ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第83話 策謀の影

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白銀騎士団との激戦が森の沼地帯で繰り広げられている頃。
その戦場から遥か離れた俺たちの本拠地グラーヘイムに、一つの影が音もなく忍び寄っていた。

影の名は、ザラキエル。
魔王四天王の一人、『策謀』の魔将。

彼は、人間と俺たちの軍勢が正面からぶつかり合っている隙を突き、単独でグラーヘイムへの潜入を試みていた。彼の目的は戦闘ではない。この新たな勢力の『本質』を、その目で直接見極めることだ。

「……ほう。これは驚いた」

ザラキエルはグラーヘイムを見下ろせる森の木々の上に立ち、その美しい顔に初めて純粋な驚きの色を浮かべていた。
眼下に広がるのは、彼が想像していたような魔物の粗野な集落ではない。
計算され尽くした城壁の配置、整然と並ぶ住居区画、そして活気に満ちた都の中心部。そこは人間の都と比較しても何ら遜色のない、一つの文明都市だった。

「ゴブリンとオークが共に暮らしているだと……? それに、あの治癒の光は……エルフか。面白い。実に面白い」

彼の興味は、この都を築き上げたまだ見ぬ王へと、ますます掻き立てられていた。

ザラキエルは影から影へと飛び移るように、音もなく都の中へと侵入した。彼の持つ【影渡り】のスキルは、どんな厳重な警備網さえも無力化する。都の住民たちは、誰一人として死神の如き侵入者の存在に気づいていなかった。

彼は都の様子を観察しながら、ゆっくりと中心部へと向かっていく。
鍛冶場でオークが汗を流して剣を鍛えている。
市場ではゴブリンが代用貨幣を使って、木の実と干し肉を交換している。
そして、小さな広場ではエルフの少女が、ゴブリンとオークの子供たちに文字を教えている。

そこにあるのは、魔王軍が目指す「恐怖による支配」とは全く異なる秩序だった。
役割、経済、そして教育。
異なる種族がそれぞれの長所を活かし、一つの共同体として機能している。

「……なんという、歪で美しい国だ」

ザラキエルは恍惚とした表情で呟いた。
この国を創り上げた王は、ただの力自慢の魔物ではない。破壊ではなく創造を目指す、異質の支配者。

魔王ゴルザリオン様は、この王を『玩具』と評された。だが、とんでもない。
この男は玩具などではない。
育て方次第では人間と魔王軍双方にとって無視できない脅威となりうる。あるいは、世界を塗り替えるための最高の『駒』となるかもしれない。

ザラキエルの興味の矛先は、この国の『心臓部』へと向けられた。
この異質な国家において最も異質で、そして最も価値のある存在。
それは武力でも建築技術でもない。

傷ついた者を癒し、未来を育むあのエルフの少女。
彼女こそがこの国の『善性』と『理性』の象徴。
そして、最も揺さぶりやすい弱点であるとザラキエルは判断した。

彼は姿を消した。
そして次に現れたのは、リリアが子供たちに文字を教えている小さな学校の、すぐ裏手の物陰だった。

彼は、子供たちが帰りリリアが一人で片付けをしているタイミングを完璧に見計らっていた。

「――こんばんは、森のエルフのお嬢さん」

突然、背後からかけられた甘く、しかし蛇のように冷たい声。
リリアはびくりと肩を震わせ、振り返った。

そこには、夜の闇よりもなお深い漆黒のローブを纏った美しい男が立っていた。
その男から発せられる魔力は、彼女がこれまで感じたことのないほど邪悪で、そして強大だった。

「……あなたは……誰ですか」
リリアは恐怖に震えながらも、気丈に問いかけた。

「私はザラキエル。あなた方に救いの手を差し伸べに来た者ですよ」

ザラキエルは優雅に微笑みながら、一歩リリアへと近づいた。
「あなたの故郷が人間どもによって焼き払われたことは、存じております。あなたの同胞たちが無残に殺されていったことも。……さぞかしお辛かったでしょう」

彼の言葉は、リリアの最も触れられたくない傷を容赦なく抉った。
「なぜ、それを……」

「我々は全てを知っています」ザラキエルは芝居がかった仕草で胸に手を当てた。「そして、あなた方の無念を深く、深く理解しているつもりです」

彼はリリアのすぐそばまで近づくと、その耳元で悪魔のように囁いた。

「……復讐を、したくはありませんか?」

その言葉は、リリアの心の奥底に深く、そして甘美に響いた。

人間との戦闘の裏で、もう一つの静かな戦いが始まろうとしていた。
それは武力ではなく言葉と心を武器とした、謀略の戦い。
魔王の懐刀が、俺の王国の最も優しく、そして最も脆い部分にその毒の牙を静かに突き立てようとしていた。
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