79 / 96
第83話 策謀の影
しおりを挟む
白銀騎士団との激戦が森の沼地帯で繰り広げられている頃。
その戦場から遥か離れた俺たちの本拠地グラーヘイムに、一つの影が音もなく忍び寄っていた。
影の名は、ザラキエル。
魔王四天王の一人、『策謀』の魔将。
彼は、人間と俺たちの軍勢が正面からぶつかり合っている隙を突き、単独でグラーヘイムへの潜入を試みていた。彼の目的は戦闘ではない。この新たな勢力の『本質』を、その目で直接見極めることだ。
「……ほう。これは驚いた」
ザラキエルはグラーヘイムを見下ろせる森の木々の上に立ち、その美しい顔に初めて純粋な驚きの色を浮かべていた。
眼下に広がるのは、彼が想像していたような魔物の粗野な集落ではない。
計算され尽くした城壁の配置、整然と並ぶ住居区画、そして活気に満ちた都の中心部。そこは人間の都と比較しても何ら遜色のない、一つの文明都市だった。
「ゴブリンとオークが共に暮らしているだと……? それに、あの治癒の光は……エルフか。面白い。実に面白い」
彼の興味は、この都を築き上げたまだ見ぬ王へと、ますます掻き立てられていた。
ザラキエルは影から影へと飛び移るように、音もなく都の中へと侵入した。彼の持つ【影渡り】のスキルは、どんな厳重な警備網さえも無力化する。都の住民たちは、誰一人として死神の如き侵入者の存在に気づいていなかった。
彼は都の様子を観察しながら、ゆっくりと中心部へと向かっていく。
鍛冶場でオークが汗を流して剣を鍛えている。
市場ではゴブリンが代用貨幣を使って、木の実と干し肉を交換している。
そして、小さな広場ではエルフの少女が、ゴブリンとオークの子供たちに文字を教えている。
そこにあるのは、魔王軍が目指す「恐怖による支配」とは全く異なる秩序だった。
役割、経済、そして教育。
異なる種族がそれぞれの長所を活かし、一つの共同体として機能している。
「……なんという、歪で美しい国だ」
ザラキエルは恍惚とした表情で呟いた。
この国を創り上げた王は、ただの力自慢の魔物ではない。破壊ではなく創造を目指す、異質の支配者。
魔王ゴルザリオン様は、この王を『玩具』と評された。だが、とんでもない。
この男は玩具などではない。
育て方次第では人間と魔王軍双方にとって無視できない脅威となりうる。あるいは、世界を塗り替えるための最高の『駒』となるかもしれない。
ザラキエルの興味の矛先は、この国の『心臓部』へと向けられた。
この異質な国家において最も異質で、そして最も価値のある存在。
それは武力でも建築技術でもない。
傷ついた者を癒し、未来を育むあのエルフの少女。
彼女こそがこの国の『善性』と『理性』の象徴。
そして、最も揺さぶりやすい弱点であるとザラキエルは判断した。
彼は姿を消した。
そして次に現れたのは、リリアが子供たちに文字を教えている小さな学校の、すぐ裏手の物陰だった。
彼は、子供たちが帰りリリアが一人で片付けをしているタイミングを完璧に見計らっていた。
「――こんばんは、森のエルフのお嬢さん」
突然、背後からかけられた甘く、しかし蛇のように冷たい声。
リリアはびくりと肩を震わせ、振り返った。
そこには、夜の闇よりもなお深い漆黒のローブを纏った美しい男が立っていた。
その男から発せられる魔力は、彼女がこれまで感じたことのないほど邪悪で、そして強大だった。
「……あなたは……誰ですか」
リリアは恐怖に震えながらも、気丈に問いかけた。
「私はザラキエル。あなた方に救いの手を差し伸べに来た者ですよ」
ザラキエルは優雅に微笑みながら、一歩リリアへと近づいた。
「あなたの故郷が人間どもによって焼き払われたことは、存じております。あなたの同胞たちが無残に殺されていったことも。……さぞかしお辛かったでしょう」
彼の言葉は、リリアの最も触れられたくない傷を容赦なく抉った。
「なぜ、それを……」
「我々は全てを知っています」ザラキエルは芝居がかった仕草で胸に手を当てた。「そして、あなた方の無念を深く、深く理解しているつもりです」
彼はリリアのすぐそばまで近づくと、その耳元で悪魔のように囁いた。
「……復讐を、したくはありませんか?」
その言葉は、リリアの心の奥底に深く、そして甘美に響いた。
人間との戦闘の裏で、もう一つの静かな戦いが始まろうとしていた。
それは武力ではなく言葉と心を武器とした、謀略の戦い。
魔王の懐刀が、俺の王国の最も優しく、そして最も脆い部分にその毒の牙を静かに突き立てようとしていた。
その戦場から遥か離れた俺たちの本拠地グラーヘイムに、一つの影が音もなく忍び寄っていた。
影の名は、ザラキエル。
魔王四天王の一人、『策謀』の魔将。
彼は、人間と俺たちの軍勢が正面からぶつかり合っている隙を突き、単独でグラーヘイムへの潜入を試みていた。彼の目的は戦闘ではない。この新たな勢力の『本質』を、その目で直接見極めることだ。
「……ほう。これは驚いた」
ザラキエルはグラーヘイムを見下ろせる森の木々の上に立ち、その美しい顔に初めて純粋な驚きの色を浮かべていた。
眼下に広がるのは、彼が想像していたような魔物の粗野な集落ではない。
計算され尽くした城壁の配置、整然と並ぶ住居区画、そして活気に満ちた都の中心部。そこは人間の都と比較しても何ら遜色のない、一つの文明都市だった。
「ゴブリンとオークが共に暮らしているだと……? それに、あの治癒の光は……エルフか。面白い。実に面白い」
彼の興味は、この都を築き上げたまだ見ぬ王へと、ますます掻き立てられていた。
ザラキエルは影から影へと飛び移るように、音もなく都の中へと侵入した。彼の持つ【影渡り】のスキルは、どんな厳重な警備網さえも無力化する。都の住民たちは、誰一人として死神の如き侵入者の存在に気づいていなかった。
彼は都の様子を観察しながら、ゆっくりと中心部へと向かっていく。
鍛冶場でオークが汗を流して剣を鍛えている。
市場ではゴブリンが代用貨幣を使って、木の実と干し肉を交換している。
そして、小さな広場ではエルフの少女が、ゴブリンとオークの子供たちに文字を教えている。
そこにあるのは、魔王軍が目指す「恐怖による支配」とは全く異なる秩序だった。
役割、経済、そして教育。
異なる種族がそれぞれの長所を活かし、一つの共同体として機能している。
「……なんという、歪で美しい国だ」
ザラキエルは恍惚とした表情で呟いた。
この国を創り上げた王は、ただの力自慢の魔物ではない。破壊ではなく創造を目指す、異質の支配者。
魔王ゴルザリオン様は、この王を『玩具』と評された。だが、とんでもない。
この男は玩具などではない。
育て方次第では人間と魔王軍双方にとって無視できない脅威となりうる。あるいは、世界を塗り替えるための最高の『駒』となるかもしれない。
ザラキエルの興味の矛先は、この国の『心臓部』へと向けられた。
この異質な国家において最も異質で、そして最も価値のある存在。
それは武力でも建築技術でもない。
傷ついた者を癒し、未来を育むあのエルフの少女。
彼女こそがこの国の『善性』と『理性』の象徴。
そして、最も揺さぶりやすい弱点であるとザラキエルは判断した。
彼は姿を消した。
そして次に現れたのは、リリアが子供たちに文字を教えている小さな学校の、すぐ裏手の物陰だった。
彼は、子供たちが帰りリリアが一人で片付けをしているタイミングを完璧に見計らっていた。
「――こんばんは、森のエルフのお嬢さん」
突然、背後からかけられた甘く、しかし蛇のように冷たい声。
リリアはびくりと肩を震わせ、振り返った。
そこには、夜の闇よりもなお深い漆黒のローブを纏った美しい男が立っていた。
その男から発せられる魔力は、彼女がこれまで感じたことのないほど邪悪で、そして強大だった。
「……あなたは……誰ですか」
リリアは恐怖に震えながらも、気丈に問いかけた。
「私はザラキエル。あなた方に救いの手を差し伸べに来た者ですよ」
ザラキエルは優雅に微笑みながら、一歩リリアへと近づいた。
「あなたの故郷が人間どもによって焼き払われたことは、存じております。あなたの同胞たちが無残に殺されていったことも。……さぞかしお辛かったでしょう」
彼の言葉は、リリアの最も触れられたくない傷を容赦なく抉った。
「なぜ、それを……」
「我々は全てを知っています」ザラキエルは芝居がかった仕草で胸に手を当てた。「そして、あなた方の無念を深く、深く理解しているつもりです」
彼はリリアのすぐそばまで近づくと、その耳元で悪魔のように囁いた。
「……復讐を、したくはありませんか?」
その言葉は、リリアの心の奥底に深く、そして甘美に響いた。
人間との戦闘の裏で、もう一つの静かな戦いが始まろうとしていた。
それは武力ではなく言葉と心を武器とした、謀略の戦い。
魔王の懐刀が、俺の王国の最も優しく、そして最も脆い部分にその毒の牙を静かに突き立てようとしていた。
22
あなたにおすすめの小説
俺の職業は【トラップ・マスター】。ダンジョンを経験値工場に作り変えたら、俺一人のせいでサーバー全体のレベルがインフレした件
夏見ナイ
SF
現実世界でシステムエンジニアとして働く神代蓮。彼が効率を求めVRMMORPG「エリュシオン・オンライン」で選んだのは、誰にも見向きもされない不遇職【トラップ・マスター】だった。
周囲の冷笑をよそに、蓮はプログラミング知識を応用してトラップを自動連携させる画期的な戦術を開発。さらに誰も見向きもしないダンジョンを丸ごと買い取り、24時間稼働の「全自動経験値工場」へと作り変えてしまう。
結果、彼のレベルと資産は異常な速度で膨れ上がり、サーバーの経済とランキングをたった一人で崩壊させた。この事態を危険視した最強ギルドは、彼のダンジョンに狙いを定める。これは、知恵と工夫で世界の常識を覆す、一人の男の伝説の始まり。
M.M.O. - Monster Maker Online
夏見ナイ
SF
現実世界に居場所を見出せない大学生、神代悠。彼が救いを求めたのは、モンスターを自由に創造できる新作VRMMO『M.M.O.』だった。
彼が選んだのは、戦闘能力ゼロの不遇職【モンスターメイカー】。周囲に笑われながらも、悠はゴミ同然の素材と無限の発想力を武器に、誰も見たことのないユニークなモンスターを次々と生み出していく。
その常識外れの力は、孤高の美少女聖騎士や抜け目のない商人少女といった仲間を引き寄せ、やがて彼の名はサーバーに轟く。しかし、それは同時にゲームの支配を目論む悪徳ギルドとの全面対決の始まりを意味していた。
これは、最弱の職から唯一無二の相棒を創り出し、仲間と世界を守るために戦う、創造と成り上がりの物語。
雑魚で貧乏な俺にゲームの悪役貴族が憑依した結果、ゲームヒロインのモデルとパーティーを組むことになった
ぐうのすけ
ファンタジー
無才・貧乏・底辺高校生の稲生アキラ(イナセアキラ)にゲームの悪役貴族が憑依した。
悪役貴族がアキラに話しかける。
「そうか、お前、魂の片割れだな? はははははは!喜べ!魂が1つになれば強さも、女も、名声も思うがままだ!」
アキラは悪役貴族を警戒するがあらゆる事件を通してお互いの境遇を知り、魂が融合し力を手に入れていく。
ある時はモンスターを無双し、ある時は配信で人気を得て、ヒロインとパーティーを組み、アキラの人生は好転し、自分の人生を切り開いていく。
癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。
branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位>
<カクヨム週間総合ランキング最高3位>
<小説家になろうVRゲーム日間・週間1位>
現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。
目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。
モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。
ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。
テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。
そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が――
「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!?
癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中!
本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ!
▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。
▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕!
カクヨムで先行配信してます!
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
小国の若き王、ラスボスを拾う~何気なしに助けたラスボスたるダウナー系のヤンデレ魔女から愛され過ぎて辛い!~
リヒト
ファンタジー
人類を恐怖のどん底に陥れていた魔女が勇者の手によって倒され、世界は平和になった。そんなめでたしめでたしで終わったハッピーエンドから───それが、たった十年後のこと。
権力闘争に巻き込まれた勇者が処刑され、魔女が作った空白地帯を巡って世界各国が争い合う平和とは程遠い血みどろの世界。
そんな世界で吹けば飛ぶような小国の王子に転生し、父が若くして死んでしまった為に王となってしまった僕はある日、ゲームのラスボスであった封印され苦しむ魔女を拾った。
ゲーム知識から悪い人ではないことを知っていた僕はその魔女を助けるのだが───その魔女がヤンデレ化していた上に僕を世界の覇王にしようとしていて!?
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる