異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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終章:新しい世界の日常

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忘れられた神殿での最終決戦から、季節は何度か巡った。
あの激闘によって世界の崩壊は回避され、マスターAI『アルファ』は深い眠りにつき、「世界のバグ」そのものとも言うべき混沌の脅威は消滅した。俺が放った「調律エネルギー」は、世界のシステムに作用し、長年蓄積されてきた歪みを少しずつ修正し、安定化させているようだった。

王都グランフォールは、宰相派閥の失脚とエドワード王子(現在は摂政として実質的な国のトップとなっている)による改革によって、目に見えて活気を取り戻していた。腐敗した貴族は淘汰され、実力主義と公正さが重んじられる風潮が広まりつつある。魔力供給網は完全に安定し、以前のような原因不明のトラブルも報告されなくなった。街には笑顔が増え、未来への希望のようなものが、確かに感じられるようになっていた。

もちろん、全ての問題が解決したわけではない。世界のシステムには、依然として無数の「バグ」が残っているだろうし、カルト教団の残党や、夜蛇の影も、完全に消え去ったわけではない。いつかまた、新たな脅威が現れる可能性もある。

だが、それでも、世界は確かに良い方向へと変わり始めていた。そして、その変化の中心には、俺たち「王国のデバッガー」の存在があった。



「……ふぅ。今日の依頼はこれで完了、と」
俺、ユズルは、王都の一角にある小さな工房で、一つの魔道具の「デバッグ」作業を終え、息をついた。依頼主は、最近評判の若手魔道具職人。彼が開発した新しい通信機に、原因不明のノイズが入るという問題があり、その原因究明と修正を依頼されたのだ。

俺は【デバッガー】スキルで通信機の魔力回路をスキャンし、信号増幅回路の一部に設計上の「バグ」があることを発見。【コード・ライティング】で回路の動作パラメータを微調整し、さらにリリアが開発した小型のノイズフィルターを取り付けることで、問題を解決した。

「ありがとうございます、ユズル様! さすがは”奇跡の解決屋”! 私には全く原因が分かりませんでした!」
若い職人は、感動した様子で俺に深々と頭を下げた。

「いえいえ、大したことではありませんよ」俺は苦笑する。「それより、この回路設計、非常に興味深いですね。少し改良すれば、もっと効率を上げられるかもしれませんよ?」
俺は、元SEとしての知識も活かし、いくつかの改善案を彼に提案した。

「奇跡の解決屋ユズル」。いつの間にか、俺にはそんな大層な二つ名が定着してしまっていた。神殿での一件の後、俺の持つ特異な能力――物事の欠陥を見抜き、それを修正する力――は、様々な分野で頼りにされるようになったのだ。解析不能な古代遺物の鑑定、原因不明の魔道具の故障修理、難解な魔法術式のデバッグ、そして時には、複雑な人間関係や社会システムの「バグ」の発見と解決策の提案まで。

俺は、エドワード王子との密約に基づき、表向きはフリーの「魔道具コンサルタント」兼「特殊問題解決屋」として活動していた。危険な戦闘や、世界の根幹に関わるような依頼は極力避け、自分の能力を、人々の役に立つ形で、そして自分自身のスキルアップのために使う。それが、俺が見出した、この世界での新たな生き方だった。もちろん、報酬はきっちり貰うが。

工房を出ると、見慣れた白銀の鎧姿が待っていた。
「終わったか、ユズル殿」
クラウス・フォン・リンドバーグ。彼は今や、王都騎士団の中でも若きエースとして、その名を轟かせていた。エドワード王子の右腕として、騎士団の改革と王国の治安維持に辣腕を振るっている。リンドバーグ家も、彼の活躍と、俺が以前解決した問題のおかげで、かつての勢いを取り戻しつつあった。

「ええ、今終わったところです。クラウスさんこそ、今日は非番だったのでは?」

「うむ。少し時間ができたのでな。君の顔でも見ようかと思って」彼は、少し照れたように言う。「それに、報告もある」

「報告?」

「ああ。先日、君が指摘してくれた騎士団の補給システムの『バグ』……あれを修正したところ、物資の横流しを行っていた一派を摘発することができた。君のおかげで、また一つ、騎士団の膿を出すことができたぞ」

「それは良かったですね」俺は微笑む。クラウスとの連携は、今も続いているのだ。俺がシステムの「バグ」を見つけ、彼がそれを正す。まさに、表と裏からの「デバッグ」作業だ。

「今夜、時間はあるか? 久しぶりに、一杯どうだ? リリア嬢やシャロン殿も誘って」

「いいですね。賛成です」

俺たちは、連れ立って歩き出す。かつては、互いの価値観の違いから反発し合ったこともあったが、今では、互いを認め合い、支え合う、かけがえのない友人となっていた。



その夜、俺たちは、王都で評判のレストランの個室に集まっていた。俺、クラウス、リリア、そしてシャロン。久しぶりに、パーティーメンバー全員が顔を揃えた。

「かんぱーい!」
リリアの元気な声と共に、俺たちはグラスを合わせた。テーブルの上には、美味しそうな料理が並んでいる。

「いやー、それにしても、ユズルさんもクラウスさんも、すっかり王都の有名人だね!」リリアが、楽しそうに言う。「街を歩いてると、二人の噂をよく聞くよ!」

「俺はともかく、クラウスさんは本当にすごいですよ。騎士団の英雄ですからね」俺が言うと、クラウスは顔を赤くして恐縮した。
「やめてくれ、ユズル殿。私は、まだ道半ばだ。それに、君こそ、『奇跡の解決屋』として、多くの人々を助けているではないか」

「ふふ、二人とも、相変わらずね」シャロンが、優雅にワイングラスを傾けながら微笑む。「でも、確かに、あなたたちの活躍は、王都に良い変化をもたらしているわ。影の世界にも、その影響は及んでいるのよ」
彼女は、今も裏社会で活動を続けているが、その目的は、単なる情報収集や始末だけではなく、世界の「歪み」を監視し、必要に応じて介入するという、より大きなものへと変化しているようだった。彼女なりのやり方で、「デバッグ」に関わっているのだ。

「リリアさんこそ、最近はどうなんですか? 新しい魔道具の開発は?」俺は尋ねる。

「うん! それがね、すごいの!」リリアは、目を輝かせて語り始めた。「王宮の研究所で、古代の『エーテル理論』っていうのを見つけてね! それを応用したら、『調律エネルギー』を人工的に、ほんの少しだけだけど、作り出すことに成功したんだ!」

「本当ですか!?」俺とクラウス、シャロンは驚きの声を上げる。調律エネルギーの人工生成。それは、封印問題の根本的な解決に繋がるかもしれない、画期的な成果だ。

「まあ、まだ本当にちょびっとだし、安定性も全然ないんだけどね」リリアは照れ笑いを浮かべる。「でも、もっと研究を進めれば、いつか、聖域の封印を完全に安定させられるかもしれない! 私、頑張るから!」

彼女の才能と努力は、着実に未来への希望を紡ぎ出していた。

俺たちは、互いの近況を語り合い、美味しい食事とお酒を楽しんだ。かつての死闘の日々が嘘のような、穏やかで、満たされた時間。この平和な日常こそが、俺たちが守りたかったものなのだと、改めて実感する。

食事が終わり、夜空を見上げながら、俺は一人、物思いに耽っていた。
この世界は、まだ多くの「バグ」を抱えている。アルファが再び目覚める可能性も、カルト教団の残党が新たな陰謀を企む可能性も、ゼロではない。俺の【デバッガー】としての戦いは、まだ終わらないのかもしれない。

だが、それでも、絶望はない。
俺には、信頼できる仲間たちがいる。それぞれの場所で、それぞれのやり方で、この世界をより良くしようと努力している。そして、俺自身も、自分の力で、この世界の「デバッグ」に関わっていくことができる。

(……悪くない人生だな)
ブラック企業で心をすり減らしていた頃には、想像もできなかった未来。異世界転生は、俺に多くの困難をもたらしたが、それ以上に、かけがえのない経験と、仲間と、そして生きる意味を与えてくれた。

ふと、夜空に、一筋の流れ星が見えたような気がした。
それは、新たな「バグ」の予兆か、それとも、未来への希望の光か。

どちらにせよ、俺は、これからも歩き続けるだろう。
デバッガーとして、仲間たちと共に、この少しばかりバグの多い、愛すべき世界の未来を、デバッグし続けるのだ。

物語は、ここで終わりではない。
新しい世界の、新しい日常が、今、始まったのだから。

【異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~】

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