【完結】混血の狼少女は厳格な騎士団長に溺愛される

宵乃凪

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三章

貴族邸捜査①

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 ユーフォリアが正式に王国騎士団長補佐となって一ヶ月と少しが過ぎた。仕事の内容といえば、以前と同じく街の巡回や魔獣の討伐と、加えて王家や議会と擦り合わせる議題の精査、王国騎士団内の編成や任務の調整などがあったが、特に最後の一つについてはレオネルに助けられているところも大きかった。
 しばらく無言で睨み付けていた書面から顔を離して、ユーフォリアがそこに幾つかの文字を書き付け、向かいに座る男へと手渡す。
「レオネル、来週の小隊ごとの仕事の割り振り。確認お願いしてもいい?」
「はい、団長補佐。拝見させて頂きます」
 レオネルは書類にざっと一通り目を通してから、眉を寄せてそれを差し出し返した。
「ユーフォリア団長補佐、一隊当たりの請け負う魔獣の規模が大き過ぎます。それに、野営を予定した遠征討伐から帰投してその足で市街巡回というのは、隊士を過労で殺す気ですか」
「でもこの小隊長、この間訓練場で手合わせしたけど、強かったよ。そのぐらい問題ないと思ったけど」
「はあ……お前は、訓練場と外界とを同一視するなと、何度言えば理解する。留意しろっていうのは、生き死にだけの話じゃない。ただでさえ不測の起きやすい遠征討伐で、人員に余裕が無ければ、焦りや疲労で視野も狭まりやすくなるだろう。仮にここで大怪我でもされたら、帰路の安全確保はどうする。翌日の任務は誰がやるんだ」
「……ありがとう、レオネル小隊長。全部組み直します」
 がっくりと肩を落として、ユーフォリアが机上に置いた書面とまた睨み合う。青黒い頭頂部を見ながら、レオネルは何度目かになるため息を吐いた。

「おーい、ユーフォリア……副団長殿」
 ユーフォリアが訓練場の付近を通った時、取って付けたように敬称を加えて彼女を呼んだのは、御前試合で剣を交わした隊士だった。訓練用の剣を片手に場内を出てきた男は、ユーフォリアの表情を見て、続けて手に持った大量の書束を視界に入れて、苦笑しながら彼女の背を叩く。
「随分とお忙しいみたいだな、副団長殿。訓練場もご無沙汰だろうと思って声掛けたが、それどころじゃ無さそうだな。ちゃんと寝れてるか?」
「うん、寝てる。アルベルト騎士団長閣下も、前より沢山寝させてる」
 以前に交わした会話をなぞって少し疲れた顔でそう返した彼女に、隊士はまた苦笑いを浮かべた。せめて運ぶのを手伝うと言って、腰に剣を戻すと、男の手がユーフォリアの抱えた山の半分程を持つ。行き先を聞いて、少し早足で歩きながら、隊士はまたユーフォリアの体調を労った。彼曰く、彼女がなかなか訓練場に姿を現さないことで、いつもの顔触れが心配しているのだという。
「巡回や討伐も無くなったわけじゃないんだろ? 腕が鈍ると困るんじゃないか?」
「うん、でも今はまず、書類仕事を一人で出来るようになりたい。まだレオネルの確認が無いと、提出許してもらえない」
「お前報告書の類はすこぶる苦手だって有名だもんな。まあ、あの剣の腕があって、そっちまで有能とあっちゃな。完璧超人は閣下お一人で十分だ」
 そう小声で付け加えて笑う男に、ユーフォリアは軽く首を傾げた。
「レオネルも、剣も書類も出来る」
「あいつは、ほら……粗雑な割に、堅物過ぎて、口煩いし、なんつーか……ここだけの話、若い隊士にはあまり人気が無い」
 隊士は少し躊躇ってから、そうきっぱりと言い切る。ユーフォリアは二度目を瞬かせて、また首を傾げた。
「レオネル、嫌われてる? 強くて良い人間なのに。私は結構好き、すごく気にいってる。レオネルが過労で死ぬと困るから、だから書類仕事をもっと勉強する」
 連日の忙しさに、つい欠伸を漏らしながらユーフォリアがそう答え、言い終えたところでふと隣の男が居なくなったことに気がつく。振り返ると、数歩後ろに立つ隊士は、ぽかんと呆気に取られたような表情を浮かべていた。
「? どうしたの?」
「いや、どうしたっていうか……お前、レオネルとできてるのか? お前が閣下以外をそんな風に言ってるの、初めて見たぞ」
「レオネルと? 何ができる?」
 ユーフォリアが怪訝な表情でそう聞き返した時、彼女が立つすぐそばの扉が音を立てて開いた。中から出てきた男の表情を見て、隊士はしまった、と顔を顰める。急いで手にした書束をユーフォリアに返すと、挨拶もそこそこに、面倒なことになる前にとその場を走り去った。その背を訝しげに見送ってから、背後から聞こえた深いため息にユーフォリアが振り返る。
「レオネル、頼まれてた資料、これで全部」
「ユーフォリア副団長、何度も申し上げるが、油断して妙なことを口走るのはやめてください。幸いにしてあいつとは同期で、さほど口の軽い男ではないと知っています。しかし、もし妙な噂でも立って閣下のお耳に入れば、それこそ私が過労と心労で倒れます」
 室内へと招き入れながら、レオネルが嘆息混じりにそう言った。あまり理解していなさそうな顔で、気を付ける、と頷くユーフォリアを、レオネルが部屋中央に置かれた長椅子に座らせる。目の前の机に受け取った資料と、先程まで自分が作成していた記録を横に並べて、レオネルは紙面の数箇所を丸で囲った。
「……これが、件の香を所持していた者です。ほとんどが貴族階級の者でしたが、先日ご指摘のあったように、数名の使用人の纏う衣服からも同様の成分が見受けられました」
 先程までとは打って変わって、真面目な表情で告げられた報告に、ユーフォリアは頷く。
「うん、似た匂いがしたから。それからその家、魔獣もいるよ。やっぱり間違いない。多分、父さ……例の、青い四つ足」
 滑らせかけた口をなんとか止めて、ユーフォリアが紙面上に簡単な絵を描いた。青黒い鋼の体毛を持つその魔獣は、姿形は狼に似ており、人間より二回りは大きい身体には豊富な魔力が溢れている。その数カ所に注釈を入れながら、ユーフォリアは淡々と続けた。
「殺すなら、前足付け根の裏、首の下、突かないといけないけど眼も柔らかい。体表面と尾はやめた方がいい。騎士団の剣じゃ傷付けられない。もし市街に出たらそうやって対処、薬を嗅いでたら暴れると思うけど、頑張って誰も喰われないと良いと思う」
「……まさかご自身で行かれるおつもりで? どう見ても明らかな罠でしょう。ここに来て情報の管理が杜撰過ぎる。この当主は老獪な男です。何か目的があって誘い込もうとしていると考えます」
「なら好都合。この地区の調査許可下ろしてもらうのはすごく大変だけど、招いてくれるなら入りやすい。それに、もし向こうがそのつもりなら、今度は街に魔獣や香を撒くかもしれない。そしたら大勢が喰われる。違う?」
 淀みなく返された返答に、レオネルは眉を寄せ数秒黙った後で、深いため息を吐いた。
「まずは閣下に承認を。それから私も随伴します」
 そう短く答えてレオネルは、手早く書類をまとめて立ち上がったユーフォリアの後に続いた。
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