ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第13話 森の重戦車、グレートボア

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キラーラビットとの戦いに勝利し、俺たちは新たなスキルと、そして何より大きな自信を手に入れた。スキル【跳躍】はゴブリンたちの機動力を飛躍的に向上させ、【危機察知】は探索部隊の生存率を劇的に改善した。

森の探索は、以前とは比較にならないほど安全かつ効率的になった。俺が率いる群れは、もはや洞窟の周辺で小物を狩っていた頃とは別次元の存在へと変貌を遂げつつあった。

だが、俺の渇望は満たされない。

キラーラビットを食って得た力は大きい。だが、それはあくまで速度という一点に特化した力だ。この森には、速度だけではどうにもならない、絶対的な「力」を持つ存在がいるはずだ。俺はそれを求めていた。純粋な破壊力、圧倒的な質量。俺の組織に欠けている、最後のピース。

俺は探索部隊に、より森の奥深く、未知の領域への斥候を命じた。

「無理ハスルナ。情報収集ガ最優先ダ。ヤバイト感ジタラ、スグニ引キ返セ」

【危機察知】スキルを得た彼らなら、致命的な遭遇は避けられるはずだ。リーダーは力強く頷き、精鋭の部下を率いて緑の深淵へと消えていった。

数日後、探索部隊はボロボロの姿で帰還した。死者は出ていない。だが、全員が消耗しきっており、その顔には未だかつてないほどの恐怖が刻み付けられていた。

「ボス……アレハ……ダメダ」

リーダーは、俺の前に崩れるように膝をつき、絞り出すように言った。

「森ノ奥……沼地ノ先ニ……イノシシガ……」
「猪?」
「イノシシナンカジャナイ! アレハ……山ダ。動ク山ナンカダ!」

彼の報告は、支離滅裂だった。だが、その恐怖だけは本物だと伝わってきた。彼らほどの精鋭を、戦う前にしてここまで怯えさせる存在。俺の興味は、否応なく掻き立てられた。

俺は負傷した探索部隊を休ませ、自ら精鋭の狩り部隊を率いて森の奥へと向かうことにした。案内役は、比較的傷の浅い探索隊員の一人だ。

「コノ先デス……」

案内役のゴブリンは、明らかに怯えていた。沼地を抜け、木々が鬱蒼と生い茂るエリアに足を踏み入れると、空気が変わった。これまで感じてきた獣の気配とは、明らかに質が違う。重く、濃密なプレッシャーが、大気そのものを押し潰しているようだった。

ゴブリンたちの足が、自然と遅くなる。誰もが本能的に、この先にいる存在の異常さを感じ取っていた。

やがて、前方の木々が不自然に薙ぎ払われている場所に出た。まるで巨大な何かが、道をこじ開けるようにして進んだ跡だ。地面には、俺の身体ほどもある巨大な蹄の跡が、くっきりと残っている。

ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

俺は部隊に停止を命じ、一人で先に進んだ。木々の隙間から、前方の開けた場所をそっと覗き込む。

そこに、奴はいた。

探索隊員の報告は、決して大袈裟ではなかった。それは、猪の姿をした山だった。体高は三メートルを超え、全長は五メートルはあろうか。漆黒の剛毛はまるで鋼の針金のようで、その全身は岩のような筋肉で覆われている。そして何より目を引くのは、その頭部から天を突くように伸びる、二本の巨大な牙。象牙のように白く、その先端は槍のように鋭く尖っている。

グレートボア。

俺の脳裏に、その名が浮かんだ。ファンタジーの世界における、強力なモンスターの代名詞。

奴は、地面に鼻をこすりつけ、木の根を掘り起こして食べていた。その何気ない動作一つ一つが、大地を揺るがすほどのパワーを秘めている。

勝てるか?

俺は冷静に戦力分析を開始した。キラーラビット戦で得た【跳躍】と【危機察知】は、おそらく奴には通用しない。あの巨体から繰り出される突進は、避けることさえ困難だろう。【硬質外皮】で受け止めれば、骨ごと砕かれるのが関の山だ。【毒牙】の麻痺毒が、あの分厚い脂肪と筋肉にどれほど効くかも分からない。

俺たちの武器は、数と連携。そして、俺の知恵。

だが、その全てが、あの圧倒的な質量とパワーの前には、あまりにも無力に思えた。

俺が観察を続けていると、グレートボアが不意に動きを止めた。そして、巨大な鼻をひくつかせ、ゆっくりとこちらを向いた。

バレた!

【嗅覚強化】スキルを持つ俺ですら気づかなかった俺たちの匂いを、奴は正確に捉えていたのだ。

「グルルルル……」

地響きのような唸り声が、森に響き渡る。その赤い瞳が、俺たちという侵入者を捉え、明確な敵意を剥き出しにした。

「散開! 囲メ!」

俺は即座に指示を飛ばした。ゴブリンたちが、訓練通りに散開し、グレートボアを包囲しようとする。

だが、奴の動きは俺たちの想像を遥かに超えていた。

「ブモオオオオオ!」

咆哮と共に、グレートボアが突進を開始した。目標は、包囲網の一角を担っていたゴブリンの一隊。

逃げろ!

俺が叫ぶより早く、黒い山がゴブリンたちを飲み込んだ。

ドゴォン、という凄まじい衝突音。数本の巨大な木々が、まるでマッチ棒のようにへし折れる。そして、そこにいたはずの三体のゴブリンは、跡形もなく消え去っていた。ミンチにさえなっていない。ただ、大地に染み付いた赤い染みだけが、彼らがそこにいたことを示していた。

「……ヒッ」

生き残ったゴブリンたちが、恐怖に凍りつく。これまでどんな強敵にも怯まなかった精鋭たちが、赤子のようにおびえていた。

これが、森の重戦車。

これまでの敵とは、次元が違う。キラーラビットが鋭利なナイフなら、こいつは全てを薙ぎ払う鉄球だ。小手先の戦術など、何の意味もなさない。

グレートボアは、一度の突進で俺たちの包囲網を破壊すると、再びこちらに向き直った。その目は、次の獲物を定めようとしている。

このままでは、また仲間が殺される。

「全員、俺に続け! 奴の注意を引く!」

俺は恐怖に竦むゴブリンたちを叱咤し、自らグレートボアに向かって駆け出した。他のゴブリンたちも、半ば自暴自棄に、あるいは俺への忠誠心からか、雄叫びを上げて後に続く。

「散らばれ! 足を狙え!」

俺たちはグレートボアの周囲を取り巻き、波状攻撃を仕掛けた。ゴブリンたちが、その巨大な脚に棍棒を叩きつける。

ガキン、という硬い音。棍棒は、まるで岩を殴ったかのように弾かれた。奴の外皮は、生半可な攻撃を一切通さない、天然の鎧と化していた。

グレートボアは、足元にまとわりつく虫を払うかのように、巨大な頭を振るった。その一振りで、また二体のゴブリンが宙を舞い、木の幹に叩きつけられて絶命した。

一方的な、蹂躙。

これが、絶対的な「力」。俺たちが持ち得なかった、最後のピース。

だが、ここで諦めるわけにはいかない。俺はこの力を手に入れるために来たのだ。

「クソッたれが……!」

俺は【跳躍】スキルを最大限に使い、グレートボアの側面へと回り込む。そして、その巨大な身体を駆け上がり、弱点であるはずの目を目指した。

だが、俺の動きは既に見切られていた。グレートボアは巨体を揺らし、俺を振り落とそうとする。俺は必死に剛毛にしがみつくが、その身体はまるで暴風の中の木の葉のようだった。

そして、ついに俺の手が限界を迎えた。

「しまっ……!」

宙に投げ出された俺の身体。眼下には、俺を叩き潰そうと待ち構える、巨大な蹄があった。

死を、覚悟した。

部隊は、壊滅寸前だった。
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