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獣王国へ編

押しつけ嫁

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結果から言えばサーガの圧勝であった。
ブッキンシュとは違い良い反応を見せたものの、やはりサーガの速さについていけずにノックダウン。ただし、股間を蹴ることはしなかった。
まあ、チビとは言わなかったし。

「わはは! 世界は広いな! この我が手も足も出ずに負けるとは!」

ライオネルに気に入られ、屋敷に泊まっていけと言われたサーガ。お言葉に甘えて(宿代も浮くので)泊まらせてもらうことになった。

「して、どんな女が好みか?」

夕飯まではまだ時間があると、応接室で談笑していた時だ。

「美人で胸のでかい女」

サーガは即答した。とても真面目な顔で。

「なるほど。では、チュチュラ、ディアナ、サラーマ、ミューミィを連れて来い」
「は」

後ろに控えていた執事風の獣人が一礼して去って行った。
なんだかサーガは嫌な予感がした。

「我はこの街の管理を任されている。故に我が身を差し出す事は出来ん。代わりに我が嫁を差し出す事にする」
「いやいやいや! いらん!」
「そんなことを言われても、獣人の間では暗黙のルールであって…」
「金! 金でいいから!」
「そんな安いもので取引など…」
「安くないから!」

必死に現物支給を押し止めようとしていたサーガの前に、4人の獣人の女が連れられてきた。いずれも美人で胸がでかい。

「あー! さっきのちっさい子!」

先頭の少し小さい女がはしゃいだ声を上げる。

「カワイイね。抱きしめたいアル」

2番目に入って来た茶色い髪の女がサーガに熱い視線を向ける。

「はふう…」

3番目に入って来た女もモジモジしながらサーガを見つめる。

「悪くはないけど、あっちはどうなのかしら?」

最後に入って来た他の3人より妖艶な女もサーガを見つめる。
サーガの顔は青ざめる。

「このサーガの嫁になってもいいと思う者はいるか?」
「はいはーい。私立候補するアル」
「わ、私…も」

2番目と3番目の女が手を上げた。

「私は大きい旦那様の方がいいかな~?」
「私も」

1番目と4番目はライオネルがいいようだ。

「ディアナとサラーマだ。ということで、どうだ?」
「いらーーーん!!」

サーガが叫ぶ。

「そんなこと言わないで。私、君に惚れたアル」

ディアナがするっとサーガの側に擦り寄ってきた。

「さっき旦那と戦ってる姿、皆見てたヨ。私候補に入れて幸せネ」

スリスリとその豊かなものをサーガに押しつけて来る。

「い、いや、あのね…」
「わ、私、じゃ、物足りないでしょうか…」

反対側からサラーマが擦り寄って来る。

「い、いや、十分物足りるけど…」
「今夜は部屋を貸してやる。存分に楽しめ!」

ライオネルが歯をキラリとさせながら、良い笑顔で言ってきた。

「いやだから、俺は嫁なんていらねーって!」










サーガが商売女を相手にするのはそれなりに理由がある。まずお互いに慣れているということ。慣れている方がいろいろ扱いやすい。それと、経済を回すための意味もある。商売女達の生活を支えるためにも、払ってやる誰かが必要だからだ。それと、お金で割り切れる相手だからでもある。サーガは1人の人に縛られることを窮屈に思うので、嫁という存在は考えられない、いや考えたくもない。
で、寝込みを襲いに来た2人を眠らせて、本当は自分が寝るはずだったベッドに並べて寝かせてやる。さすがは獣人というべきか。眠らせるのに少し手こずった。これで既成事実なることをしようものなら、どんなことになるか…。

「てことで、さいなら」

フカフカベッドで眠りたかったが、このままここにいれば有無を言わさず結婚させられるかもしれない。そんな気は全くないサーガは、草木も眠る真夜中に屋敷から逃げ出したのだった。

「旦那様がいないアル!」
「いないですぅ…」

朝眼を覚ました2人。サーガがいないことに気付いて慌てふためく。

「何? サーガ殿が夜のうちに消えたと?」
「そうアル。なのでライオネル様、どうかサーガ様を追う許可を…」

ディアナとサラーマがライオネルに向かって頭を垂れる。

「良い。そなたらはすでにサーガの物だ。好きにするがいい」

2人の顔が輝いた。

「ありがとうございます!」

急ぎ2人は仕度をし、屋敷から出て行ったのだった。
サーガは獣人の嗅覚と勘の鋭さを、まだ知らない。












「ほう…、エルフとは美男美女揃いとね…」

辿り着いた街で適当な食堂に入り、情報をかき集めていたサーガ。獣人国には北にドワーフの住む山、南にエルフの住む森が広がっているらしい。
美女と聞いて興味を惹かれたサーガは、南に向かおうかと考えながら肉にむしゃぶりついた。
そんな時、その食堂に小さな人影が入って来た。7歳くらいだろうか。黒髪黒眼の可愛い顔立ちの男の子だった。
目を引いたのはその子が可愛いからではない。保護者らしき人影が見当たらなかったからだ。
男の子はキョロキョロと食堂の中を見渡すと、スタスタとサーガの方へと近づいて来た。
なんだろうとサーガが見ていると、男の子はサーガの元までやって来て、服の裾を掴んだ。

「パパ」

思わず男の子の顔に向かって口の中の物を噴き出す所だった。

「げほっ、げほっ、ごほっ」
「パパ大丈夫?」

男の子が可愛い顔をコテンと曲げて、心配そうにサーガを見上げる。

「な、ごほっ、誰が、ごほっ、パパだ…」
「パパでしょう?」

男の子がさも当然という風にサーガを見つめる。

「お、俺は、子供なんか作った覚えはなーい!」
「そんな…、パパ…、僕のこと、忘れちゃったの?」

男の子がハラハラと泣き始めた。
確かに記憶喪失ではあるが、年齢的にもそんなことはありえない。

「おい兄さん、自分の子供泣かすんじゃねーよ」

見かねたのか、周りいた男の1人がサーガに声を掛ける。

「いやいや! 俺まだ16歳だよ? こんなでかいガキがいるわけねーじゃん!」

周りにいた者達も目を見合わせた。

「只人は幼く見えると思ってたが…。そんなに早く子供を作るのか…」

獣人達が呆気に取られている。

「作るわけねーだろ!!」











男の子を宥めすかし、

「お腹が空いた」

というのでご飯も食べさせてやった。

「なんで俺が子守りなんざ…」

食べたら眠くなったのか、うとうとしている男の子を抱きかかえ、サーガはとりあえず衛兵の詰め所まで赴いた。子供の失踪届でも出ていないかと思って。

「この街で只人の子供の失踪ねぇ。ありえない話しではないけど、珍しいねぇ」

特に届けは出ていないが、念の為他の街にも連絡はしてみると言ってくれた。そのまま衛兵の詰め所に預けて行こうとしたら、突然眼を覚まして「この人がパパだよ!」と泣き出した。衛兵達にはジト目で見られ、似てないだろうとか年齢的にもとか説明をしたのだが、何故か疑わしげな視線はなくならなかった。
預けることは諦めて、サーガはその子を抱えて行くことになってしまった。
一応吉報を期待して、サーガは宿屋を探す。

「子連れの冒険者とは珍しいね」

宿屋の主人にも言われた。

「いや、迷子らしくて…。なんだか俺を親と勘違いしてるみたいで…」

男の子は腕の中で気持ちよさそうに眠っている。
このまま買い出しに出掛けるのは難しいと、サーガは宿屋に入って行った。
部屋に入ると男の子はパチリと眼を覚ました。

「お、目が覚めたか?」
「ふむ。子供の体だと動きづらくていかんの」

男の子が大人がやるように首に手を当て頭を動かす。

「え?」

なんだか先程までと雰囲気が違う。

「何をしておる。さっさとベッドに下ろさぬか」
「ああん?」

ぞんざいな口調に腹を立てつつ、少し雑にベッドに下ろしてやった。

「まったく、子供の世話もまともに出来ぬのか」

男の子が行儀良く靴を脱いだ。

「てめえ、なんかさっきまでと違わねーか?」

もう一つのベッドに腰を下ろし、男の子を睨み付けるサーガ。

「ふむ。まあここまで姿が違っておったら、分からぬのも無理はないかの」

男の子がサーガを見上げる。

「我が輩の名はクロム。天界で出会った男だの」
「はあ?」
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