この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第87話 教主との対峙

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灼熱の炎の槍が、死の雨となって降り注ぐ。その一本一本が鋼鉄の鎧すら容易く溶かすほどの熱量を秘めていた。

「盾を構えろ! 防御陣形!」

リゼットの号令が飛ぶ。神殿騎士たちが即座に俺たちの前に立ち、大盾を連結させて鉄壁の守りを築いた。炎の槍が盾に次々と着弾し、轟音と衝撃がドーム内に響き渡る。

ガガガガガッ!

盾は赤熱し、騎士たちの腕が悲鳴を上げる。数秒後、炎の雨は止んだ。盾は所々溶け落ちていたが、なんとか防ぎきったようだった。

「ぐっ……腕が……!」
「ルーク様!」

俺はすぐに駆け寄り、火傷を負った騎士たちに創生水を振りかける。煙が上がり、焼け爛れた皮膚が瞬時に再生していく。

「……助かった」

だが、安堵したのも束の間だった。今度は天井の別の魔法陣が起動する。そこから放たれたのは絶対零度の冷気を帯びた、無数の氷の礫だった。

先ほどの灼熱と今度の極寒。その急激な温度変化に騎士たちの盾が耐えきれず、パリィン!と甲高い音を立てて砕け散った。

「くそっ、盾が!」

防御を失った俺たちに、氷の礫が殺到する。

「させないよ!」

ノエルが一歩前に出た。彼女は籠の中から麻袋いっぱいに詰められた乾燥した植物の種のようなものを掴むと、それを俺たちの前方にばらまいた。

そして、俺に向かって叫んだ。

「ルーク、今だ! その種に君の力を!」

俺は言われるままに、地面に散らばった種に向かって創生水の力を解放した。

次の瞬間。

俺たちの目の前で種から芽吹いた無数の蔓が、爆発的な勢いで成長し、絡み合い、分厚い生きた壁を形成したのだ。

氷の礫がその緑の壁に突き刺さるが、創生の力で絶えず再生する壁を貫くことはできない。

「すごい……!」
「植物の壁だと!?」

神殿騎士たちが驚愕の声を上げる。

「ふふん、どうだい。私の知識とルークの力の合わせ技だよ」

ノエルが得意げに胸を張った。

「……面白い。実に面白い余興だ」

教主の声が再び響き渡った。その声には余裕すら感じられる。

「だが、いつまで持つかな?」

彼の言葉に応えるように、今度は左右の壁の魔法陣が同時に起動した。雷の槍と風の刃が同時に俺たちの緑の壁に襲いかかる。壁は切り裂かれ、焼き焦がされ、徐々にその体積を減らしていく。

「このままではジリ貧だ!」

リゼットが叫んだ。

「ノエル! この罠を無効化できないのか!」
「……やってみる!」

ノエルは懐から水晶のレンズを取り出すと、明滅する無数の魔法陣を食い入るように見つめ始めた。彼女の瞳が高速で動き、複雑な術式の構造を解析していく。

「……すごい術式だ。複数の属性魔法が連動して、しかもランダムに起動するようになっている。これを解くには、全ての中枢となっている『制御核』を直接叩くしかない!」

彼女はドームの最も高い天井部分、ひときわ大きくそして複雑な紋様を描く魔法陣を指さした。

「あれだ! あれを破壊すれば全ての罠は止まる!」

だが、どうやって? 天井までは数十メートルはある。弓矢では魔法陣を覆う結界を破ることはできないだろう。

その時、俺たちの後方で静かにその時を待っていた男が、重々しく口を開いた。

「……道ならば、わしが作る」

ギムリだった。彼は巨大な戦鎚を大地に力強く突き立てた。

「お前さんたち、しっかり掴まっておれ!」

彼がそう叫ぶと、ドワーフ族特有の大地を操る古の力が、その身から溢れ出した。

ゴゴゴゴゴゴ!

俺たちの足元の地面が激しく隆起し始めた。それはまるで巨大なエレベーターのように、俺たち全員を乗せたまま天井の制御核へと向かって急速に上昇していく。

「なっ!?」

教主の声に初めて焦りの色が混じった。

「行かせん!」

壁の魔法陣から最後の攻撃が、俺たちの乗る岩盤に向かって集中砲火される。岩盤が砕け、俺たちの足場がぐらりと大きく傾いた。

「うわっ!」

バランスを崩した俺の体が宙に投げ出される。

「ルーク!」

リゼットが咄嗟に俺の腕を掴んだ。彼女は片手で俺を支え、もう片方の手で飛来する魔法攻撃を剣で弾き落としていく。その顔は必死の形相だった。

俺たちはついに制御核の目の前まで到達した。

「リゼット! 今だ!」
「はあっ!」

俺の腕を掴んだまま、リゼットは体を捻り、渾身の力を込めてその白銀の剣を制御核へと突き刺した。

バキィィィィィン!!

水晶が砕け散るような、甲高い音。

制御核が破壊され、ドーム内の全ての魔法陣が光を失い、沈黙した。

俺たちが乗っていた岩盤もその力を失い、急速に落下を始める。

「きゃあああっ!」
「うわあああっ!」

神殿騎士たちの悲鳴が響く。だが、ノエルは冷静だった。彼女は落下する岩盤から、あらかじめ用意していた『浮遊草の綿毛』を大量に撒き散らした。綿毛は俺たちの体をふわりと包み込み、落下の速度を和らげる。

俺たちは羽毛のように、ゆっくりとドームの床へと着地した。

「……ふぅ。なんとか、なったな」

全員の無事を確認し、俺は安堵のため息をついた。

第二の罠は突破した。

静まり返ったドームの奥。そこには一つの巨大な扉が、静かに俺たちを待ち構えていた。邪神の心臓が眠る、最後の聖域へと続く扉。

そして、その扉の前には。

「……見事だ。我が仕掛けた古代王の罠を、力と知恵、そして絆で乗り越えるとはな」

教主が一人、静かに立っていた。その手には巨大な黒曜石の鎌が握られている。その顔にはもはや嘲りの色はない。ただ、好敵手を前にした純粋な闘志だけが、その瞳に宿っていた。

「褒美として、教えてやろう。我が名はマハト。この世界を奈落の静寂へと導く者」

彼はそう名乗った。

「そして、ここが貴様たちの旅の、終着点だ」

マハトの体から、これまでとは比べ物にならないほどの絶望的に濃密な闇の魔力が、嵐のように吹き荒れ始めた。

最後の戦いが、今、始まる。

俺たちは傷ついた体を叱咤し、それぞれの武器を構えた。

ミストラル村から始まった俺たちの長い旅。その全てが、この瞬間のためにあったのだ。
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