【完結】災厄の少女はやがて死に戻りの魔女となる

宵乃凪

文字の大きさ
14 / 58
第二幕

ep.7 試行の壱 -敵状把握- (2)

しおりを挟む

「よう魔女殿、初めての『死に戻り』はどうだった……と、言ってやるつもりだったが……いくら何でも地味過ぎる」

 瞼を開く前に頭上から投げかけられた声に、明らかな呆れや落胆が含まれていることを感じ取り、ルイーゼは小さく肩を竦めた。

「それはご期待にそぐわなかったようで残念です」

 そう答えながら目を開けると、視界の上端から空中を泳ぐようにしてロズが姿を現す。逆さまの状態からくるりと戻った彼女の顔には、ありありとした不満が浮かんでいた。

「高潔な騎士様らしく、まずは敵情の偵察ってか? それにしたって、もう少しやれることはあっただろう。あの場で賊をみなごろしにすれば、お前のクラウス様は助かったかもしれないぞ。それとも、剣の腕には自信がないか?」

「安い挑発に乗って差し上げられるほど、暇は無いのですよ。次々回以降の試行の順序を組み立てねばなりません。それに、仮にそれが出来たとて、凌げるのはあの夜だけです。隣国への内通者まであるとなれば、現状、私一人の手には負えない」

 ルイーゼは淡々とそう答えながら、胸元から手帳を取り出す。そこに先ほど書きつけた文字が、魔力を帯びながらはっきりと残っていることを確認して小さく頷く。

「やはり、魔女の力を用いれば、この程度のことは許されるようですね。貴女を探る手間が省けました」

「それは良かったことで。お察しの通り、その記録は死に戻りをやり直しても消えない。だが、何でもかんでも持ち戻れると思うなよ。そんな楽勝なゲームは面白くない」

「大まかながら、理解していますよ。詳しい条件は試行を重ねながら学びます。今はこれ一つで十分です」

 閉じた手帳を再び懐へとしまい、ルイーゼはロズを振り返った。

「まずは師を尋ね、武器を調達します。肉体が壊れてもやり直せるというのであれば、開発の障壁は撤廃されました。その上で、有効であろう手立てを試していくつもりですが……この辺りはやってみなければ分かりませんね。貴女の退屈を慰められるかどうかは存じ上げませんが、どうせ悠久を過ごすのでしょう?」

 それであれば気長に眺めているといい、とそう言葉を締めて、ルイーゼはくるりと振り返る。そのまま再び過去へと戻ろうとする彼女の背を飛び越すようにして、ロズは再びルイーゼの眼前に頭上から顔を覗かせた。

「のんびりやられても面白くない。一つ、大ヒントをやろうか。あの夜、お前のクラウス様を殺めた下手人についてだ」

 ロズの口角が上がる。その歪んだ笑みを見て、ルイーゼはため息を吐いた。

「そのようなことは自明です。テオでしょう?」

 何の感動もなく当たり前のように返された返答に、ロズは大きく目を見開く。

「……何故そう思う」

 低い声でロズが問うた。ルイーゼは小さく肩を竦めて、発動させかけた魔力を霧散させた。

「クラウス様は、この国きっての剣の達人です。面と向かって殺められる者などそういない。それが、剣も抜かず、私室に招き入れるなど……御身に残されていた迷いだらけの太刀筋からしても、彼以外にありませんよ。大方、何者かに何かを吹き込まれ、唆されたのでしょう」

「ならどうして、あいつを消さない」

「言っているでしょう。下手人一人を殺めて解決する問題であれば、私は長年神経を擦り減らしてはいない。クラウス様が御自分で身に掛かる火の粉を払ってくだされば、いくらでもやりようはあるのですが……それに期待するよりは、正攻法で敵の勢力を削いでいった方が幾許か早いでしょう」

 本当に甘い、と肩を竦めるルイーゼを、ロズは目を見開いたままじっと見る。やがて、異様だな、と呟いた。

「お前……気色悪いな。そのアンバランスさも、そこまでいくとおかしい。あの男のために己が身を魔女に堕とし、永劫の呪いを躊躇いなく受け入れておいて、普通ならまず脇目もふらずに生きたあいつに会いに行くだろう。それを顔を合わすこともせずに、それなのにやっぱりあいつを救うことだけ考えている。意味が分からない」

「お顔を拝見して状況が改善するのであればそうしますよ。あの局面においては非合理であり無意味です」

「それだ。お前は何故そうまでして頑なに理性的であろうとする?」

 ロズは顔を歪ませ、はっきりと嫌悪を滲ませた。

 その顔を見ると、ルイーゼは薄く微笑む。彼女にとって、実に向けられ慣れた類の表情であった。

「そうするよう、クラウス様に命じられました。感情のままに他者を害するは、それこそ獣の所業だと。私は騎士としてあの国に、そしてクラウス様にお仕えできることを、心より誇りに思っています」

 微笑みのまま、ルイーゼの唇が流暢に語る。

 ロズはいよいよ顔を顰めて、ふいと視線を逸らした。

「その作ったような笑いも、思ってもいないことを言う口も、本当に気味が悪い。ああ気色悪い。そんなにクラウス様のことが好きか?」

 片眉を上げ、ちらとロズはルイーゼの顔を伺う。
 やはりそこには少しの動揺もなく、ルイーゼは大袈裟に肩を竦めた。

「好悪の類ではありませんよ。言ったでしょう、私の爪の一片に至るまで、あの方の為に存在すると。これでも、近衛騎士の立場は気に入っているのです。故に、この先も出来る限り殿下の意向に沿うつもりですよ。完全に打つ手が無くなるまでは、ですが」

 胸元から取り出した手帳を軽く振りながら、ルイーゼが答える。次いで、不満げな表情を浮かべるロズの顔を見ると、小さなため息を吐いてから続けた。

「そちらこそ、『元』魔女殿にしては、貴女は実に感情豊かでいらっしゃる。いえ……私が勝手に魔女とはそういうものだと思っているだけで、実はそちらの方が自然なのでしょうか? 何せ、好いた殿方一人の為に、世界を滅ぼしかける御仁です」

 伝承をなぞってルイーゼが頷くと、ロズは小さく舌打ちして興味なさげにひらひらと手を振った。

「分かった、負けだよ。お前の好きにやれよ魔女殿。精々『理性的に』頑張って、そのうち面白いものを見せてくれ」

 どうせ時間は無限にあるのだから気長に待つさ、とロズは仰向けの状態でルイーゼの頭上を漂う。

 ルイーゼは手帳をしまうと一礼し、揺蕩う空間から霧のように姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...