60 / 100
第六十話 誓いのキス
しおりを挟む
「皇帝陛下からだと?」
カインの声は、邪魔者を許さないという怒りを、隠そうともせずに低く響いた。せっかくの、エリアーナとの甘い時間が台無しだ。彼の眉間の皺は、さらに深くなる。
扉の外で、ゲルダが冷静な声で続けた。
「はっ。今宵、帝都を救った祝勝の宴を、急遽、宮殿にて執り行う、と。公爵閣下、並びにエリアーナ様を、主賓として招待するとの勅命にございます」
その言葉に、カインは舌打ちをした。
あの老獪な皇帝め。動きが早すぎる。
カインには、皇帝の狙いが手に取るように分かかった。これは、ただの祝勝の宴ではない。一夜にして帝国の英雄となった、エリアーナという存在。その力を、その人となりを、皇帝自らがこの目で見定めようというのだ。
そして、彼女をヴァルハイト公爵家だけのものにはさせない、という牽制の意味も込められているのかもしれない。
(……面倒なことになった)
だが、皇帝からの勅命だ。断ることはできない。
「分かった。準備をさせろ」
カインが不機嫌に応じると、ゲルダは「かしこまりました」とだけ言い残し、静かにその場を去っていった。
嵐のようなやり取りの後、部屋には再び静寂が戻る。
だが、先程までの甘い雰囲気は、どこかへ消え去ってしまっていた。
エリアーナは、カインの腕の中で、少しだけ不安そうな顔をしていた。
「皇帝陛下が……私を?」
「気にするな」
カインは、彼女の不安を拭うように、その髪を優しく撫でた。
「お前は、ただ俺の隣にいて、堂々としていればいい。他のことは、全て俺が片付ける。誰にも、お前の好きにはさせん。たとえ、相手が皇帝であろうともな」
その言葉は、絶対的な自信に満ちていた。
この人は、本当に自分のことを守ってくれる。その揺るぎない事実に、エリアーナの心は温かい安心感で満たされた。
「……はい」
彼女は、こくりと頷く。
カインは、そんな彼女の健気な姿に、再び愛おしさが込み上げてくるのを感じていた。
邪魔は入ったが、まだ、伝えるべきことが残っている。
彼は、エリアーナの身体をそっと離すと、真剣な眼差しで彼女を見つめ直した。
そして、その場で、彼女の前に片膝をついた。
「え……!? か、カイン!?」
エリアーナは、彼の突然の行動に、驚いて声を上げた。騎士が主君に忠誠を誓う、最上級の礼。それを、彼が自分に。
カインは、エリアーナの手を取り、その甲に、敬虔な祈りを捧げるかのように、静かに口づけを落とした。
そして、顔を上げ、彼女の瞳を真っ直ぐに見上げる。
その瞳には、先程までの熱情とは違う、どこまでも澄み切った、神聖なまでの光が宿っていた。
「エリアーナ」
彼は、改めて、彼女の名を呼んだ。
「俺は、お前に愛を誓った。だが、まだ、足りない」
「足りない、とは……?」
「俺の、妻になってほしい」
その言葉は、プロポーズの問いかけではなかった。
彼の魂からの、決定事項の宣告だった。
「ヴァルハイト公爵家の、次期公爵妃として、俺の隣に立て。俺の全てを、お前に捧げる。俺の命も、この地位も、この国の未来さえも。だから、お前の全てを、俺にくれ」
それは、あまりにも傲慢で、独善的で、そして、それ以上に抗いがたいほどに、甘い、愛の誓約だった。
エリアーナの瞳から、再び涙が溢れ出した。
もう、言葉は必要なかった。
彼女は、涙で濡れた笑顔のまま、何度も、何度も、力強く頷いた。
それが、彼女の答えの全てだった。
カインは、その答えに満足げに微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、彼は、先程邪魔された、その続きを始める。
カインの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
エリアーナは、そっと目を閉じた。
今度こそ、もう誰も、二人を邪魔するものはいない。
彼の唇が、彼女の唇に、優しく、しかし確かな熱を持って、触れた。
それは、ただの口づけではなかった。
互いの魂を、永遠に結びつけるための、誓いのキス。
呪いを解くための契約から始まった、二人の物語。
それは、幾多の困難を乗り越え、今、真実の愛という形で、一つの美しい結晶となった。
長い、長いキスが終わった時。
二人は、どちらからともなく、微笑み合った。
これから先、どんな嵐が待ち受けていようとも。
皇帝の思惑も、エルミール王国の残党も、そして世界の理さえも。
二人で手を取り合っていれば、もう何も怖くはない。
そう、確信できたからだ。
祝勝の宴が、始まる。
それは、帝国の女神として、そしてヴァルハイト公爵の婚約者として、エリアーナが初めて公式の場に姿を現す、運命の舞台。
二人の愛の物語は、まだ始まったばかり。
その輝かしい未来へと続く、新たな扉が、今、開かれようとしていた。
カインの声は、邪魔者を許さないという怒りを、隠そうともせずに低く響いた。せっかくの、エリアーナとの甘い時間が台無しだ。彼の眉間の皺は、さらに深くなる。
扉の外で、ゲルダが冷静な声で続けた。
「はっ。今宵、帝都を救った祝勝の宴を、急遽、宮殿にて執り行う、と。公爵閣下、並びにエリアーナ様を、主賓として招待するとの勅命にございます」
その言葉に、カインは舌打ちをした。
あの老獪な皇帝め。動きが早すぎる。
カインには、皇帝の狙いが手に取るように分かかった。これは、ただの祝勝の宴ではない。一夜にして帝国の英雄となった、エリアーナという存在。その力を、その人となりを、皇帝自らがこの目で見定めようというのだ。
そして、彼女をヴァルハイト公爵家だけのものにはさせない、という牽制の意味も込められているのかもしれない。
(……面倒なことになった)
だが、皇帝からの勅命だ。断ることはできない。
「分かった。準備をさせろ」
カインが不機嫌に応じると、ゲルダは「かしこまりました」とだけ言い残し、静かにその場を去っていった。
嵐のようなやり取りの後、部屋には再び静寂が戻る。
だが、先程までの甘い雰囲気は、どこかへ消え去ってしまっていた。
エリアーナは、カインの腕の中で、少しだけ不安そうな顔をしていた。
「皇帝陛下が……私を?」
「気にするな」
カインは、彼女の不安を拭うように、その髪を優しく撫でた。
「お前は、ただ俺の隣にいて、堂々としていればいい。他のことは、全て俺が片付ける。誰にも、お前の好きにはさせん。たとえ、相手が皇帝であろうともな」
その言葉は、絶対的な自信に満ちていた。
この人は、本当に自分のことを守ってくれる。その揺るぎない事実に、エリアーナの心は温かい安心感で満たされた。
「……はい」
彼女は、こくりと頷く。
カインは、そんな彼女の健気な姿に、再び愛おしさが込み上げてくるのを感じていた。
邪魔は入ったが、まだ、伝えるべきことが残っている。
彼は、エリアーナの身体をそっと離すと、真剣な眼差しで彼女を見つめ直した。
そして、その場で、彼女の前に片膝をついた。
「え……!? か、カイン!?」
エリアーナは、彼の突然の行動に、驚いて声を上げた。騎士が主君に忠誠を誓う、最上級の礼。それを、彼が自分に。
カインは、エリアーナの手を取り、その甲に、敬虔な祈りを捧げるかのように、静かに口づけを落とした。
そして、顔を上げ、彼女の瞳を真っ直ぐに見上げる。
その瞳には、先程までの熱情とは違う、どこまでも澄み切った、神聖なまでの光が宿っていた。
「エリアーナ」
彼は、改めて、彼女の名を呼んだ。
「俺は、お前に愛を誓った。だが、まだ、足りない」
「足りない、とは……?」
「俺の、妻になってほしい」
その言葉は、プロポーズの問いかけではなかった。
彼の魂からの、決定事項の宣告だった。
「ヴァルハイト公爵家の、次期公爵妃として、俺の隣に立て。俺の全てを、お前に捧げる。俺の命も、この地位も、この国の未来さえも。だから、お前の全てを、俺にくれ」
それは、あまりにも傲慢で、独善的で、そして、それ以上に抗いがたいほどに、甘い、愛の誓約だった。
エリアーナの瞳から、再び涙が溢れ出した。
もう、言葉は必要なかった。
彼女は、涙で濡れた笑顔のまま、何度も、何度も、力強く頷いた。
それが、彼女の答えの全てだった。
カインは、その答えに満足げに微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、彼は、先程邪魔された、その続きを始める。
カインの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
エリアーナは、そっと目を閉じた。
今度こそ、もう誰も、二人を邪魔するものはいない。
彼の唇が、彼女の唇に、優しく、しかし確かな熱を持って、触れた。
それは、ただの口づけではなかった。
互いの魂を、永遠に結びつけるための、誓いのキス。
呪いを解くための契約から始まった、二人の物語。
それは、幾多の困難を乗り越え、今、真実の愛という形で、一つの美しい結晶となった。
長い、長いキスが終わった時。
二人は、どちらからともなく、微笑み合った。
これから先、どんな嵐が待ち受けていようとも。
皇帝の思惑も、エルミール王国の残党も、そして世界の理さえも。
二人で手を取り合っていれば、もう何も怖くはない。
そう、確信できたからだ。
祝勝の宴が、始まる。
それは、帝国の女神として、そしてヴァルハイト公爵の婚約者として、エリアーナが初めて公式の場に姿を現す、運命の舞台。
二人の愛の物語は、まだ始まったばかり。
その輝かしい未来へと続く、新たな扉が、今、開かれようとしていた。
111
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。
Rohdea
恋愛
王太子でもあるエイダンの婚約者として長年過ごして来た公爵令嬢のフレイヤ。
未来の王となる彼に相応しくあろうと、厳しい教育にも耐え、
身分も教養も魔力も全てが未来の王妃に相応しい……
と誰もが納得するまでに成長した。
だけど───
「私が愛しているのは、君ではない! ベリンダだ!」
なんと、待っていたのは公衆の面前での婚約破棄宣言。
それなのに……
エイダン様が正妃にしたい愛する彼女は、
身分が低くて魔力も少なく色々頼りない事から反発が凄いので私に側妃になれ……ですと?
え? 私のこと舐めてるの? 馬鹿にしてます?
キレたフレイヤが選んだ道は───
※2023.5.28~番外編の更新、開始しています。
ですが(諸事情により)不定期での更新となっています。
番外編③デート編もありますので次の更新をお待ちくださいませ。
捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています
h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。
自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。
しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━?
「おかえりなさいませ、皇太子殿下」
「は? 皇太子? 誰が?」
「俺と婚約してほしいんだが」
「はい?」
なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。
トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……
王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。
〖完結〗役立たずの聖女なので、あなた達を救うつもりはありません。
藍川みいな
恋愛
ある日私は、銀貨一枚でスコフィールド伯爵に買われた。母は私を、喜んで売り飛ばした。
伯爵は私を養子にし、仕えている公爵のご子息の治療をするように命じた。私には不思議な力があり、それは聖女の力だった。
セイバン公爵家のご子息であるオルガ様は、魔物に負わされた傷がもとでずっと寝たきり。
そんなオルガ様の傷の治療をしたことで、セイバン公爵に息子と結婚して欲しいと言われ、私は婚約者となったのだが……オルガ様は、他の令嬢に心を奪われ、婚約破棄をされてしまった。彼の傷は、完治していないのに……
婚約破棄をされた私は、役立たずだと言われ、スコフィールド伯爵に邸を追い出される。
そんな私を、必要だと言ってくれる方に出会い、聖女の力がどんどん強くなって行く。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
【完結】 ご存知なかったのですね。聖女は愛されて力を発揮するのです
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
本当の聖女だと知っているのにも関わらずリンリーとの婚約を破棄し、リンリーの妹のリンナールと婚約すると言い出した王太子のヘルーラド。陛下が承諾したのなら仕方がないと身を引いたリンリー。
リンナールとヘルーラドの婚約発表の時、リンリーにとって追放ととれる発表までされて……。
【完結】全てを後悔しても、もう遅いですのよ。
アノマロカリス
恋愛
私の名前はレイラ・カストゥール侯爵令嬢で16歳。
この国である、レントグレマール王国の聖女を務めております。
生まれつき膨大な魔力を持って生まれた私は、侯爵家では異端の存在として扱われて来ました。
そんな私は少しでも両親の役に立って振り向いて欲しかったのですが…
両親は私に関心が無く、翌年に生まれたライラに全ての関心が行き…私はいない者として扱われました。
そして時が過ぎて…
私は聖女として王国で役に立っている頃、両親から見放された私ですが…
レントグレマール王国の第一王子のカリオス王子との婚姻が決まりました。
これで少しは両親も…と考えておりましたが、両親の取った行動は…私の代わりに溺愛する妹を王子と婚姻させる為に動き、私に捏造した濡れ衣を着せて婚約破棄をさせました。
私は…別にカリオス王子との婚姻を望んでいた訳ではありませんので別に怒ってはいないのですが、怒っているのは捏造された内容でした。
私が6歳の時のレントグレマール王国は、色々と厄災が付き纏っていたので快適な暮らしをさせる為に結界を張ったのですが…
そんな物は存在しないと言われました。
そうですか…それが答えなんですね?
なら、後悔なさって下さいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる