【完結】災厄の少女はやがて死に戻りの魔女となる

宵乃凪

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第二幕

ep.11 試行の伍 -ミュラー侯爵と近衛騎士- (3)

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 王国領土の北東に広がる深い森は、鬱蒼としており、昼間でも太陽の光が届ききらない。

 ルイーゼたちの剣が、数度荷を襲った獣を撃退し、ほとんど森を抜けたところで商団は礼を言いながら更に東へと去って行く。

 その姿がすっかり見えなくなったところで、ルイーゼは隊士たちに城への帰投を告げた。

 
「ルイーゼ小隊長、あの商会の管理は、何ていったか、あのいけすかない貴族の担当でしょう。何で俺たちが」

 先頭を歩くルイーゼに小走りで追いついて、テオが実に不服そうに顔を顰めた。
 帰り道も気を抜かないように釘を刺してから、ルイーゼが首を横に振る。

「ミュラー侯爵の兵は先日の火事の件で怪我をしている者も多いのです」

「鍛錬が足りないんですよ。小隊長も見たでしょう、あいつら訓練場で碌に剣も振らずにくだらない噂話ばかりで……魔力に秀でた連中だからってその力ばっかり過信して、だから捕虜を取り逃がしたりなんかするんだ……いてっ⁈」

 ぶつぶつと文句を言っていたテオの頭を軽く小突いた壮年の隊士は、お前も危うく伏兵にやられかけて小隊長に庇われただろう、と舌打ち混じりに苦言を呈した。

 ルイーゼが足を止めて振り返る。続けて、同じく立ち止まった隊士たちに向かって口を開いた。

「貴方方には忙しくさせますが、これも訓練だと思ってください。それに、腕を頼られるというのも悪いことばかりではありませんよ」

 特に上位貴族には体裁というものがあり、そうそう他所の家の兵を頼れるものではない。懇意にしていたブラント侯爵の立場が悪くなったことで、ミュラー侯爵は頼り先をほとんど失っていた。

「ミュラー侯は何より保身を大切にする方です。今後も同様のことががあった時に、我々の手を借りられなくなることが困ると思ったのでしょう。反対予定であった軍予算に賛同するとの打診があったそうです」

 つまりこれもクラウス殿下の理想のためだ、とルイーゼは薄く笑った。



 森を半分程戻った辺りで、テオが隣を歩く壮年の隊士に耳打ちする。

「先輩、その……最近、小隊長、少し怖くないですか?」

「入隊して半年の新参者が何言ってんだ」

「そうですけど……何ていうか、最初にご挨拶させていただいた頃と随分雰囲気が違うというか……俺、勝手にもう少し情のある方だと思っていて……いや、非情だって訳じゃないんですけど……」

 もごもごと言い淀むテオに、隊士は舌打ちした。

「ちっ、口を慎めよ新人。……小隊長も必死なんだよ。俺らは皆、クラウス殿下の掲げる理想の為に剣を振ってるが、城内にはとにかく敵が多い。信心深いお貴族様の獣人差別は、市井とは全く比べものにならねぇ。あいつらに言わすと、俺らは『魂』が汚れてるんだとよ」

 隊士は終末の魔女の伝承についてテオに簡単に説明する。
 この森が魔女の庭と呼ばれ、間に受けた者は近寄ろうともしないのだ、と苛立たしげに続けた。

 先輩隊士の話を黙って聞いていたテオが大きく首を傾げる。

「それって、この間小隊長が宰相に言われてた『災厄』ってやつでしょう? 俺に言わすと、異常ですよ。伝承だか何だかありもしないものに頼り切って、それに、魔女が本当にいるのなら出てくればいい。それで俺らの呪いを解いて、魔力を与えてくれればいいんだ」

「先日も言いましたが、魔力は決して万能の力ではありませんよ」

 背後からルイーゼの声がして、テオが飛び上がる。

 その肩にルイーゼは手を置き、足を止めて周囲を見渡した。

「しかし、その存在が現在の格差を生み出す一因となっていることは事実です。故に、クラウス殿下は魔装具の開発を命じられました。貴方方が理不尽に抗う力を得られるようになるためです」

「そう、そうです小隊長! 開発の件はどうなったんですか!」

 ルイーゼは無言で薄く微笑み、興奮しかけたテオを黙らせる。

 小隊の中でも最も歴の長い隊士が、彼女の表情に眉を寄せた。

「なあ、小隊長。わざわざこんな人気の無い森に、殿下の警護を切り上げてまで俺ら全員集めたのは、あの商団の護衛の為だけじゃないんでしょう?」

 何らかの確信を持った問いにルイーゼは片眉を上げる。
 初めの火事の夜に屋敷で殺されていた男の片耳は失われておらず、利き腕にも損傷はない。

 再び自分に注目が集まり、辺りがすっかり静かになるのを待ってから、ルイーゼは徐に切り出した。

「これは、殿下のご指示ではありません。私の判断です。今から大切な話をさせて頂きますが、命が惜しいと思う者は耳を塞いで先に城に帰りなさい」

 唐突な命令に隊士たちは皆一様に怪訝な顔をするが、誰一人その場を去らない。

 そのことを確認してから、ルイーゼは宣言するように言った。

「私は、一部分だけではありますが、獣人の血を引いています。獣人と人間との狭間の存在、それが私の正体です」

「…………は?」

 テオが言葉を失った後で、はっと我に返ったようにルイーゼに詰め寄る。

「な、なんでそんなこと、俺らに黙って……!」

「おい、テオ、下がってろ。なあ、小隊長。何でこの場でそんなことを話した」

「やはり、何名かは勘付かれていたようですね。我が隊は本当に、聡明な者が多い」

 憤った様子の隊士を見てルイーゼが薄く笑う。

 懐から小さな装置を取り出すと、手のひらに乗せて彼らに向かって見せた。

「魔装具が、完成したからですよ。理論上は完全です。これで貴方方は、魔力の有無によって人間に負けることは無い。命を狙われたところで対処できる力が身に付いたと判断しました」

 テオが目を輝かせ、隊士の一部が複雑な表情をする。

 ルイーゼは尚も続けた。

「城内で、特に保守派の上位貴族の間で、何故あれ程までに獣人との融和策に強硬に反対する者が多いのか。それは、伝承によるものだけではありません。十年以上前に亡くなられた前王妃様、彼女もまた、獣人の血を引いていたからです」

 隊士たちの間にざわめきが走る。

 ルイーゼと同じく四分の一だけ獣人の血を引いていたとされる王妃は、獣の耳は持たなかったが、そのような出自で正王妃の座に就くなど、当時は城内に酷い混乱があったという。

 結局、周囲の強い判断を押し切る形で、国王は彼女を王妃として娶ったが、それにより王族と保守派貴族との間には深い軋轢が生まれることとなった。

 現状、国が全くの一枚岩でなく、近衛騎士と軍、穏健派と保守派との間に兎角諍いがあることも、このことに端を発しているのだとルイーゼは続けた。

「それで、命を狙われるっていうのは……もしかして……」

 隊士たちの間の沈黙を割くように、テオが恐る恐る尋ねる。

 ルイーゼは何でもないことのように頷いた。

「ええ、前王妃は暗殺されました。公式には事故死とありますが、少なくとも一部諸侯の間では、そのように考えられています。理由は、説明するまでもありませんね」

 大切な話は終わりだと、ルイーゼはそう言って隊士たちを見渡す。
 彼らの間には少なくない動揺が走っていたが、混乱したりルイーゼに詰め寄ろうとする者はいないようだった。

 ルイーゼは魔装具をしまい、ぽん、と両手を合わせる。

「さて、これで貴方方も私と共犯です。この国で長生きしたければ、私の出自については口を滑らさない方がいい」

 そう言ってルイーゼはまた薄く微笑んだ。
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