この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第53話 村の防衛会議

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『奈落の蛇』との戦いを決意した夜が明け、ミストラル村は静かな、しかし確かな緊張感に包まれていた。鳥のさえずりや子供たちのはしゃぐ声はいつもと変わらない。だが、村を行き交う大人たちの顔には、これから訪れるであろう嵐に備える、引き締まった覚悟の色が浮かんでいた。

その日の午前中、俺の『奇跡の泥水亭』は再び村の司令塔となっていた。店の大きなテーブルには、村の周辺を描いた手作りの地図が広げられ、それを囲むように、俺、リゼット、ノエル、ギムリ、そして村長が集まっていた。

「まず、現状を再確認する」

会議の口火を切ったのはリゼットだった。彼女の表情は、騎士団の作戦会議に臨む指揮官のように、厳しく引き締まっている。

「敵は、偵察部隊ですら高度な闇魔術を操る手練れだった。次に来る本隊は、これを遥かに上回る戦力と見て間違いない。おそらくは、魔法攻撃を主体とする統率の取れた集団だろう」

彼女は地図の上にいくつかの小石を置きながら、基本的な防衛方針を説明し始めた。

「正面からの戦闘は極力避けるべきだ。我々が有利な地形で、少数ずつ確実に敵の戦力を削いでいく。そのために、まずは村の物理的な防御を徹底的に固める」

リゼットは、村の入り口へと続く二本の道を指さした。

「この二つの道に、強固なバリケードを設置する。単純な木の柵ではない。敵の魔法攻撃にもある程度耐えられる、分厚い壁が必要だ」

その言葉に、ギムリが腕を組んで頷いた。

「ふむ。わしの聖水鍛冶で作った鉄板で補強すれば、並の攻撃魔法なら弾き返せる壁が作れるじゃろう。それから、見張り台も今の倍は必要じゃな。敵の接近をいち早く察知せねばならん」

「その通りだ」

リゼットはギムリの言葉を引き取った。

「見張り台は村を囲む丘の上に四箇所。森の中にも隠し見張り台を数カ所設置する。自警団を三つの小隊に分け、二十四時間体制で警戒にあたる。敵を発見次第、狼煙と鐘で村全体に知らせる。連携が我々の生命線になる」

彼女の計画は、騎士団での実戦経験に裏打ちされた、実に合理的で隙のないものだった。村長も深く頷きながら地図にメモを書き込んでいく。

「よし、バリケードと見張り台の建設は、村の男衆を総動員して今日からでも取り掛かろう。資材はダリルに任せれば問題ない」

物理的な防衛計画が固まっていく。だが、そこで静かに話を聞いていたノエルがゆっくりと口を開いた。

「物理的な壁だけじゃ、足りないと思うな」

彼女の言葉に、皆の視線が集まる。

「リゼットの言う通り、敵は魔法の専門家集団だ。高い壁も固い扉も、彼らの前では意味をなさないかもしれない。転移魔法で壁を越えたり、ゴーレムを生み出して破壊したり、やり方はいくらでもある」

その指摘は的確だった。俺たちの常識が、魔法を使う敵には通用しない可能性がある。

「だから、発想を変える必要があるんだ。敵を食い止めるんじゃなくて、村に近づくこと自体を『嫌にさせる』工夫がね」

ノエルはそう言うと、地図の上に村を囲む広大な『迷いの森』を指でなぞった。

「この森は私たちの最大の味方だよ。敵が村にたどり着くには、必ずこの森のどこかを通らなければならない。ここに、彼らが嫌がる『おもてなし』をたくさん用意してあげるんだ」

彼女は悪戯っぽく微笑んだ。その瞳は好奇心旺盛な研究者のものだ。

「例えば、敵が通りそうな獣道に『眠り苔』の胞子を撒いておく。気づかずに吸い込めば、屈強な兵士でも三日は目が覚めない。あるいは、幻覚を見せる『笑い茸』の群生地に巧妙に誘導する。敵は仲間同士で斬り合いを始めるかもしれないね」

ノエルの提案する罠は、リゼットのそれとは全く異質だった。それは自然そのものを武器に変える、エルフならではの狡猾で、しかし極めて効果的な戦術だった。

「面白い!ノエル殿、その罠とやらはいくつ用意できる!」

村長が身を乗り出して尋ねた。

「ふふっ、任せて。私の頭の中には、この森の植物を使った嫌がらせのアイデアが百や二百は詰まってるからね。ただ……」

彼女は、俺の方をちらりと見た。

「もっと効果的な罠を作るには、ルークの力が必要になる」
「俺の力、ですか?」
「そう。君の創生水だよ。あの水は、ただ生命を活性化させるだけじゃない。植物の成長を異常なまでに促進させる効果がある。それを使えば、もっと大規模で強力な罠が作れるはずなんだ」

ノエルの言葉に、俺は畑の不毛の地が一瞬で緑の楽園に変わった光景を思い出した。あの力を罠に応用する。

俺は静かに立ち上がった。皆の視線が、俺に集まる。

「俺の力は惜しみなく使ってください。この村を守るためなら、俺はなんだってします」

俺の覚悟は決まっていた。

「そして、俺からも一つ提案があります」

俺は、地図の中心、俺の『奇跡の泥水亭』がある広場を指さした。

「敵の最終目的は俺です。ならば、俺自身が最大の『おとり』になります。敵をこの広場まで誘い込み、そこで一網打尽にする。それが最も被害を少なくする策ではないでしょうか」

俺の提案に、リゼットが「危険すぎる!」と声を上げた。だが、俺は首を横に振る。

「いいえ。敵の注意が俺一人に集中するなら、他の村人たちへの被害は最小限に抑えられます。そして、俺には皆さんという最強の護衛がいる。決して無謀な賭けではありません」

俺の瞳に宿る決意を見て、リゼTットはぐっと言葉に詰まった。

その時、それまで黙って話を聞いていたギムリが、重々しく口を開いた。

「……決まりじゃな」

彼は、テーブルの上に置かれていた自分の屈強な片腕をドンと叩いた。

「方針は決まった。リゼットとわしで『壁』を作り、ノエルが『罠』を仕掛け、ルークの旦那が『おとり』となる。そして村長が全てをまとめる。わしらがこの村の『盾』となり、『牙』となるんじゃ」

彼の言葉が、俺たちの意志を一つに束ねた。

村長が、最後に立ち上がった。その顔には、一村の長としての揺るぎない覚悟が浮かんでいる。

「皆の者、聞いたな!これよりミストラル村は、総力を挙げて防衛体制に入る!我らの平和を、我らの手で守り抜くのじゃ!異論のある者は、おるか!」

彼の問いに、応える者は誰もいない。ただ、固い決意に満ちた四つの力強い頷きがあっただけだった。

こうして、ミストラル村の防衛計画は動き出した。それは、それぞれの分野の専門家たちが、それぞれの知識と技術を結集させた完璧な防衛網。

物理的な壁、自然の罠、そして俺というおとり。幾重にも張り巡らされた策が、静かに、しかし着実にまだ見ぬ敵を待ち構え始めていた。

俺は頼もしい仲間たちの顔を見回した。俺はもう一人ではない。この仲間たちとなら、どんな困難にも立ち向かえる。俺は、そのことを心の底から信じていた。
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