俺と合体した魔王の娘が残念すぎる

めらめら

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第2章 深幻想界〈シンイマジア〉

モーニングパニック

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「姉さんの代わりに……ユナが朝ごはんを!?」
「そう。ソーマくん最近だらしないでしょ? なんだか見てられなくて……」
 驚きの声をあげるソーマにユナはアッサリそう答えて、つかつかとキッチンまで歩いて行く。

「冷蔵庫、ガラガラねぇ? あ、玉子は無事だ、パンもまだ残ってるね。だったら……」
「おいおいユナ……」
 冷蔵庫をかってに開けて中身をあらためていくユナ。
 フライパンに油を引いて、手早く冷蔵庫の食材をキッチンに並べていく。

 呆れ顔のソーマがユナに何かを言いかけた、その時だった。

「おはようございます。ルシオン様。ソーマ様」
「コゼット……?」
 ソーマの耳元で囁く声がした。

 ソーマのまわりを、ハサハサ幽かな翅音をたてた青いチョウが飛んでいた。
 ルシオンの侍女コゼットだ。

「お2人とも、もうお目覚めだったのですね。ん……? でもルシオン様のそのお姿は?」
(そうなのだコゼット! こいつ、わたしが寝てる隙に勝手に転身トゥマイヤを……! 早く戻せー!)
 ソーマの姿を見て不思議そうな声のコゼットに、ルシオンがイライラした声をあげた。

「だから、知らねーよそんな事。トゥマイヤって何だよ!」
転身トゥマイヤとは、ルシオン様たち魔王の眷属が持つ変身能力です。戦闘服バトルスタイル宮廷服コートスタイル舞踏服パーティースタイル、その他もろもろ。あらかじめインプットしたいくつかの形態スタイルに一瞬で変身できるのです。ですが……」
 首をかしげるソーマのまわりを飛びながら、コゼットがそう説明する。

「どうやら昨日の『合体』で、ソーマ様のお姿が自動的にインプットされてしまったみたいですね。それが、ソーマ様の強い思い・・で勝手に発現したとしか……」
(グウウ……どうして勝手にそんなことに……)
 コゼットの推理に、ルシオンが納得できない様子でうめく。

「ですがルシオン様。これは逆にチャンスかもしれません」
(チャンス?)
「はいルシオン様。盗賊グリザルドは倒したものの、剣を奪った人間たち、そしてあの魔氷使いの行方や正体。わたくしたちはまだ何も知ません。ルシオン様のお姿はこの世界で目立ちますし敵の恰好の標的になりかねません。ですがソーマ様のお姿を借りて人間の世を調べていけば、より安全に剣の行方を辿れるかも……」
(そうか……そうかもしれない!)
 コゼットのアイデアに、ルシオンの声がパッと明るくなった。

(そうだ。そうしよう。早速この姿で敵の追跡を! ほれ、お前。さっさと体を渡せ!)
「勝手に決めるなルシオン! その話は……あとで聞く。今日はユナと学校へ行く……!」
(な……何でお前が決めてるんだ! お前の主はわたしだぞ! はやく渡せ渡せ渡せ!)

「まあまあ、ルシオン様……」
 ソーマの中で怒りの叫びをあげるルシオン。
 コゼットがなだめるように、ルシオンにそう呼びかけた。

「ソーマ様にもソーマ様の事情があります。ここはソーマ様と一緒に人間の世を巡り、ルシオン様の知識や見聞を広げて行くのも大事です。ルシオン様が将来、魔王ヴィトル様の跡を継ぐ時のためにも……」
(……父上の、跡を継ぐ!)
 コゼットの説得に、ルシオンの様子が一変した。
 ひどく緊張したように息を飲み、しばらくのあいだ黙ったまま。

(わかった。コゼットがそこまで言うなら、しばらくそうする……)
「賢明なお考えです。ルシオン様!」
 しおらしい様子でコゼットにそう答えるルシオン。
 コゼットはハサハサあたりを舞いながら、明るい声。

「色々ありがとなコゼット。ルシオン、俺も出来るだけ協力するよ。とりあえず学校で、コウとナナオの話を聞いてみる。スマホでも何か調べられるかもしれないし」
(……うむ)
 コゼットの計らいに礼を言いながら、ソーマはルシオンにそう話しかける。

 ソーマのスマホは消滅して行方がわからないから、学校でコウたちに調べてもらうか……。
 パソコン室のマシンも使えるかもしれない。
 
 自分たちを殺そうとした人間たちの正体が、ソーマも気になった。
 ソーマはリビングのテレビをつける。

 御霊山の山火事は地元ニュースでも報じられていた。
 だが、竜の死体や人間の兵士たちの死体の事には、全く触れられていない。
 何かが、おかしかった。

 ソーマとルシオンたちが、そんなことをしているうちに……

「おまたせソーマくん。出来たよー!」
 キッチンから、ユナの明るい声がした。

  #

(『朝ごはん』……? 毎日そんなものを食べないといけないのか?)
「ん。まあ……基本的にはな」
 テーブルに並んだ皿を見下ろして、ルシオンは不思議そうな声をあげる。
 ソーマはモジモジしながら、小さな声でそう答えた。

 まったく、ユナには何から何まで世話になりっぱなしだった。
 テーブルの上で美味しそうに湯気をたてているのは、ユナがソーマのために作ってくれた朝ごはんだった。

 スクランブルエッグ。
 カリカリに焼いたベーコン。
 バターを塗ったトースト。
 トマトのサラダ。
 淹れたてのコーヒー。

 ものすごく手際がいい。
 どれも美味しそうだった。

「時間がないし、簡単なのしか出来なかったけど……さ、食べよ? ソーマくん」
「うん。いただきますユナ……」
 テーブルでユナと向き合いながら。
 ソーマは朝ごはんに口をつけた。

(まったく人間て不便だし燃費が悪いなあ。毎朝そんなことをしてたら、時間がかかってしょうがない……じゃ……ないか……!?)
「うるさいルシオン。人間はそういうモノなんだよ。……っておい、どうした?」
 ブツブツ文句を言うルシオン。
 トーストにスクランブルエッグとベーコンを乗っけたものを口に運びながら、ソーマがルシオンにそう答えかけた。
 その時だった。

(W☆□●▽~!▲×ふ★!☆?彡じ▲Ω◎~▲×ふ?★☆w彡こ▲×?★!ΩΩΩΩ!!!!!!!!!!!!!!!!!?!!!)
 ソーマの頭の中で、なにかが炸裂した。

「ウワッ! なんだよいきなり!?」
「どうしたの? ソーマくん?」
「いやごめん、なんでもないユナ……」
 なにかが爆発したようなルシオンの叫びに、思わず大声を上げるソーマ。
 ユナは不思議そうな顔でソーマを見つめた。
 ソーマは慌てて首をふってユナに取り繕う。

「どうソーマくん? 美味しい?」
「ああユナ……すごくウ……」
(な……なんなのだこの味は!? カリカリした食感の中からあふれ出るしょっぱさと旨味! こっちはフワフワでトロトロで黄色くて白くて甘さとしょっぱみが絶妙なハーモニーを奏でている! そして全ての味わいをガッシリ受け止めておおらかに包み込む、この油を塗って焼いた焦げたモノ! 味の快感が寄せては返しまた押し寄せて来る……! う……う……うーまーいーぞー!!!!!!!)
 朝食の感想をソーマに訊くユナ。
 ソーマもユナに自分の気持ちを伝えたい……のだが……!

 うるさすぎる! 集中できない。
 頭の中に響き渡るルシオンの絶叫に。
 
「ルシオン。少し静かにしろ! うるさすぎてユナと話せない……」
 ソーマは顔をしかめながら、小声でルシオンを止めようとする。
 スクランブルエッグトーストを食べて、ここまで感動しているヤツを見るのは生まれて初めてだった。
 もうルシオンには、ソーマの声など聞こえていないみたいだった。

「この……赤くてスライスした冷たいモノの甘さと爽やかな酸味! そしてこの泥水は……苦い! 苦いけどイイ香りだ……ニガ美味い! 大人の味だ! はぉおおおおおお幸せだ。幸せの繰り返しだよぉおおおおおおおおおお!」
 トマトのサラダとコーヒーを味わいながら。
 ルシオンの感動の叫びが止まない。

「どうしたの、ソーマくん? 美味しくなかった?」
 顔をしかめるソーマをのぞきこみながら、ユナは怪訝な顔をしていた。
 その時だった。

「お……お……お前!」
 テーブルのユナを見つめて、ソーマの体が椅子から跳ね上がった。

(わっ!)
 ソーマは悲鳴を上げた。
 体が勝手に動く。
 気が抜けて、体の主導権をルシオンに取られてしまったようだった。

 ユナのもとに駆け寄って、ソーマの両手がユナの手をガッシリ握りしめていた。

「天才だ! 天才料理人だ! 宮廷料理人としてわたしの城で召し抱えてやろう。わたしと一緒にインゼクトリアまで来い! 父上も喜ぶぞー!」
「ちょ……大げさだってソーマくん! それにいったい……何を言ってるの?」
 顔を赤らめながら、ソーマの声に戸惑うユナ。

(や……やめろルシオン。これ以上、なにも言うな~~!)
 ルシオンの暴走を、頭の中のソーマが必死で止めようとするが、ルシオンにその声は聞こえていないみたいだった。



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