼の過去、彼の技術、彼のトラウマ、彼の希望。その全てが、レリックの膨大なエネルギーの中で、ごちゃ混ぜになり、溶け合っていく。
彼の自我が、境界線を失い、融解しかけていた。

(……ダメだ……意識が……)
カケル自身も、自分の限界を悟っていた。
もう、楽になりたい。この、情報の奔流の中に、全てを委ねてしまえば、どれだけ楽だろうか。
彼の心が、諦めに傾きかけた、その時。

――カケル!

不意に、脳内に、クリアな声が響いた。
ティリアの声だ。
いや、声ではない。彼女の、強い「想い」が、何らかの形で、彼の精神に、直接、届いたのだ。
おそらくは、彼女の義手――カケルが作り、彼女の神経と接続した、あの白き腕を通じて。

――あなたを、信じてる! あなたは、化け物なんかじゃない! 私の、私たちの、最高の『技師』よ!

ティリアの想いが、濁流の中に、一本の、確かな光の柱を打ち立てた。
その光を、カケルは、必死に、掴んだ。
そうだ。
俺は、カケルだ。
相羽カケル。ただの、機械技師。
モノを創り、人を助け、そして、理不尽に、抗う。
それが、俺だ。
「……俺は……俺だあああああっ!」
カケルは、最後の力を振り絞り、咆哮した。
彼の、揺るぎない自我が、レリックの奔流に、逆らい始めた。
彼は、もはや、情報の濁流に飲み込まれるのではない。
その流れを、自らの意志で、制御しようとしていたのだ。

『……なっ!? 精神汚染レベル、急速に低下!』
ナナが、信じられない、という響きを含んだ声を発した。
『……対象が、レリックの制御権を、掌握し始めています……。ありえない……。創造主ですら、成しえなかったことを……』
カケルと浮遊石を繋いでいた、荒れ狂う光の奔流が、徐々に、その勢いを収めていく。
そして、その光は、カケルの体の中心――彼の心臓部へと、まるで川が海に注ぐように、静かに、そして完全に、吸い込まれていった。
融合率、100パーセント。
全ての光が、消え去った時。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、宙に、静かに浮かぶ、カケルの姿だった。

彼の体は、外見上、大きな変化はなかった。
だが、その内側は、もはや、全くの別物へと生まれ変わっていた。
彼の心臓は、もはや、血を送り出すだけの、ただの臓器ではない。
浮遊石と融合し、重力エネルギーを生成し、制御する、永久機関の『グラビティ・コア』へと、変貌を遂げていたのだ。
カケルは、ゆっくりと、目を開いた。
その瞳は、もはや、様々な色に明滅してはいない。ただ、宇宙の深淵を思わせるような、深く、静かな、蒼色に染まっていた。
彼は、空中で、ゆっくりと、ティリアとナナの前に、降り立った。
もはや、ブースターの噴射音はない。ただ、彼の意志だけで、彼の体は、重力という鎖から、完全に、解放されていた。
「……カケル……?」
ティリアが、恐る恐る、彼の名を呼んだ。
「……ああ。ただいまだ」
カケルは、そう言って、穏やかに、微笑んだ。
それは、彼が、この世界に来てから、初めて見せた、心からの、優しい笑みだった。
彼の口調も、以前のような、刺々しいものではなくなっている。レリックとの融合は、彼の精神にも、何らかの、安定と調和をもたらしたようだった。

『……信じられません』
ナナが、その青い瞳を、大きく見開いていた。
『貴方は、レリックを、完全に、支配した。……貴方は、もはや、人間でも、機械でもない。新たな、理そのものです』
「大げさだな」
カケルは、苦笑した。
「俺は、俺だ。ただの、機械技師だよ。できることが、少し増えただけだ」
彼は、自分の手を、目の前にかざした。
そして、彼は、意識を集中させた。
彼の周りの空間に、目に見えない、しかし確かな、力の場が形成される。
工房の隅に転がっていた、ハンマーや、スパナといった工具類が、ふわり、と宙に浮き上がった。
そして、それらは、彼の意志のままに、空中で、まるでダンスを踊るかのように、自在に動き回った。
「……これが、俺の、新しい力」
重力制御。
それは、あまりに、強大で、そして、無限の可能性を秘めた力だった。
これがあれば、もう、ギルベルトのような相手にも、後れを取ることはない。
いや、それ以上の、この世界の『システム』そのものと、対等に渡り合えるかもしれない。

「すごい……」
ティリアは、その光景に、ただ、見惚れていた。
「さあ、帰るぞ」
カケルは、空中に浮かべた工具を、そっと、元の場所に戻すと、言った。
「リゼットが、待っている。それに、ソレイユの連中にも、借りを返さなきゃならん」
彼の瞳に、再び、闘志の光が宿る。だが、それは、以前のような、憎悪や怒りに任せたものではない。
もっと、冷静で、そして、絶対的な自信に裏打ちされた、王者の風格だった。

カケルは、ティリアとナナに向かって、手を差し伸べた。
「二人とも、掴まれ。歩いて帰るのは、面倒だ」
ティリアとナナは、顔を見合わせ、少し戸惑いながらも、カケルの腕を掴んだ。
次の瞬間、三人の体が、ふわり、と、宙に浮き上がった。
「きゃっ!」
ティリアが、驚きの声を上げる。
カケルの重力制御能力が、二人をも、その効果範囲に収めたのだ。
「行くぞ」
カケルの言葉と共に、三人の体は、音もなく、しかし、凄まじい速度で、遺跡の天井を抜け、空へと舞い上がった。
眼下に、禁忌の森が、みるみる小さくなっていく。
重力という、絶対的な制約から解放された、鋼鉄の救世主。
その飛翔は、ガルダ公国に、新たな希望の光をもたらすと共に、世界の理を、大きく、そして、決定的に、揺るがす、序曲に過ぎなかった。
物語は、ついに、神々の領域へと、その舞台を移そうとしていた。
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