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男娼の館編
そこで朽ち果てろ
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「出口の分かる人は分からない子達を先導してあげて!」
「分かった!」
「急げ!」
解放された少年達が出口へと走る。
「キーナ、僕も手伝うよ!」
タクトが手を出してきた。
「ありがと。じゃ、タクトはそっちからお願いね!」
「うん!」
鍵束から鍵を一個引き抜き、タクトに手渡すと、タクトが奥の檻へと走り出す。
次々に檻の鍵を開けていくキーナとタクト。
解放された少年達は出口へと走る。
「さ、早く!」
「ありがとう!」
一つの檻を開けた時、中で残っている少年を見つけ、タクトが声を掛ける。
「君も!」
ところが、その少年は暗い顔をして動こうとしない。
タクトを睨み付け、
「出た所で、何か変わるの?」
そう問いかけてきた。
タクトが一瞬押し黙る。
そう、ここから抜け出した所で、何かが変わるという保証は何もないのだ。
「分からないよ…。何も変わらないかもしれない…、でも…。出なければ本当に何も変わらないと思うよ」
タクトが座り込んだままの少年を、強い瞳で見つめ返す。
「何かを変えたいって本当に思うのなら…、自分で考えて行動するしかないんだよ!」
この機会を逃したら、今動かなかったら、昨日と同じ明日が繰り返されるだけなのだ。
何かを変えたいと願うなら、動ける時に自分で動かなければならないのだ。
自分で考えて選んで行動する。この頭はただ付いているだけの飾り物では無いのだから。
じっと蹲っていた少年が目を見開いた。
「あ、でも…、ここに残りたいって選ぶのも君次第……」
「んなわけねーだろ!」
少年がベッドから下りてくる。
「気味の悪い親父共にケツを掘られる毎日が楽しいわけ無いだろ!」
「そんなはっきりと…」
言わないで。
「変わる…よな?」
少年が少し不安そうにタクトに問いかけた。
タクトが首を強く縦に振る。
「きっと…。多分…、おそらく…」
だんだん声が小さくなっていくぞ?
「おい」
屋敷の火の勢いがどんどん強くなっていく。
広間にいた客達はほとんど外に飛び出し、止めて置いた馬車に急いで乗り込み、避難し始める。
地下から上がってきた少年達が、競りにかけられるバルコニーを目指し駆け上がる。
「出てすぐの階段を下りたら、あとは一直線に進むんだ!」
「うん!」
道案内で先頭を切っていた少年が、そっとバルコニーを覗き込むと、そこには一人の女性が立っていた。
その女性が赤い髪をなびかせながら振り向くと、にっこりと微笑んだ。
「あら? やっと来たのね、坊や達」
「な、なんで…、女の人が…?!」
この屋敷には、女性は一人もいないはずであった。
それはまあ、この屋敷の持ち主が、酷い女性アレルギーであるからなのだけれど。
「大丈夫! この人は味方だよ!」
バルコニーで待機していた少年が、地下からやってきた少年達をバルコニーの先へと案内する。
「必ず皆来るからって、道を作ってくれてたんだ!」
「道?」
少年が階下の広間を指さした。
「凄いよねー! 火の道だって!」
バルコニーの先から階下の広間を見下ろした少年達が唖然となった。
広間は既に火の海になっているのだが、その中央、バルコニーから下りる階段から、外に出る出口の扉まで、綺麗に火が避けているのだ。
モーゼの十戒の火の海版といったら分かりやすいかもしれない。
「邪魔者は皆追い出したから、あとは出口まですぐよ♡」
どうやって追い出したかは問わないでおこう…。
「さ、行こう!」
待機していた少年が階段を駆け下りる。
それを見て、他の少年達も後に続いた。
火の道を駆け、出口へと走る。
玄関ホールを抜け、少年達が外へと飛び出した。
「外だ…」
誰かが呟いた。
「また外に出られる日が来るなんて…」
「夢みたいだな…」
ここに連れて来られてから、地下と屋敷内だけで過ごしてきた少年達。
久しぶりに広がる空を見上げ、その広さに感動する。
「お~い、そこは危ないから、早く移動しろ~」
階段の下から黄色い髪の男、サーガが少年達に呼びかける。
「あ、あの人も味方だよ!」
少年がサーガに走り寄る。
「あっちは変態共が馬車取りに行ってるから、こっちの隅に固まってろ」
「はい! みんな、こっちだ!」
その少年が他の少年達を先導する。
「あんまバラになるなよ~」
ぞくぞく出てくる少年達にサーガが声を掛けた。
広い屋敷の庭の片隅、火の勢いの届かない隅に向かって少年達が走る。
と、そこに一人の男が。
「うああ!」
少年の一人を捕まえ、そのまま引き摺っていこうとする。
「離せ!」
「へへへ…、騒ぎに乗じて一匹くらい攫っても分かりゃしな――」
サーガの足の裏が、男の顔を捉える。そしてそのまま地面に誘導。男が伸びて動かなくなる。
(一応怪我人なんだから、あんまし動かさせんなよな~)
と心の中で溜息を吐いた。
「ありがとうございます!」
「おう」
助けられた少年が、キラキラした顔でサーガを見つめた。
「ホレ、とっとと行け」
「は、はい!」
少年が再び走り出した。
サーガが未だに少年達を排出し続ける出口を振り返る。
「さ~て、あと何人出てくんだ?」
まだまだ、少年達は出て来そうである。
「キーナ! そこで最後だ!」
タクトが走り寄ってくる。
「分かった!」
キーナが最後の檻の扉に飛びついた。
それと同時に、タクトの首に、後ろから腕が掛かる。
「このガキ共!」
「うぐっ!」
「タクト!」
地下の見張りをしていた男が、テルディアスの足蹴から意識を取り戻したようだ。
「舐めた真似しやがって。ほとんどいねぇじゃねぇか」
男が辺りを見回すと、檻の中はほぼ空っぽ。目の前にある檻にかろうじてまだ少年が残っている。
「おおっと! 開けるなよ。こいつがどうなってもいいのか?」
「ぐ…」
男が腕に力を入れ、ポケットにでも忍ばせていたのか、小さなナイフを取り出し、タクトの首元に持っていく。
「タクト…!」
鍵を持っている手を握りしめる。
あと、この檻を開けるだけで終わりという所で…。
「ん? てめえ…、女用がどうとか騒いでた奴だな」
キーナがギクリとなる。覚えていたのか。
「もしかして、女か?」
男の顔が、いやらしく歪む。
キーナの頭から足元までゆっくり視線を動かす。
「時々間違えて入ってくる事もあるが…、男にしか見えねぇな」
男の全身を舐めるかのような視線に寒気を感じる。
だが、うかつには動けない。
「フン…、そうか。おい、脱いでみろ。確かめてやる」
ざわり、と鳥肌が立つ。
「こっち向け」
男の言葉に、強ばる体をゆっくりと動かし、キーナが振り向いた。
「脱げ。こいつを助けたいんだろ?」
タクトの首元にナイフを押しつける。
唇を強く噛みしめながら、ゆっくりとした動作で、キーナが上着のボタンに手をかけた。
一つ一つ、丁寧にボタンを外し、ゆっくりと上着を脱いで、足元に落とす。
「ダメだ! やめ……」
「うるせえ! 殺すぞ!」
「ぐう…」
「タクト!」
「手を止めるな!」
苦々しく思いながらも、キーナはやはりゆっくりとした動作で、シャツのボタンに手をかける。
(テル…!)
どうにか階下のテルディアスに連絡を取れないかと思案するが、今のキーナでは何もできない。
ボタンの数がもっと多ければいいのにと思いながら、最後のボタンを外し、シャツも脱いでいく。
上半身がブラジャーのみとなり、小さいが形の良い胸が露わになる。
「ほ~う…」
男が溜息を漏らす。
「ほれ、もっと脱げるだろう?」
そう言って再びタクトの首元にナイフをあてがった。
苦い顔をしながら、キーナがドロボウ七つ道具を外し、下に置いた。
前に付いていたボタンを外し、ズボンに手をかけ、ゆっくりと下に下ろしていく。
その動作に見入って、油断したのか。
タクトは男の腕が緩んでいる事に気付いた。
意を決し、思いっきり男の腕にガブリと噛みつく。
「あいてえ!!」
男がタクトを床に放り投げる。
ズボンを下げ始めていたキーナの手が止まった。
「このガキ! 殺してやる!」
男がナイフを持ち変える。
「やめ…!」
突然の出来事に止めに走ろうとしたキーナだったが、下ろしかけたズボンに足を取られ、その場で転げ、強かに顔面を打ち付けた。
「ぶ!」
これは痛い…。
そんな事はお構いなしに顔を上げると、今にもタクトに向かって腕を振り下ろそうとしている男の姿。
「やめぇ――!!」
キーナが叫んだ。
叫ぶと同時に、キーナの周りの空気が動く。
空気は渦を成し、塊となって男へと向かった。
「ごふっ!」
空気の塊が男の顔面を強打し、男が吹っ飛んだ。
タクトが、それを見ていた少年達が、そしてキーナが呆然となる。
キーナが自分の手を見て呟いた。
「今の…、僕?」
ふと気付けば、今まで分からなかった精霊の気配が、またなんとなく分かるようになっていた。
カッカッカッカッ
階下から小気味よい足音が近づいてきた。
「キーナ、何か…」
そこでテルディアスが言葉を止める。
「テル!」
床で、ほぼ下着姿になったキーナが顔を上げた。
転がる少年と、転がり、呻く男。
テルディアスの顔が青ざめる。
「う…く…」
起き上がろうとする男の腹に、テルディアスが思い切り足を置く。
「おぼっ?!」
男が静かになった。
「早く服を着ろ、キーナ」
その言葉に自分の現状に気付くキーナ。
「おうっふ?!」
慌てて服を着始める。
偉い事に、タクトも顔を背け、少年達は後ろを向いて、キーナから視線を外していた。
幼いながら紳士達だ。
「全て終えたら先に外に出ていろ」
「テルは?」
「残りを片づけたらすぐ行く」
そう言って、気絶した男を引き摺りながら、何故か再び階下に消えていった。
(持ってっちゃった…)
またここに置いて行って、何かあったら大変だと思ったのだろうか?
「キーナ、大丈夫?」
タクトが心配そうに声を掛けてきた。
「うん! 大丈夫!」
すでに上着も着込んでいる。
「さ、さっさと開けてとっとと出よう!」
「うん!」
少年達も頷く。
檻を開け、最後の少年達が地下から出ていく。
キーナも一番後ろからそれに従った。
出ていく前にちょっと階下へと続く通路に目をやり、
(テル…。強いし、大丈夫だよね…?)
テルディアスを信じ、階上へと駆け上がって行った。
「う…?」
気を失っていた男が目を開ける。
目の前にはフードにマントの男が立っていた。
「てめえ…、何者……」
立ち上がろうとした男の目の前に、足の裏が迫る。
ドゴン!
思わず固まった男の顔の横の壁に、その足がめり込んだ。
パラパラと壁が少し崩れ、小石が落ちる音がする。
その勢いと破壊力に、言葉を失くし固まる男。
壁に足を着いたまま、フードの男が見下ろす。
「貴様…、キーナに何をした?」
フードにマスクをしたその顔はよく見えないが、その鋭い眼光だけはとてもよく見えた。
「き、キーナ…?」
なんの事か分からず、男が呟くと、フードの男がナイフを取り出し、男の頬に押し当てる。
「あああ、あの男女のことか?! ふ、服を脱がせて遊んでただけだ! 何もしてねぇ!」
男が必死に弁明する。
「服を? 脱がせて?」
「お、女かどうか確かめてみただけだ! それだけだ!」
「確かめて、どうする気だったんだ?」
男が一瞬押し黙った。
「べ、別に…、ど、どうもしねぇよ…」
その言葉はある意味真実だった。
あの時点では、本当にその後の事など何も考えていなかったのだから。
だが、あの時点では、である。
今度はフードの男が押し黙った。
そして、男に聞こえない声で呟く。
「あれは、本来なら貴様のような人間が、見る事も口をきく事も、ましてや関わる事さえできることのない存在だ…」
何を言っているのか聞こえず、男がフードの男を見つめた。
フードの男が壁に少しめり込んでいた足を外し、男を睨み付ける。
「貴様はそれを汚《けが》した」
そう言うと、背を向けて歩き出した。
男がふと気付く。
(今なら…、後ろから…)
そう思い、こっそりと体を動かした、次の瞬間。
男の額に、ナイフが深々と突き立った。
そして男は、再び床に落ち、そのまま二度と起き上がる事はなかった。
振り向きざまにナイフを投げ、男が崩れ落ちたのを見送ると、テルディアスは呟いた。
「そこで朽ち果てろ。ゴミめ」
そして階上へと足早に向かったのだった。
「出口の分かる人は分からない子達を先導してあげて!」
「分かった!」
「急げ!」
解放された少年達が出口へと走る。
「キーナ、僕も手伝うよ!」
タクトが手を出してきた。
「ありがと。じゃ、タクトはそっちからお願いね!」
「うん!」
鍵束から鍵を一個引き抜き、タクトに手渡すと、タクトが奥の檻へと走り出す。
次々に檻の鍵を開けていくキーナとタクト。
解放された少年達は出口へと走る。
「さ、早く!」
「ありがとう!」
一つの檻を開けた時、中で残っている少年を見つけ、タクトが声を掛ける。
「君も!」
ところが、その少年は暗い顔をして動こうとしない。
タクトを睨み付け、
「出た所で、何か変わるの?」
そう問いかけてきた。
タクトが一瞬押し黙る。
そう、ここから抜け出した所で、何かが変わるという保証は何もないのだ。
「分からないよ…。何も変わらないかもしれない…、でも…。出なければ本当に何も変わらないと思うよ」
タクトが座り込んだままの少年を、強い瞳で見つめ返す。
「何かを変えたいって本当に思うのなら…、自分で考えて行動するしかないんだよ!」
この機会を逃したら、今動かなかったら、昨日と同じ明日が繰り返されるだけなのだ。
何かを変えたいと願うなら、動ける時に自分で動かなければならないのだ。
自分で考えて選んで行動する。この頭はただ付いているだけの飾り物では無いのだから。
じっと蹲っていた少年が目を見開いた。
「あ、でも…、ここに残りたいって選ぶのも君次第……」
「んなわけねーだろ!」
少年がベッドから下りてくる。
「気味の悪い親父共にケツを掘られる毎日が楽しいわけ無いだろ!」
「そんなはっきりと…」
言わないで。
「変わる…よな?」
少年が少し不安そうにタクトに問いかけた。
タクトが首を強く縦に振る。
「きっと…。多分…、おそらく…」
だんだん声が小さくなっていくぞ?
「おい」
屋敷の火の勢いがどんどん強くなっていく。
広間にいた客達はほとんど外に飛び出し、止めて置いた馬車に急いで乗り込み、避難し始める。
地下から上がってきた少年達が、競りにかけられるバルコニーを目指し駆け上がる。
「出てすぐの階段を下りたら、あとは一直線に進むんだ!」
「うん!」
道案内で先頭を切っていた少年が、そっとバルコニーを覗き込むと、そこには一人の女性が立っていた。
その女性が赤い髪をなびかせながら振り向くと、にっこりと微笑んだ。
「あら? やっと来たのね、坊や達」
「な、なんで…、女の人が…?!」
この屋敷には、女性は一人もいないはずであった。
それはまあ、この屋敷の持ち主が、酷い女性アレルギーであるからなのだけれど。
「大丈夫! この人は味方だよ!」
バルコニーで待機していた少年が、地下からやってきた少年達をバルコニーの先へと案内する。
「必ず皆来るからって、道を作ってくれてたんだ!」
「道?」
少年が階下の広間を指さした。
「凄いよねー! 火の道だって!」
バルコニーの先から階下の広間を見下ろした少年達が唖然となった。
広間は既に火の海になっているのだが、その中央、バルコニーから下りる階段から、外に出る出口の扉まで、綺麗に火が避けているのだ。
モーゼの十戒の火の海版といったら分かりやすいかもしれない。
「邪魔者は皆追い出したから、あとは出口まですぐよ♡」
どうやって追い出したかは問わないでおこう…。
「さ、行こう!」
待機していた少年が階段を駆け下りる。
それを見て、他の少年達も後に続いた。
火の道を駆け、出口へと走る。
玄関ホールを抜け、少年達が外へと飛び出した。
「外だ…」
誰かが呟いた。
「また外に出られる日が来るなんて…」
「夢みたいだな…」
ここに連れて来られてから、地下と屋敷内だけで過ごしてきた少年達。
久しぶりに広がる空を見上げ、その広さに感動する。
「お~い、そこは危ないから、早く移動しろ~」
階段の下から黄色い髪の男、サーガが少年達に呼びかける。
「あ、あの人も味方だよ!」
少年がサーガに走り寄る。
「あっちは変態共が馬車取りに行ってるから、こっちの隅に固まってろ」
「はい! みんな、こっちだ!」
その少年が他の少年達を先導する。
「あんまバラになるなよ~」
ぞくぞく出てくる少年達にサーガが声を掛けた。
広い屋敷の庭の片隅、火の勢いの届かない隅に向かって少年達が走る。
と、そこに一人の男が。
「うああ!」
少年の一人を捕まえ、そのまま引き摺っていこうとする。
「離せ!」
「へへへ…、騒ぎに乗じて一匹くらい攫っても分かりゃしな――」
サーガの足の裏が、男の顔を捉える。そしてそのまま地面に誘導。男が伸びて動かなくなる。
(一応怪我人なんだから、あんまし動かさせんなよな~)
と心の中で溜息を吐いた。
「ありがとうございます!」
「おう」
助けられた少年が、キラキラした顔でサーガを見つめた。
「ホレ、とっとと行け」
「は、はい!」
少年が再び走り出した。
サーガが未だに少年達を排出し続ける出口を振り返る。
「さ~て、あと何人出てくんだ?」
まだまだ、少年達は出て来そうである。
「キーナ! そこで最後だ!」
タクトが走り寄ってくる。
「分かった!」
キーナが最後の檻の扉に飛びついた。
それと同時に、タクトの首に、後ろから腕が掛かる。
「このガキ共!」
「うぐっ!」
「タクト!」
地下の見張りをしていた男が、テルディアスの足蹴から意識を取り戻したようだ。
「舐めた真似しやがって。ほとんどいねぇじゃねぇか」
男が辺りを見回すと、檻の中はほぼ空っぽ。目の前にある檻にかろうじてまだ少年が残っている。
「おおっと! 開けるなよ。こいつがどうなってもいいのか?」
「ぐ…」
男が腕に力を入れ、ポケットにでも忍ばせていたのか、小さなナイフを取り出し、タクトの首元に持っていく。
「タクト…!」
鍵を持っている手を握りしめる。
あと、この檻を開けるだけで終わりという所で…。
「ん? てめえ…、女用がどうとか騒いでた奴だな」
キーナがギクリとなる。覚えていたのか。
「もしかして、女か?」
男の顔が、いやらしく歪む。
キーナの頭から足元までゆっくり視線を動かす。
「時々間違えて入ってくる事もあるが…、男にしか見えねぇな」
男の全身を舐めるかのような視線に寒気を感じる。
だが、うかつには動けない。
「フン…、そうか。おい、脱いでみろ。確かめてやる」
ざわり、と鳥肌が立つ。
「こっち向け」
男の言葉に、強ばる体をゆっくりと動かし、キーナが振り向いた。
「脱げ。こいつを助けたいんだろ?」
タクトの首元にナイフを押しつける。
唇を強く噛みしめながら、ゆっくりとした動作で、キーナが上着のボタンに手をかけた。
一つ一つ、丁寧にボタンを外し、ゆっくりと上着を脱いで、足元に落とす。
「ダメだ! やめ……」
「うるせえ! 殺すぞ!」
「ぐう…」
「タクト!」
「手を止めるな!」
苦々しく思いながらも、キーナはやはりゆっくりとした動作で、シャツのボタンに手をかける。
(テル…!)
どうにか階下のテルディアスに連絡を取れないかと思案するが、今のキーナでは何もできない。
ボタンの数がもっと多ければいいのにと思いながら、最後のボタンを外し、シャツも脱いでいく。
上半身がブラジャーのみとなり、小さいが形の良い胸が露わになる。
「ほ~う…」
男が溜息を漏らす。
「ほれ、もっと脱げるだろう?」
そう言って再びタクトの首元にナイフをあてがった。
苦い顔をしながら、キーナがドロボウ七つ道具を外し、下に置いた。
前に付いていたボタンを外し、ズボンに手をかけ、ゆっくりと下に下ろしていく。
その動作に見入って、油断したのか。
タクトは男の腕が緩んでいる事に気付いた。
意を決し、思いっきり男の腕にガブリと噛みつく。
「あいてえ!!」
男がタクトを床に放り投げる。
ズボンを下げ始めていたキーナの手が止まった。
「このガキ! 殺してやる!」
男がナイフを持ち変える。
「やめ…!」
突然の出来事に止めに走ろうとしたキーナだったが、下ろしかけたズボンに足を取られ、その場で転げ、強かに顔面を打ち付けた。
「ぶ!」
これは痛い…。
そんな事はお構いなしに顔を上げると、今にもタクトに向かって腕を振り下ろそうとしている男の姿。
「やめぇ――!!」
キーナが叫んだ。
叫ぶと同時に、キーナの周りの空気が動く。
空気は渦を成し、塊となって男へと向かった。
「ごふっ!」
空気の塊が男の顔面を強打し、男が吹っ飛んだ。
タクトが、それを見ていた少年達が、そしてキーナが呆然となる。
キーナが自分の手を見て呟いた。
「今の…、僕?」
ふと気付けば、今まで分からなかった精霊の気配が、またなんとなく分かるようになっていた。
カッカッカッカッ
階下から小気味よい足音が近づいてきた。
「キーナ、何か…」
そこでテルディアスが言葉を止める。
「テル!」
床で、ほぼ下着姿になったキーナが顔を上げた。
転がる少年と、転がり、呻く男。
テルディアスの顔が青ざめる。
「う…く…」
起き上がろうとする男の腹に、テルディアスが思い切り足を置く。
「おぼっ?!」
男が静かになった。
「早く服を着ろ、キーナ」
その言葉に自分の現状に気付くキーナ。
「おうっふ?!」
慌てて服を着始める。
偉い事に、タクトも顔を背け、少年達は後ろを向いて、キーナから視線を外していた。
幼いながら紳士達だ。
「全て終えたら先に外に出ていろ」
「テルは?」
「残りを片づけたらすぐ行く」
そう言って、気絶した男を引き摺りながら、何故か再び階下に消えていった。
(持ってっちゃった…)
またここに置いて行って、何かあったら大変だと思ったのだろうか?
「キーナ、大丈夫?」
タクトが心配そうに声を掛けてきた。
「うん! 大丈夫!」
すでに上着も着込んでいる。
「さ、さっさと開けてとっとと出よう!」
「うん!」
少年達も頷く。
檻を開け、最後の少年達が地下から出ていく。
キーナも一番後ろからそれに従った。
出ていく前にちょっと階下へと続く通路に目をやり、
(テル…。強いし、大丈夫だよね…?)
テルディアスを信じ、階上へと駆け上がって行った。
「う…?」
気を失っていた男が目を開ける。
目の前にはフードにマントの男が立っていた。
「てめえ…、何者……」
立ち上がろうとした男の目の前に、足の裏が迫る。
ドゴン!
思わず固まった男の顔の横の壁に、その足がめり込んだ。
パラパラと壁が少し崩れ、小石が落ちる音がする。
その勢いと破壊力に、言葉を失くし固まる男。
壁に足を着いたまま、フードの男が見下ろす。
「貴様…、キーナに何をした?」
フードにマスクをしたその顔はよく見えないが、その鋭い眼光だけはとてもよく見えた。
「き、キーナ…?」
なんの事か分からず、男が呟くと、フードの男がナイフを取り出し、男の頬に押し当てる。
「あああ、あの男女のことか?! ふ、服を脱がせて遊んでただけだ! 何もしてねぇ!」
男が必死に弁明する。
「服を? 脱がせて?」
「お、女かどうか確かめてみただけだ! それだけだ!」
「確かめて、どうする気だったんだ?」
男が一瞬押し黙った。
「べ、別に…、ど、どうもしねぇよ…」
その言葉はある意味真実だった。
あの時点では、本当にその後の事など何も考えていなかったのだから。
だが、あの時点では、である。
今度はフードの男が押し黙った。
そして、男に聞こえない声で呟く。
「あれは、本来なら貴様のような人間が、見る事も口をきく事も、ましてや関わる事さえできることのない存在だ…」
何を言っているのか聞こえず、男がフードの男を見つめた。
フードの男が壁に少しめり込んでいた足を外し、男を睨み付ける。
「貴様はそれを汚《けが》した」
そう言うと、背を向けて歩き出した。
男がふと気付く。
(今なら…、後ろから…)
そう思い、こっそりと体を動かした、次の瞬間。
男の額に、ナイフが深々と突き立った。
そして男は、再び床に落ち、そのまま二度と起き上がる事はなかった。
振り向きざまにナイフを投げ、男が崩れ落ちたのを見送ると、テルディアスは呟いた。
「そこで朽ち果てろ。ゴミめ」
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「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
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「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
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タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
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虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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