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満華楼アオイ編
蛙の山
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今度は1時間を過ぎてもなかなか戻って来なかった。
戻って来なければ来ないでなんだか心配になってくるもので。
サララはジリジリしながらサーガの帰りを待っていた。
「たっだいま~」
食堂が昼客で騒がしくなってきた頃、サーガが戻って来た。
「お帰りなさい」
なんだかちょっとほっとしてしまったサララだった。
「査定カウンター? それともあっち?」
解体所の方を指さすサーガ。
「どれくらい狩って来たんですか?」
「ん~…。分からん。殲滅させても不味いかと思って何匹かは残してきたけど、大半は狩って来た」
その大半がどれくらいなのだ。
「いっぱいですか?」
「いっぱいですよ」
ならば解体所の方が良いかとまたサララが案内に立つ。
「よう、なんだ? コルドラを見に来たのか?」
コルドラの解体はもう終わっているようだった。後片付けをしていたのか、手を拭きながらジンが近づいて来る。
「いいえ。また解体のご依頼です」
サララがにっこり微笑む。
どうせこれからジンも巻き込まれる事になるのだ。ショックは早い方が良い。
「また? この雨の中狩りに行ったのか?」
不思議そうにジンが聞いて来る。雨の中狩りに出掛ける者はもちろんだが滅多にいない。
「ええ。それもドコンガをたくさん」
「はあ?」
「サーガさん、どうぞ」
場を指定し、サララがサーガを促す。
「ん、ここね」
サーガが袋をひっくり返した。
ドサドサドサドサドサドサ。
人の頭ほどの大きさの紫色の蛙が山になった。
サララもこれほどとは思わず、遠い目になった。
ジンも顎が外れるほどに口を大きく開けている。
「こいつは捌くのが大変なんだって?」
サーガが意地悪く笑いながら、ジンを見つめた。
蛙はぬめっているのでまずぬめりを取る為に洗い流さなければならない。そして小ぶりな上にこの数。
「今日は暇だと思ったんだけどな!」
ちょっと涙目になりながらジンが応援を呼びに行った。
サーガはサララの案内でまたギルマスの部屋へ。
「え、これからもいちいち行かなきゃならんの?」
「時と場合によります」
普通の依頼を普通にこなしてくればこんなことは滅多にないのだが。
サララの報告を聞いて、ヤンが遠い目になった。
「どうして今日…」
日を変えてくれればすでにサーガはAランクに上がっていただろう。
「いやまあ、おかげで大分発散は出来たけどな」
にこやかにサーガが笑う。確かに朝より表情が晴れ晴れとしているかもしれないとサララは思った。
「一応聞くけど、どうやってそんな数を?」
「ええと…」
もちろん空を飛んで現地に向かう。今回は場所が特定されていたので探すのは楽だった。
広い沼地にたくさんの蛙。毒々しい紫色の蛙がひしめき合っているのは、さすがに慣れている人でも気持ち悪いと思ってしまうほど。
「近づくと毒液吐くじゃん?」
吐かれてもサーガには風の壁があるのでまったく問題はないのだが、すぐさま沼に飛び込んでしまうのは厄介だ。
水の中ではさすがに風も威力が弱まる。
「んだから、竜巻作って沼の水を吸い上げた」
ヤンとサララの顔から表情が抜け落ちている。
沼の水と共に宙に舞う蛙。そこを風の刃でどんどんトドメを刺していく。
「いや~、竜巻を維持しながらってのがちょっとしんどかったわ」
さすがに疲れたと溜息を吐くサーガ。
トドメを刺しつつそのまま袋に回収。ある程度まで数を減らした後は、沼の水を元通りにしておいた。元通りに水、もとい蛙の他にもいた生き物達も戻すのを調整するのに、少し時間がかかってしまったのだとか。
「な、なるほど…。大変参考に…」
「なってませんよ。ギルマス」
人間正直になろうぜ。
引き攣っていた顔を隠すように、ヤンが両手で顔を覆う。
「サーガ君。まだ今日は依頼を受ける気かい?」
「いや、さすがに疲れたから今日はもう帰ろうかと」
「そ、そうか」
ヤンが安心したように両手を顔から手放した。若干引きつり気味だが、いつもの冷静な顔に戻っている。
「今日は雨だしね。もう帰ってゆっくりするといいよ」
「そうさせてもらうわ」
報告を終え、2人が部屋を出て行くのを見送る。
ヤンが疲れたように組んだ両手の上に頭を乗せた。
「もう、人を越えちゃってるよね? あれ。僕にどうしろと言うの精霊様。それとも魔族と関わりがあったりするのか? でも魔族と言えどそんな魔力聞いた事もないけど…」
ヤンはとりあえず後でゴルドを呼んで、しっかり巻き込んでおこうと決心するのだった。
悩みは1人で抱えない方が負担が軽くなる物です。
「蛙の処理は時間がかかるでしょうので、分かり次第お知らせします。コルドラの査定は済んでおりますので、銀行へ振り込んでおきますね。それと蛙討伐依頼の報酬も」
「ん、よろ~」
ドコンガの皮は毒耐性などがあるのでそこそこ重宝されるらしい。しかし小さい上にあの数。しかも時間が経つと臭くなってくるので、今頃ジンが仲間を呼んで半分泣きながら急いで捌いているだろう。今日が暇で良かったね。
手続きを終わらせカードを受け取る。
「んじゃ、またね~。と、ついでに飯でも食ってくか」
賑わう食堂を見てお腹が空いていることを思い出したのか、サーガがそちらの方へと足を向けた。
(帰らんのかい)
もう問題を起こさないようにと願いつつ、その姿を見送る。
「ねえ、あの子、今日が雨だって言うのに依頼3つも受けたの?」
暇なのだろう、同僚のミーヤが声を掛けて来た。
「そ。かなりの変わり者よね」
「え、でも3つとも結構面倒くさそうなものだったわよね?」
聞こえていたようだ。
「まあ…」
わざと面倒臭そうなものを回したとも言えない。
「なんか凄い魔法使いだとか? 皆噂してるわよ」
さすがにあんなに短時間で依頼をこなしてきたのだ。噂にならない方がどうかしているだろう。
「出来るだけ話し広めない方がいいわよ。ギルマスからも口止めされてるし」
「え、そうなんだ。でも皆もう結構噂してるけど」
遅かったようだ。サララは頭を抱える。これ以上面倒臭いことになって欲しくない。
「え~でも、顔は可愛い方だし、そんなに凄い魔法使いなんて、将来有望じゃない? アプローチかけてるの?」
サララはキョトンとなる。サララは絶賛彼氏(将来有望な)募集中の20歳。受付嬢はモテる職業でもあるのだからよりどりみどりではある。しかし冒険者とはむさい男ばかりで、見た目いい男は割合が少ない。
(は! そういえば、彼、かなり条件としてはいいのでは?!)
顔はそこまで悪くない。可愛いと言われれば確かにそうではある。背が低いのが難点ではあるが、お金に関してしっかりしている。性格がちょっとチャラいように見えるが、気むずかしいより付き合いやすい。
「そうよね! 言われてみればそうだわ!」
「サララ?」
「ちょっと年離れてるかな? 年上のお姉さんは嫌いかしら? ねえ、どう思う?」
突然女っ気を全面に押しだして来たサララに、身を引くミーヤ。
「いや、まあ、大丈夫なんじゃない?」
「そうよね! いきなり名前聞いてくるくらいだし! よし! これから頑張るわ!」
「頑張れ~…」
ミーヤは自分の席へと戻って行った。
(手遅れ気味な気はするけど黙っておこう)
今までのサーガに対するサララの態度。しかしサーガがそっちを喜ぶ性癖かもしれない。
ミーヤはなるようになるだろうと、仕事の続きに手を付けるのだった。
そしてサララの思惑は、借金背負ったサーガが自由に動けず、またしばらくギルドに来ないという事で瓦解することとなる。
「たっだいまー」
「お帰りなさいサーガさん…ん?」
サーガの声を聞きつけ、ずぶ濡れだろうとタオルを持って出迎えようとしたツナグが足を止める。
「雨降ってますよね?」
表を見るが、絶賛雨降り中である。
「降ってるけど? なんで?」
「なんで濡れてないんですか?」
まったく濡れていないサーガを見て不思議そうに首を傾げる。
「ああ、俺、風だから」
「風邪?」
そっちではない。
「え~と、風の精霊に好かれてて、水には濡れない体質なの」
「お風呂では濡れてましたよね?」
「ったり前だろ。でなきゃ体洗えねーじゃん」
微妙に理解できていないツナグの手に、小さな紙袋を手渡す。
「ほれ、土産。あの子と一緒に仲良く食えよ」
「え? あ、ありがとうございます…?」
去って行くサーガの背を見送りながら紙袋の中身を確認すると、色とりどりの綺麗な星屑のようなお菓子が入っていた。
「アオイさ~ん、大人しくしてた~?」
今日は客足も鈍いと、娼妓達も各々の部屋など好きな所で寛いでいたりする。アオイも自分の部屋で寛いでいた。
「この雨だもの。大人しくしてたわよ」
ふわあと大欠伸。客がいないと女達もだらしない。
「お、そんないい子にはご褒美です。ほれ」
サーガが小さな紙袋を放って寄越す。
「何よ?」
中には色とりどりの星屑のようなお菓子。
「何コレ…」
アオイの顔がちょっぴり嬉しそうになる。
「アオイさん好きそうだな~と思って。金も少し入ったし、買って来た」
「少し? 借金の返済に充てなさいよ」
照れ隠しか、言葉はきついが表情は柔らかい。
「だよね~。俺あと2、3回ギルドで依頼受けたら借金返済出来そうだわ」
「はああ?」
サーガの言葉に目を丸くするアオイ。
「え? 冒険者ってそんなに儲かるの?」
常に危険と隣合わせのきつい仕事と聞いていたが…。そんなに稼げるならばアオイもしようかなとチラリと考えてしまう。
いやその前に、サーガに借金を返済されてしまったらテッドリーの目を逸らすために雇ったのが無意味になってしまう。
「普通の人には無理だけどね。俺だから」
何しろ移動にかかる時間がともすれば普通の人の1/10。その分余計に依頼を受けられる。そしてその分余計に稼げるのだ。
「俺だからって。なにそれ?」
「え~と…」
素直に空を飛べるから。とも言えるわけもない。
「他の人にはない移動手段を持ってまして。その分他の人より多く依頼をこなせるのよ」
「他の人にはない移動手段?」
食いつかれた。
「詳しくは話せないよ~。冒険者が自分の手の内ベラベラ明かす訳にはいかないって。それより俺の冒険譚聞きたくない?」
そう言われると突っ込んで聞くわけにもいかない。
「まあいいわ。そういえば冒険者ってどんな事をするの?」
アオイにとっては縁遠い仕事なのでどんな事をするのか興味はある。
「ふふん。今日は依頼を3つ受けて、その一番始めの依頼がね…」
サーガが語り始めた。
戻って来なければ来ないでなんだか心配になってくるもので。
サララはジリジリしながらサーガの帰りを待っていた。
「たっだいま~」
食堂が昼客で騒がしくなってきた頃、サーガが戻って来た。
「お帰りなさい」
なんだかちょっとほっとしてしまったサララだった。
「査定カウンター? それともあっち?」
解体所の方を指さすサーガ。
「どれくらい狩って来たんですか?」
「ん~…。分からん。殲滅させても不味いかと思って何匹かは残してきたけど、大半は狩って来た」
その大半がどれくらいなのだ。
「いっぱいですか?」
「いっぱいですよ」
ならば解体所の方が良いかとまたサララが案内に立つ。
「よう、なんだ? コルドラを見に来たのか?」
コルドラの解体はもう終わっているようだった。後片付けをしていたのか、手を拭きながらジンが近づいて来る。
「いいえ。また解体のご依頼です」
サララがにっこり微笑む。
どうせこれからジンも巻き込まれる事になるのだ。ショックは早い方が良い。
「また? この雨の中狩りに行ったのか?」
不思議そうにジンが聞いて来る。雨の中狩りに出掛ける者はもちろんだが滅多にいない。
「ええ。それもドコンガをたくさん」
「はあ?」
「サーガさん、どうぞ」
場を指定し、サララがサーガを促す。
「ん、ここね」
サーガが袋をひっくり返した。
ドサドサドサドサドサドサ。
人の頭ほどの大きさの紫色の蛙が山になった。
サララもこれほどとは思わず、遠い目になった。
ジンも顎が外れるほどに口を大きく開けている。
「こいつは捌くのが大変なんだって?」
サーガが意地悪く笑いながら、ジンを見つめた。
蛙はぬめっているのでまずぬめりを取る為に洗い流さなければならない。そして小ぶりな上にこの数。
「今日は暇だと思ったんだけどな!」
ちょっと涙目になりながらジンが応援を呼びに行った。
サーガはサララの案内でまたギルマスの部屋へ。
「え、これからもいちいち行かなきゃならんの?」
「時と場合によります」
普通の依頼を普通にこなしてくればこんなことは滅多にないのだが。
サララの報告を聞いて、ヤンが遠い目になった。
「どうして今日…」
日を変えてくれればすでにサーガはAランクに上がっていただろう。
「いやまあ、おかげで大分発散は出来たけどな」
にこやかにサーガが笑う。確かに朝より表情が晴れ晴れとしているかもしれないとサララは思った。
「一応聞くけど、どうやってそんな数を?」
「ええと…」
もちろん空を飛んで現地に向かう。今回は場所が特定されていたので探すのは楽だった。
広い沼地にたくさんの蛙。毒々しい紫色の蛙がひしめき合っているのは、さすがに慣れている人でも気持ち悪いと思ってしまうほど。
「近づくと毒液吐くじゃん?」
吐かれてもサーガには風の壁があるのでまったく問題はないのだが、すぐさま沼に飛び込んでしまうのは厄介だ。
水の中ではさすがに風も威力が弱まる。
「んだから、竜巻作って沼の水を吸い上げた」
ヤンとサララの顔から表情が抜け落ちている。
沼の水と共に宙に舞う蛙。そこを風の刃でどんどんトドメを刺していく。
「いや~、竜巻を維持しながらってのがちょっとしんどかったわ」
さすがに疲れたと溜息を吐くサーガ。
トドメを刺しつつそのまま袋に回収。ある程度まで数を減らした後は、沼の水を元通りにしておいた。元通りに水、もとい蛙の他にもいた生き物達も戻すのを調整するのに、少し時間がかかってしまったのだとか。
「な、なるほど…。大変参考に…」
「なってませんよ。ギルマス」
人間正直になろうぜ。
引き攣っていた顔を隠すように、ヤンが両手で顔を覆う。
「サーガ君。まだ今日は依頼を受ける気かい?」
「いや、さすがに疲れたから今日はもう帰ろうかと」
「そ、そうか」
ヤンが安心したように両手を顔から手放した。若干引きつり気味だが、いつもの冷静な顔に戻っている。
「今日は雨だしね。もう帰ってゆっくりするといいよ」
「そうさせてもらうわ」
報告を終え、2人が部屋を出て行くのを見送る。
ヤンが疲れたように組んだ両手の上に頭を乗せた。
「もう、人を越えちゃってるよね? あれ。僕にどうしろと言うの精霊様。それとも魔族と関わりがあったりするのか? でも魔族と言えどそんな魔力聞いた事もないけど…」
ヤンはとりあえず後でゴルドを呼んで、しっかり巻き込んでおこうと決心するのだった。
悩みは1人で抱えない方が負担が軽くなる物です。
「蛙の処理は時間がかかるでしょうので、分かり次第お知らせします。コルドラの査定は済んでおりますので、銀行へ振り込んでおきますね。それと蛙討伐依頼の報酬も」
「ん、よろ~」
ドコンガの皮は毒耐性などがあるのでそこそこ重宝されるらしい。しかし小さい上にあの数。しかも時間が経つと臭くなってくるので、今頃ジンが仲間を呼んで半分泣きながら急いで捌いているだろう。今日が暇で良かったね。
手続きを終わらせカードを受け取る。
「んじゃ、またね~。と、ついでに飯でも食ってくか」
賑わう食堂を見てお腹が空いていることを思い出したのか、サーガがそちらの方へと足を向けた。
(帰らんのかい)
もう問題を起こさないようにと願いつつ、その姿を見送る。
「ねえ、あの子、今日が雨だって言うのに依頼3つも受けたの?」
暇なのだろう、同僚のミーヤが声を掛けて来た。
「そ。かなりの変わり者よね」
「え、でも3つとも結構面倒くさそうなものだったわよね?」
聞こえていたようだ。
「まあ…」
わざと面倒臭そうなものを回したとも言えない。
「なんか凄い魔法使いだとか? 皆噂してるわよ」
さすがにあんなに短時間で依頼をこなしてきたのだ。噂にならない方がどうかしているだろう。
「出来るだけ話し広めない方がいいわよ。ギルマスからも口止めされてるし」
「え、そうなんだ。でも皆もう結構噂してるけど」
遅かったようだ。サララは頭を抱える。これ以上面倒臭いことになって欲しくない。
「え~でも、顔は可愛い方だし、そんなに凄い魔法使いなんて、将来有望じゃない? アプローチかけてるの?」
サララはキョトンとなる。サララは絶賛彼氏(将来有望な)募集中の20歳。受付嬢はモテる職業でもあるのだからよりどりみどりではある。しかし冒険者とはむさい男ばかりで、見た目いい男は割合が少ない。
(は! そういえば、彼、かなり条件としてはいいのでは?!)
顔はそこまで悪くない。可愛いと言われれば確かにそうではある。背が低いのが難点ではあるが、お金に関してしっかりしている。性格がちょっとチャラいように見えるが、気むずかしいより付き合いやすい。
「そうよね! 言われてみればそうだわ!」
「サララ?」
「ちょっと年離れてるかな? 年上のお姉さんは嫌いかしら? ねえ、どう思う?」
突然女っ気を全面に押しだして来たサララに、身を引くミーヤ。
「いや、まあ、大丈夫なんじゃない?」
「そうよね! いきなり名前聞いてくるくらいだし! よし! これから頑張るわ!」
「頑張れ~…」
ミーヤは自分の席へと戻って行った。
(手遅れ気味な気はするけど黙っておこう)
今までのサーガに対するサララの態度。しかしサーガがそっちを喜ぶ性癖かもしれない。
ミーヤはなるようになるだろうと、仕事の続きに手を付けるのだった。
そしてサララの思惑は、借金背負ったサーガが自由に動けず、またしばらくギルドに来ないという事で瓦解することとなる。
「たっだいまー」
「お帰りなさいサーガさん…ん?」
サーガの声を聞きつけ、ずぶ濡れだろうとタオルを持って出迎えようとしたツナグが足を止める。
「雨降ってますよね?」
表を見るが、絶賛雨降り中である。
「降ってるけど? なんで?」
「なんで濡れてないんですか?」
まったく濡れていないサーガを見て不思議そうに首を傾げる。
「ああ、俺、風だから」
「風邪?」
そっちではない。
「え~と、風の精霊に好かれてて、水には濡れない体質なの」
「お風呂では濡れてましたよね?」
「ったり前だろ。でなきゃ体洗えねーじゃん」
微妙に理解できていないツナグの手に、小さな紙袋を手渡す。
「ほれ、土産。あの子と一緒に仲良く食えよ」
「え? あ、ありがとうございます…?」
去って行くサーガの背を見送りながら紙袋の中身を確認すると、色とりどりの綺麗な星屑のようなお菓子が入っていた。
「アオイさ~ん、大人しくしてた~?」
今日は客足も鈍いと、娼妓達も各々の部屋など好きな所で寛いでいたりする。アオイも自分の部屋で寛いでいた。
「この雨だもの。大人しくしてたわよ」
ふわあと大欠伸。客がいないと女達もだらしない。
「お、そんないい子にはご褒美です。ほれ」
サーガが小さな紙袋を放って寄越す。
「何よ?」
中には色とりどりの星屑のようなお菓子。
「何コレ…」
アオイの顔がちょっぴり嬉しそうになる。
「アオイさん好きそうだな~と思って。金も少し入ったし、買って来た」
「少し? 借金の返済に充てなさいよ」
照れ隠しか、言葉はきついが表情は柔らかい。
「だよね~。俺あと2、3回ギルドで依頼受けたら借金返済出来そうだわ」
「はああ?」
サーガの言葉に目を丸くするアオイ。
「え? 冒険者ってそんなに儲かるの?」
常に危険と隣合わせのきつい仕事と聞いていたが…。そんなに稼げるならばアオイもしようかなとチラリと考えてしまう。
いやその前に、サーガに借金を返済されてしまったらテッドリーの目を逸らすために雇ったのが無意味になってしまう。
「普通の人には無理だけどね。俺だから」
何しろ移動にかかる時間がともすれば普通の人の1/10。その分余計に依頼を受けられる。そしてその分余計に稼げるのだ。
「俺だからって。なにそれ?」
「え~と…」
素直に空を飛べるから。とも言えるわけもない。
「他の人にはない移動手段を持ってまして。その分他の人より多く依頼をこなせるのよ」
「他の人にはない移動手段?」
食いつかれた。
「詳しくは話せないよ~。冒険者が自分の手の内ベラベラ明かす訳にはいかないって。それより俺の冒険譚聞きたくない?」
そう言われると突っ込んで聞くわけにもいかない。
「まあいいわ。そういえば冒険者ってどんな事をするの?」
アオイにとっては縁遠い仕事なのでどんな事をするのか興味はある。
「ふふん。今日は依頼を3つ受けて、その一番始めの依頼がね…」
サーガが語り始めた。
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