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2、初日 

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 「あぁん? 声が小さいな! もっと腹の底から声を出せ!」
「ひっ! は、はいっ! いらっしゃい、ましぇっ! 」
 あ、噛んだ……。

 ――初日。ファルさんに声が小さいと言われて、落ち込む。やっていけるかな……。

「ムウく――ん。大丈夫?」
「あ、双子のブルーさんとレッドさん」
休憩室で机に顔を伏せて反省していたら、接客担当の双子さんがやってきた。
 彼らは孤児院出身で、ボクより年上だ。
このナルン王国は長く争いがあったので、孤児院出身の人は珍しくない。

 髪の毛の色がそれぞれ青色と赤色なので、そのままブルーとレッドと孤児院でつけられた名前らしい。
 
「ファルさんは厳しいけれど、ちゃんと教えてくれるから怖がらないで?」
 ブルーさんは言葉が優しい。
「え? ファルさんを怖がらないの、無理じゃね?」
 ……レッドさんは口調があまり良くない。

 さすがに並ぶと双子だから、顔はそっくり。
美形……というのか、顔が二人とも整っている。
「ムウ君は、可愛い顔をしてるね」
 ブルーさんが隣に座り、頬杖をついてボクを見てる。近いな。

「そうだな。めちゃ可愛い顔をしてるな」
 レッドさんもボクを挟んで、ブルーさんの逆側に座った。
「……二人共。ボクをでたいのでしょ? ダメですよ」

「え――!」
「ダメなのか」
二人はブツブツ文句を言っている。いくらボクの耳かフワフワだとしても、親しい人にしか触らせてはいけないと、お母さんにキツく言われている。

 人間て、フワフワした耳とかしっぽを触りたがる。ボクの垂れた耳を触りたいのは分かるけど、両手の指をワキワキ動かされて近づかれれば、怖くて逃げ出すよ。

「ちぇ。残念」
「残念」
 そんなに触りたかったのか。

 トントンと休憩室の扉が叩かれた。
「はい。どうぞ」
 返事をするとファルさんが、まかないを持ってきてくれた。
「ほら。シチューを作ったぞ。好き嫌いはないな?」
  
「好き嫌いは、ないです……。美味しそう」
まさか、まかないが出るとは思わなかった。毎日作ってくれるから助かるし、美味しい。
「ファルさんは飲み物担当だけど、料理も超美味いよね~」とブルーさんが言った。

「え! ファルさんが作っているんですか!」
意外……と、ボクは、思った。
「そうだが? 何だ、ムウ。意外って顔をしてるが?」
 ファルさんにボクの考えを読まれた。なんで?

ニヤリと笑い、ファルさんがボクに言う。
「ムウは、顔に思っていることが出過ぎなんだよ。ま、それが良いとこかもな」
 顔に思っていることが出過ぎる? そうなんだ……。
ボクは両手で頬を押さえた。
「残さず食べろ」
 そう言ってファルさんはお店に戻っていった。
 
「早く食べようよ~」
ブルーさんがスプーンを持って、皆に催促した。それぞれ椅子に座って、飲み物を自分で用意した。
「いただきます~」

「あ、美味しい……」
野菜が柔らかく煮込まれて、ちょうど良い塩気でトロリとしていて美味しい。すぐに作れる料理じゃない。
「だろ? まかないが美味しくて、楽しみにしてるんだ」
 ブルーさんがにっこりと笑って言った。

 ボクのお仕事……まずは、お客さんが入ってきたら「いらっしゃいませ」と噛まずに言う。
 食べ終わったあとの、片付けと掃除。それにお皿洗いと、お菓子とケーキの名前を覚えてメニューも覚えて……と、やることがたくさん。

 接客は双子さんが主に担当していて、ファルさんは注文された飲み物を作って、一緒にケーキ類を運んで行く感じ。
 キースさんはお菓子と喫茶店両方のレジ担当と、喫茶店側で注文されたケーキなどお皿に乗せたり、商品補充や色々細かい所を担当している。
 
 ボクも色々覚えて、もっと手伝えるようになりたいな。

「ご馳走さまでした。美味しかった、です」
食べ終わり、休み時間があと少しのとき。お皿を洗いにきたファルさんに、お礼を伝えた。
「そうか。良かった」
ファルさんはお皿を洗いながら鼻歌を歌っていた。

 少し慣れてきて「いらっしゃいませ」も、噛まずに言えるようになってきた。
 喫茶店のお客さんは満席になっていた。

 後片付けを夢中でしていた。早く片付けないと、次に待っているお客さんが座れない。
焦って、もたもたしてしまっていた。

「獣人のくせに、なんでここにいるんだよ!」
待っていたお客さんの人に、急に怒鳴られた。そして腕を掴まれた。
「あっ! やめて下さい……!」
 お客さんは少し酔っているようだ。どうしよう……。

 隣のアクセサリー屋さんのルカさんが、心配そうな顔でこちらに向かって来てるのが視界の端に見えた。
 
 ふと、大きな影が近づく。 
「お客さん。お店うちの従業員に乱暴はやめていただきたい」 
「あっ……!!」
 今までレジで、硬い表情で接客していたアラン様がボクの腕を掴んでいたお客さんの手を離してくれた。

「ああ! 悪かった、悪かった! 離してくれっ!」
アラン様はお客さんの手をパッと離すと、お客さんは床に座り込んだ。
 何か体術を使ったのだろうか? ボクの腕を掴んでいたお客さんは、痛がる様子で手をさすっていた。

「アラン様、この人は私達にお任せ下さい」
サッとお店の手伝いに来ていたアラン様の部下の、非番の騎士がやってきて、おじさんの両脇を抱えた。
 さすが騎士様。素早い対応でした。
 
「今度はお酒を飲んでないときに、ご来店をお待ちしておりますね」
アラン様は、酔っていたお客さんに優しく話しかけた。
 
「……悪かった。今度は飲まなかったときに来る。子供がクッキーを欲しがっていたんだ」
 ガクリと、うなだれたお客さんにアラン様は猫の顔クッキーの袋を見せた。
「金はいい。今度はお子さんと来るといい」
そう言って、お客さんの内ポケットに入れた。

「……ありがとう」
 酔ったお客さんは暴れず、素直に騎士さんに連れられていった。
店内からは歓声と拍手が起こった。
 ボクはホッとした。
 
 アラン様は歓声と拍手に驚いて、照れたのかお店の奥に引っ込んでしまった。

 アラン様、ありがとう御座います……。 

 
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