異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第75話:束の間の平和

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内乱が終結し俺が公爵に叙されてから、王都には束の間の平和が訪れた。
マリウス公爵を始めとする保守派の首魁たちが一掃されたことで、これまで停滞していた政治は国王とクラウス主導の下、驚くべき速さで動き始めた。
そしてその改革の中心にいたのは、言うまでもなく俺だった。
『近代化の父』。
その大げさな二つ名に俺自身はまだ馴染めずにいたが、世間はそうは見てくれなかった。俺の言動一つ一つが王国の未来を左右するものとして注目を集めるようになったのだ。
だが山積する国家レベルの課題に取り組む前に、俺たちにはまず片付けなければならないことがあった。
それは共に死線を越えた仲間たちと、この勝利を分かち合い心と体を休めることだった。

祝賀会の喧騒が過ぎ去った数日後、俺はエリアーナ、バルガス、そしてシルフィを連れて王都の郊外にある静かな湖畔の離宮を訪れていた。
そこは国王が俺たちに感謝の意として特別に滞在を許可してくれた、王家専用の保養地だった。
そこには政治も戦争も、面倒な貴族たちの思惑も存在しない。ただ穏やかな湖と美しい森、そして澄んだ空気が俺たちを迎えてくれた。
「わあ……! 綺麗……!」
シルフィは湖面にキラキラと反射する太陽の光を見て子供のようにはしゃいだ。彼女があんなに心からの笑顔を見せるのは、森を離れてから初めてのことかもしれない。
リリアナもアシュフォード領から呼び寄せられていた。彼女とシルフィはすぐに手を取り合って湖畔の草原を駆け回っている。その光景はまるで一枚の絵画のように平和で美しかった。
バルガスは鎧を脱ぎ、ラフなシャツ姿で湖に釣り糸を垂れていた。戦場での鬼神のような姿はそこにはない。ただ穏やかな休日を楽しむ一人の男の顔があった。
「……たまには、こういうのもいいものだな」
俺が彼の隣に腰を下ろして言うと、彼はにかっと笑って答えた。
「まことに。剣を振るうことだけが人生ではございませんな。こうして守り抜いた平和を実感する時間もまた格別です」
彼の言葉には深い実感がこもっていた。

エリアーナは離宮のテラスで珍しく読書に耽っていた。彼女が読んでいたのは商会の報告書ではなく、一冊の古い詩集だった。
「あなたもたまには休んだらどう? いつも眉間に皺を寄せて難しい顔ばかりしているわよ」
俺が隣の椅子に座って言うと、彼女は本から顔を上げてふふっと笑った。
「それはあなたのせいでしょう? 次から次へと面倒な問題ばかり起こしてくれるのだから」
憎まれ口を叩きながらも、その表情はこれまでになく穏やかだった。
俺たちは言葉もなく、ただ静かに湖を渡る風の音や遠くで聞こえるリリアナとシルフィの笑い声に耳を澄ませていた。
それは贅沢な、何もしない時間だった。
これまで俺たちは常に何かに追われるように走り続けてきた。
領地の貧困から、飢えから、病から、そして敵から。
だが今は違う。
俺たちは確かに一つの大きな戦いを乗り越え、この平和を自分たちの手で掴み取ったのだ。
「……リオ」
不意にエリアーナが俺の名前を呼んだ。
「ん?」
「ありがとう」
その言葉はあまりにも不意で、そしてあまりにも素直だった。
「あなたが現れてくれなかったら、私は今頃マリウス公爵の息子に嫁ぎ、心を殺したまま人形のように生きていたでしょう。自分の力で未来を選び取れる日が来るなんて、夢にも思わなかった」
彼女の瞳は少しだけ潤んでいた。
「私に新しい人生をくれて、ありがとう」
俺は何も言えずに、ただ彼女のその美しい横顔を見つめていた。
俺の方こそ礼を言わなければならない。
彼女がいなければ俺の知識はただの机上の空論で終わっていたかもしれない。彼女の支えがあったからこそ、俺はここまで来ることができたのだ。
「……俺もだよ」
俺は照れくささを隠すように空を見上げながら言った。「俺もあんたがいなければ、ただの変わり者の辺境貴族の三男坊で終わっていたさ。俺に俺の夢を信じさせてくれて、ありがとう」
俺たちの間には温かい沈黙が流れた。
それはどんな言葉よりも雄弁に、互いの感謝とそして愛情を伝え合っているかのようだった。

その夜、離宮ではささやかな晩餐会が開かれた。
俺とエリアーナ、バルガス、シルフィ、そしてリリアナ。
アシュフォード領で全てが始まった最初の仲間たち。
俺たちは暖炉の炎が揺らめく暖かい部屋で、美味しい食事と上質な葡萄酒を囲んでいた。
そこには公爵も商会の代表も、最強の剣士も魔法使いもいなかった。
ただ一つの家族のような、気心の知れた仲間たちがいるだけだった。
俺たちはこれまでの戦いの日々を振り返り、笑い合った。
初めて石鹸を作った時のバルドの呆れ顔。
プロメテウスが初めて走った時の領民たちの熱狂。
そしてグラウ平原でのありえない勝利。
その全てがもはや遠い昔の出来事のようにも、つい昨日のことのようにも思えた。
「……これから、どうなるのかしらね」
エリアーナがふと未来に思いを馳せるように呟いた。
その言葉に皆が暖炉の炎を見つめた。
そうだ。
この平和は永遠ではない。
北には帝国という巨大な脅威がまだ牙を研いでいる。
国内にも俺たちの急進的な改革を快く思わない者たちはまだ大勢いるだろう。
俺たちの前にはまだ多くの困難が待ち受けている。
だが俺はもう何も怖くはなかった。
俺は目の前にいるかけがえのない仲間たちの顔を一人ずつ見渡した。
エリアーナ、バルガス、シルフィ、そしてリリアナ。
この仲間たちと共に歩んでいけるのなら。
どんな未来が待ち受けていようと、俺たちはきっと乗り越えていける。
その確信が俺の胸を温かいもので満たしていた。
「……大丈夫さ」
俺は皆を安心させるように力強く言った。
「何が起ころうと、俺たちが俺たちの未来を創っていくんだ。もっと面白くて、もっと豊かで、誰もが笑って暮らせる最高の未来をな」
俺のその言葉に皆が力強く頷いた。
束の間の平和。
それはこれから始まるより大きく、より困難な戦いに挑むための俺たちにとって何よりも必要な休息の時間だった。
俺たちはこの温かい記憶を胸に、再びそれぞれの戦場へと戻っていくのだ。
新しい時代をこの手で創り上げるために。
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