偽りの聖女と罵られたので、隣国の訳あり公爵様と結託して祖国を滅ぼします~本当の力に目覚めた私を今更返せと言われても、もう遅いのです~

夏見ナイ

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第八十六話 公爵の鉄槌

「……全面戦争、だと?」
カインの声は、静かだった。だが、その静けさこそが、嵐の前の不気味さを、謁見の間に満たしていた。
バーンズ子爵の身体が、びくりと大きく震える。目の前の男から放たれる、純粋な殺意の波動に、魂が凍りつくのを感じた。
「面白い冗談を言う」
カインは、ゆっくりと、玉座の階段を降り始めた。
一歩、また一歩と、彼が近づいてくるたびに、使節団の者たちは、死の足音を聞くかのように、後ずさる。
「貴様らのような、滅びかけの小国が。我が帝国と、戦争をするだと?」
カインの唇の端に、残酷なまでの、冷たい笑みが浮かんだ。
「良いだろう。望み通り、滅ぼしてやってもいい。貴様らが、この謁見の間から生きて帰れると思うなよ」
その言葉は、もはや脅しではなかった。
ただの、事実の宣告。
彼は、本気で、ここにいる使節団の者たちを、皆殺しにするつもりだった。
「ひぃ……!」
使節団の中から、悲鳴が上がる。
バーンズ子爵は、腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
(……間違えた。我々は、決して、怒らせてはならない相手を、怒らせてしまった……!)
後悔しても、もう遅い。
カインは、バーンズ子爵の目の前で足を止めると、その美しい顔を、ゆっくりと近づけてきた。
そして、囁いた。
悪魔の、宣告を。

「まず、一つ、訂正してやろう」
カインの、氷のような声が、子爵の耳元で響く。
「彼女は、罪人ではない」
彼は、そう言うと、玉座に座るエリアーナの方を、一瞥した。その瞳には、先程までの殺意とは真逆の、どこまでも甘く、そして深い愛情が浮かんでいる。
「彼女は、この俺が、生涯をかけて愛し、そして護り抜くと誓った、唯一無二の女。ヴァルハイト公爵家の、次期公爵妃である」
その、揺るぎない宣言。
それは、帝国の貴族たち、そして全世界に対する、カインの決意表明だった。
彼は、再びバーンズ子爵に視線を戻す。その瞳は、再び絶対零度の冷たさに戻っていた。
「そして、二つ目だ」
カインは、続けた。
「貴様らの、その汚らわしい要求。エリアーナを返還せよ、だと?」
彼の声が、さらに低くなる。
「彼女は、物ではない。誰かの所有物でもない。ましてや、貴様らのような、愚かで卑しい者たちが、その名を軽々しく口にしていい存在ではないのだ」
カインは、腰に佩いていた長剣の柄に、そっと手をかけた。
謁見の間に、緊張が走る。
誰もが、次の瞬間には、血の惨劇が起きることを、覚悟した。

「―――おやめなさい、カイン」

その、張り詰めた空気を、切り裂いたのは、凛とした、女性の声だった。
エリアーナだった。
彼女は、いつの間にか玉座から立ち上がり、カインの隣に、静かに立っていた。
その表情は、穏やかだった。だが、その瞳には、カインの暴走さえも、押しとどめるほどの、強い意志の光が宿っている。
「カイン。あなたの手を、このような者たちの血で、汚す必要はございません」
彼女は、カインの、剣の柄に置かれた手を、そっと、自分の両手で包み込んだ。
エリアーナの、温かく、そして清浄な力に触れて、カインの身体から、燃え盛っていた殺意が、すうっと潮が引くように収まっていく。
「……エリアーナ」
カインが、我に返ったように、彼女の名を呼ぶ。
エリアー-ナは、彼に、優しく微笑みかけた。
「ここは、私に、お任せください」
彼女は、そう言うと、カインの手を離し、哀れな使節団の前に、一歩踏み出した。
その華奢な身体からは、想像もつかないほどの、威厳と、そして慈愛に満ちたオーラが放たれている。
それは、まさしく、公爵の鉄槌が振り下ろされようとした、その瞬間を、女神の慈悲が、押しとどめたかのようだった。
だが、エリアーナが、これから彼らに与えるもの。
それは、単純な死よりも、ある意味では、もっと残酷な「真実」という名の、断罪の光だった。
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