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第一話 皇女、平民に告白する
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「わ、私! 貴方とお付き合いしても宜しくてよ!」
「………………は?」
その日、社交界に激震が走った。
なんと、アーデルシア帝国で最も有名な悪女と呼ばれたシスティーナ皇女が、犬猿の仲であった宰相補佐官であるミハイルに交際を申し込んだのだ。
システィーナ皇女と言えば、まさに典型的な傲慢で我儘な皇女だった。
幼い頃から家庭教師を何人も追い出し、気に入らない使用人は容赦なくクビにした。
皇女としての勤めは仮病で出席せず、パーティーや夜会にばかり参加して、遊び歩く始末。
その浪費癖も皇族の中では群を抜いており、帝都の最新のドレスは皇女が全て買い占めているという噂が国中に広まるほどであった。
その中でも特に異性関係は淫らで、愛人が五人もいると言う有様だ。
そんな皇女をよく思わないものは多かったが、誰もが本人に苦言を呈したり、直訴することはできなかった。
皇帝から寵愛されているシスティーナ皇女の怒りを買えば、どうなるか分からないからだ。
しかし、この帝国で皇女に唯一物申した者がいた。
「皇女殿下の日頃の態度は目に余ります。帝国の皇女であるご自覚がおありですか?」
そう、厳しい声でシスティーナ皇女を糾弾したのは、ミハイルという名の平民だった。
平民であるにも関わらず、その才覚のみで帝立アカデミーを主席で卒業し、22才の若さで宰相補佐に就任した秀才。
その、あまりに不遜で生意気な態度に腹を立てたシスティーナだったが、現宰相であり、帝国で皇族の次に高貴なシルヴェスター公爵に贔屓されているミハイルを処罰することはできなかった。
その余の贔屓具合から、次期宰相はミハイルなのではないかとすら噂されていたからだ。
しかしシスティーナは、公的に処罰することができないからと言って、自分に生意気な口を聞いた平民を放っておくほど心が広くはない。
むしろ、公に対処できないのなら、裏であらゆる手を使って、身の程知らずな苦言を後悔させてやるつもりだった。
そのため、自分の取り巻きにミハイルの悪い噂を広めさせたり、自分に気のある男にはそれとなくミハイルのせいで困っていると被害者のふりをして嫌がらせをするように画策した。
おかげで、ミハイルは元々平民であることから蔑まれ、侮られていたこともあって、社交界では孤立し、肩身の狭い思いをしているようだった。
システィーナは自分の手を汚さずに、周りの人間を使ってミハイルを追い詰めて、「自分が悪かった。もうやめてくれ」と頭を下げさせて謝罪をすれば許してやるつもりだった。
しかし、ミハイルはシスティーナに鉢合わせしても、謝るどころか相変わらず生意気な口を聞いた。
「取り巻きの人間を使って、ありもしない私の噂を流しているようですね」
「あら、何のことかしら? 何故私が取るにたらない平民の噂を流さなければいけないの?」
広げた扇子で口元を隠しながらも、その唇はニンマリと弧を描いていた。
今にも高笑いしそうになりながらも、必死に口元を引き結ぶ。
システィーナは、ミハイルが自分に謝罪をしに来たと思った。
しかし、続いた彼の言葉は、システィーナの予想を裏切るものだった。
「相も変わらず、くだらないことに精を出しているのですね」
ミハイルはそう言って、馬鹿にしたように鼻で笑ったのだ。
「なっ…………! ぶ、無礼者! 私を誰だと!?」
「そう言えば、私も皇女殿下の噂話を聞きましたよ。何でも、外国の使節団をもてなす宴で、使者を怒らせたとか……」
「そ、それは!」
「私に嫌がらせをする時間があれば、追い出したマナー講師を呼び戻したほうがよろしいのでは? きっと、公務に相応しい靴を用意してくれることでしょう。もう二度と転んだ皇女殿下が使者の衣服にワインをこぼさないように」
その瞬間、システィーナは顔を真っ赤に染めた。
そんなシスティーナを冷めた目で見ながら去って行ったミハイルの背中に、今すぐ履いていたヒールを脱いで投げつけてやりたかった。
ミハイルの馬鹿にするような表情は、それから何日もの間システィーナを悪夢で苦しめた。
システィーナはこの時に誓ったのだ、必ずミハイルを破滅させて、自分を馬鹿にしたことを後悔させてやると。
それからシスティーナはあらゆる手を使ってミハイルを追い詰めたつもりだった。
時には我慢しきれなくなり、殺し屋を雇って暗殺しようとしたこともある。
しかし、ミハイルは難なくシスティーナの企みを、平然とした顔で次々と潰していった。
ミハイルは手強かった。
アカデミーを主席で卒業し、最年少で宰相補佐に任命された秀才に、ろくに勉強もしてこなかったどころか、元々幼稚な性格のシスティーナが叶うわけもなかったのだ。
しかし、頭が少しだけ残念なシスティーナは決して諦めることもなく無謀な嫌がらせを続けていた。
疑問だったのは、ミハイルは決してシスティーナを罠に嵌めることはなかったことだ。
これだけ自分に嫌がらせを仕掛けてくれば、頭のいいミハイルのことだ。
システィーナがいくら皇女であり、皇帝から甘やかされているとはいえ、それなりの打撃を与えることができただろう。
お互いがお互いのことが大嫌いで、会えば常に嫌味の応酬で、足の引っ張り合いをしているにも関わらず、決定的な打撃は与えられない。
そのことがまるで、子供扱いされているような気がして、システィーナはますますミハイルのことを嫌った。
いつしかシスティーナ皇女とミハイル宰相補佐官の犬猿の仲は、帝国でも有名になるほどだった。
貴族の中では、皇女殿下に向かって平民如きが身の程知らずな真似をしていると反感を持つものは多かったが、中には素行の悪い皇女を嗜める勇気ある平民だと讃えているものも多かった。
そしてある日のことだった、いつもと同じく、くだらない嫌がらせを仕掛けたシスティーナ皇女に、これまたいつもの如く、心を抉るような嫌味を放ったミハイルに向かって、システィーナ皇女は言い放ったのだ。
「わ、私! 貴方とお付き合いしても宜しくてよ!」
「………………は?」
その日、社交界に激震が走った。
なんと、アーデルシア帝国で最も有名な悪女と呼ばれたシスティーナ皇女が、犬猿の仲であった宰相補佐官であるミハイルに交際を申し込んだのだ。
システィーナ皇女と言えば、まさに典型的な傲慢で我儘な皇女だった。
幼い頃から家庭教師を何人も追い出し、気に入らない使用人は容赦なくクビにした。
皇女としての勤めは仮病で出席せず、パーティーや夜会にばかり参加して、遊び歩く始末。
その浪費癖も皇族の中では群を抜いており、帝都の最新のドレスは皇女が全て買い占めているという噂が国中に広まるほどであった。
その中でも特に異性関係は淫らで、愛人が五人もいると言う有様だ。
そんな皇女をよく思わないものは多かったが、誰もが本人に苦言を呈したり、直訴することはできなかった。
皇帝から寵愛されているシスティーナ皇女の怒りを買えば、どうなるか分からないからだ。
しかし、この帝国で皇女に唯一物申した者がいた。
「皇女殿下の日頃の態度は目に余ります。帝国の皇女であるご自覚がおありですか?」
そう、厳しい声でシスティーナ皇女を糾弾したのは、ミハイルという名の平民だった。
平民であるにも関わらず、その才覚のみで帝立アカデミーを主席で卒業し、22才の若さで宰相補佐に就任した秀才。
その、あまりに不遜で生意気な態度に腹を立てたシスティーナだったが、現宰相であり、帝国で皇族の次に高貴なシルヴェスター公爵に贔屓されているミハイルを処罰することはできなかった。
その余の贔屓具合から、次期宰相はミハイルなのではないかとすら噂されていたからだ。
しかしシスティーナは、公的に処罰することができないからと言って、自分に生意気な口を聞いた平民を放っておくほど心が広くはない。
むしろ、公に対処できないのなら、裏であらゆる手を使って、身の程知らずな苦言を後悔させてやるつもりだった。
そのため、自分の取り巻きにミハイルの悪い噂を広めさせたり、自分に気のある男にはそれとなくミハイルのせいで困っていると被害者のふりをして嫌がらせをするように画策した。
おかげで、ミハイルは元々平民であることから蔑まれ、侮られていたこともあって、社交界では孤立し、肩身の狭い思いをしているようだった。
システィーナは自分の手を汚さずに、周りの人間を使ってミハイルを追い詰めて、「自分が悪かった。もうやめてくれ」と頭を下げさせて謝罪をすれば許してやるつもりだった。
しかし、ミハイルはシスティーナに鉢合わせしても、謝るどころか相変わらず生意気な口を聞いた。
「取り巻きの人間を使って、ありもしない私の噂を流しているようですね」
「あら、何のことかしら? 何故私が取るにたらない平民の噂を流さなければいけないの?」
広げた扇子で口元を隠しながらも、その唇はニンマリと弧を描いていた。
今にも高笑いしそうになりながらも、必死に口元を引き結ぶ。
システィーナは、ミハイルが自分に謝罪をしに来たと思った。
しかし、続いた彼の言葉は、システィーナの予想を裏切るものだった。
「相も変わらず、くだらないことに精を出しているのですね」
ミハイルはそう言って、馬鹿にしたように鼻で笑ったのだ。
「なっ…………! ぶ、無礼者! 私を誰だと!?」
「そう言えば、私も皇女殿下の噂話を聞きましたよ。何でも、外国の使節団をもてなす宴で、使者を怒らせたとか……」
「そ、それは!」
「私に嫌がらせをする時間があれば、追い出したマナー講師を呼び戻したほうがよろしいのでは? きっと、公務に相応しい靴を用意してくれることでしょう。もう二度と転んだ皇女殿下が使者の衣服にワインをこぼさないように」
その瞬間、システィーナは顔を真っ赤に染めた。
そんなシスティーナを冷めた目で見ながら去って行ったミハイルの背中に、今すぐ履いていたヒールを脱いで投げつけてやりたかった。
ミハイルの馬鹿にするような表情は、それから何日もの間システィーナを悪夢で苦しめた。
システィーナはこの時に誓ったのだ、必ずミハイルを破滅させて、自分を馬鹿にしたことを後悔させてやると。
それからシスティーナはあらゆる手を使ってミハイルを追い詰めたつもりだった。
時には我慢しきれなくなり、殺し屋を雇って暗殺しようとしたこともある。
しかし、ミハイルは難なくシスティーナの企みを、平然とした顔で次々と潰していった。
ミハイルは手強かった。
アカデミーを主席で卒業し、最年少で宰相補佐に任命された秀才に、ろくに勉強もしてこなかったどころか、元々幼稚な性格のシスティーナが叶うわけもなかったのだ。
しかし、頭が少しだけ残念なシスティーナは決して諦めることもなく無謀な嫌がらせを続けていた。
疑問だったのは、ミハイルは決してシスティーナを罠に嵌めることはなかったことだ。
これだけ自分に嫌がらせを仕掛けてくれば、頭のいいミハイルのことだ。
システィーナがいくら皇女であり、皇帝から甘やかされているとはいえ、それなりの打撃を与えることができただろう。
お互いがお互いのことが大嫌いで、会えば常に嫌味の応酬で、足の引っ張り合いをしているにも関わらず、決定的な打撃は与えられない。
そのことがまるで、子供扱いされているような気がして、システィーナはますますミハイルのことを嫌った。
いつしかシスティーナ皇女とミハイル宰相補佐官の犬猿の仲は、帝国でも有名になるほどだった。
貴族の中では、皇女殿下に向かって平民如きが身の程知らずな真似をしていると反感を持つものは多かったが、中には素行の悪い皇女を嗜める勇気ある平民だと讃えているものも多かった。
そしてある日のことだった、いつもと同じく、くだらない嫌がらせを仕掛けたシスティーナ皇女に、これまたいつもの如く、心を抉るような嫌味を放ったミハイルに向かって、システィーナ皇女は言い放ったのだ。
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