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満華楼アオイ編

ツナグとアオイ

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その後のサーガは素早かった。お姉さんが呆気に取られている間に、男2人はいつの間にか地面に倒れ込んでいた。

「な、何したの…?」
「え? ちょっとぺしぺしっと」

ボゴ! ドゴ! とか効果音が聞こえた気がするが。

「あ、あんた…、分かってるの? 銀月に逆らったら…」
「え? うんにゃ、全く分からない」

その気の抜けた言い方に肩を落とすお姉さん。

「まあでも、そうか…。使いようによっては…」

となにやらブツブツ独り言。

「お~い。出て来て良いぜ~」

サーガが路地の先に声を掛けると、角から先程の少年がひょっこり出て来た。

「過ぎた好奇心は身を滅ぼすって言葉知ってるか?」
「状況が分からなければ次の行動も取れないじゃない」

どうやら少年、待ってろと言われた場所から動いていたらしい。

「何? この子?」
「ここいらの住人の1人。で、お姉さん、体で?」
「アホか! 満華楼に戻ればお金もあるから。それまでちょっと待ってよ」
「分かった。地の果てまで着いてく」
「え、キモいんだけど…」

サーガのストーカー発言に顔を顰めるお姉さん。当然か。

「そのお姉さんに着いていくなら、僕はもうお役御免?」

少年が聞いて来る。

「お姉さん満華楼って所に戻るんだっけ?」

サーガがお姉さんに問いかける。

「そうなんだけど…。逃げ回ってるうちに道が分からなくなっちゃって…」

迷子になっていたようだ。

「というわけだ。少年」

サーガが少年を見た。

「分かった。満華楼を目指せば良いんだね」

少年が頷き、先頭に立って歩き始めた。その後を2人が続く。

「え…と、とりあえず、ありがとう。助かったわ。あたしはアオイ。あんた達は?」
「俺サーガ」
「僕はツナグ」

少年の名前も判明した。

「サーガは冒険者って言ってたわよね。ランクは?」
「今の所Dだけど」
「D…へぇ…」

お姉さんが少し驚いた顔をした後、サーガに見えないように顔を背けてニヤリと笑う。

(そこそこ強いみたいだし、しばらくこいつに意識を向けさせられれば…)

何か良からぬ事を考えているようだ。

「アオイさん、なんであんな所にいたの?」

サーガが問いかける。

「ちょ、ちょっと見たい物があって…。以前教えてもらった裏道を通って行ったんだけど」
「そんな格好じゃ襲ってくれって言ってるようなものだと思うよ」

ツナグも一言言いたかったようだ。

「え? フードで顔も隠してるし…」
「そんな上等な服で隠してるつもり?」
「え、一番安いやつなんだけど…」

花街とスラムの物価基準の差を分かっていないようだ。

「で、でも、現にあいつら以外には襲われなかったわよ」
「あいつらがいたから襲われなかったんじゃね?」

サーガの言葉に何も言えなくなってしまったアオイだった。
路地を抜け、花街らしい空気を纏った通りに出た。

「ここまでくればもう分かるでしょ?」

ツナグが足を止めた。

「ええ。もう分かるわ!」

アオイがキョロキョロと見回す。知っている通りらしい。

「ん、じゃこれ、案内料」

100エニーを出してツナグに握らせた。

「じゃあ…」
「ちょっと待てって」

サーガがツナグを引き留める。

「何?」
「まだアオイさんから報酬もらってねーだろ」

アオイとツナグが目をぱちくりさせる。

「え…でも…」
「アオイさん、もちろんただで案内なんてさせないよね?」
「え…ええ…ええ…」

サーガに言われ、アオイの目が泳いだ。親切で案内してくれていると思っていたのだ。

「その満華楼って所で残飯でも食わせてやりゃいいさ。な?」
「え…でも…」

ツナグもたじろぎ、自分の体を見下ろしてしまう。華やかな街並みの中に自分のようなみすぼらしい身なりの者がいていいのかと思ってしまう。

「いいからいいから。ね? アオイさん? ただで仕事なんてさせないよね?」

サーガの言葉に詰まってしまうアオイ。確かに仕事をしてくれたのにただで帰すわけにはアオイの立場としても許されない。

「ざ、残飯くらいしかないけど…」

サーガへの報酬もアオイにとっては痛いもの。これ以上出費は嵩みたくない。残飯くらいなら満華楼の女将に頼めば出してくれるはず、である。

「え…でも…」

キュルル…とツナグのお腹が素直に声を上げる。慌ててツナグがお腹を押さえた。
アオイが溜息を吐くと、羽織っていたマントをツナグに被せる。

「これで多少は隠せるでしょ。さ、行くわよ!」

アオイが今度は先頭に立ってズンズンと歩き始めた。

「ほれ。貰えるものはきちんと貰っておけ」

サーガがツナグの背を押し、その後に続く。
ツナグは大分長いマントを引き摺らないように抱えながら後に続いた。













「何やってんのアオイさん」
「しー! 静かに!」

満華楼らしき建物が見え始めた頃、アオイが裏通りに入った。そして裏口から恐る恐る中を覗こうとしている。

「いや、どうせバレるのは分かってるんだけど…。でも…」

ぶつぶつ言いながらそっと戸口の中を覗くと、

「ぎゃあ!」

叫んで後ろに転がった。

「アオイ…」

扉が開かれ、そこからまさにやり手という貫禄を備えた、ツナグと同じくらいの背丈のお婆さんが出て来た。

「お前、あたしの言いつけを破ったばかりか、供も付けずに外に出るたあ、良い度胸してるじゃないか」

背後に『ごごごごご』という擬音語でも付いていそうな迫力でお婆さんがアオイに迫る。

「ごごごごめんなさい! どうしても見たい物があって…」

腰でも抜かしたかのようにアオイはへたり込んだまま動かない。

「こんな時に! どうしてそれくらい我慢出来ないんだい?!」
「だ、だってぇ…」
「だってもへったくれもないよ! お前はテッドリーに狙われてるって自覚が薄いんだよ!!」
「う…」

まさに先程その心配していた目に合ってしまったばかりである。

「あいつに攫われでもしたら、誰があんたの借金を払ってくれるんだい!!」

金の心配だった。

「ごうつくババア…」

ぼそり、と言ったつもりなのか、しっかりまわりに聞こえる声量。

「アオイ? 反省が足りないようだね?」

お婆さんの顔が般若のような恐ろしい顔になる。

「ごごごごめんなさいいいい! しっかり反省してますうううう!!」

慌てて土下座をするアオイ。失言に気付いたようだ。

「で? こいつらは何者だい?」

端で見ていたサーガとツナグに顔を向ける。その顔はすでに般若の面ではなくなっている。プロだ。

「えと…その…」
「銀月って奴に襲われてる所を助けたサーガってんだ。こいつはスラムで道に迷ったアオイさんを助けたツナグ」

サーガが丁寧・・に説明した。
アオイに向けられたお婆さんの顔が、再び般若の面になる。

「銀月に襲われた? スラムに行った?」
「ごめんなさいいいいいいいい!!!」

アオイは地面に顔が埋まりそうな程に頭を押しつけていた。
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