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辺境の村ファーレ編

夜襲

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サーガが村に来て5日経った。
不思議な事にサーガが来た日からルペンサーは全く現われなくなった。その原因がサーガにあるのか、はたまた塒を変えてしまったからなのか、村人には判別出来ない。
その間サーガはフラフラしていた。

初日から欠伸をかみ殺し、村人から話しを聞くでもない。朝は誰よりも遅く起きてきて固いパンと冷めた野菜くずのスープという朝食を食べ、そのまま村をふらついたり山や森へ入って行ったりする姿が見られた。昼食時もちゃんと戻って来て、朝とあまり変わり映えしない昼食を取り、また山や森へフラフラ入っていく。その様子がルペンサーをしっかり探しているようには見えなかった。そして夕食時もきちんと帰って来て、やっぱり朝食と然程変わらない食事を食べ、そしてそのまま寝てしまう。見回りに立ったのも初日だけで、あとは朝までグースカであった。

2日目に少し大きな鹿を狩って来た。この村の猟師も高齢で近頃はあまり肉を食べられていなかったと村人は喜んだが、それだけ。その後は何を狩ってくるでもなくフラフラとしている。
ファーレとしては野菜くずのスープにお肉の欠片が入るようになって嬉しかったのだが。

「ルペンサーは塒を変えたんじゃないかい? だったら冒険者に頼まなくても良いんじゃないかね?」

冒険者に頼むと言うことは余計な出費が嵩むということだ。頼まなくて済むならばその方が有り難い。

「今からでも取り消してもらった方が良いんじゃないかい?」

村のおば様達がそんなことを話し出す。ギルドに出した依頼料は村の皆から集めたものなので、キャンセルすれば全額とは言わずともお金が返ってくる。ただでさえ貧しい村なのだから、現金は貴重だ。
フラフラして飲み食いしてグースカ寝ているだけのサーガに、だんだん村中の目が厳しい物へと変わっていく。
ファーレとしてはせっかく来てもらったのにとも思うが、ルペンサーの被害もなくなりその姿も見られなくなったのでどうしようもない。サーガだってルペンサーがいなければ狩ることも出来ないだろう。

7日目にはサーガに出ていってもらったらどうだという声が高まった。

「そうだな。これ以上いてもらってもルペンサーも現われんようだし、冒険者さんも忙しいだろう」

とおじいちゃんである村長もそれに同意し、ファーレもどうしようもできなかった。
その日の夕食時に、サーガにこれ以上いても何もならないだろうと話しを切り出す。

「ルペンサーも出てこんようになってしもうたし、これ以上あんたにいてもらう義理もない。明日にはここを出ていってもらいたいんじゃが」

食料もそこまで余裕があるわけではない。サーガの分を用意するのも備蓄する分から捻出しているのである。

「あん? 依頼をキャンセルするってこと? まあ、しゃーねーか。ルペンサーも出てこねーみたいだし」

ファーレはほっとした。サーガが怒っても無理はないと思っていたのだ。

「まあでも、あと3日だけ置いといてくれないか? 3日経ったら必ず出ていくから」
「3日? 何かあるのかね?」
「それは3日後のお楽しみ」

サーガは詳しいことは何も話さず、食べ終わるとさっさと部屋に入って行ってしまった。

「なんで3日なんだろうね? おじいちゃん」
「さあね。わしに冒険者の考える事など分からんよ」

2人もさっさと食べ終えて、部屋に入って眠りに就いた。
ファーレは1つだけ疑問に思っていた事があった。何故毎日サーガの体から温泉に入った後の臭いがするのだろうかと。この村から温泉までは歩いて半日はかかる。朝昼晩ときちんと食事を取っている事から、温泉まで行く暇はないはずなのであるが…。










約束の3日目。

「明日には出ていくから」

と当然のように昼食を食べながらサーガが言った。すでに村中の視線はサーガに対して冷たいものになっている。3日前にまた鹿を捕って来てくれたので、その時だけ少し和らいではいたが。

「んでさ、ちょっと大事な事を話したいからさ、村の大人達に夜寝ないで待っててくれって言っといてくれない?」
「話したいこと? 今話せば良いんじゃないのかね?」
「夜じゃないと分からない事があるんだよ」

お爺さんとファーレが首を傾げる。

「じゃあ、広場に集まっておけばいいのかな?」
「いんや、外にいると寒いだろ。俺が迎えに行くまで家で、出来れば明かりは点けないで待機しててくれって言っといて」

お爺さんとファーレがまた首を傾げる。なんともおかしなことを言うものである。
村の皆には一応伝えておいたが「なんで夜に明かりも点けずに?」と皆首を傾げた。しかし燃料も勿体ないから点けなくてもいいなら別に良いかと皆納得する。サーガがランタンを持っていることはファーレから聞いて皆知っていた。

そして陽が暮れて夜が来る。
今さら大事な話というのも気になり、村中のほとんどの大人は大人しく起きて待っていた。一部は気にせずにさっさと寝てしまっている。

「遅いねぇ。明日も早いのに、一体何だってんだろうね」

そんな事誰かがを呟き始めた頃。
村の一番山に近い家、カイザとリッツェ夫妻の家に静かに近づく影があった。その影は魔法で扉の鍵をこじ開け、静かに家の中に入っていく。

「? 何だ? 物音? サーガ君か?」

物音に気付いたカイザが様子を見に立ち上がる。と、廊下にサーガとは背丈が全く違う、見たことのない男が立っていた。

「?! 何故起きて…!」
「?! 誰だ?!」

お互いにお互いを見てびっくりして声を上げる。
カイザはその後ろに仄かに明かりが灯った事に気付いた。そして見知らぬ男が肩を叩かれ、背後を振り向く。

「ばあ…」
「うっぎゃああああ!!」

ランタンを下から照らしおかしな顔をすれば、はい、ちょっと怖い顔の出来上がり。驚いた男が叫び声を上げ、思わず尻餅をつく。

「はい。三人目」

サーガがその男の顎を蹴り上げ、男が昏倒する。

「な?」

訳が分からず困惑するカイザ。様子を見に来たリッツェもそれらを見てぽかんとなる。

「はいはい、ぼーっとしてる暇はないよ。これ持って。次はトエドの家に行ってね」

そう言うとサーガがランタンをカイザに押しつけ、男を引き摺って外へと出て行った。

「な、なんなんだ? 一体…」
「トエドの家に行けって…。行くの? あなた」
「まあ、行くしかない気もする」

何が起きているのか分からない。それを知るためにもトエドの家へ行くしかない。カイザとリッツェは手を繋ぎ、トエドの家へと急いだ。

「カイザか」
「トエドか」

明かりを持っていることから、向こうもこちらに気付いたようだ。

「何が起きてるんだ? 変な男が入って来たと思ったら、あの冒険者の少年が来て…」
「うちもそうだ。それで次はトエドの家に行けって」
「俺はアッシュの家に行けって言われたぞ」

その後ろからトエドの奥さんと子供達も出て来た。子供達は無理矢理起こされたようだ。
皆で小さなランタンを頼りに、アッシュの家に向かう。

「俺はレジーの家に行けって…」

レジーの家へと皆で向かう。

「うちはコンゴの家に行けって…」

そうやって村の皆を引き連れながら、各家々を巡っていく。ファーレの家にもそれが来た。ファーレは最初から起きていたのであったが、団子状態で村を歩くことにびっくりだ。
しかし皆ここまで来ると何が起こっているのか知らないでいるわけにもいかない。一塊になって移動し、とうとう最後のジャンの家までやって来る。

「俺は皆集まったら広場に来いって…」

結局広場に集まるのかよと皆心の中でツッコみつつ、広場へと向かう。

「お、お疲れさん。全部片付いたぜ」

ランタンを掲げて広場を見れば、見知らぬ男達が縄で縛られ転がされている。
丁度サーガが全員縛り終えた所らしかった。

「こ、これは、一体、なんなんだ?」

ランタンを任されたカイザが問いかける。

「向こうの山のちょっと陰になった所に洞窟があってね。そこに居着いたらしい盗賊さん達です」

盗賊と聞いて村人達が顔を青くする。小さな村だ。襲われたらひとたまりもない。

「たまたま山を巡ってたら塒を見つけちまったんだよね。で、偶然襲撃日を聞いちゃってさ」
「な、なんでもっと早く退治してくれなかったんだ!」
「ええ~? 1対21だよ? 真正面から行って敵うと思う?」

口を出した村人が黙り込んだ。

「襲撃してくれりゃばらけてくれると思ったからさ。個別だったらいけるだろうと思って。皆さんにはご協力頂きました」
「協力って…。せめて一言話してくれたら…」
「話したら皆パニックになってたんじゃね? 落ちついて待っていられたか?」

やっぱり黙り込んだ。

「下手なことしてこいつらが来なかったら何時までも片付かないだろ? だからまあ、いつも通りに暗くして静かに待っててもらったわけさ。一応二次被害を防ぐためと説明するんで集まってもらったんだけど、全員無事捕まえられたし、もう大丈夫。では皆様お疲れ様。家へ戻ってお休みなさい」
「全員捕まえたのかい?」

カイザが聞いて来る。

「ああ。21人全員捕まえたぜ」

それを聞いて皆ほっとした顔になる。

「ほれほれ、明日も早いんだろ? 子供達も眠そうな顔してるし、早く帰ってベッドに潜りな。こいつらは夜が明けたら俺が街まで連行して行くから」

サーガがさっさと行けとばかりに手を振る。確かに子供達は無理矢理起こされたので眠そうだった。
盗賊達もしっかり縛られ身動き出来なくなっているようなので、皆安心して家へと戻っていった。
ファーレだけはサーガに近づく。

「サーガは? 戻るんでしょう?」

男達を一纏めにしてもう一度縛り上げていたサーガに声をかける。

「ああ。俺はもう一つ仕事が残ってるから。先に戻って休んでな」
「え? まさか、まだいるの?」
「もういねーよ。ちょっと、洞窟に用がな」
「え? でも、洞窟って山の向こうなんでしょう?」
「そ。でも大丈夫。俺は魔法が使えるから。ほれ、子供はさっさと帰って寝ろ」

男達を縛り上げ、ファーレの頭にぽんと手を置く。

「これ持ってけば怖くないだろ?」

カイザから返してもらっていたランタンをファーレに手渡す。その明るさにファーレの顔も明るくなった。

「分かった。お仕事終わったら、ちゃんと帰って来てね」
「当たり前よ。そのランタンは俺のだからね」

サーガがにかっと笑って暗闇へと姿を消していった。
ファーレはランタンの明かりを掲げながら、自分の家へと戻って行った。
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