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第59話 王自らの偵察
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囮作戦の勝利はグラーヘイムに大きな自信をもたらした。ワイバーンは倒せる。その事実は、住民たちの心を絶望の淵から引き上げ、再び闘志の火を灯した。だが、俺の心は晴れなかった。
王城の私室で、俺は腕の中で冷たくなっていった斥候リーダーの最後の顔を思い出していた。彼はその命と引き換えに貴重な情報を持ち帰ってくれた。だが、その犠牲はあまりにも大きい。五人の精鋭を送り込み、生き残ったのはゼロに等しい。
このままでは駄目だ。
竜哭山を攻略するためには、より正確で詳細な情報が必要不可欠だ。敵の正確な数、警戒態勢、そして何よりも、斥候が最後に言い残した「ワイバーンロード」の存在を、この目で確かめなければならない。
だが、これ以上仲間を犠牲にするわけにはいかない。
リスクは最小限に抑えなければならない。
そして、そのための最適解は既に俺の手の中にあった。
【滑空 Lv1】
このスキルこそが、敵に気づかれることなく安全に竜哭山を偵察するための唯一の鍵だ。
俺は決意した。
この任務は、俺が、俺自身が単独で遂行する。
翌朝、俺はガロンとリリア、そして各軍団長を再び作戦室に招集した。
「竜哭山の再偵察を行う」
俺がそう切り出すと、幹部たちの顔に緊張が走った。
「ボス、しかし! これ以上の犠牲は……!」
疾風軍団のリーダーが悲痛な声を上げる。彼の部下からも多くの犠牲者が出たのだ。
「分かっている。だから、この任務は俺一人で行く」
俺の言葉に、部屋は水を打ったように静まり返った。
そして、次の瞬間、ガロンが猛然と反対した。
「なりませぬ! 王自らが敵の巣に乗り込むなど、あまりにも危険すぎます! 我々の中から決死隊を……」
「無駄だ、ガロン」俺は彼の言葉を冷静に遮った。「地上から近づけば、何人送り込んでも同じ結果になる。それを我々は既に学んだはずだ。空からの偵察こそが、最も安全で最も確実な方法なのだ」
「しかし、ボスは空を飛べないではありませんか!」
「飛べはしない。だが、滑空することはできる」
俺は自分がワイバーンを捕食して得た【滑空】スキルについて、初めて彼らに明かした。
「最も高い場所から夜陰に紛れて滑空し、高高度から敵の巣を観察する。これならば奴らに気づかれるリスクは限りなく低い。これは無謀な賭けではない。俺が持つ能力を最大限に活かした、最も合理的な作戦だ」
俺の理路整然とした説明に、幹部たちは反論の言葉を失った。
だが、リリアだけは不安げな表情で俺を見つめていた。
「それでも……危険すぎます。もし、ゴブ様に何かあったら、この国は……私たちは……」
「だからこそ俺が行くんだ」
俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「王とは最も安全な場所から命令するだけの存在ではない。最も大きなリスクを背負い、自ら道を切り開く者だ。俺がここで危険を恐れていては、誰がワイバーンに立ち向かえる? 俺が不可能を可能にしてみせる。それこそが、王としての俺の責務だ」
俺の言葉には【魔王の覇気】が乗っていた。それは、有無を言わさぬ絶対的な王の決意。
ガロンもリリアも、もはや何も言うことはできなかった。彼らは俺の覚悟を理解し、静かに頭を垂れるしかなかった。
その夜。
俺は黒曜石で作られた短剣一本だけを携え、軽装で王城を発った。ガロンとリリアだけが城門で見送りに来てくれた。
「ボス。必ずやご無事で」
「……お気をつけください」
俺は二人に黙って頷くと、森の闇へと姿を消した。
ホブゴブリンからゴブリンロードへと進化した俺の身体能力は、もはや常軌を逸していた。【跳躍】スキルを駆使し、木の幹から幹へと飛び移りながら音もなく森を進んでいく。その速度は、疾風軍団のゴブリンたちさえも凌駕していた。
数時間後、俺は竜哭山の麓、斥候部隊が最後に報告を送ってきた地点の近くに到達した。
目の前には、天を突き刺すかのように巨大な山がそびえ立っている。その威圧感は遠くから見るのとは比較にならない。山肌はまるで竜の鱗のように、黒くごつごつとした岩で覆われていた。
俺は山の偵察に最も適した切り立った崖を探し出した。そして、その数百メートルの崖を僅かな足場を頼りに、まるで獣のように駆け上がっていく。
崖の頂上に立った時、眼下には広大な森が広がり、そして目の前には闇に沈む竜哭山の巨大なシルエットが迫っていた。
ここからなら、十分に届く。
俺は崖の縁に立ち、深く息を吸い込んだ。
そして、眼下の闇へと身を躍らせた。
「――滑空」
漆黒のマントが風を孕んで翼となる。
落下する身体がふわりと浮き上がり、夜の空を滑り始めた。
冷たい風が俺の闘志を研ぎ澄ませていく。
俺は鳥になったかのように、音もなく竜哭山へと近づいていった。
高高度から見下ろす山の姿は、斥候の報告通り、無数の岩棚が複雑に入り組んだ天然の要塞だった。
そして、俺は見た。
その岩棚のあちこちに、黒い影がうごめいているのを。
ワイバーンだ。
眠っている個体、身繕いをしている個体、互いに威嚇しあう若い個体。その数はざっと見ただけでも三十は下らない。
斥候部隊は、この絶望的な光景を目の当たりにしたのだ。彼らの恐怖が肌身に伝わってくるようだった。
俺はさらに高度を上げ、山の頂上付近へと視線を向けた。
そこにあったのは、他の巣とは比較にならないほど巨大な、まるで玉座のような形状の岩棚だった。
そして、その玉座に主はいた。
他のワイバーンたちを遥かに凌駕する圧倒的な巨体。
その鱗は夜の闇よりもなお深い、漆黒の色をしていた。
眠っているはずなのに、その全身からは周囲の空間を歪ませるほどの、凄まじい魔力が漏れ出している。
あれがワイバーンロード。
この森の、空の、絶対的な支配者。
俺は、その存在感に思わず息を呑んだ。
ガロンなど赤子に見える。俺自身でさえ、まだ遠く及ばないだろう。
純粋な力比べでは、絶対に勝てない相手。
だが、俺の心に恐怖はなかった。
むしろ、歓喜に打ち震えていた。
あれを食えるのか。
あれを食らえば、俺は一体、どこまで強くなれるのか。
俺の【弱肉強-食】の本能が、最高の獲物を前にして歓喜の叫びを上げていた。
敵の全貌は見えた。
数、およそ三十。そして、頂点に君臨する規格外の王が一匹。
俺は奴らに気づかれる前に静かに滑空の軌道を変え、グラーヘイムへの帰路についた。
手に入れた情報はあまりにも重い。だが、これでようやくスタートラインに立てた。
俺がグラーヘイムに帰還した時、東の空が白み始めていた。
城門の前では、ガロンとリリアが徹夜で俺の帰りを待っていた。
俺の無事な姿を見て、二人は心底安堵した表情を浮かべた。
「ボス……!」
「ゴブ様……!」
「ああ、ただいま」
俺は短く応えると二人に告げた。
「敵の全てが見えた。これより、我々は竜を狩る」
俺の目には夜明けの光を反射して、獰猛な光が宿っていた。
竜哭山攻略作戦、その本当の幕が今、上がろうとしていた。
王城の私室で、俺は腕の中で冷たくなっていった斥候リーダーの最後の顔を思い出していた。彼はその命と引き換えに貴重な情報を持ち帰ってくれた。だが、その犠牲はあまりにも大きい。五人の精鋭を送り込み、生き残ったのはゼロに等しい。
このままでは駄目だ。
竜哭山を攻略するためには、より正確で詳細な情報が必要不可欠だ。敵の正確な数、警戒態勢、そして何よりも、斥候が最後に言い残した「ワイバーンロード」の存在を、この目で確かめなければならない。
だが、これ以上仲間を犠牲にするわけにはいかない。
リスクは最小限に抑えなければならない。
そして、そのための最適解は既に俺の手の中にあった。
【滑空 Lv1】
このスキルこそが、敵に気づかれることなく安全に竜哭山を偵察するための唯一の鍵だ。
俺は決意した。
この任務は、俺が、俺自身が単独で遂行する。
翌朝、俺はガロンとリリア、そして各軍団長を再び作戦室に招集した。
「竜哭山の再偵察を行う」
俺がそう切り出すと、幹部たちの顔に緊張が走った。
「ボス、しかし! これ以上の犠牲は……!」
疾風軍団のリーダーが悲痛な声を上げる。彼の部下からも多くの犠牲者が出たのだ。
「分かっている。だから、この任務は俺一人で行く」
俺の言葉に、部屋は水を打ったように静まり返った。
そして、次の瞬間、ガロンが猛然と反対した。
「なりませぬ! 王自らが敵の巣に乗り込むなど、あまりにも危険すぎます! 我々の中から決死隊を……」
「無駄だ、ガロン」俺は彼の言葉を冷静に遮った。「地上から近づけば、何人送り込んでも同じ結果になる。それを我々は既に学んだはずだ。空からの偵察こそが、最も安全で最も確実な方法なのだ」
「しかし、ボスは空を飛べないではありませんか!」
「飛べはしない。だが、滑空することはできる」
俺は自分がワイバーンを捕食して得た【滑空】スキルについて、初めて彼らに明かした。
「最も高い場所から夜陰に紛れて滑空し、高高度から敵の巣を観察する。これならば奴らに気づかれるリスクは限りなく低い。これは無謀な賭けではない。俺が持つ能力を最大限に活かした、最も合理的な作戦だ」
俺の理路整然とした説明に、幹部たちは反論の言葉を失った。
だが、リリアだけは不安げな表情で俺を見つめていた。
「それでも……危険すぎます。もし、ゴブ様に何かあったら、この国は……私たちは……」
「だからこそ俺が行くんだ」
俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「王とは最も安全な場所から命令するだけの存在ではない。最も大きなリスクを背負い、自ら道を切り開く者だ。俺がここで危険を恐れていては、誰がワイバーンに立ち向かえる? 俺が不可能を可能にしてみせる。それこそが、王としての俺の責務だ」
俺の言葉には【魔王の覇気】が乗っていた。それは、有無を言わさぬ絶対的な王の決意。
ガロンもリリアも、もはや何も言うことはできなかった。彼らは俺の覚悟を理解し、静かに頭を垂れるしかなかった。
その夜。
俺は黒曜石で作られた短剣一本だけを携え、軽装で王城を発った。ガロンとリリアだけが城門で見送りに来てくれた。
「ボス。必ずやご無事で」
「……お気をつけください」
俺は二人に黙って頷くと、森の闇へと姿を消した。
ホブゴブリンからゴブリンロードへと進化した俺の身体能力は、もはや常軌を逸していた。【跳躍】スキルを駆使し、木の幹から幹へと飛び移りながら音もなく森を進んでいく。その速度は、疾風軍団のゴブリンたちさえも凌駕していた。
数時間後、俺は竜哭山の麓、斥候部隊が最後に報告を送ってきた地点の近くに到達した。
目の前には、天を突き刺すかのように巨大な山がそびえ立っている。その威圧感は遠くから見るのとは比較にならない。山肌はまるで竜の鱗のように、黒くごつごつとした岩で覆われていた。
俺は山の偵察に最も適した切り立った崖を探し出した。そして、その数百メートルの崖を僅かな足場を頼りに、まるで獣のように駆け上がっていく。
崖の頂上に立った時、眼下には広大な森が広がり、そして目の前には闇に沈む竜哭山の巨大なシルエットが迫っていた。
ここからなら、十分に届く。
俺は崖の縁に立ち、深く息を吸い込んだ。
そして、眼下の闇へと身を躍らせた。
「――滑空」
漆黒のマントが風を孕んで翼となる。
落下する身体がふわりと浮き上がり、夜の空を滑り始めた。
冷たい風が俺の闘志を研ぎ澄ませていく。
俺は鳥になったかのように、音もなく竜哭山へと近づいていった。
高高度から見下ろす山の姿は、斥候の報告通り、無数の岩棚が複雑に入り組んだ天然の要塞だった。
そして、俺は見た。
その岩棚のあちこちに、黒い影がうごめいているのを。
ワイバーンだ。
眠っている個体、身繕いをしている個体、互いに威嚇しあう若い個体。その数はざっと見ただけでも三十は下らない。
斥候部隊は、この絶望的な光景を目の当たりにしたのだ。彼らの恐怖が肌身に伝わってくるようだった。
俺はさらに高度を上げ、山の頂上付近へと視線を向けた。
そこにあったのは、他の巣とは比較にならないほど巨大な、まるで玉座のような形状の岩棚だった。
そして、その玉座に主はいた。
他のワイバーンたちを遥かに凌駕する圧倒的な巨体。
その鱗は夜の闇よりもなお深い、漆黒の色をしていた。
眠っているはずなのに、その全身からは周囲の空間を歪ませるほどの、凄まじい魔力が漏れ出している。
あれがワイバーンロード。
この森の、空の、絶対的な支配者。
俺は、その存在感に思わず息を呑んだ。
ガロンなど赤子に見える。俺自身でさえ、まだ遠く及ばないだろう。
純粋な力比べでは、絶対に勝てない相手。
だが、俺の心に恐怖はなかった。
むしろ、歓喜に打ち震えていた。
あれを食えるのか。
あれを食らえば、俺は一体、どこまで強くなれるのか。
俺の【弱肉強-食】の本能が、最高の獲物を前にして歓喜の叫びを上げていた。
敵の全貌は見えた。
数、およそ三十。そして、頂点に君臨する規格外の王が一匹。
俺は奴らに気づかれる前に静かに滑空の軌道を変え、グラーヘイムへの帰路についた。
手に入れた情報はあまりにも重い。だが、これでようやくスタートラインに立てた。
俺がグラーヘイムに帰還した時、東の空が白み始めていた。
城門の前では、ガロンとリリアが徹夜で俺の帰りを待っていた。
俺の無事な姿を見て、二人は心底安堵した表情を浮かべた。
「ボス……!」
「ゴブ様……!」
「ああ、ただいま」
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