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第50話:切り札は『蒸気』
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国王からの勅命を受けた俺は、すぐに行動を開始した。
与えられた期間は、三ヶ月。その間に、黒鉄鉱山の排水問題を解決する動力機関を開発し、実用化までこぎつけなければならない。常識的に考えれば、無謀極まりないスケジュールだった。
だが、俺の頭の中には、すでに完成までの明確なロードマップが描かれていた。
その中心にあるのが、「魔導蒸気機関」だ。
俺がシルフィと共に開発した「魔導炉」を熱源とし、その熱で水を沸騰させて高圧の蒸気を発生させる。そして、その蒸気の圧力でピストンを動かし、連続的な往復運動を生み出す。
その往復運動を、ポンプに繋げば、坑内に溜まった水を強力に汲み上げることができるはずだ。
それは、前世の歴史における、ニューコメンやワットが作り上げた初期の蒸気機関の、いわば魔導科学バージョンだった。
「エリアーナ、頼みがある。アシュフォード領から、最高の職人たちを王都に呼び寄せてくれ。鍛冶屋の親方と、大工の棟梁。そして、彼らが最も信頼する腕利きの弟子たちを数人ずつ」
「分かったわ。すぐに手配する。資金も、資材も、必要なものは何でも言いなさい。商会の総力を挙げて、あなたをバックアップするわ」
エリアーナは、このプロジェクトが持つ重要性を完全に理解していた。これは、単に鉱山の問題を解決するだけではない。俺たちが、王都の権力者たちに、自らの価値を認めさせるための、最大のショーケースなのだ。
「バルガス、王都の屋敷の警備を強化してくれ。これから作るものは、この国の誰もが見たことのない代物だ。マリウス公爵たちが、妨害や技術の盗用を仕掛けてくる可能性も十分にある」
「お任せください。ハエ一匹たりとも、この屋敷に忍び込ませはしません」
バルガスは、力強く請け負った。
そして、俺はシルフィに向き直った。
「シルフィ。また、君の力が必要になる。今度の魔導炉は、これまでとは比べ物にならないくらい、強力なものになる。君のマナを、長時間、安定して供給し続けてもらう必要があるんだ。……大丈夫か?」
俺の問いに、シルフィは不安げな顔一つせず、にっこりと笑って頷いた。
「大丈夫だよ、リオ。私、もう分かったの。私の力は、リオと一緒なら、たくさんの人を助けることができるんだって。だから、いくらでも協力する!」
彼女のその言葉が、何よりも俺の心を強くした。
数日後、アシュフォード領から呼び寄せられた職人たちが、王都の屋敷に到着した。
彼らは、王都の壮麗さに目を丸くしながらも、俺の前に立つと、いつものように挑戦的な、職人としての誇りに満ちた顔を見せた。
「リオ様、また何か、とんでもねえもんをお作りになるんで?」
鍛冶屋の親方が、ニヤリと笑いながら言う。
俺は、彼らの前に、魔導蒸気機関の、より詳細な設計図を広げた。
そこには、シリンダー、ピストン、クランクシャフト、ボイラー、そして心臓部である改良型魔導炉の、複雑な構造がびっしりと描き込まれていた。
職人たちは、その図面を食い入るように見つめた。彼らの目には、もはや困惑はない。未知の技術に対する、純粋な好奇心と、それを自らの手で形にしてみたいという、燃えるような探究心だけが宿っていた。
「……なるほどな。魔導炉の熱で水を湯気に変え、その力でこいつを動かす、と。途方もねえが、理屈は分かる。面白え、やってやろうじゃねえか!」
大工の棟梁が、腕をぶして快諾した。
こうして、王都の屋敷の裏手にある、大きな作業小屋を舞台に、世界初の魔導蒸気機関開発プロジェクトが、極秘裏に始動した。
俺たちの前に立ちはだかった最大の壁は、「精度」だった。
蒸気の圧力を漏らさずに受け止め、ピストンを滑らかに動かすためのシリンダー。その内壁は、寸分の歪みもなく、完璧な円筒形でなければならない。
ピストンとシリンダーの間には、ごくわずかな隙間しか許されない。隙間が大きすぎれば蒸気が漏れて圧力がかからず、小さすぎれば摩擦でピストンが動かなくなってしまう。
この世界の加工技術では、本来なら実現不可能なレベルの精度だ。
だが、俺たちにはアシュフォード鋼があった。そして、それを知り尽くした、最高の職人たちがいた。
鍛冶屋たちは、アシュフォード鋼を何度も打ち延ばし、特殊な円筒形の型に合わせて、根気よく叩き上げていく。大工たちは、その鋼を正確に研磨するための、水車を応用した特殊な研磨機をその場で作り上げた。
俺は、前世のプラントエンジニアとしての知識を総動員し、彼らに指示を出す。
「シリンダーの内壁の表面粗さは、コンマ1ミリ以下を目指すんだ! 滑らかさが、この機械の命だ!」
「ピストンリングの材質は、より柔らかい金属を使え! シリンダーとの密着性を高め、摩耗を防ぐための工夫だ!」
職人たちは、俺の口から飛び出す、聞いたこともないような専門用語に戸惑いながらも、その指示が持つ合理性を理解し、驚くべき速さで技術を吸収していった。
作業小屋は、昼夜を問わず、鋼を打つ甲高い音と、職人たちの怒号、そして俺の指示の声で満たされた。
それは、まさに産業革命前夜の、熱気に満ちた工場の姿そのものだった。
エリアーナは、資材の調達と、外部からの妨害を防ぐための情報戦に奔走した。
クラウスは、国王の勅命であるというお墨付きを使い、俺たちの活動に必要な物資が、滞りなく供給されるよう手配してくれた。彼は俺たちの力を利用しようとしているが、同時に、このプロジェクトが成功することを、誰よりも望んでいるようだった。
シルフィは、改良された魔導炉のコア調整に、その繊細なマナ制御能力を貸してくれた。彼女がいなければ、この機関の心臓部は、決して完成しなかっただろう。
バルガスは、屋敷の周りを鉄壁の守りで固め、時折差し入れを持って、俺たちの激務を労ってくれた。
誰もが、自分の役割を全うしていた。
俺たちは、一つのチームだった。
アシュフォードという、新しい時代を創り出すための、最強のチームだ。
そして、勅命を受けてから二ヶ月が過ぎた頃。
俺たちの目の前に、ついに、その鉄の巨人が、その全貌を現した。
高さは三メートルほど。黒光りするアシュフォード鋼の塊だ。複雑なパイプが絡みつき、巨大なフライホイール(弾み車)が鎮座している。それは、まるで異世界から召喚された、鋼鉄の魔神のようだった。
魔導蒸気機関、試作一号機。
俺は、静かに深呼吸をした。
この鉄の塊が、俺たちの未来を、そしてこの国の運命を乗せて、今、動き出そうとしている。
「全員、持ち場につけ!」
俺は、声を張り上げた。
「これより、魔導蒸気機関の、最初の火入れを行う!」
その声は、歴史の新たな一ページが開かれることを告げる、高らかなファンファーレだった。
与えられた期間は、三ヶ月。その間に、黒鉄鉱山の排水問題を解決する動力機関を開発し、実用化までこぎつけなければならない。常識的に考えれば、無謀極まりないスケジュールだった。
だが、俺の頭の中には、すでに完成までの明確なロードマップが描かれていた。
その中心にあるのが、「魔導蒸気機関」だ。
俺がシルフィと共に開発した「魔導炉」を熱源とし、その熱で水を沸騰させて高圧の蒸気を発生させる。そして、その蒸気の圧力でピストンを動かし、連続的な往復運動を生み出す。
その往復運動を、ポンプに繋げば、坑内に溜まった水を強力に汲み上げることができるはずだ。
それは、前世の歴史における、ニューコメンやワットが作り上げた初期の蒸気機関の、いわば魔導科学バージョンだった。
「エリアーナ、頼みがある。アシュフォード領から、最高の職人たちを王都に呼び寄せてくれ。鍛冶屋の親方と、大工の棟梁。そして、彼らが最も信頼する腕利きの弟子たちを数人ずつ」
「分かったわ。すぐに手配する。資金も、資材も、必要なものは何でも言いなさい。商会の総力を挙げて、あなたをバックアップするわ」
エリアーナは、このプロジェクトが持つ重要性を完全に理解していた。これは、単に鉱山の問題を解決するだけではない。俺たちが、王都の権力者たちに、自らの価値を認めさせるための、最大のショーケースなのだ。
「バルガス、王都の屋敷の警備を強化してくれ。これから作るものは、この国の誰もが見たことのない代物だ。マリウス公爵たちが、妨害や技術の盗用を仕掛けてくる可能性も十分にある」
「お任せください。ハエ一匹たりとも、この屋敷に忍び込ませはしません」
バルガスは、力強く請け負った。
そして、俺はシルフィに向き直った。
「シルフィ。また、君の力が必要になる。今度の魔導炉は、これまでとは比べ物にならないくらい、強力なものになる。君のマナを、長時間、安定して供給し続けてもらう必要があるんだ。……大丈夫か?」
俺の問いに、シルフィは不安げな顔一つせず、にっこりと笑って頷いた。
「大丈夫だよ、リオ。私、もう分かったの。私の力は、リオと一緒なら、たくさんの人を助けることができるんだって。だから、いくらでも協力する!」
彼女のその言葉が、何よりも俺の心を強くした。
数日後、アシュフォード領から呼び寄せられた職人たちが、王都の屋敷に到着した。
彼らは、王都の壮麗さに目を丸くしながらも、俺の前に立つと、いつものように挑戦的な、職人としての誇りに満ちた顔を見せた。
「リオ様、また何か、とんでもねえもんをお作りになるんで?」
鍛冶屋の親方が、ニヤリと笑いながら言う。
俺は、彼らの前に、魔導蒸気機関の、より詳細な設計図を広げた。
そこには、シリンダー、ピストン、クランクシャフト、ボイラー、そして心臓部である改良型魔導炉の、複雑な構造がびっしりと描き込まれていた。
職人たちは、その図面を食い入るように見つめた。彼らの目には、もはや困惑はない。未知の技術に対する、純粋な好奇心と、それを自らの手で形にしてみたいという、燃えるような探究心だけが宿っていた。
「……なるほどな。魔導炉の熱で水を湯気に変え、その力でこいつを動かす、と。途方もねえが、理屈は分かる。面白え、やってやろうじゃねえか!」
大工の棟梁が、腕をぶして快諾した。
こうして、王都の屋敷の裏手にある、大きな作業小屋を舞台に、世界初の魔導蒸気機関開発プロジェクトが、極秘裏に始動した。
俺たちの前に立ちはだかった最大の壁は、「精度」だった。
蒸気の圧力を漏らさずに受け止め、ピストンを滑らかに動かすためのシリンダー。その内壁は、寸分の歪みもなく、完璧な円筒形でなければならない。
ピストンとシリンダーの間には、ごくわずかな隙間しか許されない。隙間が大きすぎれば蒸気が漏れて圧力がかからず、小さすぎれば摩擦でピストンが動かなくなってしまう。
この世界の加工技術では、本来なら実現不可能なレベルの精度だ。
だが、俺たちにはアシュフォード鋼があった。そして、それを知り尽くした、最高の職人たちがいた。
鍛冶屋たちは、アシュフォード鋼を何度も打ち延ばし、特殊な円筒形の型に合わせて、根気よく叩き上げていく。大工たちは、その鋼を正確に研磨するための、水車を応用した特殊な研磨機をその場で作り上げた。
俺は、前世のプラントエンジニアとしての知識を総動員し、彼らに指示を出す。
「シリンダーの内壁の表面粗さは、コンマ1ミリ以下を目指すんだ! 滑らかさが、この機械の命だ!」
「ピストンリングの材質は、より柔らかい金属を使え! シリンダーとの密着性を高め、摩耗を防ぐための工夫だ!」
職人たちは、俺の口から飛び出す、聞いたこともないような専門用語に戸惑いながらも、その指示が持つ合理性を理解し、驚くべき速さで技術を吸収していった。
作業小屋は、昼夜を問わず、鋼を打つ甲高い音と、職人たちの怒号、そして俺の指示の声で満たされた。
それは、まさに産業革命前夜の、熱気に満ちた工場の姿そのものだった。
エリアーナは、資材の調達と、外部からの妨害を防ぐための情報戦に奔走した。
クラウスは、国王の勅命であるというお墨付きを使い、俺たちの活動に必要な物資が、滞りなく供給されるよう手配してくれた。彼は俺たちの力を利用しようとしているが、同時に、このプロジェクトが成功することを、誰よりも望んでいるようだった。
シルフィは、改良された魔導炉のコア調整に、その繊細なマナ制御能力を貸してくれた。彼女がいなければ、この機関の心臓部は、決して完成しなかっただろう。
バルガスは、屋敷の周りを鉄壁の守りで固め、時折差し入れを持って、俺たちの激務を労ってくれた。
誰もが、自分の役割を全うしていた。
俺たちは、一つのチームだった。
アシュフォードという、新しい時代を創り出すための、最強のチームだ。
そして、勅命を受けてから二ヶ月が過ぎた頃。
俺たちの目の前に、ついに、その鉄の巨人が、その全貌を現した。
高さは三メートルほど。黒光りするアシュフォード鋼の塊だ。複雑なパイプが絡みつき、巨大なフライホイール(弾み車)が鎮座している。それは、まるで異世界から召喚された、鋼鉄の魔神のようだった。
魔導蒸気機関、試作一号機。
俺は、静かに深呼吸をした。
この鉄の塊が、俺たちの未来を、そしてこの国の運命を乗せて、今、動き出そうとしている。
「全員、持ち場につけ!」
俺は、声を張り上げた。
「これより、魔導蒸気機関の、最初の火入れを行う!」
その声は、歴史の新たな一ページが開かれることを告げる、高らかなファンファーレだった。
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