偽りの聖女と罵られたので、隣国の訳あり公爵様と結託して祖国を滅ぼします~本当の力に目覚めた私を今更返せと言われても、もう遅いのです~

夏見ナイ

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第八十八話 完全論破

謁見の間を満たす、万雷の拍手と、熱狂的な歓声。
その全てが、玉座の前に立つ、カインとエリアーナへと捧げられていた。
帝国の貴族たちは、もはや何の疑いも持っていなかった。
エリアーナこそが、この帝国に、いや、この大陸に、新たな時代をもたらす、真の女神なのだ、と。
その、輝かしい光景の中で。
エルミール王国の使節団は、まるで罪人のように、床にひれ伏したまま、動くことさえできなかった。
エリアーナが証明してみせた、圧倒的なまでの、力の差。
そして、カインが突きつけた、冷徹なまでの、最後通告。
彼らの心は、完全に折れていた。
プライドも、使命も、そして生きる気力さえも、粉々に打ち砕かれてしまった。
バーンズ子爵は、震える身体で、必死に思考を巡らせていた。
(……どうすれば、いいのだ)
(このまま、国に帰れば、待っているのは、王太子殿下による、処刑だけだ)
(だが、ここに留まっても、待っているのは、このヴァルハイト公爵による、死、のみ)
もはや、彼らに、逃げ道はなかった。
進むも地獄、退くも地獄。
その、絶対的な絶望が、彼らを支配していた。
カインは、そんな彼らの哀れな姿を、冷たい満足感と共に、見下ろしていた。
彼は、ジークハルトに、顎で合図を送る。
「ジークハルト。この者たちを、つまみ出せ」
「はっ!」
ジークハルトが、屈強な近衛騎士数名を率いて、使節団へと近づいていく。
その、威圧的な足音に、使節団の者たちは、びくりと身体を震わせた。
(……殺される!)
誰もが、そう覚悟した。
だが、エリアーナは、それを、静かに制した。
「お待ちになって、ジークハルト様」
その声に、ジークハルトは、ぴたりと足を止める。
エリアーナは、カインの腕の中から、そっと抜け出すと、哀れな使節団の前に、ゆっくりと歩み寄った。
そして、彼女は、誰もが予想だにしなかった、慈悲の言葉を、彼らにかけた。
「……帰りなさい。あなた方の、故郷へ」
その言葉に、バーンズ子爵は、顔を上げた。その目には、信じられないという色が浮かんでいる。
「……よ、よろしいので、ございますか……?」
「ええ」
エリアーナは、穏やかに頷いた。
「あなた方には、罪はありません。ただ、愚かな主君の、過った命令に従っただけ。その忠誠心は、哀れではありますが、騎士としては、間違ってはいないのでしょう」
その、あまりにも寛大な言葉。
それは、彼らにとって、地獄に差し込んだ、一筋の蜘蛛の糸のように思えた。
「ですが」
エリアーナは、続けた。
その瞳には、先程までの穏やかさとは違う、絶対的な女王の、厳しい光が宿っていた。
「あなた方の主君、アルフォンス殿下と、そしてリリアーナには、こう伝えなさい」
彼女は、一言一言、区切るように、はっきりと告げた。
「―――『自らの罪を認め、民に謝罪し、その玉座を降りるのであれば、私は、エルミールの民を見捨てはしない』と」
それは、降伏勧告だった。
だが、同時に、エルミール王国に残された、唯一の、救済の道でもあった。
「もし、彼らが、最後までその愚かなプライドに固執し、民を犠牲にし続けるというのであれば。その時は、私が、この力をもって、直接、裁きを下すことになるでしょう」
その言葉は、慈悲深く、そして同時に、何よりも恐ろしい、最後通告だった。
バーンズ子爵は、その言葉の意味を、魂で理解した。
彼女は、本気だ。
必要とあらば、彼女は、国一つを、その神の如き力で、滅ぼすことさえ、躊躇しないだろう。
「……か、必ず、お伝えいたします……!」
バーンズ子爵は、床に額をこすりつけ、涙ながらに、そう誓った。
こうして、運命の謁見は、幕を閉じた。
エルミール王国の使節団は、帝国の騎士に連れられて、屈辱のうちに、公爵邸を退散していった。
彼らの背中は、まるで、死刑判決を受けた罪人のように、どこまでも小さく、そして哀れだった。

謁見が終わった後。
カインは、エリアーナを、自室へと伴った。
彼は、エリアーナを、優しく抱きしめると、その耳元で、甘く囁いた。
「……見事だった、エリアーナ。お前は、俺の想像を、遥かに超える、素晴らしい女だ」
その、手放しの賞賛に、エリアーナは、頬を染めた。
「……あなた様が、私に、勇気をくださったからです」
「いいや」
カインは、首を振った。
「あれは、お前自身の、強さと、気高さだ」
彼は、エリアーナの唇に、そっと、優しい口づけを落とす。
「……俺は、世界で一番の、幸せ者だな。これほどの女神を、妻にできるのだから」
その、甘い言葉に、エリアーナの心は、幸福感で満たされた。
過去との、決着。
それは、彼女が思っていたよりも、ずっと完璧な形で、成し遂げられた。
憎しみでも、暴力でもない。
ただ、圧倒的なまでの、真実の光を見せつけることで、相手を完全に、論破する。
それこそが、「精霊の愛し子」である、彼女に相応しい、戦い方だったのだ。
だが、物語は、まだ終わらない。
この、完全論破という名の、屈辱的な敗北の報せは、エルミール王国に残る、愚かな王太子を、最後の、そして最も愚かな暴挙へと、駆り立てることになる。
そのことを、二人は、まだ知らなかった。
今はただ、束の間の勝利の余韻と、互いの愛の温かさに、その身を、委ねていた。
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