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白焔パーティー編

土砂崩れ

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雨は降り続いていた。
進まないわけにも行かない。サーガ達一行は朝ご飯を軽く済ませ、再びメイジスが手綱を握る。
結界が解かれると馬達はずぶ濡れになりながらも馬車を引いて動き出す。
ゴトゴト揺れる馬車の中、サーガ達もなんとなく無言になりながら周囲の警戒を続けていた。
サーガが何か気に触ったのか、鼻をフンフンと動かして何か匂いを嗅いでいる。

「なんか、臭わねえか?」

近くのジャッカスやフィリップも鼻でフンフンと臭いを嗅ぐ。

「そういえば、なんだか焦げ臭いような臭いがするような…」
「だよな」

ジャッカスの言葉にサーガの顔が険しくなる。
サーガだけでなく普通の人間にも嗅げる臭い濃度となっているならば、非常にまずい。

「オックスさん、馬車を止めろ」
「? どうしたんだい?」

メイジスが素直に馬車を止めた。

「臭いがしねえか?」
「臭い?」

女性陣もつられて臭いを嗅ぐ。

「なんか、焦げ臭いような…」
「土臭い?」
「なんでしょうか?」

オックスも首を捻る。

「なんでこんな場所でしかも雨が降っているのに焦げ臭いんだろう?」
「聞いた事があります」

メイジスがフンフンと臭いを嗅ぎながらその問いに答える。

「土砂崩れが起きる前兆で、焦げ臭く感じる事があると」
「それだ!」

サーガが指を鳴らす。

「なんか嫌な感じがしてたんだ。土砂崩れか…」
「だったら早く馬車を走らせて避難しないと…」

オックスが馬を走らせようとするが、

「何処が崩れるのか分からない以上、無闇に走らせてもただ巻き込まれるだけだぜ」

右手にはなだらかではあるが谷に続く斜面。左手は少し急な上り斜面。臭いの発生源が雨のせいもあってか特定できない。

「リラ、あんた土魔法使えたよな? 馬車を囲むように土の壁作れるか?」

サーガが指示を出し始める。

「出来る。囲めば良い?」
「出来るならこう、山に向かって船の舳先みたいに尖ってる感じがいい」
「分かった」

リラが集中し始める。

「ここは少し道幅も広いし、ここで少し待とう。何事もなければそれでいいし、巻き込まれるにしても体勢を整えておけば少しはなんとかなる」
「いやいや、魔法で壁を作って防げるものなのか? 早く通り過ぎてしまった方が良くないか?」

ジャッカスが苦言を呈する。

「移動中に襲われたら俺でも対処出来ない。でも待機してればそれなりの対処は出来る。ま、最終的にはオックスさんに判断を任せるが」

全員がオックスを見た。

「サーガ君の指示に従おう」

オックスが頷いた。
サーガも頷き返す。

「馬達もできるだけ馬車に寄せてくれ。オックスさん達も中に入って。守る範囲が狭いほど守りやすい。リラ、壁は出来るか?」
「グランドシールド!」

丁度用意が出来たのか、リラが呪文を唱える。すると山に向かって船の舳先のような土壁がせり上がった。

「よし。もう2、3枚よろしく」
「分かった。グランドシールド!」

少し間を開け、同じような壁が新たに2枚現われた。リラがふらついて床に手を付く。

「大丈夫ですか?」

エミリーがその肩を支える。

「ん。大きいの作ったから、ちょっと疲れた」
「魔力も大分削がれてますね。少し横になっていて下さい」
「でも…」
「いいから寝とけ。あとは俺がやっとくから」

サーガがにっかりリラに笑いかける。

「分かった…」

リラが大人しく体を横たえた。

「サーガ君…。しかし、君、どうするつもりだい?」

ジャッカスが心配そうに聞いて来る。サーガはどう見ても軽量級の戦士でしかない。フィリップのような重量級の戦士であるならばともかくである。

「俺は風だから。まあ待っとけや。言っとくが、馬車からは出るなよ」

そういうと身軽に馬車を降り、リラの作った高い土壁の上へとヒラリと飛び乗った。

「どうやったら飛び乗れるのよ…」

その跳躍力に口を開けるカリン。

「あの身軽さは羨ましいな」

フィリップも驚いて口を開ける。
そしてやはり雨はサーガを避けているようだった。

「なんか、聞こえない?」

狩人のカリンはやはり一番感覚が鋭いのか、その音を聞いた。何かブチブチと切れる音。

「え? 音?」

兜を被っているので聞こえにくいのか、フィリップが耳を澄ます。

「確かに、何かブチブチと音がするな…」

ジャッカスも辺りを見回す。

「これも土砂崩れの前兆です。木の根が切れる音がするのだそうです」

メイジスが大きな体を縮こませ、震えている。

「サーガ君を信じよう」

オックスがサーガがいるだろう場所を見上げた。
そのとき、ずずず…と何か重い物が動く音がし始めた。











「ち、どんぴしゃかい」

壁の上で様子を見守っていたサーガが舌打ちする。
若干本流?からは逸れているものの、どうしても被害を被ってしまう場所にいた。
サーガが風を集め、土壁の前に風の壁を作る。土壁はサーガの力がもしも及ばなかった時のための保険だ。なにせ風の性質のサーガは地系の力に弱い。

「まあ、本家でなけりゃなんとかなるだろうけど。ん? 本家ってなんだっけ?」

訳の分からないことを口走りながら、サーガは構える。そして、大量の土砂が襲いかかってきた。











「どうなってるのかしら…?」

ドオオオオオオ

と山が唸るような音が響いているものの、馬車には何もない。ただ馬達は酷く怯えているようなので、オックスとメイジスが一生懸命宥めている。

「見ろ。馬車の上…」

見上げたジャッカスの言葉に、カリンも馬車の中から外を見上げた。

「嘘…」

薄い土砂の屋根が出来ている。というか流れている。

「まさか…、風の結界でこんなことまで出来るものなのか…?」

フィリップも同じように見上げ、驚いている。

「私も見たい…」
「分かりました。手を貸します」

リラも様子を見たいとふらつきながらも体を起こす。エミリーとカリンが手伝い、外の様子を見られるように端へと連れて行った。
土砂が馬車の上空を流れて行く。その様子にエミリーも目を見開く。
リラもポカンと空を見上げていた。

「どれだけの力があれば…、こんなこと…」

一斉に土や石や木などが流れてくる土砂崩れ。その重さなど考えたくもない。ただの風の結界であればすぐに脆く崩れてしまい、土砂に飲み込まれてしまうだろう。
例えリラの土壁があったとしても、それもどこまで持つものかとリラも考えていた。しかし、これならば…。

「彼は…人じゃない…」

リラのその呟きは山の唸るような音の中に消えた。
長く感じたその時間。しかし土砂も何時までも流れているわけではない。
次第に土砂の屋根は消えて行き、山が唸るような音も消えていった。
もう収まったかと思えたのだが、サーガがなかなか帰ってこない。
身軽なカリンが馬車の周りを確認しに行くことになった。何かあったらすぐに帰ってくることを何度も言いつける。
カリンがカッパを着て馬車を降り、周りを歩く。雨はまだ降り続いている。周りは土壁に囲まれているが、馬車の右側まではその壁はない。

「すご…」

馬車の右側に回り、その土砂を見てカリンの口から言葉が滑り出す。その土砂の量たるや、何もしなければきっと自分達は今頃あの土砂の下に埋もれてしまっていたのだろうと思う。
ぶるっと身震いし、ぐるっと馬車を周り、反対側に出る。馬車の左側にはリラの作った高い土壁。それが3重に張られているはずだ。

「! サーガ君!」

一番内側の壁の上で、サーガが俯せに倒れていた。











フィリップの力を借りて壁の上に上ったカリンが、サーガの体を下に落とす。それをフィリップが受け取った。ジャッカスにサーガを託し、ついでに飛び降りて来たカリンの体も受け止める。
急いで馬車に運ばれたサーガ。青い顔をしているが生きてはいるようだった。

「多分魔力切れでしょう」

とのエミリーの診断。サーガの上半身を支え、魔力ポーションをサーガの口に運んだ。しかし飲む力も残っていないのか、ダラダラと口の横から流れてしまう。

「私が口移しで…」
「いや俺がしよう」

リラとジャッカスが下心と責任感でその役目を奪い合う。その小競り合いを横目に、エミリーがさっさと口に含んでサーガに飲ませてしまう。

「あーー!」

何故リラが悲鳴を上げる。

「!」

何故かエミリーが慌ててサーガから口を離して、自分の口を押さえる。ナニかあったのかしら?

「美女の口づけは美味い…」

目を閉じながらそう呟いたサーガ。直後、エミリーが手を放したのでその頭は床へと自由落下した。

ゴチン

「いでえ!」

後頭部を押さえて痛がるサーガ。しかしエミリーはそっぽを向いている。ナニしやがった。

「いい気味です」
「お礼をしようとしただけなのに…」

ナニが?

「どうしたの? エミリー?」

カリンがきょとんとしている。しかし聞かれたエミリーは少し顔を赤くして、

「なんでもないです」

と顰め面。
カリンは首を傾げるばかり。

「サーガ。私ならいくらでも」
「やめて来ないで」

何故カリンは分かっていないのにリラは分かっているのか。

「ちょっとお二人さん、止めてよこの子」

サーガがジャッカスとフィリップに助けを求める。
しかし男性陣の目つきも少し怒ったような感じになっている。

「時には少し痛い目を見てもいいと思う」
「うん。激しく同意する」

ジャッカスとフィリップが頷き合っている。

「許可は下りた。サーガ、さあ私と睦み合おう」
「ちょっとぉ?! こんな所でナニ言い出すのこの子ぉ?! て止めてよぉ!」

まだ魔力が回復仕切れていないサーガがリラに組み敷かれ出す。

「と、止めないと…」
「いいんです。さ、カリン。私達はあちらに行ってましょう。すぐに終わるでしょう」
「そうしよう」
「そうしよう」

リラとサーガを放って、オックス達の方へと移動する。
オックスとメイジスも空気を読んで、そっぽを向く。リラを止めようとはしなかった。

「いや止めようよ?! って、本気で脱ぎ出すなぁ!!」

服を脱ぎ始めるリラを、必死でサーガが食い止めていた。
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