キーナの魔法

小笠原慎二

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シゲール襲来編

役だから

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今朝は皆口数が少なかった。ダンはいつもそうではあるが、テルディアスがちょっと不機嫌なこともあり、キーナも話しづらいようだった。
街までは3人で行くが、ダンは街に着けばそのまま別れて買い物などをすることになる。
少し心配ではあったが、2人の背中を見送った。

ダンは悩みつつもまた果物を贖い、今日の料理はどうしようかと考えながらサーガ達の元へ向かった。
結界を抜けると、呻き声のようなものが聞こえて来た。
また何かあったのだろうかとダンが足を早める。

「うっす」

サーガの口元から血が流れていた。
急いで駆け寄り、治療を始めるダン。

「よせって! んな大したもんじゃねーよ!」

巨体に駆け寄られ、思わず後退るサーガ。別の恐怖も湧いていたりする。
唇が切れていただけでサーガの言う通り大した怪我では無かった。
小屋の中からはメリンダの唸り声のようなものが聞こえてくる。
また何かしたのかとダンがサーガを睨む。
サーガが目を逸らす。

睨む。
逸らす。
睨む…
睨む…
睨む…

「分かった! 分かったから! 言うから! 顔近づけんな!」

無表情なはずなのに凄みを感じさせる視線と近づいて来る顔。いろいろな恐怖が湧いてくる。いろいろ?

「その…、姐さんが食べねーから…。口移しで無理矢理…」

口移し。
マウストゥマウス。
つまりは唇と唇を合わせて口の中の物を移動させるという手段のことですね。
ダンの顔が凄みを増して余計に近づいた。

「いや! 分かってる! 分かってるって! 不味いことは…!」

身体的な苦痛を受けた者に対してその方法は如何に不味い方法であろうことか。
サーガが分からぬはずがない。

「で、でも、俺は、姐さんに死んで欲しくねーし…。もうこの方法しか…」

昨日よりも明らかにぐったりした様子のメリンダ。その姿は大人しく死を待っているようにしか見えなかった。
とにかく何が何でも口に入れさせねばと、サーガは強行手段に出たのだった。
しかしその後、まったくの予想通りにメリンダが暴れた。わめき散らし暴れまくる。
サーガはとりあえず側を離れ、様子を見るしかなかった。
そしてそこへダンがやって来たのだった。

「一口か二口か、少しは喉を通ったと思うんだけど…。でももうこの方法は無理かな…」

きっと今までよりももっと警戒心が強くなるだろう。近づくことがもっと難しくなる。
サーガがしたことは最悪手かもしれないが、メリンダの体のことを考えるなら最善手だったのかもしれない。
だがしかし今後の事を考えると、気が重くなる。

ダンが小屋に目を向けると、こちらを睨み付けているメリンダの目と合った。その迫力に思わず目を逸らす。
難しいのかもしれない…。
ダンはテルディアスとキーナの事を思い、小さく溜息を吐いた。












いつものように炊事洗濯掃除を終わらせ、サーガが起きると後を任せて仮宿へ帰っていく。
メリンダの唸り声はいつの間にか止んでいた。暴れ疲れたのか眠ってしまっていたらしい。
気が重いままにダンは仮宿へと帰り、そこの掃除も済ませてしまう。
そしてキーナ達の食事の準備。近頃仕事が忙しいらしいキーナの為に、体をきちんと休ませることが出来てできるだけ疲れを引き摺らない献立を考える。
もはや料理長と呼んだ方が良いかもしれない。
また2人は喧嘩しながら帰ってくるのだろうかと心配しつつ、食事を作りながら待っていると、

「ダン~ただいま~」

昨日よりも明るい声のキーナが帰って来た。
テルディアスがどことなくぼんやりしているような感じがするのは気のせいだろうか?
とにかく言い争いもないのでほっとして、そのまま食事に入る。
キーナは昨日のように良い食べっぷり。テルディアスはやはりなんだかぼんやりしたまま食事を口に運んでいる。

報告会ではダンはいつも通りに「変わらない」と伝える。不味いかもしれないなどとは口が裂けても言えない。

「僕はね、カツラしてやることになったよ」

キーナが説明し始めた。













店に着くと、テルディアスも一緒に中に入ってきた。

「お待ちしてました」

給仕長のレイファ、一番最初に対応してくれた黒髪の利発そうな女性が、テルディアスとキーナを奥の部屋まで案内した。
そこはやはり最初にテルディアスが店の様子を確認しにやって来た事務所だ。
そこには責任者のミラが机に座って何か書類仕事をしていた。

「いらっしゃい。お待ちしてましたわ」

テルディアスとキーナが入ると、顔を上げ書類を脇に置いた。

「丁度お話ししたいことがあったのです」
「奇遇だな。俺もだ」

少し喧嘩腰のテルディアスにキーナが慌てる。このまま働けなくなったら非常に困る。

「カツラの件なんだが…」
「ええ。非常に好評でして。こちらとしてもとても有り難いと思っていますわ」
「! そうではなくて…」
「そこなのです」
「は?」
「とても好評過ぎてですね、キーナさんの安全が脅かされているようなのです」
「だから、カツラをやめろと…」
「ですから! 私から提案があるのです!」
「いや、カツラをだな…」
「あなた、テルディアス様と仰いましたね? どうでしょう、キーナさんの恋人役になりませんか?!」
「・・・・・・は?」

テルディアスの思考が突然の話に付いていけなくなった。

「キーナさんのカツラは非常に好評です。この数日で売上が5倍に跳ね上がるほど! 元々このお店は女性客を狙って作られた物なのですけれど、男性客にも甘いものが好きな方が多いことが分かりまして」

その客の中に純粋に甘いものを食べに来ている者はどれくらいいるのだろう。
しかし実際に甘いものを注文して全て平らげてしまっている者が大半なのだ。男性といえど甘いものが嫌いというわけではないのだろう。

「その流れを切らないためにもキーナさんは今後も必要です。ですので、今まで通りに働いて貰いたいのです。しかし、そこにはやはり問題がありまして」

テルディアスの思考がようやっと働き始めた。

「いや、だから…」
「そうです。キーナさんが可愛すぎて、それを狙った不届き者が増えて来てしまいました。これは由々しき事態です」
「だからカツラを…」
「今更カツラを取ったくらいで、不届き者が消えるとは思えません」

テルディアスがぐっと詰まる。
前に働いていた所ではキーナの変身前、変身後の姿は見られなかった。キーナは店に出る時すでにカツラを着けており、お店が終わるとカツラを取っていたので本当は髪が短いということを客達は知らなかったのである。

しかしこの店では変身前、変身後の姿を見られている。従業員は裏口から入る事も出来るが、便利なのもあり表、店の方から入ってくる事が可能なのであった。そしてキーナはいつも表からやって来て帰っていた。つまり、この店の客達はキーナの髪が短いことは承知であった。

テルディアスもそれには気付いた。なにせキーナと帰る時に複数の男達の視線に晒されたからだ。
キーナは髪が長ければ驚くほどに美少女になる。まさに驚き。それが髪を短くしている、となるとなにがしか訳ありで髪を切っているのだろうとしか思われないだろう。

一つ断わっておくが、既婚者としては見られない。年齢的に微妙なところでもあり、何より髪が短すぎる・・・・・・のである。
結婚した女性は髪を切るが、キーナのようにベリーショートにする人はまずいない。
なので訳ありで髪を切っている、としか思われていないのだ。

「ならば、どうしろと…」
「ですから! そこで恋人がいればいいのです!」

ミラがここぞとばかりに答えた。

「こ、恋人?」
「そうです! すでにキーナさんに意中の方がいると分かれば、大半の者は諦めてくれるはずです! それでも諦めない者はまあ…、貴方なら、対処できるのでは?」

ミラの瞳がキラリと光る。

「…何を知っている?」
「キーナさんからとてもお強いと聞いております」

キーナを見た。
てへ、と笑いかけた。

「テルのこと聞かれて、すんごく強くてかっこいいって、言っちゃって…。でも嘘じゃないでしょ?」


かっこいい… かっこいい… かっこいい…


そう言われて男なら悪い気はしない。

「ま、まあ…。そこら辺の雑魚に負けるようなことはないが…」

マスクなどで分からないかも知れなが、若干テルディアスの顔が赤くなっている。

「でしたら! 万事解決ですね!」

ミラがパン!と手を打った。

「さすがにこのお店でそんな不届きな真似をする者はいないと思いますが、一応目を光らせておきます。行き帰りはテルディアス様が送り迎えして頂けるならば、キーナさんの身は安全ですね」

ミラがにっこり笑いかける。

「う、うむ…」

テルディアスは若干引っ掛かるものを感じながらも、承諾したのだった。





余談だが、テルディアスは「恋人」という言葉で頭がいっぱいになり、この日はほとんど仕事が出来なかったのだった。













そして帰り。
「役」なのだと必死に自分に言い聞かせ、なんとか気持ちを落ち着かせたテルディアスがキーナを迎えに行くと、

「キーナちゃん、彼氏・・さんが迎えに来たわよ!」

とレイファがキーナに声を掛けた。

「はーい」

キーナも素直に返事をして、そそくさと奥に入って行った。


彼氏…


この言葉で再びテルディアスの頭はいっぱいになってしまったのだった。

「お待たせ! テル!」
「あ、ああ…」

若干ぼんやりする頭を立て直し、テルディアスが「「役」なんだ!」と必死に自分に言い聞かせ、キーナと共に店を後にする。

「あ、あのね、テル…」
「な、なんだ…」
「その、手、繋いだ方がいいって言われたの…」
「手?」
「その方が、恋人っぽく見えるって…」

普段あまり手など繋いで歩かない。テルディアスがマントですっぽり体を覆ってしまっているからでもある。
必要な時はキーナがテルディアスのマントを掴んでいたりする。それは何か違う。

「て、手か…」

役だから役だから役だから役だから役だから役だから役だから役だから役だから…

とテルディアスが心の中で呪文のように唱え、マントを掻き分け手を差し出す。
普通に手を握ろうとすると、

「あ、あのね、握り方もあるんだって」

そう言ってキーナがいつもとは違う組み方をする。
指と指の間を絡ませる、そう、いわゆる恋人繋ぎ!

「これだと恋人っぽく見えるんだってさ。? テル?」

テルディアスが硬直していた。
しかしその硬直はものの数秒で解けた。

「こ、これで、いいんだな…?」
「うん。多分」

キーナも慣れないことに顔を赤らめる。ちょっと恥ずかしいらしい。
なんとなくぎこちなさを醸し出しながら、2人はダンの元へと歩き出す。
それはまさに付き合い始めの初々しい恋人のような姿であった。






その2人の後ろ姿を呪い殺すかのように見つめる男達。と、生暖かい目で見つめる女性が2人。

「いや~、キーナは否定してたけど、やっぱりあれ、出来てるよね~」
「レイファちゃん、顔、崩れてるよ」
「おっといけない」

一応まだお客さんがいるのだ。気は抜けない。
まあどうせキーナも帰ったのだからすぐに男達もいなくなるだろう。
給仕長のレイファと、キーナと同じ給仕仲間のチナ。恋人繋ぎを教えたのはこの2人である。
2人共ニヤニヤしそうになる口元を抑えつつ、閉店に向けて準備を始めるのだった。













「てわけでね、テルとしばらく恋人の演技をすることになったの。それでまあカツラもOKになったから、僕まだあそこで働けるんだ」

キーナは働けることに嬉しそうだ。
ダンがテルディアスを見る。今は他に誰もいないのでフードもマスクも取っている。
顔が赤いのは焚き火のせいだけではないのだろう。

「良かったな」

ダンがそう言うと、

「うん! 良かった良かった」

キーナも嬉しそうににっこり笑った。








この日、ダンは迷った。テルディアスにメリンダの様子を報告するべきか否か。
どこかぽんやりしているテルディアスを見て、今日はやめておこう、と思った。
まだ最悪の状態になっているわけではない。ただ、少し状況が悪化してしまったかもしれないというだけだ。
いつものように片付け、ダンも寝るために仕度を始めたのだった。





キーナも早めにベッドに潜り込む。
そしていつものようにベッドの枕元にある宝玉に祈った。
早くメリンダさんが良くなりますように。と。
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