キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアスの故郷編

夕焼け

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「ホホ~ウ。良い景色だねぃテル」
「ああ…。まあ…」

窓から外を見て、キーナが感嘆の溜息を吐く。
高台にあるだけあって、テルディアスの部屋からの眺めも遠くまで見渡す事ができ、なかなかのものだった。

(たった3年離れていただけなのに…、こんなにも懐かしく感じる物なんだな…)

テルディアスも久しぶりの部屋、久しぶりの景色を見て、感慨に耽る。
たったの3年、されども3年。
長いような短いような、しかしこの場所に帰ってくるためだけに、それだけの時間がかかったのだ。
やはり長かった…。などと物思いに耽っていたテルディアスの空気を壊すキーナ。
いつの間にかにじにじと忍び寄り、断りもなくテルディアスの膝に、当たり前のように頭をボヘッと乗せる。

「何をしている…」

引きつりかける顔をなんとか保ちながら、無駄かもしれない問いかけをする。

「ねいテル? 僕前から思ってたんだけど」
「人の話を聞け!」

やっぱり無駄になった。

「ここって太腿なのに、どうして膝枕って言うんだろうね?」

そう言いながら、テルディアスの太腿をつんつんと触る。
そういう所は敏感な所だからやめてあげてね。

「俺が知るか―――!!!」

「ふにゃ~い♪」










「本当、仲がよろしいですね」

いつになく上機嫌のマーサが、鼻歌混じりに料理を作り続ける。












なんだかんだでキーナには勝てないテルディアス君。
今回も結局、片足をキーナの枕として捧げる形になってしまった。
暢気にテルディアスの足を枕に眠るキーナ。
動けないテルディアスは仕方なく瞑想をしていた。
しかし、膝にキーナがいるのでいまいち集中することができず、悶々としている。
だめだこりゃ。

その時、

「お二人共―、お食事の用意ができましたよー」

マーサの声が聞こえてきた。

「おい、キーナ、起きろ」

キーナの肩を揺すって起こす。

「ムニュウ…。もう夜?」

寝ぼけ眼で起き上がるキーナ。

「まだ夕方だ…」

どれだけ寝る気なのだろうか此奴。
キーナがふと、窓の外から入る西日に気がつく。
見れば、山の向こうに沈み行く太陽。
その色合いは赤から青に、見事なグラデーションが展開されていた。

「綺麗…」

意図せず言葉が口から漏れ出る。
作者も一日の中で太陽が沈むその時間帯が一番綺麗だと思っている。
置いといて。

「キーナ、食べないのか?」

すでに立ち上がっていたテルディアスがキーナを呼ぶ。

「食べる食べる!」

楽しみにしていたのだ。食べないわけがない。
急いでキーナもベッドを降り、テルディアスに続いて部屋を出る。

「毎日こんな綺麗な景色を見てたんだね~テル」

キーナの言葉になんとなくつられ、テルディアスの口から言葉が漏れ出た。

「か…母の部屋の景色の方が綺麗だぞ…」

言ってから、テルディアス、やべ、と口を押さえた。
何を言ってるんだと正気に戻るが後の祭り。
キーナもなんとなく雰囲気を察し(珍しい)、それは見たいと言って良いものか?と悩む。
できることなら是非見てみたい。

「それは、あの~、見てみたいなぁと言っても良いのでしょうか?」

と珍しく下手からの頼み事。

(まあ、そうなるよな…)

此奴も自重という言葉を知っているらしい、とテルディアス少し感心した。
おいおい。

「まあ…、構わないだろ…」

そう言ってスタスタと母の部屋に向かう。

(テルがいいならいいんだけどね)

キーナもその後を付いて行った。
















自分が大切にしていた人が使っていた部屋。
そこに赤の他人を入れるというのは、心情的にかなり無理がある。
余程年月を置いて自分の心に整理をつけていないと、ある種自分の聖域を侵されたような心持ちになってしまうから不思議だ。

テルディアスも母の部屋の前に来た時、なんとなく、自分も足を踏み入れて良いものかと悩んだ。
だがそこで区切りを付けておかないと、何故かいけない気がした。

「ここがお母さんの部屋なの?」
「ああ…」

母の部屋に入る時は、いつもノックしていた。
そして中から「どうぞ」と言われてから扉を開けていた。
反射的に手が扉をノックしようとするが、それを途中で止める。
ノックしても、中から声がかかる事はないのだから。
手を崩し、ノブに手をかける。
そして扉を押し開けた。

ギイ…

ゆっくりと開いていく扉の隙間から、キーナが顔を覗かせる。

「わ…」

母の部屋は、南向きで窓が大きく、外を十分に眺める事ができるようになっていた。
南側は街が一望できる。
その街が、今太陽の光を浴び、ラベンダー色に染まっていた。

「綺麗…」

ふらりとキーナが窓に近づいた。
テルディアスは部屋の真ん中にあるベッドの前で足を止める。
その部屋に入るといつもそこに立っていた。
そして、ベッドの上に弱々しい母の姿。

『お帰りなさい。テルディアス』

いつも微笑みながら迎えてくれた。
だが今はもう、その姿はなかった。
ベッドはマーサが整えているのか、いつでも誰でも寝られるように綺麗にされていた。
母が居た面影だけを残して。

(いつも、ここに座って…、手紙を書いていた…)

気がつくと、便箋とペンを持ち、長ったらしい手紙を書いていた。
返事の来ない手紙を。
馬鹿馬鹿しい。
テルディアスにはそうとしか思えない。
母が何を考えて、返事の来ない手紙を書き綴っていたのか。
テルディアスにとってはどうでも良い事として片付けられていた。
母が何をどうしようが、自分には関係の無い事…。
テルディアスは目を閉じた。

「キーナ」

窓辺に張り付いたまま動かないキーナに声を掛ける。

「行くぞ。マーサが待ってる」

ところが何故かキーナが動かない。

「キーナ?」

不審に思って近づき、顔を覗き込むと、頬を流れる一筋の涙。

「!」
「テル…」

キーナが少し呆けた顔でテルディアスに振り向いた。

「キーナ…、お前…」

そこで初めて、キーナは自分が涙を流している事に気付いた。

「わわ! 違うの! 泣いてなんか…」

急いで涙を拭くが、何故か止まらず、余計に溢れ出してくる。

「その…ね。僕の世界の夕焼けも、こんな風にラベンダー色になって…、綺麗で…。ちょっと…、その…、懐かしくなっちゃって…」

テルディアスが腕を伸ばした。
キーナの頭を抱え、胸に押しつけ、優しく包み込んだ。

「マーサも少しなら待っていてくれる。…少しだけだぞ?」

一瞬体を固くしたキーナだったが、

「うん…」

テルディアスの言葉に安心して、思い切り頭を胸に預けた。
そのまま涙が止まるまで、テルディアスはキーナの頭を優しく撫で続けた。














数分後、キーナは完全復活した。
元々望郷の念に駆られただけだし。

「行くぞ」

とっとと行かないとマーサが待ってると、テルディアスが急かす。

「うん!」

キーナも美味しいご馳走が待ってるとばかりに行きかける。
が。

「そういえばさあ、テル?」
「ん?」
「テルのお母さんて、何か宝物でも持ってたの?」
「あ?」

キーナが突然訳の分からない事を言い出した。

「何を言ってるんだ?」
「う~ん、あちこちに何か隠してるみたいだから」

とキーナが部屋のあちこちに視線を向ける。
こいつの目には何が映ってるのだと、テルディアス不思議に思った。

「試しに開けてみよっか?」

と素早くベッドの脇にスタンバイ。
金庫の前に座った空き巣のようだ。

「テル、明かり頂戴!」

暗いのー、と手を振り、テルディアスに明かりを灯すように指示する。
こうなったらもう何を言っても無駄だと、テルディアスしぶしぶ明かりを灯す。
残光もほぼ消え去った部屋が明るくなる。
キーナはベッドの下部に、何やら泥棒7つ道具を使ってカチャカチャとやっている。
チャキと音がして、何かが外れる気配があった。
徐に下部に手を当て、キーナが手前に引いた。

ガロッ

ベッドの下部は引き出しになっていたようだ。しかも鍵付き。

(ベッドの下…、引き出しになっていたのか…)

初めて知る真実に驚くテルディアス。
今まで知らなかった。
引き出しの中からキーナが一枚の紙を取り出す。

「なんにゃ? これ? 手紙?」
「手紙?」
「うん」

そう言ってキーナがテルディアスに手紙を渡す。
まだ文字は上手く読めないためだ。
テルディアスが受け取ると、それは確かに封に入れられた手紙だった。
ガサガサと手紙を取り出し、中を読む。

「! 俺、宛て…?」

驚きつつも内容に目を通していく。
その間、キーナは待った。
待った。
待った。
待った。

テルディアスが熟読して内容を話してくれるのを待った。
待ったのだ。

だがしかし、いくら待ってもテルディアスは何も話してくれない。
何か驚いたような青ざめたような、それでいて少し嬉しそうな、変な顔をしている。
でも話してくれない。

(何が書いてあるのかにゃ~?)

気になる。
でも何も言わない。

「ねいねい、何が書いてあるの?」

待ちきれず、キーナが問いかけた。
テルディアスハッとなり、キーナがいたことに気付く。

「え? ああ…」

慌てて中身を簡単に話し始める。

「幼い頃、俺が虫を取ってきた」
「虫?」

【テルディアス、今日はあなたは、光の加減で七色に変わる虫を捕まえて来てくれたわ。
「ありがとう。テルディアス。とても綺麗ね」
本当に、綺麗な虫】

(朧気ながら覚えている。頭を撫でられて、それがとても嬉しくて誇らしかった…。だが…)

【「ごめんなさい、テルディアス。虫は逃がしてしまったわ」】

もらっても嬉しくない物なら、初めからそう言ってくれれば良かったんだ…。
幼いながらにそう思いながら、母様の為に捕まえた虫を放した時、少し心が痛んだ。
だけど…。

【ごめんなさい、テルディアス。例え小さな虫であっても、死に場所くらいは選びたいだろうと、そう思ったの…。私もそうだから…。死ぬ時は選べなくても、死ぬ場所くらいは選びたい。ああ、でも、できることなら、あなたが立派な成人になった姿を見てから逝きたい…。私の愛しいテルディアス】

(私の…、愛しい…?!)

「にゃ!」

テルディアスが突然、引き出しに手を突っ込み、次々と手紙を引っ張り出し開いていく。

「コレも…、コレも…」

中を確かめると皆同じ宛名。

(まさか…、全て…、俺宛…?!)

「こちらにいらしたんですか」

突然声がした。
振り向くと、扉の所にマーサが立っていた。

「マ、マーサ…」

キーナが、悪戯が発覚した子供のような顔になっている。

「それを…、ご覧になったのですね?」

マーサが少し困ったように微笑んだ。

「これは…、これは一体何なんだ?! こんな…、こんなもの…」
「とりあえず、お食事にしませんか? せっかく作ったのに、冷めてしまいますわ」

そう言ってにっこりと笑ったマーサは、二人を食堂へと促した。
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