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第三幕
ep.22 理想の果て (2)
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泣き声に合わせて小刻みに震える背中に、クラウスは静かに両腕を回す。
幾度も謝罪を繰り返す彼女の身体を、しっかりと支えるように抱き締めて、片方の手が白い後頭部をそっと撫でた。
「ルイーゼ――」
「話は済んだか、王子様」
クラウスの言葉を遮るように、空間に女の声が響いた。
続いて、高笑いが降ってきたかと思うと、クラウスの腕の中からルイーゼの身体が煙のように消え失せる。
クラウスは無言で視線を上へと向けた。
ばさりと真紅の派手な衣をたなびかせて、クラウスの頭より随分と高い位置に、赤い魔女が浮かんでいた。
姿が消える時に反射的に閉じた目を、ルイーゼはゆっくりと開く。目の前に、ロズの楽しそうな顔があった。透明な背景は目紛しく流れている。
両手を絡めるように取られ、まるで宙を踊るかのように、二つの身体が回る。
「っ、ロズ……」
「よう魔女殿、お楽しみのところ悪いな。人の暦では随分と久しぶりか? お前が私の名すら忘れるものだから、折角の狂宴をかぶりつきで見損ねた。とっておきの力をやって、一緒に試行錯誤してきた仲だってのに、冷たいな」
「……ロズ、やはり貴女は」
「おっと、そんなことより涙まみれのその顔だ。ふふふ、傑作だな、魔女殿。まるで人間のように泣き喚いて、しかも最初の火事の夜よりずっといい。好き放題させた甲斐があったってもんだ」
ルイーゼの言葉を遮るように、赤い髪先が唇をするりと撫でた。
口を噤んでこちらを見据えるルイーゼの瞳が、未だに少し潤んでいることを見て、ロズはついにけらけらと声をあげて笑う。
「お前、王国に居た時も大概おかしかったが、特にここ数年は、あのとち狂った技師も真っ青な狂人ぶりだったぞ。まとめて回想シーンにでもしてやろうか」
そう言ってロズはルイーゼを抱いたまま、宙を滑るように飛び、朱の塗られた指先が空間を撫でた。透明なそこはじわりと滲み、幾つもの光景が浮かび上がる。
それらを満足げに眺め、ロズは指先でそのうち一つを指し示した。
「私が一番気に入ってるのは、この皇帝を殺して屍兵にしたところだ。妃と一緒にならせてくれって、泣いて頼み込んできたよな。半分腐って顔なんか分りゃしないが、ところでこの妃、何となくあの女に似てる気がしないか? ほら、なんていった? あの腹黒公爵の――」
「ロズ、悪趣味な真似はやめてください。こんなことをされずとも、私の罪は理解しています」
「罪? 罪って言ったか? そりゃおかしな話だな、魔女殿。お前、最初に言ったよな、『クラウス様のためなら、何でもする』って。あれは嘘だったって?」
「嘘偽りはありません。ですがそれでも、私は取るべき手段を誤りました。クラウス殿下の近衛騎士として――」
「お前は、魔女だろ?」
ロズの冷たい声が、ルイーゼの言葉を遮った。
ぐっと強く腰を引き寄せて、ロズはルイーゼに鼻がつきそうなほどに顔を近付ける。
「なあ魔女殿、ここまできて、心にも思ってもないこと言うのはやめろよ。私とお前の仲だろう? ああ、それなら聞き方を変えてやろうか。お前がここで諦めるってんなら、私が今この場で『クラウス様』の魂ごと消してやるがどうする?」
問いが終わるよりも早く、透明な空間に赤い髪の断片が舞った。
軽く身を引いてルイーゼの剣先を躱したロズは、腹を抱えて笑う。
「ほら見ろ。これがお前の虎の尾だ、魔女殿。断言してやる。お前はどれだけやり直そうが、どれだけ改心したふりしようが、その根底は変わらない。また『クラウス様』のために世界すら壊す。何故って? それが『魔女』だからだよ」
「……魔女は、唯一人の為に、全てを滅ぼす。貴女も、そうでしたか」
ルイーゼが静かに問うた。
ロズはぴくりと肩を震わせると、くぐもった笑い声を漏らし、やがてそれは高笑いとなった。
ばさりと衣服をはためかせ、ロズがルイーゼに相対するように浮かぶ。白い髪と赤い髪、黒い服と赤い衣。唯一等しい赤い瞳が、真っ直ぐに互いの目を見つめた。
少しの沈黙の後で、先に口を開いたのはロズだった。朱の引かれた薄い唇が、歪ませられるように口角を上げ、隙間から吐息と共に言葉が漏れ出る。
「なあ魔女殿、お前のことなら何でも分かるさ。お前の思考、狂気、その本質に至るまで、それこそクラウスより余程よく知って――」
「ロズ」
男の低い声がして、ルイーゼの肩が引かれた。
ロズの発言を遮ったクラウスは、ルイーゼを背後から片腕に抱きながら、視線を真っ直ぐに赤き魔女へと向ける。
「何だよ、今いいところなんだ。下がってろよ、王子様」
楽しみを邪魔されたと、ロズが舌打ち混じりに顔を歪ませる。
クラウスは険しい表情のまま、首を横に振った。
「断る。お前の言い分は理解するが、その役割は私が担う」
「お前に指図される謂れは――」
「ロズ」
もう一度静かにクラウスが名を呼ぶと、ロズは居心地悪そうに一層顔を顰めて、素直にひらりと身を翻す。
そのまま少し離れたところから、つまらなさそうに二人を眺めた。
幾度も謝罪を繰り返す彼女の身体を、しっかりと支えるように抱き締めて、片方の手が白い後頭部をそっと撫でた。
「ルイーゼ――」
「話は済んだか、王子様」
クラウスの言葉を遮るように、空間に女の声が響いた。
続いて、高笑いが降ってきたかと思うと、クラウスの腕の中からルイーゼの身体が煙のように消え失せる。
クラウスは無言で視線を上へと向けた。
ばさりと真紅の派手な衣をたなびかせて、クラウスの頭より随分と高い位置に、赤い魔女が浮かんでいた。
姿が消える時に反射的に閉じた目を、ルイーゼはゆっくりと開く。目の前に、ロズの楽しそうな顔があった。透明な背景は目紛しく流れている。
両手を絡めるように取られ、まるで宙を踊るかのように、二つの身体が回る。
「っ、ロズ……」
「よう魔女殿、お楽しみのところ悪いな。人の暦では随分と久しぶりか? お前が私の名すら忘れるものだから、折角の狂宴をかぶりつきで見損ねた。とっておきの力をやって、一緒に試行錯誤してきた仲だってのに、冷たいな」
「……ロズ、やはり貴女は」
「おっと、そんなことより涙まみれのその顔だ。ふふふ、傑作だな、魔女殿。まるで人間のように泣き喚いて、しかも最初の火事の夜よりずっといい。好き放題させた甲斐があったってもんだ」
ルイーゼの言葉を遮るように、赤い髪先が唇をするりと撫でた。
口を噤んでこちらを見据えるルイーゼの瞳が、未だに少し潤んでいることを見て、ロズはついにけらけらと声をあげて笑う。
「お前、王国に居た時も大概おかしかったが、特にここ数年は、あのとち狂った技師も真っ青な狂人ぶりだったぞ。まとめて回想シーンにでもしてやろうか」
そう言ってロズはルイーゼを抱いたまま、宙を滑るように飛び、朱の塗られた指先が空間を撫でた。透明なそこはじわりと滲み、幾つもの光景が浮かび上がる。
それらを満足げに眺め、ロズは指先でそのうち一つを指し示した。
「私が一番気に入ってるのは、この皇帝を殺して屍兵にしたところだ。妃と一緒にならせてくれって、泣いて頼み込んできたよな。半分腐って顔なんか分りゃしないが、ところでこの妃、何となくあの女に似てる気がしないか? ほら、なんていった? あの腹黒公爵の――」
「ロズ、悪趣味な真似はやめてください。こんなことをされずとも、私の罪は理解しています」
「罪? 罪って言ったか? そりゃおかしな話だな、魔女殿。お前、最初に言ったよな、『クラウス様のためなら、何でもする』って。あれは嘘だったって?」
「嘘偽りはありません。ですがそれでも、私は取るべき手段を誤りました。クラウス殿下の近衛騎士として――」
「お前は、魔女だろ?」
ロズの冷たい声が、ルイーゼの言葉を遮った。
ぐっと強く腰を引き寄せて、ロズはルイーゼに鼻がつきそうなほどに顔を近付ける。
「なあ魔女殿、ここまできて、心にも思ってもないこと言うのはやめろよ。私とお前の仲だろう? ああ、それなら聞き方を変えてやろうか。お前がここで諦めるってんなら、私が今この場で『クラウス様』の魂ごと消してやるがどうする?」
問いが終わるよりも早く、透明な空間に赤い髪の断片が舞った。
軽く身を引いてルイーゼの剣先を躱したロズは、腹を抱えて笑う。
「ほら見ろ。これがお前の虎の尾だ、魔女殿。断言してやる。お前はどれだけやり直そうが、どれだけ改心したふりしようが、その根底は変わらない。また『クラウス様』のために世界すら壊す。何故って? それが『魔女』だからだよ」
「……魔女は、唯一人の為に、全てを滅ぼす。貴女も、そうでしたか」
ルイーゼが静かに問うた。
ロズはぴくりと肩を震わせると、くぐもった笑い声を漏らし、やがてそれは高笑いとなった。
ばさりと衣服をはためかせ、ロズがルイーゼに相対するように浮かぶ。白い髪と赤い髪、黒い服と赤い衣。唯一等しい赤い瞳が、真っ直ぐに互いの目を見つめた。
少しの沈黙の後で、先に口を開いたのはロズだった。朱の引かれた薄い唇が、歪ませられるように口角を上げ、隙間から吐息と共に言葉が漏れ出る。
「なあ魔女殿、お前のことなら何でも分かるさ。お前の思考、狂気、その本質に至るまで、それこそクラウスより余程よく知って――」
「ロズ」
男の低い声がして、ルイーゼの肩が引かれた。
ロズの発言を遮ったクラウスは、ルイーゼを背後から片腕に抱きながら、視線を真っ直ぐに赤き魔女へと向ける。
「何だよ、今いいところなんだ。下がってろよ、王子様」
楽しみを邪魔されたと、ロズが舌打ち混じりに顔を歪ませる。
クラウスは険しい表情のまま、首を横に振った。
「断る。お前の言い分は理解するが、その役割は私が担う」
「お前に指図される謂れは――」
「ロズ」
もう一度静かにクラウスが名を呼ぶと、ロズは居心地悪そうに一層顔を顰めて、素直にひらりと身を翻す。
そのまま少し離れたところから、つまらなさそうに二人を眺めた。
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