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巡り巡って編

赤い薬

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「ちょっと顔を出すだけのつもりだったのに…」

ブチブチ言いながら、サーガは仕事に入る前の気晴らしにと久しぶりの満華楼を目指す。

「あら、お久しぶりですサーガさん」
「久しぶり~アカネちゃん。で、どうして俺はまた裏口から入っちゃったんだろう…」

すでに体が満華楼の入り口を裏口として認識してしまっているようだ。習慣て怖い。

「ええと、アオイさんは今いませんよ?」

アカネが首を傾げる。

「いや、アオイさんだけに会いに来たわけじゃないんだけど、って、アオイさんいないの?」
「ええ。女将さんから修行という名目で、他店のお手伝いに行ってます」
「へ~、出世したのね~」

出世したかどうかはともかく。

「違う違う。俺は遊びに来たのだってば。誰か空いてる娘、いる?」
「あたしが空いてるよ」

声の方へ振り向くと、女将さんが立っていた。

「いや、俺にもさすがに年齢制限というものがありまして…」
「冗談はさておき、丁度話したいことがあったんだ。こっちに来な」
「ええと、遊んでからじゃ…」
「あたしと遊んでからにするかい?」
「冗談だよね?」
「冗談にするかはあんた次第だね」

サーガは顔を青ざめさせつつ、スゴスゴと女将さんの後に付いて行った。
いつもの執務室へ入り、女将さんが机に座る。

「これのことだよ」

どこかで見たような小瓶をコトリと机の上に置いた。中身は空になっている。

「あんたがテッドリーの所からくすねてきた麻薬のことだ。あれから伝手を頼って調べてもらってね」

そうそう、中身に赤い液体が入ってたんだっけ、とサーガは頭の中で手を打つ。

「今までの麻薬とは明らかに違う成分が検出されたんだよ。なんだと思う?」
「? さあ? 新種の植物とか?」

サーガも麻薬がどうやって生成されるか詳しいことは知らない。

「血だよ」
「チ?」
「そう血液が検出されたそうだよ」
「なんかの生き物の?」
「それがね、どうやら人間の血のようだってさ」
「うげ…」

血を浴びることはあっても、好き好んで飲みたいとは思わない。食人の趣味はない。

「だいぶ薄めてはあるが、とりあえず確保出来た物全てを調べたが、同じ血液が入っていたそうだよ」
「それって、誰か1人の人間の血を搾り取ってるってことか?」
「そういうことだろうね」
「え~、その人って生かさず殺さずみたいな状態で毎日血を絞り取られてるってわけか~。いや~こわ」
「どうかね。かなり良い環境でぶくぶく太らされてる可能性もあるよ?」
「…それはちょっと羨ましい?」

自由がなければサーガは死ぬが。

「お前さんが捕まえて来た盗賊連中がいただろう? 奴等から少し聞き出せた情報によれば、これは「無能の魔女」と呼ばれている者の血らしいよ」
「無能の魔女…」

そういえばそんなことを叫んでいた誰かがいた。

「そいつらもすぐに獄中で死体になってしまったらしいけどね」
「…警備甘くね?」
「言ってしまえばその「無能の魔女」の手の者がすでに街中深くまで手を伸ばしているってことさね。一応伯爵様にも情報は上げているが、見つけ出すのは難しいだろうね」
「だろーね」

そこまで行動が早いと言うことは、すでに何年も前からこの街、ひいてはこの国に入り込んでいると言うことだろう。

「分かったことは、奴等が聖教国から来たってことと、無能の魔女ってのが裏で手を引いてるらしいってことさね。聖教国でのさばり始めた裏組織じゃないかとみているよ」
「宗教国家でもそんなもの出来るんか」
「蛆虫はどこにでも湧くものさ」

そこでサーガはふと、王都で襲撃されたことを思い出した。

「そーいやさ、王都で誰だか知らんが襲撃されて…」

その襲撃者が似たような赤い小瓶を持っていた事。それを飲んだ途端に紫色の怪物に膨れあがったことを簡潔に話した。

「ギルドで似たような依頼もらっちゃったんだよね~。いるか分からんものを調査しろって。あの時の小瓶の液体、それよりも色が濃かった気がする」

女将の顔色が変わった。

「これを飲むと麻薬に似た症状が出るのと、体内の魔力機関がボロボロにされるらしいんだよ。長く薬に浸かっていた者ほど魔力機関がボロボロになっていて修復が叶わないらしいんだ。もしこの薬の濃度を濃くして服用したら…」
「魔力機関の暴走?」
「なってもおかしくはないね」

魔力機関が暴走したために肉体が変異した。あり得ない話ではないかも知れない。

「お前さん、それをギルマスに話したのかい?」
「いんや? 今日は依頼を受けてすぐ出て来ただけだから」
「今すぐ行って話しておいで! 事態は急を要するかもしれないよ!」
「え~、せっかくここまで来たのに~」
「ことが済んだらこの街で最高の妓楼と遊ばせてやろうかね」
「すぐに行って参ります!」

ピシリと敬礼すると、サーガはまさに飛ぶように部屋を出て行った。











「あら? サーガさん、もう依頼を済ませてきたんですか?」

ギルドにやって来ると、サララがまたかいという顔でサーガに尋ねた。

「いんや。サララさん。俺が最高の女と遊ぶために、ギルマスと話しをしなけりゃならないんだけど」
「あ?」

サララの目に軽蔑の色が浮かんだ。

「と、とにかく、ギルマスとお話出来ないかな~? て?」

冷たいサララの視線に尻込みしながらも頼み込む。

「どんなお話ですか?」

絶対零度の視線をサーガに突き刺しつつ、どんな案件なのかを聞き返す。

「詳しくは話せないけど、これに関係のある話」

とピラリと依頼書を掲げる。

「え? でもまだこなせてないって…」
「だから、関係があるかもしれない情報ってこと」

サララは1つ溜息を吐く。

「分かりました。少々お待ちください」

そう言って奥へと引っ込んでいき、すぐにやって来た。

「お会いになるそうです。どうぞ」

歩き慣れた廊下を渡り、お馴染みのギルマスの部屋へと入る。

「やあ、サーガ君。久しぶり」
「ども。久しぶりっす」

気のせいか、サーガがいた頃よりも顔色が良い気がする。
サララは戸口に控えている。一緒に話を聞くらしい。今日はゴルドはいないようだ。
早速サーガは女将さんと話し合ったことを簡潔に述べた。簡潔だが要点は外さない。さすがというべきか。
話しを聞くうちに、ギルマスのヤンの顔色も悪くなっていく。

「その依頼の現場近くには小さな村があるんだ…。サーガ君のこれまでのことからして、その村がその薬の実験台にされた可能性もあるかもしれないね…」

サーガもふと思い出す。南の方であった小さな村での事件。あれは温泉が気持ちよかった。じゃなくて。

「当分そちらの方には人が行かないように手配しよう。君が手こずるほどの相手だ。生半可な者では帰ってこられないだろう。さて、丁度いいから、君のランクも上げておこうか?」
「え? 俺まだ何もやってないけど?」
「その依頼を完遂させたようなものだからね。サララ、手続きは頼むよ」
「かしこまりました」

サララが頷いた。

「伯爵様にも話しを通した方がいいだろう。サーガ君、行く気はないよね?」
「ありません」

ヤンは溜息を吐きつつ立ち上がった。

「私はちょっと伯爵邸に行ってくるよ。急を要する話しだからね。ああ、サーガ君、もし依頼を受けるなら、また明日にしてね?」

ヤンが少し引き攣った笑いをサーガに向けた。













「別にCのままでも不便はなかったけど」
「はい。手続きは終了です。今日はこのままゆっくりしてください」

サーガの呟きを無視してギルドカードを手渡す。

「お、本当だ。変わってる」

カードを眺め回す。

「これから花街でゆっくりされるんですか?」

皮肉を込めてサララが問いかける。しかしサーガは良い笑顔で頷いた。

「ぬふ。女将さんがいい娘紹介してくれるって言ってたからね~。楽しみなんだ~。じゃね~サララさん」

目先の楽しみに心を奪われ、サララの絶対零度の視線に気付かないままギルドを去ったサーガ。

「さ、サララ?」

冷気を纏わせたままのサララに、ミーヤがそっと近づく。

「ミーヤ」
「な、何?」
「あの男だけは絶対にないわ!」

振り向いたサララの顔がとても怖かったと、あとでミーヤは別の同僚に話したそうな。
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