29 / 33
三章
結末②
ユーフォリアとアルベルトは、しばらくを屋敷で療養することになった。あの夜の翌日に一度ここを訪れたレオネルによると、万事問題はなく進めているとのことで、たまには身を休めろという旨を言い残して彼は城砦の方へと帰っていった。
寝台にうつ伏せの状態で読んでいた伽話の本をぱたりと閉じて、ユーフォリアが仰向けに転がりながら両手足を伸ばす。屋敷に帰ってきた時には幾らか残されていた彼女の身体の傷は、この数日で既に跡形もなく治りきっていた。暇を持て余して室内を少しうろうろとした後に、部屋の扉に手を掛けて、ユーフォリアは静かにそれを開く。隙間の向こうに立つ中老の男と目が合い、無言で向けられた視線に、ユーフォリアは朝と同じく黙って扉を閉めた。
屋敷に戻って翌日に、もう全快したと言って屋敷のことを手伝おうとするユーフォリアを、頼むから休んでくれとシキが止め、そのようなやり取りを何度か繰り返した後に、ついにグレアから自室療養が言い渡された。いつもより少し豪華な食事は全て運び入れられ、湯浴みは全身をシキに磨き上げられ、それこそ何処ぞの令嬢のような扱いがどうにも居心地が悪いとユーフォリアは思った。
すごすごとまた寝台に帰り、仰向けに転がって、先程開かれた扉の隙間から入ってきた空気を吸い込む。そこに微かに含まれた匂いに、ユーフォリアは少し不服そうに眉を寄せた。
夜、白く光る月は半分程が欠け、東の空に上り始めている。ユーフォリアは寝着を纏った身体を寝台から起こし、静かに床へと降り立った。扉ではなく窓の方へと向かい、音を立てずに開くと、冷ややかな空気が室内へと入り込む。それを一呼吸だけ吸ってから、ユーフォリアは暗い外へと身を滑り出させた。
目的の窓をそっと開くと、ユーフォリアはアルベルトの部屋の床へと降り立つ。寝所は月の光がある外よりも一層薄暗く、日中よりも色濃い匂いがユーフォリアの鼻をついた。ひたひたと静かに歩み寄り、すぐに寝台へと辿り着くと、アルベルトが少し困ったような苦笑いで彼女を見上げる。薄闇の中でも捉えられる顔色に、ユーフォリアは口先を尖らせた。
「アルベルト、私を近付けないように、屋敷の人に言ったでしょ」
そのありありと不満が滲んだ声に、アルベルトが微かな笑い声を漏らす。
「このような姿ですまないな。お前の方は大事ないか?」
寝台に横たわったままそう言って、伸ばされた手がユーフォリアの短くなった髪をさらりと梳く。彼が少し身体を動かしたことで、室内にはまた新鮮な血の匂いが漂った。
ユーフォリアはアルベルトの手のひらに頬を擦り付けてから、その手を取って寝台へと乗り上げる。身体を踏まないように気を付けながら、彼の身にかけられた掛け物を剥がし、薄い衣の合わせを開いて、その下から現れた身体にまた眉を寄せた。幾重にも覆われた胸と腹、そして首の包帯の下には、また傷が開きかけている気配が伺える。
「アルベルト、身体が冷たい。魔力が枯渇しかけたまま、傷も治ってない。なんで私を呼ばない?」
「傷も魔力も、時間をかければ治る。命に関わるようなものではない。お前から、何一つとして奪いたくはないと、そう言ったろう」
「アルベルト、それ、頑固者っていうって本で読んだ。アルベルトは良くても、グレアも他の皆も、ずっとすごく心配してる。アルベルトは、理想の前に、アルベルトのこと大事にしてくれる人をもっと大事にした方が良い」
先程よりも少しだけ真面目な声で告げられた内容に、アルベルトが微かに目を見開く。彼からの返答がある前に、ユーフォリアの身がふわりと前方に倒れ、開きかけていたアルベルトの唇を塞いだ。ざらりとした舌が入り込むと同時に、緩やかに流れ込んできた温かな熱に、アルベルトはまた少し驚いたような表情を浮かべる。
しばらく唇を合わせた後で、細い糸を繋ぎながら、ユーフォリアが少しだけそれを離した。至近距離で視線を合わせたまま、アルベルトの表情を見たユーフォリアは満足げに笑う。
「魔力制御、アルベルトがずっと教えてくれたから、私上手になった。殺すだけじゃなくて、干渉して治癒できるように、療術のことも勉強する。でもアルベルトは制御が上手だから、魔力があれば自分で治せる」
そう言って、ユーフォリアが再び触れるだけの口付けを落とした。
「アルベルト、魔力もらって。早く治して、一緒に城に帰る。レオネルが過労死する前に」
ユーフォリアがまた少し真面目な表情でそう告げる。観念したように苦笑して首を縦に振ったアルベルトに、ユーフォリアは心底満足したように大きく頷き、一度目より一層深く唇を塞いだ。
アルベルトの唇を割って、再びユーフォリアの舌が彼の口内に侵入する。触れた舌先はいつもよりも相当冷たい。魔力の欠乏によるものか、血を失い過ぎているのか、いずれにしてもかなり具合が悪いことが伺えた。ユーフォリアは一度舌先を引っ込めて、自らの牙で先端を軽く傷付ける。溢れ出したそれを唾液と共に流し込み、彼の魔力組織へと深く干渉した。
相手の反応や具合を見ながら、自らの魔力を少しずつ流し込む。ずっとただ滾る熱のようなものとして感じていたそれは、幾度も供給を重ね、制御の術を磨くことで、はっきりとした流れとして知覚できるようになっていた。己の体内に渦巻く奔流を捌き、繋がる先の彼の組織をゆっくりと満たしていく。相手の身体に負荷を掛けないよう、慎重にある程度を与えたところで、ユーフォリアは指先でそっとアルベルトの身に巻かれた包帯を解いた。
少し熱の戻った唇を解放し、そのままユーフォリアの唇がアルベルトの首元へと滑り降りる。新たな出血が止まった傷口には、まだ血で濡れた痕跡があり、ユーフォリアの舌がそれを掬い取った。そのまま幾度もそこへと口付け、干渉を続けるユーフォリアの頭に、大きな手が触れる。感謝と謝罪を述べた後で、アルベルトは自らの出自と、現在の魔力による格差を生む原因となった過去について静かに語り始めた。あの燃える屋敷で、朧げに耳にしたような気がするそれを聞きながら、ユーフォリアの唇はさらに下方へと降りる。胸から腹にかけての傷は、首の傷よりも治りが早いようだった。傷跡をなぞるように唇を滑らせ、ユーフォリアはちらとアルベルトの表情を伺う。この角度からはよく見えなかったが、最後に彼は少し苦々しげに、あの暗殺の夜のことについて言及した。場合によっては殺すつもりだったとそう告げられて、ユーフォリアは思わず微かな笑い声を漏らす。傷跡の薄くなった腹から顔を上げて、アルベルトの顔の両脇に手を置くと、琥珀色の瞳を頭上から真っ直ぐに見下ろした。
「あの時、アルベルトが死ななくて良かったけど、私も殺されなくて良かった」
「お前は、生き延びて良かったとそう思うか?」
静かにそう問われ、ユーフォリアは躊躇いなく頷く。身を倒して彼の身体に擦り寄り、首に両腕を回すと、すっかりいつもの体温が全身で感じられた。
「だって、良いものが沢山ある。屋敷のご飯は美味しいし、湯浴みは気持ちが良いし、グレアもシキも皆が優しい。街とか騎士団の人と話すのは好きだし、剣は楽しい。レオネルは口煩いって皆言うけど、私はすごく気に入ってる。この間の屋敷の人間とか、嫌なことをする人間も沢山いる。けど、アルベルトとか騎士団がずっと頑張ったから、やっぱり結構、良いところだと思う。わっ、とと……」
言い終わると同時にアルベルトが彼女ごと身を起こす。ユーフォリアはずり落ちかけた身体を、腕に力を込めて留めると、アルベルトの顔を見上げた。
「アルベルト、傷全部治った? 内臓は? もう魔力はいらない?」
「ああ、お陰で完治した。礼を言う。加えて、お前が生を享受し、喜びを見出していることを嬉しく思う」
「うん、楽しい。だから、また騎士団の仕事を頑張る。アルベルトが部隊を作ってくれたから、今度は統率のことも勉強しないといけない。レオネルに言われた。全部自分でやらずに指示を出して、それから部下の命も守らないといけないって。難しいけど、レオネルに聞いて覚える」
そう言って頷く彼女の頭を一つ撫でると、アルベルトはユーフォリアの身体をそっと寝台へと横たえた。覆い被さるようにその身を包み、口端に残った赤黒い汚れを舐めとると、そのまま触れるように口付けを落とす。
「理想を共に歩んでもらえることは嬉しいが、私についての言及はないのか?」
ユーフォリアが首を傾げる。少し考えて、先の自分の発言のことかと思い当たり、不思議そうな顔をした。
「アルベルトは一番好き。アルベルト、そんな顔するの珍しい。まだ痛みが残っている?」
「言ったろう、お前の美しさに焦がれていると。己の立場を理解しながらも、それでもお前に常にそばにあって欲しいと、そう願ってやまない」
「うん、一緒にいる。だから副団長になった。アルベルトの理想を叶えて、その先も一緒にいる。レオネルたちがいるから、前よりもっと助けになれる」
だから何でも仕事を振ってくれと、仰向けに横たわったまま胸を張るユーフォリアに、アルベルトは微かに眉を寄せた。
「お前への求婚の件だが、やはり少しばかり早めたい」
「? アルベルト、やっぱり少し変。まだ疲れてる。副団長になったばかりだから、暫くはアルベルトへの接し方を気を付けないと、就任に私情が疑われるってレオネルが言ってた。婚姻は一番気を付けないと駄目、違う?」
アルベルトが無言で一層眉を寄せた。その不機嫌とも苛立ちとも違う表情は、何やら見覚えがあるとユーフォリアはじっと考える。数秒経ってから、自室に幾つか挿されてある伽話のことを思い出した。
「アルベルト、それ知ってる。嫉妬、だ」
珍しいものを見た、とばかりに目を輝かせるユーフォリアの唇を、アルベルトが無言で塞ぐ。しばらく経ってからそれを離すと、彼はいよいよ観念したように、微かに眉尻を下げた。
「愛している、ユーフォリア。許されるのであれば、お前の肌に触れさせて欲しい」
甘い懇願にユーフォリアは数度目を瞬かせると、嬉しそうに笑って大きく頷き、アルベルトの首に両腕を回して強くその身を引き寄せた。
寝台にうつ伏せの状態で読んでいた伽話の本をぱたりと閉じて、ユーフォリアが仰向けに転がりながら両手足を伸ばす。屋敷に帰ってきた時には幾らか残されていた彼女の身体の傷は、この数日で既に跡形もなく治りきっていた。暇を持て余して室内を少しうろうろとした後に、部屋の扉に手を掛けて、ユーフォリアは静かにそれを開く。隙間の向こうに立つ中老の男と目が合い、無言で向けられた視線に、ユーフォリアは朝と同じく黙って扉を閉めた。
屋敷に戻って翌日に、もう全快したと言って屋敷のことを手伝おうとするユーフォリアを、頼むから休んでくれとシキが止め、そのようなやり取りを何度か繰り返した後に、ついにグレアから自室療養が言い渡された。いつもより少し豪華な食事は全て運び入れられ、湯浴みは全身をシキに磨き上げられ、それこそ何処ぞの令嬢のような扱いがどうにも居心地が悪いとユーフォリアは思った。
すごすごとまた寝台に帰り、仰向けに転がって、先程開かれた扉の隙間から入ってきた空気を吸い込む。そこに微かに含まれた匂いに、ユーフォリアは少し不服そうに眉を寄せた。
夜、白く光る月は半分程が欠け、東の空に上り始めている。ユーフォリアは寝着を纏った身体を寝台から起こし、静かに床へと降り立った。扉ではなく窓の方へと向かい、音を立てずに開くと、冷ややかな空気が室内へと入り込む。それを一呼吸だけ吸ってから、ユーフォリアは暗い外へと身を滑り出させた。
目的の窓をそっと開くと、ユーフォリアはアルベルトの部屋の床へと降り立つ。寝所は月の光がある外よりも一層薄暗く、日中よりも色濃い匂いがユーフォリアの鼻をついた。ひたひたと静かに歩み寄り、すぐに寝台へと辿り着くと、アルベルトが少し困ったような苦笑いで彼女を見上げる。薄闇の中でも捉えられる顔色に、ユーフォリアは口先を尖らせた。
「アルベルト、私を近付けないように、屋敷の人に言ったでしょ」
そのありありと不満が滲んだ声に、アルベルトが微かな笑い声を漏らす。
「このような姿ですまないな。お前の方は大事ないか?」
寝台に横たわったままそう言って、伸ばされた手がユーフォリアの短くなった髪をさらりと梳く。彼が少し身体を動かしたことで、室内にはまた新鮮な血の匂いが漂った。
ユーフォリアはアルベルトの手のひらに頬を擦り付けてから、その手を取って寝台へと乗り上げる。身体を踏まないように気を付けながら、彼の身にかけられた掛け物を剥がし、薄い衣の合わせを開いて、その下から現れた身体にまた眉を寄せた。幾重にも覆われた胸と腹、そして首の包帯の下には、また傷が開きかけている気配が伺える。
「アルベルト、身体が冷たい。魔力が枯渇しかけたまま、傷も治ってない。なんで私を呼ばない?」
「傷も魔力も、時間をかければ治る。命に関わるようなものではない。お前から、何一つとして奪いたくはないと、そう言ったろう」
「アルベルト、それ、頑固者っていうって本で読んだ。アルベルトは良くても、グレアも他の皆も、ずっとすごく心配してる。アルベルトは、理想の前に、アルベルトのこと大事にしてくれる人をもっと大事にした方が良い」
先程よりも少しだけ真面目な声で告げられた内容に、アルベルトが微かに目を見開く。彼からの返答がある前に、ユーフォリアの身がふわりと前方に倒れ、開きかけていたアルベルトの唇を塞いだ。ざらりとした舌が入り込むと同時に、緩やかに流れ込んできた温かな熱に、アルベルトはまた少し驚いたような表情を浮かべる。
しばらく唇を合わせた後で、細い糸を繋ぎながら、ユーフォリアが少しだけそれを離した。至近距離で視線を合わせたまま、アルベルトの表情を見たユーフォリアは満足げに笑う。
「魔力制御、アルベルトがずっと教えてくれたから、私上手になった。殺すだけじゃなくて、干渉して治癒できるように、療術のことも勉強する。でもアルベルトは制御が上手だから、魔力があれば自分で治せる」
そう言って、ユーフォリアが再び触れるだけの口付けを落とした。
「アルベルト、魔力もらって。早く治して、一緒に城に帰る。レオネルが過労死する前に」
ユーフォリアがまた少し真面目な表情でそう告げる。観念したように苦笑して首を縦に振ったアルベルトに、ユーフォリアは心底満足したように大きく頷き、一度目より一層深く唇を塞いだ。
アルベルトの唇を割って、再びユーフォリアの舌が彼の口内に侵入する。触れた舌先はいつもよりも相当冷たい。魔力の欠乏によるものか、血を失い過ぎているのか、いずれにしてもかなり具合が悪いことが伺えた。ユーフォリアは一度舌先を引っ込めて、自らの牙で先端を軽く傷付ける。溢れ出したそれを唾液と共に流し込み、彼の魔力組織へと深く干渉した。
相手の反応や具合を見ながら、自らの魔力を少しずつ流し込む。ずっとただ滾る熱のようなものとして感じていたそれは、幾度も供給を重ね、制御の術を磨くことで、はっきりとした流れとして知覚できるようになっていた。己の体内に渦巻く奔流を捌き、繋がる先の彼の組織をゆっくりと満たしていく。相手の身体に負荷を掛けないよう、慎重にある程度を与えたところで、ユーフォリアは指先でそっとアルベルトの身に巻かれた包帯を解いた。
少し熱の戻った唇を解放し、そのままユーフォリアの唇がアルベルトの首元へと滑り降りる。新たな出血が止まった傷口には、まだ血で濡れた痕跡があり、ユーフォリアの舌がそれを掬い取った。そのまま幾度もそこへと口付け、干渉を続けるユーフォリアの頭に、大きな手が触れる。感謝と謝罪を述べた後で、アルベルトは自らの出自と、現在の魔力による格差を生む原因となった過去について静かに語り始めた。あの燃える屋敷で、朧げに耳にしたような気がするそれを聞きながら、ユーフォリアの唇はさらに下方へと降りる。胸から腹にかけての傷は、首の傷よりも治りが早いようだった。傷跡をなぞるように唇を滑らせ、ユーフォリアはちらとアルベルトの表情を伺う。この角度からはよく見えなかったが、最後に彼は少し苦々しげに、あの暗殺の夜のことについて言及した。場合によっては殺すつもりだったとそう告げられて、ユーフォリアは思わず微かな笑い声を漏らす。傷跡の薄くなった腹から顔を上げて、アルベルトの顔の両脇に手を置くと、琥珀色の瞳を頭上から真っ直ぐに見下ろした。
「あの時、アルベルトが死ななくて良かったけど、私も殺されなくて良かった」
「お前は、生き延びて良かったとそう思うか?」
静かにそう問われ、ユーフォリアは躊躇いなく頷く。身を倒して彼の身体に擦り寄り、首に両腕を回すと、すっかりいつもの体温が全身で感じられた。
「だって、良いものが沢山ある。屋敷のご飯は美味しいし、湯浴みは気持ちが良いし、グレアもシキも皆が優しい。街とか騎士団の人と話すのは好きだし、剣は楽しい。レオネルは口煩いって皆言うけど、私はすごく気に入ってる。この間の屋敷の人間とか、嫌なことをする人間も沢山いる。けど、アルベルトとか騎士団がずっと頑張ったから、やっぱり結構、良いところだと思う。わっ、とと……」
言い終わると同時にアルベルトが彼女ごと身を起こす。ユーフォリアはずり落ちかけた身体を、腕に力を込めて留めると、アルベルトの顔を見上げた。
「アルベルト、傷全部治った? 内臓は? もう魔力はいらない?」
「ああ、お陰で完治した。礼を言う。加えて、お前が生を享受し、喜びを見出していることを嬉しく思う」
「うん、楽しい。だから、また騎士団の仕事を頑張る。アルベルトが部隊を作ってくれたから、今度は統率のことも勉強しないといけない。レオネルに言われた。全部自分でやらずに指示を出して、それから部下の命も守らないといけないって。難しいけど、レオネルに聞いて覚える」
そう言って頷く彼女の頭を一つ撫でると、アルベルトはユーフォリアの身体をそっと寝台へと横たえた。覆い被さるようにその身を包み、口端に残った赤黒い汚れを舐めとると、そのまま触れるように口付けを落とす。
「理想を共に歩んでもらえることは嬉しいが、私についての言及はないのか?」
ユーフォリアが首を傾げる。少し考えて、先の自分の発言のことかと思い当たり、不思議そうな顔をした。
「アルベルトは一番好き。アルベルト、そんな顔するの珍しい。まだ痛みが残っている?」
「言ったろう、お前の美しさに焦がれていると。己の立場を理解しながらも、それでもお前に常にそばにあって欲しいと、そう願ってやまない」
「うん、一緒にいる。だから副団長になった。アルベルトの理想を叶えて、その先も一緒にいる。レオネルたちがいるから、前よりもっと助けになれる」
だから何でも仕事を振ってくれと、仰向けに横たわったまま胸を張るユーフォリアに、アルベルトは微かに眉を寄せた。
「お前への求婚の件だが、やはり少しばかり早めたい」
「? アルベルト、やっぱり少し変。まだ疲れてる。副団長になったばかりだから、暫くはアルベルトへの接し方を気を付けないと、就任に私情が疑われるってレオネルが言ってた。婚姻は一番気を付けないと駄目、違う?」
アルベルトが無言で一層眉を寄せた。その不機嫌とも苛立ちとも違う表情は、何やら見覚えがあるとユーフォリアはじっと考える。数秒経ってから、自室に幾つか挿されてある伽話のことを思い出した。
「アルベルト、それ知ってる。嫉妬、だ」
珍しいものを見た、とばかりに目を輝かせるユーフォリアの唇を、アルベルトが無言で塞ぐ。しばらく経ってからそれを離すと、彼はいよいよ観念したように、微かに眉尻を下げた。
「愛している、ユーフォリア。許されるのであれば、お前の肌に触れさせて欲しい」
甘い懇願にユーフォリアは数度目を瞬かせると、嬉しそうに笑って大きく頷き、アルベルトの首に両腕を回して強くその身を引き寄せた。
あなたにおすすめの小説
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話