俺と合体した魔王の娘が残念すぎる

めらめら

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第9章 乙女危機〈ナナオクライシス〉

チャラオの覚悟

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「わっ! わっ……!」
 夕闇の迫る公園の草原。
 突然空から目の前に降り立った巨大な影に圧倒されて、ナナオは地面に尻もちをついた。
 立っているのは、ナナオの身長の3倍はありそうな赤金色の鎧に覆われた……巨人だった!

「アレは……機巧都市ウルヴェルク機甲鎧マシンメイル……どうしてココに!?」
 ナナオの前に立つモノの正体に気づいて、チャラオも驚きの声を上げる。
 謎の襲来者の巨体を覆っているのは、人間世界で造られたものではない深幻想界シンイマジアの機巧都市で生み出されたモノだ。

「間違いない。この子供だな、旦那が探していたのは……」
 そして、頭部のカメラアイをチカチカと明滅させながら。
 ナナオを見下ろしたそいつは、鎧の右腕から飛び出したいくつものセンサーをナナオの方にかざして満足そうにうなずいた。

 ガチャン。
 そいつの頭部を覆った赤金色の装甲がおもむろに展開して、そいつの素顔が露わになる。

「お前は……辺境の森のグロム!」
「あん? なんで人間が俺の名前を……?」
 赤銅色の皮膚をした獰猛そうなそいつの顔を見て、チャラオは再び驚きの声を上げた。
 ボサボサの髪の毛の間から生えているのはぶっとい1本の角を生やした大鬼オーガーは、チャラオの声に気づいて一瞬不思議そうに首をかしげるが……。

「まあいいや。あとはコイツを旦那に届ければ俺の仕事は終わりだ。あとは『こっち側』で好き放題だぜ……」
 すぐにナナオの方に視線を戻すと、大きな右手をナナオの方に伸ばしてきた。

「ナナさん、逃げて!」
「あっあっ……!」
 大鬼オーガーのグロムの狙いがナナオであることに気づいて、チャラオが叫ぶ。
 ナナオも必死でその場から逃げようとするが、突然の事で足がもつれて動けない。
 そしてグロムの右手が、小柄なナナオの体をガシリと掴み上げた。

「なにしてやがるグロム! その子を放せこの野蛮な大鬼オーガー!」
「あん?」
 激高したチャラオが、グロムに駆け寄って彼の右腕に飛び掛かった。
 人間離れした跳躍力で自分の右手に飛びついて、ナナオを取り戻そうとするチャラオに、一瞬驚くグロム。
 だが……

「あー鬱陶しい! 離れろ!」
「グアアアアアッ!」
 グロムはチャラオの体を左手で引き剥がすと、地面にむかって思いきり叩きつけた。

「チャラオさん!」
 何度も地面にバウンドしてもんどりうつチャラオの姿に、ナナオもまた悲鳴を上げる。

「おかしな人間だな……まあいい、とりあえず死ね!」
「ぐううううう……」
 うめき声をあげたまま、その場から動けないチャラオに向かって。
 グロムは自分の左手の掌底を向けた。

 ビュウウウウウンン……
 機甲鎧マシンメイルの左手に装備された推進器スラスターのような器官から、金色の光が漏れ出し始めた。
 光がみるみるその強さを増していき、グロムがチャラオに向かって何かを撃ち放とうとした、だがその寸前だった。

「いや、やっぱりいいや。アイツとのケリも着いてないし、まだ魔素エメリオは溜めておかねーとな……」
 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、グロムはチャラオに向けた左手を下した。

 次の瞬間、ドンッ!

 すさまじい衝撃が空気を震わせた。

「チャラオさん!」
「ナナさん!」
 機甲鎧マシンメイルの両足から噴出した金色の光線とともに、グロムの巨体が夕闇の空に舞い上がった。

 ナナオがチャラオの名を叫ぶ。
 チャラオも動けないその場からナナオの名を叫び、必死でナナオに手を伸ばすが……
 すべては無駄だった。
 チャラオの視界から、ナナオの姿がみるみる遠ざかっていく。
 ナナオを右手に掴み取ったまま、機甲鎧マシンメイルに覆われた大鬼オーガーの姿は夕闇の向こうへと消えていった。

  #

「グッアアアアアアッ! いけねえナナさん……助けねえと……!」
 数分後。
 地面に叩きつけられた痛みとショックからようやく回復したチャラオが、震える足でその場から立ちあがった。

「辺境の森の蛮族グロム・グルダン。アイツが何か考えがあってコッチに来たとは思えねえ……どこかで、糸を引いているヤツがいるな……!」
 頭をフリフリ、考えを巡らせながら、チャラオは怒りに燃える目で大鬼オーガーの消えた空を仰いだ。

  #

「チャ……チャラオさん! どーしたんですかその傷!?」
「ハアハア……ああ、コウくん? どうしたんっすかこんな所で……」
「いあやだって……チャラオさんもナナオも、なかなか戻ってこないから……電話も繋がらないし、それで……」
「ヘヘ。それで心配になって、探しにきたってワケっすか……」
 夕闇が濃さを増してゆく街中で。
 公園から、ナナオの住んでいる圧勝軒までの帰り道。

 傷ついた体を引きずったチャラオの姿を見つけて、彼に駆け寄ってくる者がいた。
 ナナオのクラスメート、戒城コウの姿だった。

 なかなか戻ってこないチャラオとナナオに、いてもたってもいられない気持ちになったコウは、圧勝軒が引き留めるのも聞かずに店を飛び出していたのだ。

「ヘヘ。ちょうどよかったっすコウくん。今からお店に戻って、厨房の脇の物入れにおいてある俺のカバン、取って来てもらっていいっすか。大将には内緒でね……」
「内緒って、いったいどうして? それにその傷……あとナナオは……」
「いいか、よく聞くんだコウ……!」
 チャラオの言葉の意味がわからずに首を振るコウ。
 その時だった。

「え……?」
 急に雰囲気の変わったチャラオの口調に、コウは息を飲んだ。
 いつものチャラチャラした様子とは一転。
 チャラオが、真剣な顏でコウをにらんでいた。

「たった今しがたナナさんが……悪漢どもにさらわれた。人間の警察じゃ手の出せない相手だ。だが……まだ打つ手はある。ナナさんの身柄は、この俺が責任を持って取り戻す。だから頼む、俺の言うことを、聞いてくれコウ……!」
「そんな……チャラオ……さん?」
 チャラオの目が、まっすぐにコウの目を見据えていた。

 事態の深刻さをチャラオの顔から察して。
 コウの全身が、ワナワナと震えていた。

  #

「あ、あのさユナ……」
「うん、なにソーマ?」
「いや、べつに何でもないんだけどそのあの」
「そう。だったら話しかけないで」
「ウグ……!」
 夕方の通学路。
 自宅への帰り道を2人きりで並んで歩くソーマとユナの間に、微妙にピリピリした空気が張り詰めていた。

 涼しい顔で隣を歩くユナをチラチラ横目で見ながら。
 ソーマは緊張感でお腹がキリキリ締め上げられるようだった。
 いつもと変わらない顔。穏やかな声。
 でも間違いない、ハッキリわかる。

 今日のユナは……メチャクチャ機嫌が悪い!
 まずい……俺なにか……したか!?
 なにかユナの気に障ること……
 ソーマは必至に頭を巡らせる。

 魔法実技の時にキリトをアッサリ負かして、他の女子たちにキャーキャー騒がれたこと?
 昼休みにこっそり教室を抜け出して、氷室マサムネとひと揉めしたこと?
 いや、違う……間違いないあの事・・・だ……!
 ソーマは、うなじの毛がゾゾッと逆立つのを感じる。

  #

「御崎くんってさ、まだスマホ持ってないんだ」
「うん火野さん。このまえ御魂山で失くしちゃって、まだ親父には……」
 グループ分けでの教室清掃が終わった、放課後。
 学校の渡り廊下で。
 ゴミ置き場まで一緒にゴミを運んでからの教室への帰り道。

 同じグループの女子の火野ミチルが、おずおずとソーマに話しかけて来た。
 何事にも控えめで、三つ編みに眼鏡がトレードマークのミチル。
 彼女はソーマがまだスマホを持っていないことを気にかけているらしかった。

 ソーマはため息をつきながら、ミチルに答える。
 いいかげん買わないとダメだよなスマホ。
 誰とも連絡とれないし、教室でもソーマだけ孤島状態だし……。
 しかし買うにはアイツ・・・と連絡とらないとだし……。
 ソーマが少し憂鬱な顏でミチルと一緒に歩いていると……!

「じゃあやっぱり……コレしかないんだ……!」
「え?」
 ソーマが我に返ると、ミチルの歩みがピタッと止まっている。
 彼女の顏が真っ赤だった。

「御崎ソーマくん、これ、読んでください!」
「なななな……火野さん……!?」
 そしてソーマの真正面に立ったミチルが彼に差し出したもの……
 それは空色の封筒にハートマークで封のされた一通の……手紙?

 こ、これはまさか!?
 ソーマは体が固まる。
 
 前世紀の遺物……伝説のラブレター・・・・・というやつか!?
 
「お返事……待ってます!」
「あ、火野さん……!」
 ようやく動けるようになったソーマが手紙を受け取ると。
 ミチルはソーマに背を向けて、渡廊下の向こうに走り去ってしまっていた。

  #

 間違いない。
 ユナはあのこと・・・・を、もう知っているんだ!
 ソーマは冷や汗をたらしながらユナの横顔をうかがう。

 でも……!
 ソーマは激しく困惑する。
 ユナが怒っているのは、ソーマがあのことを自分に話さないからだろうか。
 いやしかし……ユナに話したら、それが何かの解決になるのか?
 ユナの怒りの炎に、さらに油を注ぐようなことになってしまうのでは……!

 ああもう勘弁してくれユナ!
 どうしたらいいんだよ!
 なんで俺がこんな目に……。

 ソーマは恐怖で吐きそうになる。
 カバンの中に忍ばせた火野ミチルの手紙が、時限発火式の爆弾みたいに思えてきた……その時だった。

「ソーマァ……」
「ヒイッ!」
 ユナの声に、ソーマは小さく悲鳴を上げた。
 気がつけばユナが、ジットリとした目でソーマをにらんでいる。

「な、なんだよユナ……」
「本当に昨日のアイツのこと、何も知らないのね?」
「し、知らない知らない! 本当に行き倒れてただけなんだって!」
「嘘。まだ何か隠してるソーマ。それにアイツのあの顔。前にどこかで見たような……」
「……ウグッ!」
 真綿で首を締め上げるようなユナの言葉に、ソーマは息を詰まらせた。
 ユナがソーマに訊いているのは、昨日のビーネスのことだった。
 ルシオンの顏のことも、ユナはハッキリ覚えているらしい。
 話がますますややこしくなってきた。

 ソッチか、ソッチの方から責めてくるか。
 ルシオンの姉ビーネスのことを思い出して、ソーマは再びドンヨリとした気分になってくる。

「ねえわかってるのソーマ? わたしこのままだと、もう学校にも行けないし、それにソーマともずっと……」
「わ、わかってるってユナ。なんとかする、俺が絶対なんとかするから!」
 ビーネスがユナの体に仕込んだ禍々しいアレ・・は、ユナの行動を大きく制限しているのだ。

 アレが付いたままでは、もう学校で運動や水泳や魔法実技に参加することもできない。
 そして何より……ユナの本来の行動の自由・・・・・までも……!

「なんとかする? ソーマが? 本当に?」
「本当に! 知り合いにさ、すごい霊能者がいるから、その人に相談してみる!」
 適当なデマカセをでっちあげて、ソーマがどうにかユナの怒りを鎮めようとしていてた、その時だった。

(ん……!?)
 ソーマの中のルシオンが、急にいぶかしげな声を上げた。

「どしたよルシオン……?」
(近くを飛んでいるぞソーマ。昨日の……アイツだ!)
 ユナに聞こえないくらいの小声でソーマがルシオンに問いかけると、ルシオンの声が荒々しい。

「アイツって……あの美術館の大鬼オーガー……!?」
「ああ、それに……姉上もだ!」
 ルシオンとソーマは、すっかり暗くなった空を見上げて息を飲む。
 チラチラと星が瞬き始めた空の彼方を、何か・・の気配が過っていくのがソーマにもわかった。

「ユナ、ごめん! 俺ちょっと用事思い出した!」
「あ、こらソーマ!」
 ユナの家の前で彼女にそう言い残して。
 ソーマは空の気配の方角に向かって駆けだした。

  #

「見ぃつけたぁ……!」
 夜空を過ってゆく、金色の光の奔流を見つめて。
 御珠給水塔のてっぺんの縁に腰かけた1人の少女が、薄青色の唇を歪めてニィッと笑った。
 少女のたおやかな両手を濡らした銀色の雫が、少女の指先に不吉に輝いた何本もの鋭い針を形作っていく。


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