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満華楼アオイ編

ぶっ潰してきました

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「あれ? サーガさん、出掛けてたんですか」

ツナグがサーガを見付け、声を掛けてくる。

「おう。お、昼飯? 美味そ」
「駄目ですよ。これはコムラサキ姉さんのです」
「ちぇ」

ツナグの運んでいるお膳に手を伸ばそうとして止められる。

「アオイさんは朝、食ってた?」
「え? ああ、ちょっと遅かったですけど、きちんと召し上がってましたよ」
「そ。昼は?」
「あいつが来るのは夕方頃だろうからって女将さんが。用意してあります」
「そ。あ、俺今日夜からもういなくなるから。その分アオイさんにあげて」
「え? どういうことですか?」
「そういうことです。あ、女将さんいる?」
「執務室にいましたよ」
「そ」
「あ、サーガさん」

それ以上何も言わず、さっさとサーガは執務室へと行ってしまった。

「相変わらず変な人だな」

ツナグがカートを押し、昼食を配る為に歩き出した。











ノックをし、返事も待たずに扉を開ける。

「女将さ~ん。行ってきたぜ~」

女将さんが顔を顰め、サーガを迎える。

「まさか、本当に行って来たのかい?」
「当たり前っしょーが」

サーガも何を言ってるんだと顔を顰める。

「まあ、口ではなんとでも言えるかね」
「証拠を出せってんだろ? そういうと思って持って来たぜ」

サーガが収納袋から何かを取り出し、床に放り投げた。

「!」

女将がそれを見てさすがに顔を青くした。
それは鍛えられた男の左腕。見覚えのある指輪がその指に光っている。

「まさか…、本当に…?」
「あとは適当に衛兵がなんとかしてくれんじゃね? 全部終わらせた後報せてきたから。今頃ガサ入れしてるでしょ」
「報せた? よく解放してくれたね」
「声だけ届けたから」
「は?」

意味が分からない。
もちろん事件などを報せた者は詳細を説明するために現場に残るものである。そしてそれは時間がかかるものであり、なかなか解放されないものである。

「いろいろ見て回ったら、なんか腹黒そうな書類とかいろいろあったから、適当に目に付く所にばらまいてきた」
「あ?」

まったくもって意味が分からない。

「それと、女将さん、これ、分かる?」

サーガが収納袋から小瓶を取り出し、机に置いた。中に薄ら赤い液体が入っている。

「なんだい?」
「倉庫らしき所に並んでた。それなりの数が揃ってた所を見ると…」
「? 媚薬の一種かね?」
「地下の座敷牢みたいな所に痩せこけた男が転がってたよ。俺の姿見たら近寄って来て「命の雫を」とか言って手を伸ばして来た」
「まさか…麻薬…?!」
「その可能性が高いかなと。俺は顔は知らんけど。楼主かもね。ありゃ完全中毒者だろうな」

姿が見えなくなって死んだかと噂されもしたが、死体が発見されたわけでもないので生死不明の状態だった。

「ああ、だけど、これが麻薬だっていうなら、いろいろ説明が付くね」

短期間でテッドリーに汲みする者が増えたこと。突然の仲間の寝返り。それらに説明が付く。

「というわけで、奴をきちんとぶっ潰してきたから、報酬」

サーガがさあ寄越せとばかりに手を伸ばす。
女将が溜息を吐き、苦笑いする。

「殺したのかい?」
「いや。命までは取ってない」
「そうかい。あたしも、耄碌したねぇ」

机にあったベルをリリンと鳴らすと、ツナグがやって来た。

「何か御用ですか女将さん」
「あの金から1千万用意してこいつに渡しておくれ」
「ええ?!」

ツナグが驚いてサーガと女将を交互に見る。

「きちんとした仕事の報酬だよ。別に脅されてるわけでもないから安心おし」
「どちらかというと俺の方が脅されてる方だけどね」

サーガがボソリと呟く。

「わ、分かりました…」

分かっていない顔をしつつも、ツナグが引っ込む。

「さて、数えるのも少し時間が掛かるだろう。昼は食ってくんだろ?」
「経費で差し引かない?」
「今回だけは奢ってやるさ」
「あれ、外、槍降ってない?」
「いらないのかい」
「いえ、頂きます」

サーガが軽く腰を折る。

「あんたにゃ世話になったね。どうだい、この際本格的に満華楼専属の用心棒でもやらないかい?」
「いんや。やめとく」
「それは残念だ」
「給料からいちいち経費ばっかり差し引かれるような仕事場はごめんだ」
「ここ専属になるなら宿代飯代は取らないよ。それでも?」
「ぐ…。いや、一所にいるのは性に合わないから…」

揺れた。

「そうかい。残念だが仕方ないね。これからは冒険者ギルドに指名依頼でも出すしかないか」

余程サーガが気に入ったらしい。

「それじゃ、飯食ったら行くわ。あ、アオイさんには挨拶しとくか」
「ああ、すぐに行くなら、あの子に「今後の身の振り方を考えな」って伝えておいておくれ」
「分かった」
「それと、これも持って行っておくれ」

床に転がる腕を指す。

「生ゴミで捨てたら?」
「処分料も払おうじゃないか」
「仕方ないな~。適当に森にでも捨てとくよ」

今頃なくなっているテッドリーの腕を衛兵の人が探し回っているかもしれない。

それじゃと手を振って、すぐにサーガは出ていった。
残された女将さんは両手を組んで、そこに顎を乗せて溜息を吐く。

「あたしがあと100年若けりゃ、誘惑でもして縛り付けられるのかもだけど…」

女将さん、いくつ?

「アオイももううちの子じゃなくなっちまったし。や~れやれ。金は掛かるが仕方ないかね」

女将さんにしては珍しく、柔らかな笑みを零した。














サーガが部屋を出て行って大分経った後、アオイはのそりと起き上がる。

(さすがにそろそろ仕度始めなきゃ…)

ふと見ればテーブルの上に朝食が乗っている。サーガが置いていってくれたのだろうか。

(あいつ、つまんでいったわね)

明らかに何かがあった跡がある。自分の分がちゃんとあるはずなのにがめつい奴である。しかしよく見るとアオイの苦手な野菜が姿を消している。
苦笑いしつつ、朝食を終える。アカネを呼んで下げてもらうついでに湯浴みの用意をしてもらう。
下の浴場を使うこともあるが、アオイの部屋から遠いこともあり、女性なりの理由などがあると部屋で湯浴みすることも少なくない。

さっぱりした後は服選びだ。まずは下着から。
どうせ結局脱がされる物だけれども、男は扇情的な下着を身につけると喜ぶものだ。アオイは持っている中でもかなりきわどいものを身に付けた。そして次は服選び。
オフショルダーの薄青いワンピースを選んだ。アオイの髪や目の色と似ているので、一番客受けが良い。アオイもそこそこお気に入りのものだ。
さて、化粧に気合いを入れるかと意気込んだ所で、昼食の合図があった。

(さっき食べたばっかだけど…)

それに用意されていないかもしれないと鏡台に向かったが、コンコンと扉をノックする音。扉を開ければツナグがアオイ用の昼食を持って立っていた。
礼を言って受け取り、テーブルに置く。見ればアオイが好きなものばかりが並んでいる。

(最後の晩餐…か)

女将が気にかけてくれたのだろう。テッドリーの所へ行ったらまともに食事を取れるかも分からない。

(化粧する前で良かった…)

零れそうになる涙を抑えつつ、アオイは全部食べきった。

(う、ちょっとお腹きついかも…)

食べ過ぎたかもしれない。
さて気を取り直して化粧をするぞ、と改めて鏡台に向かう。するとそこへ、

「アオイさ~ん。起きてる~?」

ノックもせずにサーガが部屋に入ってきた。

「バカ! ノックくらいしなさいよ! 着替えてたらどうするのよ!」
「それは嬉しい事故です」
「アホか!」

何か投げつけたかったが、近くに投げて良いものも見つからず、アオイは溜息を漏らす。

「まったく。そんなことしてたら借金加算されるわよ!」
「え? 俺借金なんてしてませんけど?」
「あ…」

そうだ。自分から全部話したのだった。いまさら思い出すアオイ。

「それにアオイさん今はもうこの楼閣の娼妓でもないでしょ? 見ても女将に請求される筋合いはないも~ん」

確かにそうである。自分はもうこの店の者ではない。
それを改めて自覚させられ、気持ちが沈んでいくアオイ。折角気合いを入れて化粧をしようとしていたのに、気持ちが萎える。

「それに、俺があいつぶっ潰して来ちゃったから、アオイさん引き取り手もいなくなって、今は自由の身よ? 女将がこれからの身の振り方を考えろってさ」

少し時間を置いてから、

「…え?」

なんだかよく分からないことを言われ、アオイが聞き返す。

「あいつをぶっ潰す? 何言ってるの?」
「言葉通り、ぶっ潰してきました」

いつものにっかり笑顔で答えるサーガ。

「もうあいつに女の子の相手をすることはできねーよ」

サーガの笑顔に薄暗いものを感じ、少し背筋が寒くなる。

「え、いや、あの、ちゃんと説明して?」

訳が分からず混乱気味のアオイに、サーガがこの部屋を出てからの事を詳しく説明し始めた。
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