52 / 100
第五十二話 王都への道
しおりを挟む
王都までの道中は、驚くほど穏やかだった。
以前はいつ野盗に襲われるかと護衛が気を尖らせていた道も、アークライト家の黒銀の騎士団の前では、ただの静かな田舎道に過ぎなかった。
馬車の中は、私とカイの二人きりだった。
彼は腕を組んだまま、窓の外を険しい顔で見つめている。しかし、その神経は全て私に向けられているようだった。
「寒くないか。膝掛けを持ってこさせよう」
「大丈夫ですわ。それより、あなたこそずっと緊張していませんか?」
私がそう言うと、彼は気まずそうに咳払いをした。
「……別に。ただ、王都の空気は好かん」
その言葉とは裏腹に、彼が私のことを心配してくれているのは明らかだった。
かつて一人でこの道を通った時は、不安と、未来への期待だけが胸の中にあった。今は違う。隣に彼がいる。その事実だけで、心が不思議なほどに安らいだ。
旅の途中、いくつかの村に立ち寄った。
その光景は、私がラピス領へ向かった時よりも、さらに悲惨なものになっていた。
畑は荒れ、家々の戸は固く閉ざされている。道端に座り込む人々の瞳には、もう光すらなかった。飢えが、人々の生きる気力すら奪い尽くしている。
「……ひどい」
私の呟きに、カイは何も言わず、ただ私の手を強く握った。その温かさが、痛む私の心を少しだけ慰めてくれる。
私たちの行列は、道行く人々の注目を集めた。
辺境伯の騎士団が、なぜ王都に向かっているのか。誰もが畏怖と好奇の入り混じった目で私たちを見ていた。その視線が、王宮に対する無言の圧力になっていることを、私は肌で感じていた。
やがて、旅の終着点が見えてきた。
灰色にくすんだ、巨大な城壁。王都だ。
一年ぶりに見るその姿に、私の胸に様々な感情が込み上げてくる。
あの卒業パーティーの夜、私はここから逃げるように去った。今、私はこの街を救うための切り札として、再びその門をくぐろうとしている。
「アリシア」
カイが、私の名を呼んだ。
「心配するな。全て、うまくいく」
彼はそう言うと、握っていた私の手に、自分の額をこつんと合わせた。その不器用な仕草が、彼の精一杯の励ましなのだと分かった。
私は頷き、まっすぐに前を見据えた。
馬車はゆっくりと、王都の正門へと向かっていく。
活気を失い、静まり返った都が、私たちを待っていた。
以前はいつ野盗に襲われるかと護衛が気を尖らせていた道も、アークライト家の黒銀の騎士団の前では、ただの静かな田舎道に過ぎなかった。
馬車の中は、私とカイの二人きりだった。
彼は腕を組んだまま、窓の外を険しい顔で見つめている。しかし、その神経は全て私に向けられているようだった。
「寒くないか。膝掛けを持ってこさせよう」
「大丈夫ですわ。それより、あなたこそずっと緊張していませんか?」
私がそう言うと、彼は気まずそうに咳払いをした。
「……別に。ただ、王都の空気は好かん」
その言葉とは裏腹に、彼が私のことを心配してくれているのは明らかだった。
かつて一人でこの道を通った時は、不安と、未来への期待だけが胸の中にあった。今は違う。隣に彼がいる。その事実だけで、心が不思議なほどに安らいだ。
旅の途中、いくつかの村に立ち寄った。
その光景は、私がラピス領へ向かった時よりも、さらに悲惨なものになっていた。
畑は荒れ、家々の戸は固く閉ざされている。道端に座り込む人々の瞳には、もう光すらなかった。飢えが、人々の生きる気力すら奪い尽くしている。
「……ひどい」
私の呟きに、カイは何も言わず、ただ私の手を強く握った。その温かさが、痛む私の心を少しだけ慰めてくれる。
私たちの行列は、道行く人々の注目を集めた。
辺境伯の騎士団が、なぜ王都に向かっているのか。誰もが畏怖と好奇の入り混じった目で私たちを見ていた。その視線が、王宮に対する無言の圧力になっていることを、私は肌で感じていた。
やがて、旅の終着点が見えてきた。
灰色にくすんだ、巨大な城壁。王都だ。
一年ぶりに見るその姿に、私の胸に様々な感情が込み上げてくる。
あの卒業パーティーの夜、私はここから逃げるように去った。今、私はこの街を救うための切り札として、再びその門をくぐろうとしている。
「アリシア」
カイが、私の名を呼んだ。
「心配するな。全て、うまくいく」
彼はそう言うと、握っていた私の手に、自分の額をこつんと合わせた。その不器用な仕草が、彼の精一杯の励ましなのだと分かった。
私は頷き、まっすぐに前を見据えた。
馬車はゆっくりと、王都の正門へと向かっていく。
活気を失い、静まり返った都が、私たちを待っていた。
1,018
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』
鷹 綾
恋愛
「君は王太子妃に相応しくない」
その一言で、私は婚約を破棄されました。
理由は“真実の愛”。選ばれたのは、可憐な令嬢。
……ええ、どうぞご自由に。
私は泣きません。縋りません。
なぜなら——王家は、私を手放せないから。
婚約は解消。
けれど家格、支持、実務能力、そして民の信頼。
失ったのは殿下の隣の席だけ。
代わりに私は、王太子女として王政補佐の任を命じられます。
最初は誰もが疑いました。
若い、女だ、感情的だ、と。
ならば証明しましょう。
怒らず、怯えず、排除せず。
反対も忠誠も受け止めながら、国を揺らさずに保つことを。
派手な革命は起こしません。
大逆転も叫びません。
ただ、静かに積み上げます。
そして気づけば——
“殿下の元婚約者”ではなく、
“揺れない王”と呼ばれるようになるのです。
これは、婚約破棄から始まる静かな逆転譚。
王冠の重みを受け入れた一人の女性が、
国を、そして自分の立場を塗り替えていく物語です。
婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです
ほーみ
恋愛
王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。
本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。
壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。
そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。
ふふ……完璧な舞台準備ね。
「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」
王太子の声が響く。
悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした
みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。
会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。
そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。
聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~
キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。
パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。
最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。
さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。
その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。
王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。
こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
今日から悪役令嬢になります!~私が溺愛されてどうすんだ!
ユウ
恋愛
姉の婚約破棄により、公爵家だった我が家は衰退の一途をたどり。
嫉妬に狂った姉は壊れて行った。
世間では悪役令嬢として噂を流されてしまう。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
姉はただ愛を望んだだけだったのに、そんなことを想いながらマリーは目を覚ますと体が小さくなっていた。
二度目の人生を終えて新たな転生を果たしたと思ったら何故か再び転生して、悪役令嬢の妹として転生するのだが…何故か姉のポジションになり私は誓った。
こうなったら私が悪役令嬢になって私が姉と家族を守ろうと誓ったが…
悪役令嬢ってどうしたらいいんだけっけ?
間違った方向に努力を続けたら、冷たい婚約者は何故か優しく微笑んで来たり、ライバル令嬢も何故か優しくしてくれる。
「あれ?おかしくね?」
自称悪役令嬢の奮闘劇が始まる!
白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので
鍛高譚
恋愛
「第二王子との婚約? でも殿下には平民の恋人がいるらしいんですけど?
――なら、私たち“白い結婚”で結構ですわ。お好きになさってくださいな、殿下」
自由気ままに読書とお茶を楽しむのがモットーの侯爵令嬢・ルージュ。
ある日、突然“第二王子リオネルとの政略結婚”を押しつけられてしまう。
ところが当の殿下は平民の恋人に夢中で、
「形式上の夫婦だから干渉しないでほしい」などと言い出す始末。
むしろ好都合とばかりに、ルージュは優雅な“独身気分”を満喫するはずが……
いつしか、リナという愛人と妙に仲良くなり、
彼女を巡る宮廷スキャンダルに巻き込まれ、
しまいには婚約が白紙になってしまって――!?
けれどこれは、ルージュが本当の幸せを掴む始まりにすぎなかった。
自分を心から大切にしてくれる“新しい旦那様”候補が現れて、
さあ、思い切り自由に愛されましょう!
……そして、かの王子様の結末は“ざまぁ”なのか“自業自得”なのか?
自由気ままな侯爵令嬢が切り開く、
“白い結婚破談”からの痛快ざまぁ&本当の恋愛譚、はじまります。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる