偽りの聖女と罵られたので、隣国の訳あり公爵様と結託して祖国を滅ぼします~本当の力に目覚めた私を今更返せと言われても、もう遅いのです~

夏見ナイ

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第六十五話 凶報③食糧危機

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干ばつと疫病。そして、貴族たちの離反。
エルミール王国を襲う災厄は、とどまるところを知らなかった。
そして、ついに、最後の凶報が、王国にとどめを刺す。
食糧危機。
大地が枯れ、作物が実らないのだから、それは当然の帰結だった。
王家の備蓄食糧も、とうの昔に底をついている。貴族たちは、自らの領地の民を養うので手一杯で、王都へ食糧を供出する余裕など、もはやなかった。いや、それ以前に、多くの有力貴族は、既に王家を見限り、水面下で帝国への亡命準備を進めていた。
王都の市場からは、食べ物が完全に消えた。
パン屋の窯の火は落ち、八百屋の棚は空っぽ。肉屋には、骨一本さえ残っていない。
民衆は、飢えに苦しんだ。
最初は、木の皮を剥ぎ、草の根をすすって、何とか命をつないでいた。だが、それさえも、やがて尽きてしまう。
飢えは、人の理性を奪う。
最初は、小さな諍いだった。一切れのパンを巡る、殴り合い。
だが、それはすぐに、集団による略奪へと発展した。わずかに食糧を蓄えている商家が襲われ、食料庫がこじ開けられる。衛兵が駆けつけても、飢えた民衆の勢いを止めることはできなかった。
やがて、略奪の対象は、貴族の屋敷へと向けられた。
「貴族どもは、腹一杯食っているに違いない!」
「俺たちの食い物を、分け与えろ!」
飢えと、不満と、嫉妬。それらが、民衆を暴徒へと変えた。
夜ごと、王都のどこかで、貴族の屋敷が襲撃され、炎が上がる。街は、完全に無政府状態と化していた。

その惨状を、王太子アルフォンスは、王宮の安全な場所から、ただ震えながら見ていることしかできなかった。
「なぜだ……なぜ、こうなる……」
彼の頭には、もはや国をどうするか、民をどう救うか、という思考はない。
ただ、自分の権威が、自分の世界が、音を立てて崩れていく恐怖だけが、彼を支配していた。
「エリアーナ……そうだ、エリアーナだ!」
彼は、錯乱したように叫んだ。
「あの女が、帝国で奇跡を起こしたというのなら、この国でも同じことができるはずだ! あの女を、連れ戻せばいいのだ! そうすれば、全てが元通りになる!」
それは、あまりにも身勝手で、現実が見えていない、愚かな結論だった。
彼は、もはや正常な判断力を失っていた。エリアーナこそが、全ての災厄の原因であり、そして、全ての解決策であると、本気で思い込んでいたのだ。
自分が彼女にした、残酷な仕打ちのことは、都合よく忘れ去って。
「そうだ、帝国に使者を送るのだ! 我らの聖女を、即刻、返還せよ、と!」
アルフォンスは、残った僅かな側近たちに、そう命じた。
側近たちは、その命令の無謀さに、顔を見合わせた。だが、今の錯乱した王太子に、異を唱えることなどできるはずもなかった。

一方、ヴァルハイト公爵邸では、エルミール王国の惨状が、逐一カインの元へと報告されていた。
「……暴動、か」
カインは、報告書を読み上げながら、冷たく呟いた。
その隣で、エリアーナは、黙って耳を傾けていた。その顔は、青ざめ、悲痛な色に染まっている。
祖国が、地獄と化している。
その事実が、彼女の心を重く締め付けていた。
自分を虐げた者たちが苦しむのは、自業自得だと思えた。だが、何の罪もない民が、飢え、奪い合い、死んでいく。その光景を想像すると、胸が張り裂けそうだった。
「……私に、何かできることは、ないのでしょうか」
エリアーナは、か細い声で、カインに問いかけた。
「私が、この力を使えば……少なくとも、飢えに苦しむ人々に、食べ物を与えることくらいは……」
「ならん」
カインは、その言葉を、きっぱりと遮った。
「お前の力は、万能ではない。疲弊した大地に、無理やり実りをもたらせば、その代償は、必ずお前自身の生命力に返ってくる。俺は、お前を危険な目に遭わせることは、断じて許さん」
その声は、エリアーナを案じる、絶対的な響きを持っていた。
「それに」
カインは、言葉を続けた。
「仮に、お前が食糧を生み出したとして、それがどうなる? 今のエルミールに、それを民に公平に分配するだけの、統治能力があると思うか? 結局は、力を持つ者たちが、それを独占し、新たな争いの火種となるだけだ」
彼の指摘は、冷静で、そして的確だった。
エリアーナの、優しいだけの善意では、もうどうにもならないほど、あの国は腐りきってしまっているのだ。
「……では、私は、ただ見ていることしかできないのですか」
エリアーナの瞳から、悔しさの涙がこぼれ落ちた。
自分の無力さが、歯がゆかった。
カインは、そんな彼女の肩を、優しく抱き寄せた。
「今は、な」
彼の声は、未来を予見するかのように、静かに響いた。
「だが、いずれ、その時が来る。腐りきった大樹が完全に倒れ、新たな芽吹きのための更地ができた時。その時こそ、お前の本当の力が、必要とされるだろう」
それは、崩壊した王国の、再興の日のことだった。
「それまでは、待て。そして、力を蓄えろ。お前が、この世界の真の女神となる、その日のために」
カインの言葉は、エリアーナの心に、新たな光を灯した。
そうだ。今は、悲しんでいる時ではない。
いずれ来る、その日のために、自分はもっと強くならなければならない。
この力を、完全に使いこなし、誰かを救うための、本当の力へと昇華させるのだ。
エリアーナは、涙を拭うと、カインの胸の中で、力強く頷いた。
その時、執務室の扉がノックされ、ジークハルトが慌てた様子で入ってきた。
「閣下、大変です! エルミール王国より、使節団がこちらへ向かっているとの情報が入りました!」
「……何だと?」
カインの眉が、鋭く動いた。
「使節団の要求は、ただ一つ。『聖女エリアーナ様の、即時返還』だ、そうでございます!」
その言葉に、カインの纏う空気が、一瞬にして絶対零度へと変わった。
エリアーナも、息を呑んだ。
あの人たちが、今になって、私を。
運命の歯車が、再び、大きく動き出そうとしていた。
過去との、決着の時。
それは、エリアーナが思っていたよりも、ずっと早く、訪れようとしていた。
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