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白焔パーティー編

歴史

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今から5000年程も前の話だという。ほとんど神話や伝説の類いとなってしまっている話しだ。
その時代に現われた魔王が、歴代でも最強と称される魔王であった。魔王は人族の土地を欲し、軍団を連れて攻め入ってきた。
まだ帝国や獣王国が出来る前の時代。その頃は今とは少し違う国が栄えていたらしい。
魔族に攻め入られた西側の国々は徐々に落とされていき、今の獣王国がある場所はほぼ魔族に占領されたという。
帝国と王国の間にある山脈が魔族軍を2つに分裂させ、帝国側の方はなんとか凌いでいた。
魔族軍は魔王の力を持って今の王国の辺りまで攻め込んで来た。ここを攻め込まれたら今帝国側で凌いでいる人族の軍勢が挟み撃ちにあってしまう。これ以上は進ませてはならないと、人族側も抵抗を続けていた。
そしてここからは人族、亜人族を排した人族に伝わる伝説となる。人族の中から勇者と呼ばれる者が聖剣を神から賜り、魔王を退治したという。魔王が倒されたことにより魔族の軍勢も勢いを失い、急速に後退して行き、ついには人族の土地を取り返したという。
それが人族至上主義の国に伝わる伝説。

そしてここからは亜人を含めた人族に伝わる伝説。
その時代、神の腕を持つと言われた最高位のドワーフがいた。そのドワーフがアダマンタイトという希少金属で一振りの剣を作り上げた。それをとある勇気ある只人の1人に手渡したのが旅の始まりだったという。
魔王を倒す為に旅に出たその2人は、エルフの一族の中から一番魔法と弓の腕に長けた者を。獣人の中から一番強い者を。そして今は絶えてしまった巨人族の中からも一番強い者を伴い、魔王討伐に赴いた。
人族の軍勢にも手を借り、魔王と対峙した5人。巨人族は盾に。はしっこい獣人族が陽動。エルフとドワーフが後方支援。そして只人の剣を持って魔王に致命的な一撃を与えたという。
その後の展開は同じもので、魔王を失った魔族軍は後退し、この大陸から去って行ったのだった。

「過程は違くとも結末は同じなわけね」
「そういうこと。時代が進むにつれて亜人差別が出て来て、話しが分裂したんだって。あたしは亜人含む人類の話しの方が好きだけど」
「俺も神様云々よりその方が好きだな」

現実味がある。

「で、その伝説の勇者の剣ていうのが、未だに聖教国にあるんだって」
「へえ~。それは1度見てみたいな」

神の腕と称されたドワーフの作った剣、となれば興味が湧く。いや、国的に神から賜った剣か。なんにしても凄い剣には違いない。

「それがね、聖なる丘って所に刺さってるんだって。で、剣に認められないとそれを抜くことが出来ないんだって。で、今また魔族の方で魔王が誕生したって話しが出て来てて、それに対抗するために勇者を募ってるんだって」
「勇者って応募するものなんだ…」
「腕の立つ者達が集まって、剣を引き抜こうと必死になってるってさ。魔族が攻めてくるって決まったわけじゃないのにね。備えあればってことなのかしら」

ここ数百年は魔族からの侵攻もない。それどころか獣王国と貿易を行っていると聞く。帝国とはいまだ交流はないそうであるが。

「そういうことなんだろうな。聖教国か~。お堅そうだから行くのやだなと思ってたけど、その剣だけ見に行ってみようかな~?」
「サーガも剣を抜くのやるの?」

アオイが面白そうに問いかける。

「やってみても良いけど、俺が抜けるわけないっしょ。勇者なんて頼まれてもやりたくねーよ」
「あら、勇者になればそれなりの特権とかあるらしいわよ」
「それはちょっと魅力的だけど、そんなものに縛られるなら適当に冒険者やってフラフラしてる方が良いよ」
「サーガらしいわね。で、王都からはいつ頃帰ってくるの?」
「さあ~。そのまま獣王国とか行ってみても面白そうだな~とは思ってるし、帝国とやらも覗いて見たいし、分かんね」
「もう!」

べしっとサーガの頬を両手で挟む。

「あたしも旅商人として付いて行こうかな~…」
「やめた方が良いよ! 女性にはきつい旅になると思うよ!」

何故かサーガが慌てて否定する。

「何よ。そんなにあたしのことが嫌なわけ?」

挟んだ頬をグリグリと押し回す。

「そ、そうでぇはぬわいけでょも…」
「誰か他に、気になる人でもいるの?」

アオイが寂しそうな目をして聞いて来る。

「そ、そんなのいねぇ…」

途端に、何故か燃えるような赤い色が脳裏に浮かんだ。同時に頭がズキリと痛くなる。

「つ…」

サーガが頭を押さえたのを見て、アオイが慌てる。

「ど、どうしたの?!」
「いや…。時々痛むんだ…。分かんねえけど…」

すぐに痛みは治まる。

「そういえば、記憶喪失の人が記憶を思い出そうとすると頭痛がするって聞いた事あるけど…」
「あ~、じゃあこれその痛みなのかね?」

けろりとした顔でサーガが聞いて来る。

「もしかして、記憶を無くす前に、大事な人がいた、とか?」
「まさかぁ。俺が1人の女性に捕らわれるなんてありえないっしょ」
「ありえてよ。馬鹿」

アオイのチョップがサーガの額に決まる。

「痛い」
「もう! あたしのこと忘れられないようにしてやるんだから!」
「え? アオイさん? ちょっと?」










扉がノックされた。
すでに眼を覚ましていたサーガがとりあえず下だけ身に付け、扉に向かう。朝食を持って来てくれたのだろう。

「う~い。ご苦労さん…」

扉を開けて、目の前の人物を目にして固まる。

「サーガさん。お久しぶりですね。これ朝食です」

出会った頃はかなり下だった視線が、ここ数日の間に少し近くなっている。

「ツナグ…。なんか、成長してない?」
「ああ。遅れて成長期が来たみたいです。良い物食べさせてもらってるし、夜もよく眠れているし。近頃体の節々が痛くてたまらないですよ」

とツナグが苦笑いする。

「するな」

サーガが低い声で呟く。

「成長なんてするな! お前は小さいままで十分なんだよ!」
「何言ってるんですか。体の成長を勝手に止められるわけないでしょう」
「俺より大きくなるなんて許さない!」
「アホ言ってないでさっさと朝食受け取りなさいよ」

アオイのチョップが後頭部に決まった。

「痛い」

アオイは布団を体に巻き付けているので朝食を受け取れない。サーガが苦々しい顔をして朝食を受け取った。

「俺より大きくなったら末代まで恨んでやる」
「サーガさん。背丈だけじゃなくて器も小さいんですね」
「小さくねー!」
「さっさとせんか馬鹿!」

おまけにチョップをくらい、サーガはすごすごと朝食をテーブルに運んだ。アオイはツナグに礼を言って扉を閉めた。

「今日1日あたしと過ごす?」

朝食を食べながらアオイが聞いて来る。目を見れば冗談で言っているわけではない事が分かった。
サーガは背筋が少し寒くなる。

「いや、さすがに買い出しとか行かないと」

王都までおよそ1週間。その間の食事やらなんやら用意せねばならない。

「なあんだ」

つまらなそうにアオイがパンを口に運ぶ。
サーガは気付かれないようにほっと胸をなで下ろしていた。













アオイも暇なので通常業務に戻るという。サーガも仕度を整え、名残惜しむアオイを「今晩も泊まるから」と約束して部屋を出る。そうでも言わないと放してくれそうにもなかった。

「おう。ツナグ」
「サーガさん。お出かけですか」
「なんでまた帰ってくるような事言われるかな…」

客に対する対応ではないと思う。

「お前に聞きたい事あったんだわ」
「なんですか?」
「実家は取り戻したいとか、思ってるわけ?」

ツナグがギクリとした顔になる。

「何を知ってるんですか…」
「ちょっとした事件でな。ちょっとした商家を調べることがあって。そこでお前の名前を見付けた」
「・・・・・・」

ツナグが黙り込む。

「大分まずい事になってるぞ。お前の元実家。戻りたいとか思ってるわけ?」
「いえ。今はもう」

視線を落としたまま、ツナグが答える。

「今僕が帰っても力不足で、結局店を潰してしまうと思うんです。それならいっそここで修行して、新しく店を立ち上げた方が良いかなと。代々店を繋いできた父や祖父には申し訳ないですけど」
「そか」

ヤク―の村騒動の時、薬草の取引から手を引いたのがツナグの元実家、シリウス商会だった。
先代、つまりツナグの父が店を引き継いだ時はまだ活力のある商会だったのだが、ツナグが10歳の時に事故で両親が死んでしまう。その後後継人としてやって来た叔父夫婦に、ほぼ乗っ取られた形となった。
叔父夫婦にも息子がおり、その息子に店を継がせたい2人はツナグが邪魔になる。命の危険を感じたツナグは着の身着のまま家を飛び出したのだった。
そしてスラムに流れ着いたのだ。
ツナグの父と違い商才のなかった叔父夫婦は、店の金で散財しまくり、とうとう店は左前になって来てしまったのだ。サーガの調べでは潰れるのも時間の問題かと思われた。

「お前がいいなら別にいいか」
「1つ、父から譲り受けるはずだったエメラルドのブローチさえ持って来られたらと思ってます」
「エメラルドのブローチ?」
「あの店を立ち上げた初代が大切にしていた物で、それほど価値のある物でもありませんけど、なんとなく代々受け継ぐ物になってました。僕も店を継いだらあれを受け継げるのだと…。でも家を出るときそんな余裕がなかったので…」
「ふ~ん。幾ら出す?」
「え?」

ツナグが驚いて顔を上げる。

「依頼だろ? 今持ってる有り金全部寄越せ。盗って来てやる」
「え、でも、盗みは犯罪ですよ?」
「俺に今さらそんなもの怖くない」

すでにいろいろやらかしている。

「で、でも…」
「やるのかやらんのか」

やるのはサーガだ。
しばしの逡巡の後、ツナグが声を絞り出す。

「さ、3万しかありませんけど…」
「仕方ねーな。知り合い価格ってことにしてやる」

ツナグに走って金を取ってこさせる。

「毎度」

それを受け取り、ブローチの特徴などを細かく聞くとサーガは満華楼を出て行った。
ツナグは信じられない顔でそれを見送ったのだった。
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