偽りの聖女と罵られたので、隣国の訳あり公爵様と結託して祖国を滅ぼします~本当の力に目覚めた私を今更返せと言われても、もう遅いのです~

夏見ナイ

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第五十話 皇帝の耳へ

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帝都が、エリアーナという新たな女神の誕生に沸き立っていた頃。
その報せは、帝都で最も荘厳で、そして最も静かな場所へと届けられていた。
ヴァイスブルグの中心にそびえる、皇帝の居城、白金の宮殿。その最奥にある玉座の間。
一人の男が、玉座に深く腰掛けていた。
歳は五十代半ばだろうか。白銀の髪と、鋭く整えられた髭。その瞳は、長年の治世を経て培われた、全てを見通すかのような深い叡智と、そして老獪な光を宿している。
彼こそが、この広大なヴァルハイト帝国を統べる皇帝、ジークフリート・ド・ヴァルハイトその人だった。
「……ほう」
皇帝は、目の前で報告を読み上げる宰相の言葉に、興味深そうに相槌を打った。
「にわかには、信じがたい話ですな」
宰相は、額の汗を拭いながら、手元の報告書に再び目を落とした。その顔には、未だに興奮と困惑の色が浮かんでいる。
「ですが、これは紛れもない事実でございます、陛下。帝都の民衆、そしてオルデン平原にいた騎士団の兵士、その全てが目撃しております。ヴァルハイト公爵が連れ帰ったというエルミールの令嬢が、精霊を使役し、一夜にして未曾有のスタンピードを鎮圧したと」
「精霊、とな」
皇帝の口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「それも、風の精霊王を顕現させ、大地からゴーレムを生み出したと。まるでおとぎ話だ。宰相、其方はそれを信じるか?」
「……信じざるを得ますまい。城壁の修復に向かった者たちが見たところ、破壊された南門周辺にいた魔獣たちは、一匹残らず浄化され、眠りについていたとのこと。オルデン平原でも同様でございます。このような芸当、いかなる高位の魔術師にも不可能です」
宰相は、確信を込めて言った。
皇帝は、しばらく黙って指先で玉座の肘掛けを叩いていた。それは、彼が深く思考する時の癖だった。
「して、その娘の名は」
「エリアーナ・フォン・リーゼンガング。エルミール王国の、元公爵令嬢。そして……元聖女、と」
「元聖女、か。面白い」
皇帝は、喉の奥でくつくつと笑った。
「エルミールは、見る目のない愚か者の集まりよ。磨けばダイヤモンド以上に輝くであろう原石を、ただの石ころと見誤り、自ら敵国に差し出すとはな」
その言葉には、隣国への侮蔑と、そして思わぬ拾い物をしたことへの、純粋な喜びが滲んでいた。

「それで、我が甥……カインの様子は、どうであった」
皇帝の問いに、宰相は少しだけ言葉を濁した。
「……は。公爵閣下は、オルデン平原にて、今回の事件の首謀者と思われる魔術師を捕縛。その後、エリアーナ嬢と共に帰還されました。その……」
「何だ。はっきり申せ」
「その……道中、そして公爵邸に到着してからも、エリアーナ嬢のそばを片時も離れず、まるで至宝でも護るかのように、甲斐甲斐しく世話を焼いておられる、と……」
その報告を聞いた瞬間、皇帝は声を上げて笑った。
「はっはっは! そうか、そうか! あの氷の塊のような男が、な!」
その笑い声は、玉座の間に朗々と響き渡った。宰相は、主君の意外な反応に、ただ驚いて見守るしかない。
「あのカインが、そこまで入れ込むとは。よほど、そのエリアーナという娘が気に入ったと見える。いや……それだけではあるまいな」
皇帝の笑みが、すっと消えた。
彼の瞳が、再び老獪な支配者のものへと戻る。
「カインは、長年、あの呪いに苦しめられてきた。帝国最高の治癒師も、神殿の大司教も、誰もが匙を投げた、あの忌まわしき宿命に」
皇帝は、静かに立ち上がった。そして、玉座の間の巨大な窓辺へと歩み寄り、帝都の街並みを見下ろす。
「だが、あの娘が現れてから、全てが変わった。カインの纏う空気が、明らかに変わった。そして、この奇跡だ。……偶然にしては、出来すぎてはいないか?」
その言葉は、宰相ではなく、彼自身に問いかけているようだった。
「陛下……。まさか、その娘が」
「うむ。おそらく、カインは気づいているのだろう。あの娘こそが、ヴァルハイト家にかけられた、長年の呪いを解く、唯一の鍵であることを」
皇帝は、遠い目をして呟いた。
カインの父、そして祖父。歴代の公爵たちが、あの呪いによってどれほど苦しみ、その命を縮めてきたか。皇帝は、それを誰よりもよく知っていた。甥であるカインのことも、ずっと気にかけてきたのだ。
だが、皇帝という立場上、手を差し伸べることはできなかった。下手に介入すれば、公爵家の内政干渉と取られかねない。彼はただ、カインが己の力で運命を切り開くのを、静かに見守るしかなかった。
「面白い。実に、面白いことになってきた」
皇帝は、再び笑みを浮かべた。
「宰相」
「はっ」
「近々、夜会を開く。今回の勝利を祝い、民を安堵させるための、公式な祝勝の宴だ」
「かしこまりました。して、その席には……」
「無論だ」
皇帝は、悪戯っぽく片目を瞑った。
「ヴァルハイト公爵と、そして、帝国を救った我らが女神……エリアーナ・フォン・リーゼンガングを、主賓として招待する。朕自ら、この目で確かめてみたいのでな」
彼女が、本当に帝国を導く光となるのか。
それとも、あの気難しい甥を狂わせる、甘い毒なのか。
皇帝の瞳の奥に、探るような、そして試すような、鋭い光が宿っていた。

その頃、公爵邸のエリアーナは、まだ自分の身に起きた大きな変化に、戸惑いを隠せずにいた。
「女神様、だなんて……。私には、そんな……」
侍女たちが、口々に彼女を称賛する。その度に、エリアーナは顔を赤くして恐縮するばかりだった。
カインは、そんな彼女の様子を、執務室から静かに見守っていた。
帝都中の注目が、今、エリアーナ一人に集まっている。それは、名誉であると同時に、危険も伴う。彼女の力を利用しようとする者、その存在を妬む者。これから、様々な思惑が、彼女の周りで渦巻くことになるだろう。
(……誰にも、指一本触れさせるものか)
カインは、静かに誓った。
皇帝が、何を考えているのかも、彼には分かっていた。
だが、どんな相手だろうと、エリアーナを傷つけようとする者は、たとえ皇帝であろうと、容赦はしない。
彼の心は、既に固まっていた。
エリアーナを、自分のものにする。正式な、ヴァルハイト公爵家の次期公爵妃として、帝国の誰にも文句を言わせぬ形で、彼女を自分の隣に置く。
そのための準備を、彼は静かに、そして着々と進め始めていた。
エリアーナを巡る、帝国の大きなうねり。
その中心で、二人の運命は、また新たな段階へと、否応なく進んでいこうとしていた。
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