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第32話 内部情報の入手
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洞窟の最奥。普段は誰も寄り付かない、湿った空気と静寂だけが支配する小部屋が、臨時の尋問室となっていた。松明の光が、壁に縛り付けられた巨大なオークの影を不気味に揺らしている。
彼の名は、ボルグ。先の戦いで生き残った、ただ一人の捕虜だ。脚を折られ、厳重に拘束された彼は、憎悪に満ちた目で俺を睨みつけていた。
「……また、貴様か。虫ケラの王め」
ボルグの声は、乾ききっていた。
「さっさと殺せ。貴様に話すことなど、何もない」
俺は彼の正面に立ち、無言でその顔を観察した。彼の瞳の奥に宿る、ガロンへの揺るぎない忠誠心。そして、敗北の屈辱。これを力でこじ開けようとすれば、彼の心は固く閉ざされるだけだろう。
俺は尋問を始める前に、資材管理係に命じて、彼に水と少量の干し肉を与えさせた。
「……何ノ真似ダ」
訝しげな顔をするボルグに、俺は静かに告げた。
「俺は、お前を拷問するつもりはない。ただ、対話がしたいだけだ。死人に口なし。お前には、まだ死なれては困る」
俺の意外な行動に、ボルグは戸惑いを見せた。だが、彼はすぐに警戒心を取り戻し、水にも肉にも口をつけようとはしなかった。
「無駄なことを。毒でも入っているのだろう」
「入っていない。俺は、お前の情報を必要としている。お前の協力次第では、命を助けてやってもいいと考えている」
「フン、命乞いなどするか。俺はガロン様に忠誠を誓った、誇り高きオークの戦士だ!」
誇り、か。
俺はその言葉を、心の中で冷ややかに反芻した。前世で、どれだけ多くの人間が、その言葉の名の下に無意味な自己犠牲を強いられてきたことか。
俺は、尋問の切り口を変えた。
「ガロンは、お前たちを見捨てた」
「……何?」
ボルグの表情が、初めて動いた。
「彼は、お前たち部下を犠牲にして、自分だけが逃げ延びた。あれが、お前たちの言う英雄の姿か?」
「黙レ! ガロン様は、我々を生かすために撤退を決断されたのだ! あれは、苦渋の決断だった!」
「そうか?」俺は、わざとらしく首を傾げた。「俺にはそうは見えなかった。彼は、自分の敗北を認めたくなかっただけだ。部下が全滅すれば、自分の指揮能力のなさが露呈する。だから、生き残りを連れて逃げた。お前という『敗北の証拠』を、この森に残してな」
俺の言葉は、毒のようにじわじわとボルグの心を蝕んでいく。それは、彼自身が心のどこかで感じていた、しかし認めたくなかった疑念だった。
「違う……ガロン様は、そんな方ではない……」
「では、なぜ彼は助けに来ない? 捕虜になったお前を、なぜ奪還しようとしない? 答えは簡単だ。お前はもう、彼にとって何の価値もないからだ。見捨てられた兵士、ただそれだけだ」
「黙レ、黙レ、黙レェ!」
ボルグが、鎖を引きちぎらんばかりに暴れた。彼の心は、確実に揺らいでいた。
俺は、畳み掛ける。
「お前たちの憎しみは、人間へと向いているはずだ。違うか? だが、お前たちは今、誰と戦っている? 俺たちゴブリンだ。お前たちの仲間を殺したのは、人間ではなく、この俺だ。ガロンはお前たちを、本来の目的とは違う、無意味な戦いに巻き込んでいる。そして、その結果がこれだ。多くの仲間を失い、お前は無様に捕らえられている」
俺は、彼の目の前に、一つの「可能性」を提示した。
「俺も、人間が嫌いだ。奴らは、俺の仲間を殺し、リリアの故郷を焼いた。我々の敵は、共通しているのかもしれない」
「……何が言いたい」
ボルグの声から、力が失われていた。
「お前たちが我々に協力すれば、話は変わってくる。我々の知恵と、お前たちの力。それを合わせれば、人間どもをこの森から駆逐することなど、造作もない。ガロンが成し遂げられなかった『復讐』を、俺が代わりに成し遂げてやってもいい」
それは、悪魔の囁きだった。だが、絶望の淵にいる者にとって、それは唯一の光に見えることもある。
ボルグは、長く、長く沈黙した。その間に、彼の頭の中では、忠誠と現実、誇りと生存が、激しくせめぎ合っていたのだろう。
やがて、彼は顔を上げた。その目から、先ほどまでの頑なな光は消えていた。
「……何が知りたい」
落ちたな。
俺は心の中で勝利を確信しながらも、表情には出さなかった。
「ガロッシュ砦の、全てだ。構造、警備体制、兵の数、食料の備蓄、ガロンのいる場所。お前が知る、全てを話せ」
ボルグは、一度覚悟を決めてしまえば早かった。彼は、まるで堰を切ったように、砦の内部情報を語り始めた。
ガロッシュ砦は、巨大な岩山をくり抜いて作られた、天然の要塞であること。
正門は一つしかなく、常に屈強なオークが十人体制で警備していること。
壁の上には、数カ所の見張り塔があり、交代制で監視しているが、夜間、特に深夜になると、その警戒は緩慢になること。
兵舎と鍛冶場は砦の中心部にあるが、食料庫だけは、増築を重ねた結果、砦の西側の崖沿いという、やや守りの手薄な場所に位置していること。
そして、戦士長ガロンは、砦の最奥にある「戦士長の間」から、ほとんど動かないこと。
「合言葉はあるか?」
「……ある。『血ニハ血ヲ』。それが、夜間の見張りに通じる合言葉だ」
ボルグは、自分が知る情報を全て吐き出した。それは、俺たちが次に取るべき作戦を決定づける、あまりにも価値のある情報だった。
全ての情報を聞き出した後、俺はボルグを見下ろした。彼は、全てを失ったように、ぐったりと壁にもたれかかっている。
「……約束だ。俺は、話した。命は……」
「ああ、約束は守る。お前は殺さない」
俺の言葉に、ボルグの顔にわずかな安堵の色が浮かんだ。だが、俺は続けた。
「だが、解放もしない。お前には、まだ使い道がある」
俺は部下を呼び、ボルグを別の場所へ移すよう命じた。彼は、これからの交渉や、あるいは内部工作のための、重要な「手駒」となるだろう。
「なっ……貴様! 話が違う!」
ボル天の声が、洞窟の奥に虚しく響いた。
俺は彼の抗議に耳を貸さず、尋問室を後にした。手に入れたばかりの熱い情報を手に、俺の頭脳は既に、次なる作戦――ガロッシュ砦攻略計画の立案を開始していた。
夜襲。
内部からの破壊工作。
そして、ガロンとの最終決戦。
パズルのピースは、全て揃った。あとは、それをどう組み合わせるかだけだ。
彼の名は、ボルグ。先の戦いで生き残った、ただ一人の捕虜だ。脚を折られ、厳重に拘束された彼は、憎悪に満ちた目で俺を睨みつけていた。
「……また、貴様か。虫ケラの王め」
ボルグの声は、乾ききっていた。
「さっさと殺せ。貴様に話すことなど、何もない」
俺は彼の正面に立ち、無言でその顔を観察した。彼の瞳の奥に宿る、ガロンへの揺るぎない忠誠心。そして、敗北の屈辱。これを力でこじ開けようとすれば、彼の心は固く閉ざされるだけだろう。
俺は尋問を始める前に、資材管理係に命じて、彼に水と少量の干し肉を与えさせた。
「……何ノ真似ダ」
訝しげな顔をするボルグに、俺は静かに告げた。
「俺は、お前を拷問するつもりはない。ただ、対話がしたいだけだ。死人に口なし。お前には、まだ死なれては困る」
俺の意外な行動に、ボルグは戸惑いを見せた。だが、彼はすぐに警戒心を取り戻し、水にも肉にも口をつけようとはしなかった。
「無駄なことを。毒でも入っているのだろう」
「入っていない。俺は、お前の情報を必要としている。お前の協力次第では、命を助けてやってもいいと考えている」
「フン、命乞いなどするか。俺はガロン様に忠誠を誓った、誇り高きオークの戦士だ!」
誇り、か。
俺はその言葉を、心の中で冷ややかに反芻した。前世で、どれだけ多くの人間が、その言葉の名の下に無意味な自己犠牲を強いられてきたことか。
俺は、尋問の切り口を変えた。
「ガロンは、お前たちを見捨てた」
「……何?」
ボルグの表情が、初めて動いた。
「彼は、お前たち部下を犠牲にして、自分だけが逃げ延びた。あれが、お前たちの言う英雄の姿か?」
「黙レ! ガロン様は、我々を生かすために撤退を決断されたのだ! あれは、苦渋の決断だった!」
「そうか?」俺は、わざとらしく首を傾げた。「俺にはそうは見えなかった。彼は、自分の敗北を認めたくなかっただけだ。部下が全滅すれば、自分の指揮能力のなさが露呈する。だから、生き残りを連れて逃げた。お前という『敗北の証拠』を、この森に残してな」
俺の言葉は、毒のようにじわじわとボルグの心を蝕んでいく。それは、彼自身が心のどこかで感じていた、しかし認めたくなかった疑念だった。
「違う……ガロン様は、そんな方ではない……」
「では、なぜ彼は助けに来ない? 捕虜になったお前を、なぜ奪還しようとしない? 答えは簡単だ。お前はもう、彼にとって何の価値もないからだ。見捨てられた兵士、ただそれだけだ」
「黙レ、黙レ、黙レェ!」
ボルグが、鎖を引きちぎらんばかりに暴れた。彼の心は、確実に揺らいでいた。
俺は、畳み掛ける。
「お前たちの憎しみは、人間へと向いているはずだ。違うか? だが、お前たちは今、誰と戦っている? 俺たちゴブリンだ。お前たちの仲間を殺したのは、人間ではなく、この俺だ。ガロンはお前たちを、本来の目的とは違う、無意味な戦いに巻き込んでいる。そして、その結果がこれだ。多くの仲間を失い、お前は無様に捕らえられている」
俺は、彼の目の前に、一つの「可能性」を提示した。
「俺も、人間が嫌いだ。奴らは、俺の仲間を殺し、リリアの故郷を焼いた。我々の敵は、共通しているのかもしれない」
「……何が言いたい」
ボルグの声から、力が失われていた。
「お前たちが我々に協力すれば、話は変わってくる。我々の知恵と、お前たちの力。それを合わせれば、人間どもをこの森から駆逐することなど、造作もない。ガロンが成し遂げられなかった『復讐』を、俺が代わりに成し遂げてやってもいい」
それは、悪魔の囁きだった。だが、絶望の淵にいる者にとって、それは唯一の光に見えることもある。
ボルグは、長く、長く沈黙した。その間に、彼の頭の中では、忠誠と現実、誇りと生存が、激しくせめぎ合っていたのだろう。
やがて、彼は顔を上げた。その目から、先ほどまでの頑なな光は消えていた。
「……何が知りたい」
落ちたな。
俺は心の中で勝利を確信しながらも、表情には出さなかった。
「ガロッシュ砦の、全てだ。構造、警備体制、兵の数、食料の備蓄、ガロンのいる場所。お前が知る、全てを話せ」
ボルグは、一度覚悟を決めてしまえば早かった。彼は、まるで堰を切ったように、砦の内部情報を語り始めた。
ガロッシュ砦は、巨大な岩山をくり抜いて作られた、天然の要塞であること。
正門は一つしかなく、常に屈強なオークが十人体制で警備していること。
壁の上には、数カ所の見張り塔があり、交代制で監視しているが、夜間、特に深夜になると、その警戒は緩慢になること。
兵舎と鍛冶場は砦の中心部にあるが、食料庫だけは、増築を重ねた結果、砦の西側の崖沿いという、やや守りの手薄な場所に位置していること。
そして、戦士長ガロンは、砦の最奥にある「戦士長の間」から、ほとんど動かないこと。
「合言葉はあるか?」
「……ある。『血ニハ血ヲ』。それが、夜間の見張りに通じる合言葉だ」
ボルグは、自分が知る情報を全て吐き出した。それは、俺たちが次に取るべき作戦を決定づける、あまりにも価値のある情報だった。
全ての情報を聞き出した後、俺はボルグを見下ろした。彼は、全てを失ったように、ぐったりと壁にもたれかかっている。
「……約束だ。俺は、話した。命は……」
「ああ、約束は守る。お前は殺さない」
俺の言葉に、ボルグの顔にわずかな安堵の色が浮かんだ。だが、俺は続けた。
「だが、解放もしない。お前には、まだ使い道がある」
俺は部下を呼び、ボルグを別の場所へ移すよう命じた。彼は、これからの交渉や、あるいは内部工作のための、重要な「手駒」となるだろう。
「なっ……貴様! 話が違う!」
ボル天の声が、洞窟の奥に虚しく響いた。
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