偽りの聖女と罵られたので、隣国の訳あり公爵様と結託して祖国を滅ぼします~本当の力に目覚めた私を今更返せと言われても、もう遅いのです~

夏見ナイ

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第三十七話 夢の中の声

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エリアーナは、古い文献を胸に抱きしめ、息を切らしながら執務室の扉の前に立っていた。
カインに伝えなければ。
一刻も早く、この発見を。
その一心で、ここまで駆けてきた。だが、いざ扉を前にすると、急に足がすくんでしまう。
もし、この発見がただの自分の思い込みだったら?
彼を期待させて、その結果、何もできなかったら?
また、彼を失望させてしまうのが、何よりも怖かった。
彼女が扉の前で逡巡していると、中からカインの声が聞こえた。
「……そこにいるのは、お前か。入ってこい」
気配で気づかれたらしい。エリアーナは意を決し、扉を開けた。
カインは、執務机でエリアーナの姿を待っていた。その瞳は、彼女の尋常でない様子に気づき、わずかに鋭くなっている。
「どうした。血相を変えて」
「か、閣下……! これ、を……」
エリアーナは、言葉よりも先に、抱えていた古い文献を彼の机の上に置いた。そして、自分が発見した『精霊の愛し子』の記述を、震える指で示す。
カインは、訝しげにそのページに視線を落とした。そして、そこに書かれた古代神聖文字を読み解いていくうちに、その表情が徐々に険しくなっていく。
エリアーナは、固唾を飲んで彼の反応を見守った。
やがて、全ての記述を読み終えたカインは、ゆっくりと顔を上げた。その深い色の瞳は、今まで見たこともないほどに激しく揺れていた。驚愕、困惑、そして、微かな希望の光。
「……これが、真実だと?」
カインの声は、かすかに震えていた。
「分かりません。ですが、ここに書かれていることは、私の身の回りで起きたことと、あまりにも……」
エリアーナがそこまで言った時、カインは机を回り込み、彼女の目の前に立った。そして、その大きな両手で、彼女の肩を強く掴んだ。
「エリアーナ。信じるか。お前自身が、この『精霊の愛し子』であると」
その問いに、エリアーナは答えることができなかった。ただ、不安げに首を横に振る。
カインは、そんな彼女の反応を予測していたかのように、静かに目を閉じた。そして、次に彼が口にしたのは、エリアーナが予想だにしなかった言葉だった。
「……今日はもう、部屋に戻れ。疲れているのだろう。ゆっくりと休むがいい」
「ですが、この話は……」
「続きは、また明日にしよう。今は、頭を冷やす時間が必要だ。お前にも、そして俺にもな」
その声は、拒否を許さない、穏やかだが絶対的な響きを持っていた。
エリアーナは、彼の意図が分からなかったが、その言葉に従うしかなかった。彼女は、どこか腑に落ちない気持ちのまま、執務室を後にした。

自室に戻り、寝台に身を横たえる。
身体は疲れているはずなのに、全く眠れなかった。頭の中では、『精霊の愛し子』という言葉が、ぐるぐると回り続けている。
自分は一体、何者なのだろう。
カインは、何を考えているのだろう。
答えの出ない問いを繰り返しているうちに、エリアーナの意識は、いつしか深い霧の中へと沈んでいった。
それは、夢だった。
いつものように、真っ暗な闇が広がるだけの、無意識の世界。
だが、その夜の夢は、いつもと違っていた。
闇の向こうから、声が聞こえたのだ。
それは、男性とも女性ともつかない、中性的で、そしてこの世のものとは思えないほどに美しい声だった。まるで、幾千もの鈴を同時に鳴らしたかのような、清らかで、荘厳な響き。
その声は、エリアーナの魂に直接、語りかけてくるようだった。

『……ようやく……見つけた……』

声が、そう言った。
エリアーナは、夢の中で必死に声の主を探す。だが、周りには相変わらず、無限の闇が広がるだけだ。
「……だれ……? あなたは、誰なの……?」
彼女が問いかけると、声は慈しむように、優しく応えた。

『我は、汝が内に眠る力。汝が魂と、古の契約を結びし者……』

古の契約?
ますます、意味が分からない。
エリアーナが混乱していると、声は楽しそうに、くすくすと笑った。その笑い声だけで、周囲の闇が、ほんの少しだけ明るくなったような気がした。

『まだ、目覚めの時ではない。だが、もうすぐだ……』
『我が愛し子よ。汝の魂が、真に覚醒する日を、我は永きにわたり待ち続けていた……』

愛し子。
その言葉に、エリアー-ナの心臓が大きく跳ねた。文献にあった、『精霊の愛し子』という言葉と、それが重なる。
「待って……! 行かないで! 教えて……私は、一体……」
エリアーナは、闇に向かって叫んだ。
だが、美しい声は、もう答えてはくれなかった。
代わりに、今まで感じたことのないほどの、温かく、そして強大な力が、彼女の全身を包み込んだ。それは、彼女が小鳥を癒した時の、あの金色の光によく似ていたが、その力は比較にならないほどに巨大で、根源的なものだった。
その力に抱かれながら、エリアー-ナの意識は、再び深い眠りの底へと落ちていった。

翌朝。
エリアーナは、鳥のさえずりで目を覚ました。
窓から差し込む朝日が、部屋を明るく照らしている。身体が、信じられないほど軽い。昨夜までの悩みや疲れが、まるで嘘のように消え去っていた。
そして、彼女は気づいた。
自分の心の中にあった、迷いや恐怖が、きれいさっぱりと消え失せていることに。
昨夜の夢は、何だったのだろう。
あの美しい声は、一体誰だったのだろう。
はっきりとは思い出せない。だが、夢の中で感じた、あの圧倒的な温かさと、肯定感だけは、確かな感触として魂に残っていた。
(……我が愛し子よ)
声が、そう言った。
もう、迷わない。
自分にそんな大それた力があるはずがない、などと卑下するのは、もうやめよう。
あの声の主が、そしてカインが、信じてくれるというのなら。
私は、私自身の可能性を、信じてみよう。
エリアーナは、寝台から起き上がった。その紫水晶の瞳には、もう戸惑いの色はない。夜明けの空のように澄み渡り、静かだが揺るぎない決意の光が宿っていた。
彼女は、自分が何者であるのか、まだ知らない。
だが、自分が進むべき道は、もうはっきりと見えていた。
カインを救う。
そのために、この力の全てを使いこなせるようになるのだ。
エリアーナの魂が、真の覚醒に向けて、今、静かに、そして力強く、その第一歩を踏み出した瞬間だった。
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