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いつか幸せになりたい
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『そろそろ片付けないと足の踏み場無くなるだろ』
電話の相手は仕事の近況報告をした後そう言った。
『辛いのも分かるけどもう半年だ。いい加減奥さんの荷物整理しようぜ。俺も手伝うからさ』
「うん。じゃあまた連絡する」
電話を切って、妻の部屋に向かう。開けた瞬間埃っぽくて、思わず咳き込む。
永遠を誓った妻は今世も僕より先に旅立ってしまった。
部屋に入るのは妻が死んだ日以来入ってない。ここは埃っぽいが綺麗なまま、彼女が生活していた時間で時が
止まっている。僕の心のように。
僕には前世の記憶があった。前世、そのまた前世の僕は何度も由美を好きになり、彼女も僕を好きだと言って
くれた。しかし、由美はいつも僕を置いて逝ってしまう。
結婚式の直前だったこともあるし、恋人になった数日後の事もある。死因はバラバラ。海で溺れたり、交通事故だったり。
由美には前世の記憶は無い。自分の人生が早々に幕を閉じることなんて知らない方が良いのかもしれない。恋
人にならなくても結婚しなくても、彼女は死んでいく。
一緒に居ない方がお互い、いや僕にとって良いのかもしれないがどちらにしても結末が同じなら最期まで一緒にいたいと思ってしまう。
「ま、こんな毎回立ち直れないんじゃどうしようもないな」
すっかり着伸びしてしまったスウェットのズボンに付いた埃を払いリビングを振り返る。
散らばった写真や洗濯したかどうかも分からない服、片付けてもない食事に苦笑する。
辛いけど、それよりももっと幸せな日々を彼女と過ごせるなら何度でも君を好きになりたいと思う。
由美が好きな景色がある。それは宵月が出る頃に見る海の景色だと言う。
夕方五時過ぎ、海まで車を走らせる。助手席にあの子はいない。
今世でも幸せは得られない。だけど大丈夫だ。
彼女とは運命なのだから。
最初の人生で俺は彼女より先に死んだ。先天性の病気だった。過保護だった母は嘆き、自身の故郷であった東北の地でムカサリ絵馬を描いてもらった。そこには、俺と同じくらいの歳で亡くなった女性が隣に描かれていた。それが由美だった。
次の人生で俺は由美と出会った。
大学のサークルの飲み会で隣の席になった。由美とはすぐに仲良くなり、容姿だけでなく内面も好きになった俺は、由美に告白をした。
彼女は困ったように笑って受け入れてはくれなかった。
その次の人生も呆気なく終わった。
出会いは大学ではなく、住んでいた近所のスーパー。楽しそうに笑う彼女の隣に同じように笑う男がいた。そんな二人の薬指にはきらりと光る指輪があった。
車を停めて外に出ると冷たい潮風が吹いていた。パーカーの下に半袖Tシャツを着てきたのは失敗だったなと鳥肌が立った腕をさする。
まあ、どうせ寒いのは変わらないか。
浜辺には俺のスニーカーの跡が残る。
「今、行くからな」
冷たい海に入る。潮風よりもずっと冷たい。
この世界にもう彼女は居ない。俺がいる意味もない。
朝起きて隣に由美が居た事はない。一日の最後に「おやすみ」を言うのも俺ではない。
だから彼女がその世界で生きる意味もない。
一日の最初も最後も俺は彼女の隣に居られないが、人生の最期には居られる。
血だらけで冷たくなりつつある身体を抱きしめて、最期に俺の温もりを彼女に焼き付ける。それだけでも幸せだった。
何度「ごめんね」を言われようとも。
腰まで浸かった所で海に映った月を見る。真っ黒な海に揺らめくのを見て、いつの人生だったか分からない彼女との思い出が脳内に流れる。
『私、この時間帯の海好きなんだ。海に月が映ってすごく綺麗でしょ』
「ああ、そうだな」
今度は俺が幸せにしてあげるから。
そう残すと男は海に消えていった。
『続いてのニュースです。今日未明、▪▪県▪▪市の沖合で男性の遺体が発見されました。外傷はなく、▪▪海岸
の駐車場に放置された車があった事から、警察は自殺とみて身元の特定を急いでいます。なお車内には絵馬らしきものがありーーー』
電話の相手は仕事の近況報告をした後そう言った。
『辛いのも分かるけどもう半年だ。いい加減奥さんの荷物整理しようぜ。俺も手伝うからさ』
「うん。じゃあまた連絡する」
電話を切って、妻の部屋に向かう。開けた瞬間埃っぽくて、思わず咳き込む。
永遠を誓った妻は今世も僕より先に旅立ってしまった。
部屋に入るのは妻が死んだ日以来入ってない。ここは埃っぽいが綺麗なまま、彼女が生活していた時間で時が
止まっている。僕の心のように。
僕には前世の記憶があった。前世、そのまた前世の僕は何度も由美を好きになり、彼女も僕を好きだと言って
くれた。しかし、由美はいつも僕を置いて逝ってしまう。
結婚式の直前だったこともあるし、恋人になった数日後の事もある。死因はバラバラ。海で溺れたり、交通事故だったり。
由美には前世の記憶は無い。自分の人生が早々に幕を閉じることなんて知らない方が良いのかもしれない。恋
人にならなくても結婚しなくても、彼女は死んでいく。
一緒に居ない方がお互い、いや僕にとって良いのかもしれないがどちらにしても結末が同じなら最期まで一緒にいたいと思ってしまう。
「ま、こんな毎回立ち直れないんじゃどうしようもないな」
すっかり着伸びしてしまったスウェットのズボンに付いた埃を払いリビングを振り返る。
散らばった写真や洗濯したかどうかも分からない服、片付けてもない食事に苦笑する。
辛いけど、それよりももっと幸せな日々を彼女と過ごせるなら何度でも君を好きになりたいと思う。
由美が好きな景色がある。それは宵月が出る頃に見る海の景色だと言う。
夕方五時過ぎ、海まで車を走らせる。助手席にあの子はいない。
今世でも幸せは得られない。だけど大丈夫だ。
彼女とは運命なのだから。
最初の人生で俺は彼女より先に死んだ。先天性の病気だった。過保護だった母は嘆き、自身の故郷であった東北の地でムカサリ絵馬を描いてもらった。そこには、俺と同じくらいの歳で亡くなった女性が隣に描かれていた。それが由美だった。
次の人生で俺は由美と出会った。
大学のサークルの飲み会で隣の席になった。由美とはすぐに仲良くなり、容姿だけでなく内面も好きになった俺は、由美に告白をした。
彼女は困ったように笑って受け入れてはくれなかった。
その次の人生も呆気なく終わった。
出会いは大学ではなく、住んでいた近所のスーパー。楽しそうに笑う彼女の隣に同じように笑う男がいた。そんな二人の薬指にはきらりと光る指輪があった。
車を停めて外に出ると冷たい潮風が吹いていた。パーカーの下に半袖Tシャツを着てきたのは失敗だったなと鳥肌が立った腕をさする。
まあ、どうせ寒いのは変わらないか。
浜辺には俺のスニーカーの跡が残る。
「今、行くからな」
冷たい海に入る。潮風よりもずっと冷たい。
この世界にもう彼女は居ない。俺がいる意味もない。
朝起きて隣に由美が居た事はない。一日の最後に「おやすみ」を言うのも俺ではない。
だから彼女がその世界で生きる意味もない。
一日の最初も最後も俺は彼女の隣に居られないが、人生の最期には居られる。
血だらけで冷たくなりつつある身体を抱きしめて、最期に俺の温もりを彼女に焼き付ける。それだけでも幸せだった。
何度「ごめんね」を言われようとも。
腰まで浸かった所で海に映った月を見る。真っ黒な海に揺らめくのを見て、いつの人生だったか分からない彼女との思い出が脳内に流れる。
『私、この時間帯の海好きなんだ。海に月が映ってすごく綺麗でしょ』
「ああ、そうだな」
今度は俺が幸せにしてあげるから。
そう残すと男は海に消えていった。
『続いてのニュースです。今日未明、▪▪県▪▪市の沖合で男性の遺体が発見されました。外傷はなく、▪▪海岸
の駐車場に放置された車があった事から、警察は自殺とみて身元の特定を急いでいます。なお車内には絵馬らしきものがありーーー』
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