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第八十四話 絶句
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バーンズ子爵は、震える唇を、必死で動かそうとした。
だが、言葉が出てこない。
目の前に座る、カインとエリアーナ。
その、神々しいまでの一対から放たれる、圧倒的なプレッシャー。それは、ただの威圧感ではない。生命としての、格の違いとでも言うべき、抗いがたい力の差だった。
まるで、矮小な人間が、天上の神々を前にしているかのようだ。
(……何を、言えばいいのだ)
王太子アルフォンスから託された、傲慢な要求。
『聖女エリアーナを、即刻、返還せよ』
そんな言葉を、この二人を前にして、口にすることなど、できるはずもなかった。
それは、あまりにも滑稽で、あまりにも無謀。自殺行為に等しい。
バーンズ子爵だけでなく、彼と共に来た使節団の者たちも、皆、同じ思いだった。
彼らは、床にひれ伏したまま、顔を上げることさえできない。ただ、冷や汗を流し、小刻みに震えているだけだった。
謁見の間は、水を打ったように静まり返っている。
その、異様な沈黙を、楽しむかのように、カインは、玉座に深く腰掛けたまま、冷ややかに彼らを見下ろしていた。
彼は、何も言わない。
ただ、エルミールの者たちが、自らの口で、その愚かな要求を述べ、自滅していくのを、待っているのだ。
その、冷徹な沈黙が、バーンズ子爵の心を、さらに追い詰めていく。
(言わなければ……。言わなければ、国に帰った後、殿下に何をされるか……!)
恐怖が、羞恥を上回った。
バーンズ子爵は、最後の力を振り絞り、かろうじて、声を絞り出した。
「……こ、公爵閣下……並びに、エリアーナ、様……」
その声は、情けないほどに、かすれていた。
エリアーナは、そんな彼の哀れな姿を、静かな、そしてどこか憐れむような目で見つめていた。
彼女は、カインの隣で、一言も発しない。
だが、その存在そのものが、何よりも雄弁な、拒絶の意志を放っていた。
彼女が纏う、深い紫色のドレス。
胸元に輝く、月光石のネックレス。
そして、左手の薬指で、確かな光を放つ、虹彩石の婚約指輪。
その全てが、彼女がもはや、エルミールの者ではないこと。
ヴァルハイト公爵カインが、生涯をかけて愛し、そして護り抜くと誓った、唯一無二の存在であることを、示していた。
バーンズ子爵は、その輝きを、直視することができなかった。
あまりにも、眩しすぎたからだ。
自分たちが、泥の中に打ち捨てた石ころが、今、自分たちの手の届かない、天空の星となって、輝いている。
その、残酷なまでの現実が、彼の心を、完全にへし折った。
「……あ……う……」
言葉が、続かない。
彼は、ただ、絶句するしかなかった。
自分たちが、どれほど途方もない過ちを犯したのか。
どれほど、かけがえのない宝を、自らの手で失ってしまったのか。
その、取り返しのつかない事実を、今、この場所で、骨の髄まで、思い知らされていたのだ。
使節団の者たちも、皆、同じだった。
彼らは、エリアーナの、あまりの変貌ぶりと、その神々しいまでの姿に、完全に言葉を失い、ただひれ伏しているだけ。
謁見は、まだ始まってさえいない。
だが、その勝敗は、エリアーナがこの場に姿を現した、その瞬間に、既に決していたのだ。
カインは、その光景を、満足げに眺めていた。
彼は、エリアーナの手を、そっと握る。
そして、彼女にだけ聞こえるように、優しく囁いた。
「……見ろ、エリアーナ。あれが、お前を捨てた者たちの、成れの果てだ」
その声には、冷たい悦びが滲んでいた。
エリアーナは、何も答えなかった。
ただ、カインの手を、そっと握り返す。
彼女の心にあったのは、勝利の喜びではない。
ただ、深い、深い哀れみと、そして、過去の自分への、静かな訣別の想いだけだった。
運命の謁見は、エルミール王国の使節団の、完全な沈黙と、絶句によって、その幕を開けたのだった。
だが、言葉が出てこない。
目の前に座る、カインとエリアーナ。
その、神々しいまでの一対から放たれる、圧倒的なプレッシャー。それは、ただの威圧感ではない。生命としての、格の違いとでも言うべき、抗いがたい力の差だった。
まるで、矮小な人間が、天上の神々を前にしているかのようだ。
(……何を、言えばいいのだ)
王太子アルフォンスから託された、傲慢な要求。
『聖女エリアーナを、即刻、返還せよ』
そんな言葉を、この二人を前にして、口にすることなど、できるはずもなかった。
それは、あまりにも滑稽で、あまりにも無謀。自殺行為に等しい。
バーンズ子爵だけでなく、彼と共に来た使節団の者たちも、皆、同じ思いだった。
彼らは、床にひれ伏したまま、顔を上げることさえできない。ただ、冷や汗を流し、小刻みに震えているだけだった。
謁見の間は、水を打ったように静まり返っている。
その、異様な沈黙を、楽しむかのように、カインは、玉座に深く腰掛けたまま、冷ややかに彼らを見下ろしていた。
彼は、何も言わない。
ただ、エルミールの者たちが、自らの口で、その愚かな要求を述べ、自滅していくのを、待っているのだ。
その、冷徹な沈黙が、バーンズ子爵の心を、さらに追い詰めていく。
(言わなければ……。言わなければ、国に帰った後、殿下に何をされるか……!)
恐怖が、羞恥を上回った。
バーンズ子爵は、最後の力を振り絞り、かろうじて、声を絞り出した。
「……こ、公爵閣下……並びに、エリアーナ、様……」
その声は、情けないほどに、かすれていた。
エリアーナは、そんな彼の哀れな姿を、静かな、そしてどこか憐れむような目で見つめていた。
彼女は、カインの隣で、一言も発しない。
だが、その存在そのものが、何よりも雄弁な、拒絶の意志を放っていた。
彼女が纏う、深い紫色のドレス。
胸元に輝く、月光石のネックレス。
そして、左手の薬指で、確かな光を放つ、虹彩石の婚約指輪。
その全てが、彼女がもはや、エルミールの者ではないこと。
ヴァルハイト公爵カインが、生涯をかけて愛し、そして護り抜くと誓った、唯一無二の存在であることを、示していた。
バーンズ子爵は、その輝きを、直視することができなかった。
あまりにも、眩しすぎたからだ。
自分たちが、泥の中に打ち捨てた石ころが、今、自分たちの手の届かない、天空の星となって、輝いている。
その、残酷なまでの現実が、彼の心を、完全にへし折った。
「……あ……う……」
言葉が、続かない。
彼は、ただ、絶句するしかなかった。
自分たちが、どれほど途方もない過ちを犯したのか。
どれほど、かけがえのない宝を、自らの手で失ってしまったのか。
その、取り返しのつかない事実を、今、この場所で、骨の髄まで、思い知らされていたのだ。
使節団の者たちも、皆、同じだった。
彼らは、エリアーナの、あまりの変貌ぶりと、その神々しいまでの姿に、完全に言葉を失い、ただひれ伏しているだけ。
謁見は、まだ始まってさえいない。
だが、その勝敗は、エリアーナがこの場に姿を現した、その瞬間に、既に決していたのだ。
カインは、その光景を、満足げに眺めていた。
彼は、エリアーナの手を、そっと握る。
そして、彼女にだけ聞こえるように、優しく囁いた。
「……見ろ、エリアーナ。あれが、お前を捨てた者たちの、成れの果てだ」
その声には、冷たい悦びが滲んでいた。
エリアーナは、何も答えなかった。
ただ、カインの手を、そっと握り返す。
彼女の心にあったのは、勝利の喜びではない。
ただ、深い、深い哀れみと、そして、過去の自分への、静かな訣別の想いだけだった。
運命の謁見は、エルミール王国の使節団の、完全な沈黙と、絶句によって、その幕を開けたのだった。
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