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第6章 分離魔法〈ディバイドマジカ〉
影たちの思惑
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「どういうつもりだ貴様ら! あたしの命令があるまで、勝手な事はするなとあれほど……!」
「まあまあ、いいじゃないですかメイローゼ殿。王女も人間もなかなか殺し合う気配がなかったので、少しお手伝いをしただけのことです。それに私もプリエル殿も、いささか退屈していましたので……」
緑の目を光らせながらリュトムスを問い詰めるメイローゼ。
食屍鬼は悪びれる様子もなく、涼しい顔でそう答えた。
「リュトムス様のおっしゃる通りです。それに我らが神は、苦痛と呪詛とを尊ばれます故……」
そして、ズルリ……ズルリ……。
リュトムスの足元の砂利から、何かが這い上がって来た。
高架を通り過ぎる電車の明かりに照らされながら地面に湧き出てくるのは、無数の小さなヘビだった。
そのヘビたちの間から姿を現した紅髪の少女が、無表情な顔でメイローゼを見上げている。
蛇人の巫女プリエルの姿だった。
「フン。にしちゃあ酷い有様だな、食屍鬼の旦那。あれだけ人間を殺したあげくが、小娘ひとり始末できずにそのザマかい……」
メイローゼの背後から姿を現した金髪の男が、リュトムスを指さしてそう言った。
チャラ男の姿をしたグリザルドだった。
リュトムスを見るチャラ男の目は、冷やかだった。
グリザルドの声に、食屍鬼に対するハッキリした嫌悪がこもっていた。
「まったく面目ない、情けない姿をお見せしてしました。グリザルド殿。ですが……」
リュトムスは、一瞬グリザルドの方をギロリとにらんだが、すぐに肩をすくめてため息をついた。
食屍鬼はズタズタになった自分の左腕をポイと放り捨てて、メイローゼの方を見た。
「大騎士コゼット・パピオの力は想定内としても、ルシオン王女の力がまさかアレ程とは……魔素の希薄なこの世界で、なぜあれだけの力を保っていられるのです……?」
「わからん。この世界に来てからの王女の行動には、おかしなことが多すぎる……!」
リュトムスの質問に、メイローゼは苛立たしげに首を振った。
「なぜ人間どもの暮らしに溶け込んでいる? なぜ死なない? あの魔素はいったい何だ……?」
唇を噛みながらブツブツと疑問を口走るメイローゼ。
その時だった。
「そういえば、あの王女の体からは……かすかに『供物』の匂いがしました……」
その時プリエルが、小さな体をメイローゼに向けて小さくそう呟いた。
「『供物』だと……?」
「はいメイローゼ様。我らが神やその眷属に捧げられた者。その肉体に刻まれた『刻印』の匂いが、わずかですがハッキリと……」
メイローゼを見上げて、プリエルは譫言のようにそう答えた。
琥珀色の少女の目には、何の感情もこもっていなかった。
「供物……肉体……そういう事か!」
メイローゼの緑の瞳が、不意になにかを理解したように大きく見開かれた。
「いきなりどうした? メイローゼ?」
「王女が吸収した人間の子供は……まだ消滅していない。王女の中で生きているのだ! いかなる理由かは分からんが、その子供に仕組まれた『何か』が今の王女の力の源なのだ。だとすれば……」
ルシオンが人間の家から離れない理由。
人間の暮らしに溶け込んでいる理由。
彼女の力の理由。
全て納得がいく。
「いくらでもやり方はある。『連中』の道具を使って、今度こそ王女を始末する!」
「メイローゼ。何か思いついたのか?」
満足そうにニタリと笑うメイローゼに、グリザルドがそう尋ねる。
「ああグリザルド。引き続きあの子供を見張っているんだ。王女の動きから絶対に目を離すな。そしてリュトムスとプリエル……!」
メイローゼが、食屍鬼と蛇人の姿をギッとにらみつけた。
「このあたしがいいと言うまで、今度こそ勝手な動きをするんじゃないぞ。今はまだ人間どもの不信を買ってはならない。連中が剣の力を解放した後ならば、王女を切り刻もうが、食い尽くそうが、人間を何百人殺そうが、何をしても構わない。心しておけ、お前たち……!」
2人を指さして、メイローゼは有無を言わさぬ口調でそう言った。
「ああ、わかってるさメイローゼ。そのための『就職』も済ませてきたぜ……」
グリザルドがニヤリと笑って、メイローゼにそう答える。
「やれやれ仕方がない。今度こそ御意のままに。メイローゼ殿……」
「…………」
リュトムスも肩をすくめて、メイローゼに向かってお辞儀をした。
プリエルは全くの無表情で、無言のままうなずく。
「もうすぐだ。連中の研究所で、じきに剣の力が解放される。あの剣はこの世の摂理を乱す外法の剣。世界のタガをユルませ壊す。そしてその時こそあたしの……そしてお前たちの望みが叶う時だ……!」
メイローゼは興奮した顔つきで夜空を見上げた。
黒衣のメイローゼの両手が、自分の肩を抱きしめていた。
「はいメイローゼ殿。私の望みは我が拳の完成。そして……さらなる強者たち、魔王たちとの戦い……!」
リュトムスもお辞儀をしたまま、昂ぶった声を上げる。
「わたしの望みは魔王ヴィトル・ゼクトへの復讐。そして我らが神の復活……」
全く表情を変えないまま。
プリエルの琥珀色の瞳がキラリと光った。
「まったく物騒な連中だな。だが俺のは違う。俺のはロマンだ……」
グリザルドが鼻白んだ顏で、リュトムスとプリエルを見回した。
チャラ男の顔が、空を仰いだ。
「世界中の泥棒の夢。『狭間の城』に眠るといわれる究極の財宝……『始原魔器』……!」
グリザルドの瞳もまた、昂ぶった様子でキラキラ輝いていた。
#
チュンチュン……チュン……
庭先からスズメの鳴く声が聞こえた。
「ウ……ウーン……」
ユナは頭を振りながら、毛布の中から体を起こした。
もう朝か。
朝ごはん。準備しないと。
アイツの……ソーマのところに行って……。
ボンヤリした頭で、ユナは起きてからすることを考える。
ソーマの家……に……行って……。
あれ……わたし!?
ユナは何かを思い出して、その場から跳ね起きた。
「ここは……」
ユナは周りを見回して呆然とする。
そこは朝日の差し込んだ、ソーマの家のリビングだった。
ユナが寝かされていたのは、ソファーの上だった。
「あれ……でもわたし……昨日の夜ソーマくんと……!?」
ユナは小さく悲鳴を上げる。
自分の体に指を這わせて、自分の体を確かめる。
「ウ……ンン!」
ユナはか細い声を上げて小さく息を吐いた。
なんともない。
いつものユナのままだった。
その時だった。
「あ、ユナ。お……起きたか……」
キッチンの方から、御崎ソーマの声がした。
「まあまあ、いいじゃないですかメイローゼ殿。王女も人間もなかなか殺し合う気配がなかったので、少しお手伝いをしただけのことです。それに私もプリエル殿も、いささか退屈していましたので……」
緑の目を光らせながらリュトムスを問い詰めるメイローゼ。
食屍鬼は悪びれる様子もなく、涼しい顔でそう答えた。
「リュトムス様のおっしゃる通りです。それに我らが神は、苦痛と呪詛とを尊ばれます故……」
そして、ズルリ……ズルリ……。
リュトムスの足元の砂利から、何かが這い上がって来た。
高架を通り過ぎる電車の明かりに照らされながら地面に湧き出てくるのは、無数の小さなヘビだった。
そのヘビたちの間から姿を現した紅髪の少女が、無表情な顔でメイローゼを見上げている。
蛇人の巫女プリエルの姿だった。
「フン。にしちゃあ酷い有様だな、食屍鬼の旦那。あれだけ人間を殺したあげくが、小娘ひとり始末できずにそのザマかい……」
メイローゼの背後から姿を現した金髪の男が、リュトムスを指さしてそう言った。
チャラ男の姿をしたグリザルドだった。
リュトムスを見るチャラ男の目は、冷やかだった。
グリザルドの声に、食屍鬼に対するハッキリした嫌悪がこもっていた。
「まったく面目ない、情けない姿をお見せしてしました。グリザルド殿。ですが……」
リュトムスは、一瞬グリザルドの方をギロリとにらんだが、すぐに肩をすくめてため息をついた。
食屍鬼はズタズタになった自分の左腕をポイと放り捨てて、メイローゼの方を見た。
「大騎士コゼット・パピオの力は想定内としても、ルシオン王女の力がまさかアレ程とは……魔素の希薄なこの世界で、なぜあれだけの力を保っていられるのです……?」
「わからん。この世界に来てからの王女の行動には、おかしなことが多すぎる……!」
リュトムスの質問に、メイローゼは苛立たしげに首を振った。
「なぜ人間どもの暮らしに溶け込んでいる? なぜ死なない? あの魔素はいったい何だ……?」
唇を噛みながらブツブツと疑問を口走るメイローゼ。
その時だった。
「そういえば、あの王女の体からは……かすかに『供物』の匂いがしました……」
その時プリエルが、小さな体をメイローゼに向けて小さくそう呟いた。
「『供物』だと……?」
「はいメイローゼ様。我らが神やその眷属に捧げられた者。その肉体に刻まれた『刻印』の匂いが、わずかですがハッキリと……」
メイローゼを見上げて、プリエルは譫言のようにそう答えた。
琥珀色の少女の目には、何の感情もこもっていなかった。
「供物……肉体……そういう事か!」
メイローゼの緑の瞳が、不意になにかを理解したように大きく見開かれた。
「いきなりどうした? メイローゼ?」
「王女が吸収した人間の子供は……まだ消滅していない。王女の中で生きているのだ! いかなる理由かは分からんが、その子供に仕組まれた『何か』が今の王女の力の源なのだ。だとすれば……」
ルシオンが人間の家から離れない理由。
人間の暮らしに溶け込んでいる理由。
彼女の力の理由。
全て納得がいく。
「いくらでもやり方はある。『連中』の道具を使って、今度こそ王女を始末する!」
「メイローゼ。何か思いついたのか?」
満足そうにニタリと笑うメイローゼに、グリザルドがそう尋ねる。
「ああグリザルド。引き続きあの子供を見張っているんだ。王女の動きから絶対に目を離すな。そしてリュトムスとプリエル……!」
メイローゼが、食屍鬼と蛇人の姿をギッとにらみつけた。
「このあたしがいいと言うまで、今度こそ勝手な動きをするんじゃないぞ。今はまだ人間どもの不信を買ってはならない。連中が剣の力を解放した後ならば、王女を切り刻もうが、食い尽くそうが、人間を何百人殺そうが、何をしても構わない。心しておけ、お前たち……!」
2人を指さして、メイローゼは有無を言わさぬ口調でそう言った。
「ああ、わかってるさメイローゼ。そのための『就職』も済ませてきたぜ……」
グリザルドがニヤリと笑って、メイローゼにそう答える。
「やれやれ仕方がない。今度こそ御意のままに。メイローゼ殿……」
「…………」
リュトムスも肩をすくめて、メイローゼに向かってお辞儀をした。
プリエルは全くの無表情で、無言のままうなずく。
「もうすぐだ。連中の研究所で、じきに剣の力が解放される。あの剣はこの世の摂理を乱す外法の剣。世界のタガをユルませ壊す。そしてその時こそあたしの……そしてお前たちの望みが叶う時だ……!」
メイローゼは興奮した顔つきで夜空を見上げた。
黒衣のメイローゼの両手が、自分の肩を抱きしめていた。
「はいメイローゼ殿。私の望みは我が拳の完成。そして……さらなる強者たち、魔王たちとの戦い……!」
リュトムスもお辞儀をしたまま、昂ぶった声を上げる。
「わたしの望みは魔王ヴィトル・ゼクトへの復讐。そして我らが神の復活……」
全く表情を変えないまま。
プリエルの琥珀色の瞳がキラリと光った。
「まったく物騒な連中だな。だが俺のは違う。俺のはロマンだ……」
グリザルドが鼻白んだ顏で、リュトムスとプリエルを見回した。
チャラ男の顔が、空を仰いだ。
「世界中の泥棒の夢。『狭間の城』に眠るといわれる究極の財宝……『始原魔器』……!」
グリザルドの瞳もまた、昂ぶった様子でキラキラ輝いていた。
#
チュンチュン……チュン……
庭先からスズメの鳴く声が聞こえた。
「ウ……ウーン……」
ユナは頭を振りながら、毛布の中から体を起こした。
もう朝か。
朝ごはん。準備しないと。
アイツの……ソーマのところに行って……。
ボンヤリした頭で、ユナは起きてからすることを考える。
ソーマの家……に……行って……。
あれ……わたし!?
ユナは何かを思い出して、その場から跳ね起きた。
「ここは……」
ユナは周りを見回して呆然とする。
そこは朝日の差し込んだ、ソーマの家のリビングだった。
ユナが寝かされていたのは、ソファーの上だった。
「あれ……でもわたし……昨日の夜ソーマくんと……!?」
ユナは小さく悲鳴を上げる。
自分の体に指を這わせて、自分の体を確かめる。
「ウ……ンン!」
ユナはか細い声を上げて小さく息を吐いた。
なんともない。
いつものユナのままだった。
その時だった。
「あ、ユナ。お……起きたか……」
キッチンの方から、御崎ソーマの声がした。
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