「荷物持ちは黙ってろ!」と追い出された俺のスキルは【収納(ストレージ)】。――パーティの全財産と装備、俺のストレージの中に入れたままだったっ

夏見ナイ

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第13話 エルフのルナ

 俺の問いに、奴隷商人はニヤリと汚い歯を見せて笑った。俺を試すように、わざと間を置いてから、ふっかけるつもりの額を口にする。
「……金貨300枚。払えるもんならな」

 それは、並の貴族が邸宅を一つ買えるほどの金額だった。この男にしてみれば、俺が絶対に払えるはずのない、諦めさせるための数字だったのだろう。
 だが、その言葉を聞いた俺は、心の中で静かに安堵していた。

(安いものだ)

 俺は何も言わず、右手をすっと前に差し出した。
 男が「なんだ?」と訝しげな顔をする。その視線の前で、俺はスキルを発動させた。

 ――【収納】、起動。パーティ共有資産、木箱。開錠。

 次の瞬間、ありえない光景が奴隷商人の目の前で繰り広げられた。
 何もない空間から、まるで滝のように、無数の金貨が溢れ出したのだ。チャリン、チャリン、と硬質な音を立てて金貨は俺の手のひらから零れ落ち、あっという間に足元に黄金の小山を築き上げていく。

「な……ひっ……!?」

 奴隷商人の顔から、血の気が引いていくのが分かった。下卑た笑みは凍りつき、見開かれた目は目の前の黄金と、涼しい顔でそれを生み出し続ける俺とを、信じられないものを見るように往復している。

 やがて、小山が奴隷商人が提示した額を遥かに超えたであろう頃合いを見計らって、俺は金貨の奔流をピタリと止めた。
「これで足りるか?」
 俺が静かに問うと、男は壊れた人形のように何度も首を縦に振る。その額には脂汗が浮かび、先ほどまでの威圧的な態度はどこにもなかった。
「た、足ります! じゅ、十分すぎます、旦那様!」

 俺は金貨の山を顎でしゃくった。
「なら、所有権は俺のものだ。その子の首輪の鍵をよこせ」
「は、はい! ただいま!」
 男は慌てて懐から錆びついた鍵束を取り出すと、這うようにして俺に差し出した。俺はその中から一番小さな鍵をひったくると、男には目もくれず、うずくまる少女の前に膝をついた。

 少女は、目の前で起きた出来事が理解できていないのか、ただ呆然と俺を見上げていた。その虚ろな瞳が、初めてかすかな戸惑いの色を宿す。
 俺は何も言わず、震える彼女の首にそっと手を伸ばした。びくり、と少女の肩が跳ねる。
「……大丈夫だ。もう何もしない」
 できるだけ穏やかな声で語りかけ、冷たい鉄の首輪に鍵を差し込む。カチャリ、と乾いた音がして、長年彼女を縛り付けていたであろう拘束具が、音を立てて地面に落ちた。

 首筋に残る痛々しい痕。俺は自分の外套を脱ぐと、それを少女の華奢な肩にそっとかけてやった。
「もうお前は自由だ。好きにしていい」
 そう告げると、少女は初めて、小さな声を発した。
「……どうして」
「昔の自分を見ているようだった。それだけだ」
 俺は立ち上がり、少女に手を差し伸べる。
「立てるか? ……名前は?」

 少女はしばらく俺の手をじっと見つめていたが、やがておずおずと、その小さな手を重ねてきた。冷たく、か弱い手だった。
「……名前、は……ありません」
「そうか。なら、俺がつけよう」
 俺は彼女の、闇の中でも輝きを失わない銀色の髪を見つめた。
「ルナ。お前の名前は、今日からルナだ」

 ルナ。月を意味するその名に、彼女はこくりと小さく頷いた。
 俺は彼女の手を優しく引き、ゆっくりと立ち上がらせる。そして、金貨の山に未だ釘付けになっている奴隷商人を一瞥もしないまま、その薄暗い路地裏を静かに後にした。
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