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第2話:初めてのバグ利用と、その代償
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異世界の太陽は、容赦なく俺の体力を奪っていく。
丘を下り、広大な草原を歩き始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。元の世界での運動不足が祟っているのか、あるいは単純に空腹と喉の渇きが限界に近いのか、足取りは重くなる一方だった。
(水と食料……最優先事項だ)
文明の利器が何もない状況では、生存に必要な基本要素の確保が急務となる。幸い、俺には【デバッガー】スキルがある。手当たり次第、周囲の植物に【情報読取】を発動させていく。
『対象:レッドベリー
分類:植物科>ベリー属
状態:完熟
特性:微量の滋養分を含む、甘酸っぱい味
用途:食用、ジャム原料
備考:毒性なし。ただし食べ過ぎると腹を下す可能性あり(軽微)。』
「お、これは食えるな」
地面に低く茂る、赤い実をつけた植物を発見。鑑定結果――いや、【情報読取】の結果は良好だ。「腹を下す可能性(軽微)」という注意書きは気になるが、背に腹は代えられない。いくつか摘んで口に放り込むと、甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、乾いた喉を潤してくれた。劇的に回復するわけではないが、多少の空腹感は紛れる。
(次は水だな……植物があるということは、近くに水源があるはずだ)
さらに【情報読取】を使いながら、地形や植物の分布を観察する。SEの仕事で培った観察眼と分析力が、こんなところで役立つとは思わなかった。地形の僅かな窪み、特定の植物の群生……それらの情報から、水脈の存在を推測する。
数十分ほど歩いただろうか。微かな水の流れる音が聞こえてきた。音のする方へ向かうと、岩の間から清水が湧き出し、小さな小川を形成している場所を発見した。
(よし! 水源確保!)
念のため、【情報読取】で水質を確認する。
『対象:湧き水
分類:天然水
状態:清浄
特性:ミネラル分を適度に含む
用途:飲用可
備考:周辺の土壌フィルターにより高い純度を保っている。』
「飲用可、か。ありがたい」
両手で水をすくい、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。ひんやりとした水が身体に染み渡り、生き返る心地がする。元の世界では当たり前のように蛇口から出ていた水が、これほどまでに貴重で美味しく感じられるとは。異世界に来たことを、改めて実感させられる。
水筒代わりになるようなものはないかと周囲を探すが、都合よく落ちているはずもない。仕方なく、腹が膨れるまで水を飲み、再び歩き出すことにした。レッドベリーも、ポケットに入るだけ摘んでおく。
草原はやがて終わりを迎え、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。木々はどれも巨大で、枝葉が空を覆い、昼間だというのに森の中は薄暗い。
(森に入るのはリスクが高いが……人里を探すなら、森を抜けるか、迂回するしかないか)
森の入り口付近で、再び【情報読取】を使ってみる。
『対象:グレートオーク
分類:植物科>オーク属(大型種)
状態:正常(樹齢約300年)
特性:硬質、高い魔力耐性
用途:高級建材、魔道具素材
備考:森の主と呼ばれることもある。稀に精霊が宿る。』
『対象:ホーンラビット
分類:動物科>兎種(亜種)
状態:警戒中
ステータス:Lv 3 / HP 25/25 / MP 5/5
スキル:【突進】【噛みつき】
特性:鋭い角、素早い動き、臆病な性格
備考:低級モンスター。肉は硬いが食用可。角は素材になる。』
「……モンスター、か」
少し離れた茂みの中に、角の生えた大きな兎が潜んでいるのを発見した。ステータスやスキルまで見えるとは、【情報読取】は本当に便利だ。レベル3、HP25。これがどの程度の強さなのかは分からないが、「低級モンスター」という備考からすると、それほど脅威ではないのかもしれない。
(試しに、こいつに【バグ発見】を使ってみるか?)
好奇心と、スキルへの理解を深めたいという思いから、ホーンラビットに意識を集中し、【バグ発見】を試みる。先ほどの草花とは違い、生物に対するスキャンは、より複雑な情報を処理している感覚がある。脳に軽い負荷がかかるのを感じながら、矛盾や欠陥を探していく。
『……バグ検出:1件
内容:【聴覚認識システムの軽微なバグ】
詳細:特定の高周波音(人間にはほぼ聞こえないレベル)に対して、一時的な混乱・硬直状態を引き起こす可能性がある。再現性:中。』
「……へぇ」
バグが見つかった。特定の高周波音で混乱する、か。なるほど、生物の知覚システムにもバグは存在するらしい。これは面白い。もし、このバグを利用できれば、戦闘を有利に進められるかもしれない。
(だが、どうやって高周波音を出す? 口笛……いや、人間にはほぼ聞こえないレベルとある。それに、下手に刺激して襲われても困る)
今の俺には、レベル3の兎と戦う手段がない。今はまだ、このスキルを試す時ではないだろう。俺は静かにその場を離れ、森の縁を迂回するように歩き始めた。
しかし、平穏は長くは続かなかった。
森の縁を歩いていると、前方でガサガサと大きな物音がした。茂みが揺れ、現れたのは緑色の醜悪な小鬼――ネット小説やゲームでお馴染みの、ゴブリンだった。しかも、一匹ではない。三匹だ。
『対象:ゴブリン
分類:亜人科>ゴブリン属
状態:興奮
ステータス:Lv 5 / HP 40/40 / MP 10/10
スキル:【棍棒術(低級)】【投石】【連携(低)】
特性:凶暴、集団行動を好む、知能は低い
備考:一般的な雑魚モンスター。単体では弱いが、集団になると厄介。』
(ゴブリン……レベル5が三匹。まずい!)
ホーンラビットとは明らかに違う、明確な敵意と殺意がゴブリンたちの濁った目から伝わってくる。彼らは俺を獲物として認識したようで、汚い叫び声を上げながら、手に持った粗末な棍棒を振り上げて迫ってきた。
逃げるしかない!
咄嗟に踵を返し、全力で走り出す。しかし、相手は三匹。すぐに左右から回り込もうとしてくる。しかも、一匹が足元の石を拾い、投げつけてきた。
「うおっ!」
石は肩を掠めただけだったが、バランスを崩して転倒してしまう。すぐに起き上がろうとするが、ゴブリンたちはもう目の前まで迫っていた。棍棒が振り下ろされるのがスローモーションで見える。
(死ぬ……! また死ぬのか!? こんなところで!)
恐怖で身体が竦む。だが、その瞬間、SEとしての思考がクリアになった。
(諦めるな! 何か手があるはずだ! スキル! 【デバッガー】!)
迫りくるゴブリンの一匹に、最後の望みを託して意識を集中する。
(【情報読取】! 【バグ発見】!!)
脳が焼き切れるような感覚。膨大な情報の中から、必死に「穴」を探す。
『対象:ゴブリン(リーダー格)
ステータス:Lv 5 / HP 40/40 / MP 10/10
スキル:【棍棒術(低級)】【投石】【連携(低)】
……バグ検出:1件
内容:【平衡感覚制御ルーチンの同期ズレバグ】
詳細:特定の急な方向転換動作を行った際、ごく短時間(約0.5秒)、平衡感覚に著しい不具合が発生し、転倒する確率が高い。再現性:高。トリガー:右方向への90度以上の急旋回。』
(これだ!!)
見つけたのは、ゴブリンの動きに関する致命的なバグ。特定の動きをすると、高確率で転倒するというものだ。問題は、どうやってその動きを誘発させるか、そして【限定的干渉】で何ができるか。
(干渉で、その動きを強制……は無理だろう。「限定的」なんだ。だが、もしかしたら……バグの発生確率を上げる、あるいは、バグが発生した際の硬直時間を少しだけ伸ばす、くらいなら……?)
ゴブリンの棍棒が、脳天目掛けて振り下ろされる寸前。
俺は、地面すれすれを転がるようにして、ゴブリンの右側へと回避した。ゴブリンは、獲物を取り逃がすまいと、反射的に身体を右へ捻り、追撃しようとする――まさに、バグのトリガーとなる動作!
(今だ! 【限定的干渉】!! 平衡感覚バグを、増幅させろ!!)
成功するかどうかは分からない。ペナルティが何かも分からない。だが、やるしかない!
スキルを発動させた瞬間、ズキッ、と強い頭痛が走り、視界が一瞬ホワイトアウトした。同時に、目の前のゴブリンが、まるで足元をすくわれたかのように、不自然な体勢で大きくバランスを崩した。
「ギャッ!?」
奇妙な悲鳴を上げ、ゴブリンは派手に転倒し、頭を地面に打ち付けた。一瞬の静寂。他の二匹のゴブリンも、リーダー格の突然の転倒に驚いたのか、動きを止めている。
(……やったのか?)
頭痛はまだ残っているが、動けないほどではない。この隙を逃す手はない!
俺はすぐさま立ち上がり、再び全力で走り出した。後ろでゴブリンたちの怒りの叫び声が聞こえるが、もう振り返らない。
どれだけ走っただろうか。息は切れ、肺は痛み、足は鉛のように重い。それでも、恐怖心に突き動かされるように走り続けた。やがて、背後からの追跡の気配が完全に消えたことを確認し、俺はようやく足を止めた。
「はぁ……はぁ……助かった……のか?」
木の幹に手をつき、荒い息を整える。全身汗だくで、心臓が早鐘のように鳴っている。死の恐怖と、それを切り抜けた安堵感で、膝がガクガクと震えていた。
(【限定的干渉】……本当に効いた。だが、あの頭痛と視界のホワイトアウト……あれがペナルティか? あるいは、スキル行使の反動か?)
もし、もっと大規模なバグに干渉しようとしたら、どうなるのだろうか? ペナルティで動けなくなったり、最悪、命に関わるような事態になる可能性も否定できない。
(【デバッガー】は、確かに強力なスキルかもしれない。だが、同時に非常に危険なスキルでもある。使いどころを見極めないと、自滅しかねないな……)
SEの仕事で、安易な修正がシステム全体に予期せぬ悪影響を及ぼす「デグレード」を何度も経験してきた。このスキルも、それと同じようなリスクを孕んでいるのかもしれない。慎重にならなければ。
疲労困憊の中、ふと顔を上げると、森の切れ間から遠くの景色が見えた。そして、そこに、微かにではあるが、白い煙が立ち上っているのが見えた。
「……煙?」
自然発火の山火事? いや、違う。細く、真っ直ぐに立ち上る煙。あれは、人が生活している証拠――竈(かまど)や焚き火から出る煙に違いない。
「……人里だ!」
ようやく見つけた希望の光。疲労しきった身体に、再び力が湧いてくるのを感じた。
俺は、煙が上がる方角へと、再び歩き出した。今度こそ、この異世界での確かな一歩を踏み出せるかもしれない、という期待を胸に。
【デバッガー】スキルという、諸刃の剣を携えて。
丘を下り、広大な草原を歩き始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。元の世界での運動不足が祟っているのか、あるいは単純に空腹と喉の渇きが限界に近いのか、足取りは重くなる一方だった。
(水と食料……最優先事項だ)
文明の利器が何もない状況では、生存に必要な基本要素の確保が急務となる。幸い、俺には【デバッガー】スキルがある。手当たり次第、周囲の植物に【情報読取】を発動させていく。
『対象:レッドベリー
分類:植物科>ベリー属
状態:完熟
特性:微量の滋養分を含む、甘酸っぱい味
用途:食用、ジャム原料
備考:毒性なし。ただし食べ過ぎると腹を下す可能性あり(軽微)。』
「お、これは食えるな」
地面に低く茂る、赤い実をつけた植物を発見。鑑定結果――いや、【情報読取】の結果は良好だ。「腹を下す可能性(軽微)」という注意書きは気になるが、背に腹は代えられない。いくつか摘んで口に放り込むと、甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、乾いた喉を潤してくれた。劇的に回復するわけではないが、多少の空腹感は紛れる。
(次は水だな……植物があるということは、近くに水源があるはずだ)
さらに【情報読取】を使いながら、地形や植物の分布を観察する。SEの仕事で培った観察眼と分析力が、こんなところで役立つとは思わなかった。地形の僅かな窪み、特定の植物の群生……それらの情報から、水脈の存在を推測する。
数十分ほど歩いただろうか。微かな水の流れる音が聞こえてきた。音のする方へ向かうと、岩の間から清水が湧き出し、小さな小川を形成している場所を発見した。
(よし! 水源確保!)
念のため、【情報読取】で水質を確認する。
『対象:湧き水
分類:天然水
状態:清浄
特性:ミネラル分を適度に含む
用途:飲用可
備考:周辺の土壌フィルターにより高い純度を保っている。』
「飲用可、か。ありがたい」
両手で水をすくい、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。ひんやりとした水が身体に染み渡り、生き返る心地がする。元の世界では当たり前のように蛇口から出ていた水が、これほどまでに貴重で美味しく感じられるとは。異世界に来たことを、改めて実感させられる。
水筒代わりになるようなものはないかと周囲を探すが、都合よく落ちているはずもない。仕方なく、腹が膨れるまで水を飲み、再び歩き出すことにした。レッドベリーも、ポケットに入るだけ摘んでおく。
草原はやがて終わりを迎え、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。木々はどれも巨大で、枝葉が空を覆い、昼間だというのに森の中は薄暗い。
(森に入るのはリスクが高いが……人里を探すなら、森を抜けるか、迂回するしかないか)
森の入り口付近で、再び【情報読取】を使ってみる。
『対象:グレートオーク
分類:植物科>オーク属(大型種)
状態:正常(樹齢約300年)
特性:硬質、高い魔力耐性
用途:高級建材、魔道具素材
備考:森の主と呼ばれることもある。稀に精霊が宿る。』
『対象:ホーンラビット
分類:動物科>兎種(亜種)
状態:警戒中
ステータス:Lv 3 / HP 25/25 / MP 5/5
スキル:【突進】【噛みつき】
特性:鋭い角、素早い動き、臆病な性格
備考:低級モンスター。肉は硬いが食用可。角は素材になる。』
「……モンスター、か」
少し離れた茂みの中に、角の生えた大きな兎が潜んでいるのを発見した。ステータスやスキルまで見えるとは、【情報読取】は本当に便利だ。レベル3、HP25。これがどの程度の強さなのかは分からないが、「低級モンスター」という備考からすると、それほど脅威ではないのかもしれない。
(試しに、こいつに【バグ発見】を使ってみるか?)
好奇心と、スキルへの理解を深めたいという思いから、ホーンラビットに意識を集中し、【バグ発見】を試みる。先ほどの草花とは違い、生物に対するスキャンは、より複雑な情報を処理している感覚がある。脳に軽い負荷がかかるのを感じながら、矛盾や欠陥を探していく。
『……バグ検出:1件
内容:【聴覚認識システムの軽微なバグ】
詳細:特定の高周波音(人間にはほぼ聞こえないレベル)に対して、一時的な混乱・硬直状態を引き起こす可能性がある。再現性:中。』
「……へぇ」
バグが見つかった。特定の高周波音で混乱する、か。なるほど、生物の知覚システムにもバグは存在するらしい。これは面白い。もし、このバグを利用できれば、戦闘を有利に進められるかもしれない。
(だが、どうやって高周波音を出す? 口笛……いや、人間にはほぼ聞こえないレベルとある。それに、下手に刺激して襲われても困る)
今の俺には、レベル3の兎と戦う手段がない。今はまだ、このスキルを試す時ではないだろう。俺は静かにその場を離れ、森の縁を迂回するように歩き始めた。
しかし、平穏は長くは続かなかった。
森の縁を歩いていると、前方でガサガサと大きな物音がした。茂みが揺れ、現れたのは緑色の醜悪な小鬼――ネット小説やゲームでお馴染みの、ゴブリンだった。しかも、一匹ではない。三匹だ。
『対象:ゴブリン
分類:亜人科>ゴブリン属
状態:興奮
ステータス:Lv 5 / HP 40/40 / MP 10/10
スキル:【棍棒術(低級)】【投石】【連携(低)】
特性:凶暴、集団行動を好む、知能は低い
備考:一般的な雑魚モンスター。単体では弱いが、集団になると厄介。』
(ゴブリン……レベル5が三匹。まずい!)
ホーンラビットとは明らかに違う、明確な敵意と殺意がゴブリンたちの濁った目から伝わってくる。彼らは俺を獲物として認識したようで、汚い叫び声を上げながら、手に持った粗末な棍棒を振り上げて迫ってきた。
逃げるしかない!
咄嗟に踵を返し、全力で走り出す。しかし、相手は三匹。すぐに左右から回り込もうとしてくる。しかも、一匹が足元の石を拾い、投げつけてきた。
「うおっ!」
石は肩を掠めただけだったが、バランスを崩して転倒してしまう。すぐに起き上がろうとするが、ゴブリンたちはもう目の前まで迫っていた。棍棒が振り下ろされるのがスローモーションで見える。
(死ぬ……! また死ぬのか!? こんなところで!)
恐怖で身体が竦む。だが、その瞬間、SEとしての思考がクリアになった。
(諦めるな! 何か手があるはずだ! スキル! 【デバッガー】!)
迫りくるゴブリンの一匹に、最後の望みを託して意識を集中する。
(【情報読取】! 【バグ発見】!!)
脳が焼き切れるような感覚。膨大な情報の中から、必死に「穴」を探す。
『対象:ゴブリン(リーダー格)
ステータス:Lv 5 / HP 40/40 / MP 10/10
スキル:【棍棒術(低級)】【投石】【連携(低)】
……バグ検出:1件
内容:【平衡感覚制御ルーチンの同期ズレバグ】
詳細:特定の急な方向転換動作を行った際、ごく短時間(約0.5秒)、平衡感覚に著しい不具合が発生し、転倒する確率が高い。再現性:高。トリガー:右方向への90度以上の急旋回。』
(これだ!!)
見つけたのは、ゴブリンの動きに関する致命的なバグ。特定の動きをすると、高確率で転倒するというものだ。問題は、どうやってその動きを誘発させるか、そして【限定的干渉】で何ができるか。
(干渉で、その動きを強制……は無理だろう。「限定的」なんだ。だが、もしかしたら……バグの発生確率を上げる、あるいは、バグが発生した際の硬直時間を少しだけ伸ばす、くらいなら……?)
ゴブリンの棍棒が、脳天目掛けて振り下ろされる寸前。
俺は、地面すれすれを転がるようにして、ゴブリンの右側へと回避した。ゴブリンは、獲物を取り逃がすまいと、反射的に身体を右へ捻り、追撃しようとする――まさに、バグのトリガーとなる動作!
(今だ! 【限定的干渉】!! 平衡感覚バグを、増幅させろ!!)
成功するかどうかは分からない。ペナルティが何かも分からない。だが、やるしかない!
スキルを発動させた瞬間、ズキッ、と強い頭痛が走り、視界が一瞬ホワイトアウトした。同時に、目の前のゴブリンが、まるで足元をすくわれたかのように、不自然な体勢で大きくバランスを崩した。
「ギャッ!?」
奇妙な悲鳴を上げ、ゴブリンは派手に転倒し、頭を地面に打ち付けた。一瞬の静寂。他の二匹のゴブリンも、リーダー格の突然の転倒に驚いたのか、動きを止めている。
(……やったのか?)
頭痛はまだ残っているが、動けないほどではない。この隙を逃す手はない!
俺はすぐさま立ち上がり、再び全力で走り出した。後ろでゴブリンたちの怒りの叫び声が聞こえるが、もう振り返らない。
どれだけ走っただろうか。息は切れ、肺は痛み、足は鉛のように重い。それでも、恐怖心に突き動かされるように走り続けた。やがて、背後からの追跡の気配が完全に消えたことを確認し、俺はようやく足を止めた。
「はぁ……はぁ……助かった……のか?」
木の幹に手をつき、荒い息を整える。全身汗だくで、心臓が早鐘のように鳴っている。死の恐怖と、それを切り抜けた安堵感で、膝がガクガクと震えていた。
(【限定的干渉】……本当に効いた。だが、あの頭痛と視界のホワイトアウト……あれがペナルティか? あるいは、スキル行使の反動か?)
もし、もっと大規模なバグに干渉しようとしたら、どうなるのだろうか? ペナルティで動けなくなったり、最悪、命に関わるような事態になる可能性も否定できない。
(【デバッガー】は、確かに強力なスキルかもしれない。だが、同時に非常に危険なスキルでもある。使いどころを見極めないと、自滅しかねないな……)
SEの仕事で、安易な修正がシステム全体に予期せぬ悪影響を及ぼす「デグレード」を何度も経験してきた。このスキルも、それと同じようなリスクを孕んでいるのかもしれない。慎重にならなければ。
疲労困憊の中、ふと顔を上げると、森の切れ間から遠くの景色が見えた。そして、そこに、微かにではあるが、白い煙が立ち上っているのが見えた。
「……煙?」
自然発火の山火事? いや、違う。細く、真っ直ぐに立ち上る煙。あれは、人が生活している証拠――竈(かまど)や焚き火から出る煙に違いない。
「……人里だ!」
ようやく見つけた希望の光。疲労しきった身体に、再び力が湧いてくるのを感じた。
俺は、煙が上がる方角へと、再び歩き出した。今度こそ、この異世界での確かな一歩を踏み出せるかもしれない、という期待を胸に。
【デバッガー】スキルという、諸刃の剣を携えて。
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