偽りの聖女と罵られたので、隣国の訳あり公爵様と結託して祖国を滅ぼします~本当の力に目覚めた私を今更返せと言われても、もう遅いのです~

夏見ナイ

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第二十二話 最初の奇跡

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忘れられた庭園での作業は、想像以上に過酷なものだった。
エリアーナはまず、足の踏み場もないほどに生い茂った雑草を抜くことから始めた。硬く乾いた土に根を張る雑草は、簡単には抜けてくれない。小さなシャベルで土を掘り起こし、一本一本、気の遠くなるような作業を繰り返した。
昼休みになると、厨房の侍女が「ゲルダ様からの言付かりです」と言って、簡単な昼食を運んでくれるようになった。パンとスープだけの質素な食事だが、冷たい空気の中で働くエリアーナにとっては、何よりのご馳走だった。
遠巻きに彼女の様子を窺う使用人たちの視線を感じることもあった。きっと、物好きな令嬢の酔狂だと思われているのだろう。それでも、エリアーナは手を止めなかった。
汚れることも、疲れることも、今は苦にならなかった。この庭をきれいにしたい。カインの心を覆う深い悲しみを、少しでも和らげたい。その一心だけが、彼女を突き動かしていた。

数日が経ち、庭園の入り口付近は見違えるようにきれいになった。山のように積もっていた枯れ葉は取り除かれ、地面には冬の日差しが届くようになる。
作業を進めるうちに、エリアーナは庭園の中央に立つ、ひときわ大きな枯れ木に気づいた。それは、優雅なアーチを形作る、一株のバラだった。幹は黒くひび割れ、枝は全て枯れ落ちている。完全に生命活動を止めて久しいことが、一目で分かった。
きっと、このバラこそが、この庭の主だったのだろう。
カインのお母様が、最も愛したバラに違いない。
エリアーナは、その枯れたバラのアーチの前に立った。まるで、巨大な墓標のようだ。その姿が、母親を失い、心を閉ざしてしまったカイン自身と重なって見えた。
「……大丈夫よ」
エリアーナは、そっと枯れた幹に手を触れた。冷たく、ごつごつとした感触。
「あなたは、独りじゃないわ。私が、そばにいるから」
誰に聞かせるともなく、彼女は優しく語りかけた。それは、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。
彼女はバラの根元を覆っていた、しぶとい雑草を丁寧に取り除き始めた。固くなった土をシャベルで辛抱強く耕し、空気を含ませてやる。その手つきは、まるで病人を介抱するかのように、どこまでも優しかった。
彼女は気づいていなかった。
自分の指先が触れた土が、ほんのわずかに温かみを帯び、生命力を取り戻していくことに。彼女が語りかけるたび、淀んでいた庭の空気が、ほんの少しだけ澄んでいくことに。
彼女の中に眠る「精霊の愛し子」としての力が、無意識のうちに流れ出し、枯れたバラの木に注がれていたのだ。
だが、エリアーナはそんな大それた奇跡が起きているとは夢にも思わない。ただ、ひたむきに、誠実に、目の前の枯れ木と向き合っていた。愛情をかければ、どんな命もきっと応えてくれる。そう、純粋に信じて。

さらに数日が過ぎた、ある日の午後。
エリアーナは、いつものようにバラのアーチの手入れをしていた。土を耕し終え、何か栄養になるものはないかと考えながら、根元の状態を確かめていた時だった。
彼女の指先が、何かに触れた。
黒く、ごつごつとした幹の表面。その一部に、ほんの小さな、硬い突起があった。
最初は、木のささくれか何かだと思った。
だが、気になって、その部分をまじまじと見つめる。
そして、エリアーナは息を呑んだ。
それは、緑色だった。
冬の陽光を浴びて、かろうじて色を判別できるほどの、小さな小さな緑色の点。
見間違いではないか。彼女は何度も目をこすり、もう一度見た。
間違いない。
それは、固く黒い死の樹皮を突き破って、懸命に顔を出した、紛れもない「新芽」だった。
完全に枯れ果て、何年も生命の兆候を見せなかったはずのバラの木が、新しい命を芽吹かせたのだ。
「……あ……」
声にならない声が、エリアーナの唇から漏れた。
信じられない光景だった。ありえない奇跡が、今、自分の目の前で起きている。
エリアーナは、その小さな新芽にそっと指先で触れた。硬く、小さい。だが、そこには確かな生命の力が脈打っていた。冬の厳しい寒さに耐え、再び春を迎えようとする、力強い意志が。
涙が、ぽろりと頬を伝った。
自分の無力な努力が、無駄ではなかった。この庭は、まだ死んではいなかったのだ。
「……よかった」
エリアー-ナは、新芽を壊さないように、そっと幹を抱きしめた。
「生きていてくれて、ありがとう」
喜びと安堵で、胸がいっぱいになる。彼女はまだ、この奇跡が自分の力によって引き起こされたものだとは気づいていない。ただ、植物の持つ生命力の強さに、心からの感動を覚えていた。
この小さな新芽は、エリアーナにとって、何よりも雄弁な希望の証となった。
この庭は、必ず蘇る。
そして、いつかきっと、カインの心にも、こんな温かい緑の芽が吹く日が来るだろう。
エリアーナは、涙で濡れた顔を上げ、空を見上げた。冬の空はどこまでも青く澄み渡り、まるで彼女の未来を祝福しているかのようだった。
最初の奇跡は、誰にも知られることなく、静かに、だが確かに、忘れられた庭園に舞い降りたのだった。
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